142)雪中の強襲
翌朝、夜明けとともに目覚め、早々に出立。
結局昨日の不審者は、護衛の人たちが念のため交代で巡回してくれたけれど、それらしき人物も見つからずに、騒ぎが起こることもなかった。
警戒を怠ることはないけれど、ひとまず僕らとは関係ない可能性が高そうという見解だ。
そうして順調に馬車は進む。予定通りここまでの旅程よりも急ぎめで、馬車の中はガタガタと揺れる。流石に本を読むのも、カードで遊ぶにも適していないので、なんとなく夏休暇の時の盗賊騒ぎの話などをして時間を潰す。
昼過ぎまでは穏やかな天気だったものの、森に入る頃には徐々に雲が広がり始めていた。
そして不意に馬車が止まる。
ドアをノックして現れたのはヴェルガー将軍だ。
「失礼。ベレッタ様。少々困ったことが起きました」
「困ったこと?」
「ええ、多分もうすぐ吹雪がきます」
聞けばヴェルガー将軍の経験上、よろしくない雲であると言う。風も出て来ているのでまず吹雪になるだろうとの事。
「慣れぬ場所ですので、強行は許可できません。残念ですが、状況が好転しなければ町に戻ります」
「、、、わかったわ。それじゃあ、戻りましょう」
「はっ。また少々揺れますのでお気をつけを」
再び来た道を戻ろうと、少し進んだ頃、馬車の窓をパタパタと何かが叩く音が、雪だ。吹雪いてきたのだ。
それとほぼ同時に、声が上がった。馬車の中で聞き取りにくいが、間違いなく「敵襲!!」と叫んでおり、僕らは顔を見合わせる。
「、、、確か夏休暇の時も、お前ら(ルクス、ハインツ、ソニア、ハナ)とマリアだったよな? 立て続けに旅先で襲われるって、、、どんな星の下に生まれてんだよ、、、」
ライツに少々あきれ気味にそのように言われるも、ちょっと反論の余地がないなぁ。
こっちが聞きたいよ、、、
「呆れている場合じゃないわ。集中して!」
レフに怒られて気を引き締める。僕が愛銃を取り出し「屋根から狙撃する」と言うと、「「俺も出る」」とハインツとライツが名乗りを挙げるが、「ルクス以外はダメよ」とレフが却下。
「なんでだよ!」とライツが不満を漏らすも、
「ルクスは遠距離攻撃ができるからともかく、私たちの本来の目的はベレッタさんの護衛よ。それを履き違えないで」
「うん。レフの言葉はもっともだね。もし敵が近くまでやって来るようなら僕が合図を送る。その時は頼むよ」
僕の言葉に渋々「わかった」と引き下がった。
僕にはソニアが「気をつけてね」とマフラーを差し出す。
「うん。じゃあちょっと行って来るよ」
馬車の扉をあけると、強い風が吹き込んで来た。
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馬車に登って様子を見る。視界はそれなりに悪いが、まだ本格的に吹雪いているわけではないようだ。多分。なにせ吹雪というのを体験するのが初めてだから、要領がわからない。
襲って来ているのは森の方から。隊列の後方で戦闘音がする。つまり、森で待ち伏せしていたが、僕らが引き返してしまったので慌てて追いかけて来たって事だろうか?
「後方以外の周囲に気を配れ! どこかに伏兵がいるかもしれん!!」
風の強さに負けない大声を張っているのはヴェルガー将軍だ。僕らの馬車と襲って来た相手の中間あたりに陣取って指揮をとっている。
ひとまずスコープを覗くと、敵もそれなりの数がいるみたいだ。とりあえず、ここから狙えるだけ狙撃しようかと考えていると、右の方から嫌な気配を感じた。
気配を感じたほうへ視線を移せば、20名ほどの敵が身をかがめてこちらへにじり寄って入りのが見えた。
距離はまだ少しある。近づいて来る方は若干低地で、馬車の屋根の上にいる僕しか気づいていない。
この風の中、僕が声をあげてもヴェルガー将軍に届くかどうか。先に敵に気づかれたら遮二無二襲いかかって来るかもしれない。
なら!
僕はそちらに銃口を向けると、愛銃に魔弾を込め、スコープを覗いた。
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息を潜めながら目的の馬車へと近づく。
まさか、森に入る前に引き返すのは予定外だったが、この吹雪で視界はない。状況は俺たちに味方している。
別働隊は選りすぐった精鋭だ。馬車に取り付きさえすれば、一気に片を付けられるだろう。かのヴェルガー将軍とてどうにもならぬはずだ。
そう考えると、自然と口元が緩んでしまう。
もう少しだ。
もう少しで俺たちの勝ちだ。
そろそろ相手から見えても、一気に駆け抜けることができる距離まで来た。
部下たちに駆け抜ける合図を出そうと左右へ顔を振るが、そのどちらにも部下の姿がない。少々突出したか? 全く、極力気取られずに着いて来いとは言ったが帰ったら説教だな。そう思って背後へと視線を走らせ、部隊を率いていた男は息を飲む。
確かに部下はいた。少し後ろに1人、それから少し下がったところに1人。転々とずっと背後まで、顔を地面に突っ伏して。
いつだ!? いつやられた!? 本当に死んでいるのか!?
必死で動揺を抑えながら、部隊長の男は逃げなければと判断。なりふり構わず立ち上がって走り出そうとするも、右足に激痛が走る。痛みでたたらを踏んだ直後、左膝にも衝撃とともに激痛が!
「があっ!」
たまらず声を上げるも、両足は動かない。そこで初めて自分が狙撃されたことを認識したのだった。
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ようやく吹雪が通り過ぎ、血しぶきを真っ白な雪が多い尽くす。
僕が狙撃した別働隊が敵の作戦の肝だったようで、いつまでたっても奇襲が成功しないことから失敗を悟った敵は撤退を開始した。かなりの数を倒したが、吹雪に乗じて逃げた兵もそこそこいたようなので、ちょっとした人数が動いていた可能性があるらしい。
敵が撤退した後、僕は強くなる吹雪の中でヴェルガー将軍に奇襲部隊の存在を伝え、ついでに撃退したことを添える。
ヴェルガー将軍は少し驚きの顔を見せてから、「とにかく吹雪をしのいでからだ」と、数台並んだ馬車に護衛兵も全員押し込んだ。
ようやく吹雪が収まり、現在僕らは事後処理を行っている。
こちらも数名の犠牲者や怪我人が出た。全て学園が派遣した自国の兵士だ。
それでも全体的に見れば圧勝と言えた。
ただ、僕ら学生は実際に味方の死を目の当たりにして少なからずショックを受けていた。夏休暇の時の野盗の死とは違う。味方が死んだのだ。敵を殺すのとも、ちょっと違う。
というか、僕は今回初めて人を直接撃ち殺したのだ。
綺麗事を言っている状況ではなかった。ただただ夢中で、今でも現実感はないけれど。
馬車から降りて処理を手伝おうとする僕らに、ヴェルガー将軍が「ここはいい。君らにはまだ早い」とだけ言い、見るだけなら好きにしろと添えた。
僕の狙撃した奇襲部隊の中で、最後の一人だけは相手が立ち上がったので狙いに余裕があった。
そのため両足を撃ち抜いて動きを封じておいた。だからまだ生きているかもしれないとヴェルガー将軍に伝えると、その男の調査が優先して行われた。
吹雪で埋まった中から見つかった僕が足を貫いた男は、果たしてすでに息がなかった。
「これは、、、毒を飲んだか、、、、」
情報を得るための貴重な捕虜候補だっただけに、ヴェルガー将軍も悔しそうだ。
「それにしても、、、これは全て君が、、、」
ヴェルガー将軍の副将の人が、感心したような、呆れたような声を出しながら僕を見る。
視線の先には毒で自害した男も含めて20人が、雪まんじゅうを作りながら順々に倒れている。
「はい。気づかれないように一番後ろから順番に」
「後ろから順番にって、、、あの視界で? 信じられん、、、」
「ともかく今日の殊勲はルクス、君だな。レムノスから勲章、貰っとけよ」
場の空気を変えようとしたハインツの冗談は、本人の乾いた笑いと共に、静かに空へと吸い込まれていった。




