128)ミティア① ビアンカの依頼
ある日の休日、部室にいたのは珍しく僕とハナの2人だけだった。
僕もそうだけど、ハナは喋るときは喋るのだけど、ずっと黙っているのも平気なタイプ。
そして今日は2人ともテスト勉強のための勉強中。つまり、部室は大変静かなのである。
僕は自室よりも部室の方が集中できるのでここにきた。ハナは「家だと絶対に勉強しないでござる。ここに来れば誰かしら監視がいると思ったでござる」とのこと。
一学期のテストでは、危うく夏休暇をフイにするところだったハナ。
二学期も一学期ほどではないけれど、成績が悪ければ補習がある。
ハナとしては今度こそ事前に勉強してスムーズに切り抜けたいというのと、勉強できない仲間だと思っていたハインツが、レングラード公の手記が見つかって以降は座学で全く居眠りせずに真面目に授業を受けているの見て、少々焦ったらしい。
他の仲間も、今日は多かれ少なかれテスト勉強に時間を費やしているはずだ。
そんな訳で僕らも黙々とテキストを片手にノートにペンを走らせている。使っているペンはハインツのお父さんが送ってくれた高級品。
「こういうのは使ってこそだぞ」というハインツとマリアの貴族コンビの言を聞き入れて、なるべく使うようにしている。高級品だけあって書き心地は抜群。
ただ、流石に教室では悪目立ちしかねないし、ペンについて聞かれても困るので授業中は使用を控えていた。
そんな穏やかな冬の昼下がりの部室に、突然襲い来る喧騒が。
慌ただしく扉を開けて入ってきたその人物は開口一番、
「あ! いた! ハナちょっと手伝ってくれない!?」
と大きな声で口にする。僕らの同級生、お騒がせでお馴染みのビアンカだ。
「なんだ、ビアンカか」
僕がそんな風に思って、再びテキストに目を落とそうとすると、
「なんだとは何よ! 今日はルクスには用はないわよ!」と返された。
あれ? 今、僕、口に出していた?
「なんでも良いけど、少し静かにしなよ。めちゃめちゃ廊下にも響いてるよ」
「あ、ごめんごめん」
こういうとき素直に謝るのは、ビアンカの良いところだと思う。
「それで、どうしたでござるか?」
「あ! そうそう、ルクスのせいで話が逸れるところだったじゃない。ちょっとハナ、あんたに手伝って欲しいことがあるのよ」
「なんでござる?」
「人探しを頼みたいの」
そのように言ったビアンカの後ろから、見かけない女子生徒が顔をのぞかせた。
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部室を出て学園の大通りを歩く僕ら。
「ちょっと、なんでルクスもついてくるのよ?」
「人探しなら人手がいた方がいいんじゃないかな。それに、この間の対抗戦で銃を借りたお礼もあるから、手伝うよ」
「、、、、じゃあ、好きにすれば良いわよ」ビアンカはそんな風に言いながらも少し嬉しそう。
ビアンカが連れてきた女の子は、ミティアと名乗った。
驚くべきことに、彼女は衛生兵という非常に珍しい兵種で、学園の生徒ではなく研究所の職員なのだそう。
なるほど、普段は見かけないはずだ。で、衛生兵は現在、校内に2名しかおらず、研究棟で様々な実験などを行なっている。
、、、というか、どう見ても僕より年下に見えるのだけど?
「それはそうでしょ、年下だもの」
ビアンカがあっさりと言ってくる。ミティアは王都の衛生兵専門の学校の出身。
衛生兵専門学校は、3年経ったら自動的に卒業ではなく、実力が伴わないと資格を得られない。
ミティアは10歳で入学して僅か2年間で卒業した異才。
しかし年齢が年齢なので、将来を見越してひとまずここ、オーラン騎士軍事学校の研究機関へ送られてきたのだ。
「ビアンカはミティアちゃん? さん? とはどうして知り合ったのでござるか?」
「あ、、、わ、私のことは呼び捨てで良いですよ、、、ビアンカさんのお母様が、衛生兵の学校の副校長なのです」
少しおどおどした感じで口を開くミティア。初めてあったときのマリアみたいだな。
「うーん、じゃあミティアちゃんで。ビアンカのお母さんて衛生兵だったのでござるか?」
「そうよ。戦場でパパが大怪我したときに治療に当たったのが馴れ初めだって。ママたちのことはともかく、衛生兵って基本的にはこの学園よりも生徒の平均年齢が高いのよね。ある程度の知識がないと入学できないし。その中でミティアは飛び抜けて幼かったから、ママも何かと目をかけていたのよ。良くウチにも連れてきていたわ。なので私にとっては妹みたいなものね」
そんなビアンカの言葉に、ミティアもコクコクと同意する。
「それで、ミティアは誰を探しているんだ?」
「、、、、学園祭の時に私を助けてくれた女の子を探しています、、、、」
内向的な性格もあって、普段はほとんど研究棟から出ることのないミティアだが、学園祭の時は流石に楽しそうに感じて出店を覗きに出かけて見た。
ところが、人ごみに揉まれている間に、常に身につけていた大切なブローチを落としてしまった。
困ってオロオロしているミティアに声をかけてくれたのが、年の近い少女だった。
事情を説明すると、彼女はミティアと一緒にブローチ探しを手伝ってくれたのだという。
ミティアが歩いた場所を2人で辿り、どこかに転がっていないか、それに合わせて近くの屋台に落し物が届いていないか聞いてくれたのも彼女だった。
そんな献身的なサポートによって、大切なブローチは見つかったのだけど、ろくにお礼を伝えることもできないままに、その娘は帰ってしまったのだとか。
ミティアはそれがずっと心に引っかかっており、せめてお礼を伝えたいとビアンカに相談を持ちかけ、ビアンカは、ならばロドンの街に詳しいハナに声をかけたという流れだった。
そういえば、ビアンカとハナって改めて見ると仲良さそうだなと思って、聞いてみると
「そうでござるね。結構入学当初から気が合ったでござるよ」
ふーん、ビアンカは言わずもがな、ハナも少し変わっているから、変わり者同士気があうのかな?
「ちょっとルクス、今、何か失礼なこと考えたでしょ!」と、ビアンカに蹴られた。ルルーさんばりの勘の良さだ。
そんなやりとりを見ていたミティアが「みんな仲良しなんですね」と笑う。
「違うわよ、こいつとはライバル関係なんだから!」とビアンカが騒がしい。
そんな中、ハナは少々難しい顔だ。
「そのミティアちゃんを助けてくれた女の子というのは、どんな容姿でござる? 名前とかは?」
「それが、私も慌てていたから名前を聞き忘れてしまって、、、ふわふわした可愛い女の子だったのだけど、、」
「うーん、それだけでは探すのは難しいでござるなぁ、、、」
確かにいかにハナといえ、それだけの情報で特定するのは不可能に等しいだろう。
「あ、それは大丈夫。ハナに手伝ってもらいたいのは、そのくらいの歳の女の子が集まる場所の候補をあげて欲しいのよ。探すのはあの子」
そのように言いながら指差す先には、研究棟の制服を着た職員と、その足元にはすらりとしたに引き締まった肉体、黒い短毛を纏った、凛々しい顔つきの一頭の犬。
「あれって、、、、もしかして軍用犬?」
「そうよ。研究棟でも何頭か飼っているらしいわ。で、探している娘がハンカチを落としていったのよ、その匂いをもとに探すの」
「、、、、いや、いくらなんでも仰々しすぎない?」僕が思わず突っ込むと
「ミティアは研究棟でもみんなの娘さんなの。ミティアが悩んでいるのを放って置けなかったみたい」
「べグって言うんです! 見た目は怖いですけど、大人しくていい子ですよ!」
とミティアが嬉しそうに軍用犬の紹介をする。
うん。そんな無邪気な顔をされたら、軍用犬ぐらい貸し出されちゃうのかもなぁ。




