160)マリアの屋敷にて
今日はマリアの家に行く。妹に会うためだ。ノリスに会うのはあの長い夜以降では初めての事。というのもリタさんを探す兵士たちの動向を警戒していたからだ。
学園からはいなくなったとはいえ、どこに監視の目が潜んでいるかわからない。なので、しばらくは様子を見ていたのだ。
同行するのも人数を絞り、僕、ハインツ、ソニアの3人だけ。
年明けに開店した直後より「隣国の王女が買い付けた味」と、どこからか噂が広がったことで、大いに賑わっているホーランドさんのお菓子を手土産にお邪魔すると、奥からひょっこりとノリスが顔を出した。
「あ、お兄ちゃん。大丈夫だったの!? 心配したよ!」
僕が言わんとしていた言葉を逆に投げかけられて苦笑しながらノリスを見ると、僕の心配などどこ吹く風、思った以上に元気そうだ。
事前にマリアから、サクソンの早い対応のおかげでノリスが危険な思いをする事は無かったので、心配はいらないと聞いてはいたものの、実際に目の当たりにすると安心感が違う。
「いらっしゃい! 玄関で立ち話していないで、中へ入って」あとからやってきたマリアに促されて、僕らはリビングへと場所を移した。
腰を落ち着けてしばし、お互いに近況を報告し会う。と言ってもノリスも僕も、ともにマリアから状況を伝え聞いているので、情報の擦り合わせに近い。
マリアの家の生活に不安は感じていなかったけれど、これで本当にようやくひと安心できた。
ノリス自身は元気だったけれど、やっぱりリタさんの事はすごく心配していた。今の所、僕らの仲間の情報網には、リタさんが捕まったという情報は入って来ていない。こればかりは無事を祈るしかなかった。
マリアは僕らにも相談した上で、僕らが何をしてきたかもノリスに話していた。なので、ノリスもその辺りのことはあえて聞いてくることは無かった。
ただ一つだけ、マリアがノリスに伝えていない大切なことがある。マリアがわざと伝えなかったのではない。知らないのだ。
僕らの両親の事は。
この話をノリスに伝えるかどうか、僕はここに来るまで迷っていた。というか、いまも少し迷っている。
そんな僕の気持ちを汲んでか、ソニアが僕の裾をそっと引っ張る。もしかして気づかないうちに難しい顔でもしていただろうか?
両親のことはソニアには話した。ソニアにだけ。そしてノリスに伝えるかも2人で相談した。結論は”伝える”だ。もっとも、ソニアが伝えた方がいいと勧めたわけではない。僕が話した方がいいと思ったからだ。
マリアには事前に、「家族だけの大切な話をしたい」と伝えてあるので、普段使っていない空き部屋を利用できるように段取りしてくれているはずだ。僕はソニアに目配せをしてから、
「ノリス、ちょっと大切な話があるんだ」
と、席を立った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ノリスと二人だけで部屋に移動すると、
「どうしたの、急に改まって、あ、もしかしてソニアさんとのこと?」
などと茶化してくる。いやそうじゃない、まぁ、それも伝えるつもりだったけどさ。
「あのさ、僕らの父さんと、母さんのことなんだ。実はね、北の砦でイザヤ将軍っていうおじいの知り合いと会ってね、そこで父さんたちの話を聞いた。ノリス、君は父さんたちの事実を知るつもりはあるかい? 正直、このまま知らないままという選択肢もあるけれど」
言ってしまってから、これはずるい言い方だったなと少し反省する。それでもノリスは躊躇なく、
「聞くよ。教えて?」と言い放った。
かえって僕の方が少し躊躇してから、おじいが前線で有名な狙撃手だったこと、両親がデラン家の裏切りで命を落とした可能性があること。そのせいでおじいが南の村に来たかもしれないという事を伝える。
聴き終えたノリスは動揺することもなく
「、、、、やっぱり」と答えた。
「もしかしておじいから何か聞いていたのかい?」
「聞いてないよ? でも、おじいは猟犬を持っていたし、北のコートも持っていたし、本でも見たことのない銃も持っていたから、多分、北のほうで軍人さんだったんじゃないかなって。おじい1人で猟をしているだけで、あんなものは買えないよ? 私の本だって。そうすると、おじいが話したがらないのも含めて、父さんや母さんがいないのは、戦争に関係しているんじゃないかなぁとは思っていたから、、、」
ノリスはとても頭が良い。南の村では病気がちでベッドの上にいることも多かったから、めまいのない時はよく本を読んでいた。最初は家にほんの少しだけあった物語で文字を覚えた。次に近所の人に借りて。しまいには村中の本を読み尽くして、今度はおじいが近くの街から仕入れて来た本を片っ端から読破していた。
いま改めて考えれば、本だって安くない代物だ。ノリスに指摘されて初めて疑問に思い、少し恥ずかしくなる。
僕の気持ちはともかく、たくさんの本を読んだノリスは村で小さな子供に文字を教えたり、大人の手紙の代筆なんかも頼まれていたのだ。僕が本を好きなのも、この妹の影響が大きい。
僕らが南の村を出立する前、ノリスの部屋には壁いっぱいに本が並んでいた。出発前に村に提供したから、今は集会所の一角で村のみんなの余暇を楽しませてくれているはずだ。
ちなみにノリスに数冊でも持ってこないでいいのかと聞いたら、全部覚えているから必要ないとの返答だった。天才なのかな?
僕が、南の村のベッドの上で本をめくっていた、ノリスの姿を思い出していると
「でもね、お兄ちゃん」とノリスの声が現実へと引き戻す。
「まさかとは思うけれど、その、ボーマン=デラン=バクスワルとかいう人に復讐なんて考えてないよね?」
少しどきりとする。
全く考えていない、、、とは言えなかった。僕には狙撃という武器があり、両親を殺したかもしれない仇がいる。思わないところがないわけではないのだ、最も、実行に移すほどのものではなく、ほんの少し、心の中に残る棘のようなもの。
僕が答えに躊躇していると、ノリスは小さくため息をついて
「やるにしても、バレないように、殺さない程度にしてね」
といたずらの相談をするように笑った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今日の日記
ノリスが元気そうで安心した。
マリアの屋敷の執事、セバスさんがなかなかの読書家のようで、館にはたくさんの本があり飽きることがないと言っていた。本好きの同志ということで、セバスさんからも大変可愛がられているようだ。
マリア曰く、2人で書店に向かう後ろ姿は祖父と孫のようだという。
それにしても、ノリスはおじいの、父さんと母さんのことを、そこまで予測していたのなら、僕にも伝えてくれればよかったのに。そのまま気持ちを伝えたら「確実な話じゃないし、お兄ちゃんがショックを受けると思って」と返された。どちらが年上なのか分からない。
しかし、「やるにしても、バレないように、殺さない程度にしてね」とはね。てっきり「危ない事はやめて」って止められるかと思ったのに。
そんな機会が訪れるかわからない。相手は遠くにいる貴族。そう、出会うこともないだろう。
でも、もし、もし邂逅する機会があったら、、、、その時のために、ノリスの言葉は心に留めておこうと思う。




