54)サクソン③ 共闘
北西の丘のたもとで、こちらを伺っていたバインド准将と取り巻きの2人。
遠景にサクソンと思しき少年が他の生徒に絡まれているのを見てニヤニヤしている。
「おーおー、早速もめてるな。重畳重畳」
しばらくして漸くメンバーが決まったようで、ノロノロと動き始めるのが見えた。
いっとき生徒達がごちゃごちゃと動き回り、分かりづらいがおそらくサクソンと守備兵であろう重装兵が南西にある丘の頂上辺りに登ってゆく。
「、、、空砲、鳴りませんな」
「良い。他の生徒が走り始めている。もたもたすればする程恨まれるのはサクソンだ」
そのように言いながら鷹揚に頷いて空砲を待つバインド准将に、取り巻きの1人、重装兵の男が遠慮気味に聞いた。
「宜しいのですか? 一応弟君では?」
「構わん。もとよりアイツに父上は期待などしておらん、精々私のような重責のかかる人間のうさはらし程度の相手だ」
つまらなそうに返した頃、パァンと空砲が鳴った。
「よし、始めろ。ラガン、適当に痛めつけてこい」
午前中教室で怒鳴った、ラガンと呼ばれた銃撃兵が「お任せください」と凄みのある笑みで一礼。
さして急ぐでもなく、のんびりとその場を離れ始めた。
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サクソンを騎士とした僕らの即席チーム。
実技エリアの荒野と草原を分ける、人口河川の荒野側の川沿いに沿うように、攻撃的な重装兵であるライツと槍撃兵のウィルが走っている。槍撃兵のウィルの速度は兵種にしては平均的。つまり機動力のある兵種に比べるとやや遅い。
目で見える所にいるのはこの2人と、丘の上でガードを広げている守備的な重装兵の生徒だけだった。
「さて、残りは対岸か」
ラガンは冷静に状況を判断しながらも歩みを止めることはない。その両手には連射のできる速射銃が2つ握られている。戦場でも珍しい両手使いの銃撃兵だ。
まだライツとの距離は少しある。ラガンは川を挟んだ対岸にある草原エリアのほうを注意深く見ながら歩いてゆく。
見える範囲に敵がいないのであれば、草原からの奇襲を狙っているのだろう。人数的に考えれば2人潜伏しているはずだ。
おそらくは草原から1人が牽制しながら、もう1人はバインド准将狙いで俺を無視して進む。と言ったところか。
すると、目の前でもたもたしている重装兵と槍撃兵は、重装兵を捨て駒にして潜伏移動には向かない槍撃兵を進ませ、こちらの重装兵を狙うつもりか。
「まぁ、ガキどもにしては考えている方だな」さして感心している風でもなく呟きながらも、注意は草原から離さない。
ラガンには学生、それも1年の気配消し程度なら近くを通れば確実に気付ける自信があった。
息を潜めてラガンの通過を待つのであれば、まずはそいつから撃ち抜くつもりだ。
ま、最悪取り逃がしたとしても、奇襲狙いならひよっこの遊撃兵か偵察兵1人、バインド准将のほうでなんとでもなるだろう。
そんな風に思いながら歩いて、草原側に一人の気配を見つける。確実に当てるのにもう少し近づくか。
そうこうしているうちに、いよいよライツ達との距離が狭まってきた。射程ギリギリのラインでラガンは挨拶がわりに一発。
ライツがシールドを展開する方がほんの少し早く、その弾丸を弾く。ガキン! と威力を感じる音が鳴った。
その直後、ラガンの一発目を見計らったように、対岸よりラガンを狙う弾丸が放たれる。
「おっと」と少し動いて弾丸を避けるラガン。放ったのはレフだ。しかしレフの位置は射撃前にラガンに把握されていたため、あっさりと躱されててしまった上、即座に反撃をくらい、再び身を隠しながら避けるのが精一杯だ。
だが、今度はそれを見たライツが大きく移動を開始しようとするも、こちらにもラガンからの射撃が容赦なく襲いかかり亀の歩み程度にしか進むことができない。
「ほらほらどうしたぁ!! そんなんじゃ一生終わらねえぞ!!」
笑いながらも射撃を続けるラガン。
それでもなんとか状況を打破しようと、槍撃兵のウィルがライツに守られながら強力な砲弾をぶっ放す!
しかしバインド准将のいる場所までは全く距離が足りず、かなり手前に着弾して砂埃を巻き上げた。
それでも懲りずに何発も砲弾を放つウィル。バインド准将が余裕を持って眺める先で、推進力を失った砲弾は失速してゆく。
また、連発されるウィルの砲弾を避けるように、ランニングを課せられた生徒達は丘の裏側を回れるように距離を取る。
「ははっ! もうヤケクソかよ!」ラガンが笑うように、ウィルは魔力切れの可能性も御構い無しに弾丸を前方へ放ち続けていた。
そしてひたすらに打ち込まれた砲弾によって、あたりには土煙が立ち込め、
バインド准将の眼前から、僕らの姿が消えた。
「ルクス、頃合いだ」
丘の上で『僕だけを隠すように守っていた』クラスメイトの重装兵、サロメの声で僕は準備を始める。
すでに愛銃には長距離狙撃用の銃身も組み立て、いつでも撃てるようにして寝かせてあった。
土煙によって視界の悪くなったその先に銃身を向けて、スコープを覗く。
もうもうと上がる土煙で確認しづらいが、辛うじて人影がわかる。体格からしてバインド准将を守る重装兵の兵士であることを確認すると、僕は素早く引き金を引いた。
「ターーーン」小気味良い音を残して唸るような速度で進んだ弾丸は、敵の重装兵の鎧の右肩にあたり、重装兵の兵士がたたらを踏んだのが見えた。
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「なんだ?」
届きもしない砲弾が多数打ち込まれることで土煙が舞い上がり、一時的にバインド准将から戦場が見えなくなった直後。
「一応私の後ろへ」重装兵の兵が念のためバインド准将を守るような位置へと動く。その矢先だった。
ガキン!! 模擬弾が当たった重装兵の兵士が思わずたたらを踏む。
「敵兵! 威力はそれほどでもありませんが、前方正面!」重装兵の兵士が叫ぶ!
「ちっ、奴らの狙いはこれ(土煙)か。小賢しい真似を。だが奇襲は失敗したな。おい、きっちり守れよ」
「お任せください。不意をつかれましたがこれ以上はやらせませんよ」
土煙が晴れたらバインド自ら奇襲してきた兵を撃ち抜いてやると、短銃を取り出し土煙が落ち着くのを待つ。
2人の視線は土煙の向こうへと集中している。
だから、
その後ろ、丘の上に立つサクソンの姿に気づく事はなかった。
サクソンは黙って引き金を引く。
こうしてこの馬鹿馬鹿しい模擬戦は、わずかな時間で決着した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
このエピソード、3話で納めるつもりだったのですが、収まりきらんかったのです。




