6)出席番号2番 ファーラウンテ=ベル=マリア
今日の日記
この国には貴族がいる。割と近くにも。そう、例えばクラスメイトとか。
チームBのファーラウンテ=ベル=マリアは、1-Cに在籍する3人の貴族のうちの一人だ。
でも全然貴族らしくなくて、いつも赤いウェーブのかかったふわふわの髪を揺らしながら、みんなの話を聞いてニコニコしている大人しい娘だ。
年は僕よりもちょっと年下。貴族なんて使用人がいて、美味しいものを食べて、威張っているだけの人達かと思っていたけど、結構、苦労しているみたいだ。
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この国には貴族がいる。
僕が田舎に住んでいるときは、遠い世界の物語の存在だったけど、オーラン騎士軍事学園に入学してからは急に身近な存在になった。
貴族の子息は、貴族にしかなれない兵種、騎士を学ぶために学校にくる。
騎士は前線で戦うのではなく、一番後ろでドンと構えて作戦を指揮する役割の人らしい。
隊の作戦立案や司令は騎士によって行われるのだ。
騎士にとって一番重要なのは、生きて帰ること。その次が勝利。
騎士たるもの、敵軍に捕まるのは恥辱であり、死よりも辛いのでそんな生き恥を晒すくらいなら、意地でも逃げて本国の地を踏むと言う貴族なりの美学があるとハインツから聞いた。
へぇ、なんだか大変そうだなと思ったけど、その後にハインツが鼻白みながら
「他の誰を見捨てても、結局、自分や、自分たちの身内だけは生き残りたいってことさ」
と説明してくれたので、なるほど上手いこと考えるなと少々感心してしまった。
そのような兵種であるので、各クラスのチームは騎士を中心に構成される。
つまり各クラス最低でも3〜4人は貴族の子息が配置されている事になる。
1- Cの貴族はマリアと、初日に絡んできたチームAのサクソン。それとチームCのロイ君だ。
ハインツから全てのクラスで出席番号の1〜3番は貴族。場合によっては5番くらいまでは貴族の可能性があるから、対応には気をつけるようにと注意された。
さらに番号が小さいほど、貴族としての家格が高いそうで、サクソンは1番、マリアが2番。ロイ君が3番となっている。
マリアの実家、ベル家の歴史は古く、かつては公主との血縁関係もあった覚えめでたい家柄。だが近年はパッとした活躍もなく、公主から暗に功績を積むように促され、マリアを学園に送り込んできたらしい。
らしいと言うのは、全て情報の出元がハインツからで、マリアはあまりその辺りのことを喋りたがらない。
と言うか、本人から話しかけることも少ない無口な娘だ。
マリアの性格は好ましいけれど、騎士は作戦立案や部隊の指揮をするのが役目。大丈夫かな?
まぁ、少なくとも僕たちチームBはハインツが中心になって動いているので、実戦訓練などでも大きな支障はないみたいだけど。
何故僕が今こんな話をしているかと言うと、今、マリアが僕の目の前で子猫を抱えて震えているからだ。
、、、、、別に何もしてないよ?
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最近の僕の楽しみの一つが、放課後の校内散策だ。
この間のリックさんのような意外な出会いもあって面白い。ハインツには「街にでも行ってくればいいのに」と言っていたが、短時間のために外出申請も面倒だし、あまり手持ちの余裕もない。一応入学にあたって一時金を貰ったのだけど、できれば妹の治療費に取っておきたい。
それに何より広大な学園内はまだ見たことのない場所も多く、しばらくの間は見飽きることがないように思えた。
今日歩いているのは兵種棟の方。兵種棟は、サークルが使用している建物だ。まだ僕は入ったことがない。もうしばらくしたらサークルの挨拶があるらしいのでそれ待ち。
と、棟の裏から小さく「にゃー」と子猫の声がした。
兵種棟は空から見るとHの形をしていて、建物の中庭側は日当たりが悪く、でうろついている人も少ない。その日当たりの悪い方から聞こえた。
なんとなく興味を惹かれてそちらへと足を進めると、
「きゃあっ」と言う声とともにマリアが子猫を抱えて震えていた。
僕からは背を向けているので、とにかく人がきたので子猫を隠したと言った感じ。
「あの、、、マリア、、、?」
なるべく優しく声をかけて見るも、一度ビクッと肩を震わせてから、ようやく恐る恐るこちらを振り向く。
そうして僕のことを確認すると、やっと肩の力を抜いて「ルクス君」と泣きそうな顔を見せた。
「その子猫、どうしたの?」
まだかなり小さい子猫はマリアの腕をいやいやしながら抜け出そうとしている。
「うん、、、、実はね、何日か前からここでお母さん猫が子育てをしていたのだけど、、、、」
兵種棟に用があって立ち寄ったマリアは、たまたま母猫を見かけて気づいたらしい。
そこで放課後は猫たちを見るのを楽しみに、毎日こっそり覗きにきていた。
「でも、誰かが母猫をゴム弾で撃っていじめているみたいで、近寄ってこれなくなっちゃって、、、」
僕たちの銃は模擬弾としてのゴム弾も発射できる。僕も学園に来て初めて知ったのだけど、銃から弾丸を打ち出すのにも魔力が使われているのだそう。
魔弾は、銃と弾双方に魔力がかかるが、ゴム弾は銃のみに魔力がかかるので、ぐっと威力は押さえられる。僕がもらったスリングショットも理屈は同じ。
それはともかく、、、
「本当に誰かが撃ったのかい? 勘違いとかじゃなくて?」
「勘違いじゃないよ。。。。私が昨日近くまで来たときに「ぎゃっ」て声がして、慌てて走って来たら、母猫が逃げるところで、近くにゴム弾が、、、今日もここに来たら何発かゴム弾が落ちてたから、今日は子猫を狙ったのかも」
「、、、それで怯えていたのか、許せないね、、、」
「うん、、、でもどうしようもなくて、、、多分銃を撃っていた場所はわかるのだけど、、、」
「え? 撃っていた場所分かるの?」
「え? うん。昨日と今日のゴム弾の落ちていた場所と射角を考えれば、大体だけど兵種棟のあの辺かな」
マリアは兵種棟の5階を指差す。
「そう、、じゃあなんとかなるかも知れない。犯人、今日また来るかな?」
「多分今日は私が早く来たから、猫ちゃんに当てられなかったみたいだから、私たちがいなくなればもう一回狙いに来るかも。。」
「よし、じゃあ。隠れて犯人がくるのを待とう。向こうの茂みまで行けば、相手からは気づかれないかな」
僕が指差した先を見て、マリアが困った顔をした。
「あんなところまで行けば気づかないと思うけど、代わりに私たちからも犯人の顔がわからないよ。撃たれてから追いかけても逃げられちゃう」
「いやぁ、あのくらいの距離なら、”これ”で十分さ」
僕はリックさんから貰ったスリングショットを見せて、ちょっとだけ胸を張った。
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さっきは邪魔が入ったが、あの女、、、やっと居なくなったな。
薄暗い室内で窓の隙間からずっと様子を探っていた犯人は、後からきた少年に連れていかれた少女の後ろ姿が完全に見えなくなるのを待った。
慎重に周囲を見渡し、人気がないことを確認すると、少しだけそっと窓を開け、銃身の長いライフルを中庭に向ける。
そうして、子猫が顔を覗かせた瞬間。
「ぎゃんっ!!」
声をあげたのは猫ではない。ほんのわずかな隙間から猛烈な勢いで飛び込んできたゴム弾が、犯人の額に直撃したのだ。
一撃で気絶するほどではないが、強烈な痛みが額を走る。さらにのけぞった顔に、続けて2、3、4、5発とゴム弾が襲いかかり、顔が上がったり下がったりする。
そして最後の5発目がちょうど右目に当たって悶絶して床に倒れこんだところで、攻撃は止んだ。
大声を上げれば人がきてしまうかも知れない。声にならない声をあげながら床をのたうち回る犯人。
その勢いで据付のテーブルの脚にぶつかり、テーブルに置いてあった辞書の角が顔面に直撃したところで気絶した。
彼が昨日今日で猫に向かって撃ったゴム弾は、5発であった。