108)ビアンカの新銃
今日の日記
ハインツが学園を発ってから一週間が経った。
もちろん、レムノスにいるお父さんに、レングラード公の手記を届けるためだ。
戻ってくるのは早くても10日後だと言っていた。
ライツとレフも同行するかと思ったが、2人はそのまま学園に残った。
流石に同じタイミングで10日も休めば、訝しがる人たちが増えるという理由。
ハインツに同行したのは、国との連絡役を担っていたベテランの軍人の人らしいので、何も心配はないという。
レングラード公の隠し部屋を、隠し部屋にある手記を発見したあの日、ハインツはその手記を大事に抱き寄せて、書斎机に向かって深く、深く頭を垂れた。
まるでそこに誰かが座っているかのように。
地下通路から戻ってきた僕らに、リンカートさんは何も言わずにお茶を準備してくれた。
結局最後まで、リンカートさんが手記に触れることはなかった。
今のところ、ハインツが不在なこと以外、大きな変化はなにもない。
そうして僕には、今日もいつもと変わらぬ日常があったのだ。
具体的に言えば、ビアンカに絡まれた。
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「ルクス! 勝負しなさいよ!」
朝、教室に入って早々、ビアンカが仁王立ちで待っていた。
「あ、おはようビアンカ。今日も元気だね」
僕はビアンカに挨拶しながら横を抜けて席へ荷物をおいた。
「うん。おはよう。じゃなくて! 勝負よ!」
ビアンカから勝負を持ち込まれるのは少し久しぶりだ。
僕の愛銃をフランクがメンテナンスしてしてくれて、みんなで試射して以降はしばらく大人しくなっていたのだけど。
まぁ、ひどい時には日をおかずに「勝負勝負」と言っていたので、少々感覚がおかしくなっているところはある。
なにせクラスメイトですら、朝一番のビアンカの奇行に対して「またやってら」程度の反応で、こちらに見向きもしない。
「どうしたの今日は?」
荷物を片付けて、席に座ってから、僕はビアンカにのんびりと聞く。
正直、ビアンカと勝負をする気分じゃないんだ。なにせ、僕らは大きな目的を達成したばかりで、少しのんびりしたい気分だったから。
しかしそんな僕の気持ちなど意に介することなく「フッフーン」と自慢げに胸をそらせるビアンカ。
「銃を新調したのよ」
「銃を? そう言えば2年生になったらサラース先輩みたいに移動特化の狙撃銃にするって言ってたよね?」
確か、ビアンカはそんなことを言っていた。
サラース先輩のように、常に移動しながら敵を狙うスタイルを目指しているビアンカは、僕やラミー先輩のような一撃必殺の長距離砲よりも、狙撃銃としてはやや射程が短いが取り回しがしやすい銃に切り替えると。
「そうなの。本当は標準的な銃を完全に使い熟してからって思っていたのだけど、ルクスや、ラミー姉さんの銃を見てたら、やっぱり欲しくなったから、予定を前倒ししたの」
「へえ、見たいな。サラース先輩と同じミディアムショット?」
「ううん。私はサラース先輩ほどの体力はないから、軽さ重視でモービルの狙撃銃にしたわ」
モービル社はセミオーダーの銃を得意としているブランドだと、フランクから聞いたことがある。
対してミディアムショットはフルオーダーの銃だ。取り回しが効く銃の中でもとりわけクセがあり、威力もある程度確保している分、重量は持って走れるギリギリラインの設計だ。
さすが元ラミー先輩のコレクションという感じで、やっぱりちょっと人を選ぶ銃といえる。
僕がそんなことを考えていると、
「今日は午後は授業がないでしょ! だからラミー先輩にも立ち会いをお願いしたわ! 放課後、勝負よ!」
、、、うん。こういう話はできれば事前に、まずは当人の僕のスケジュールも確認して欲しいかな、、、、
今日は教官達の急な全体打ち合わせがあるとかで、午前は座学の自習。午後はお休み。
確かに予定はなく、図書館でのんびりしようと思っていたのだけど。ラミー先輩が了承しているのであれば、断っても強制的に連れていかれそうだ。
「はぁ、わかったよ。じゃあお昼食べたらね」
と、小さくため息をついて、ビアンカの提案を受け入れるのだった。
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その日の午後、訓練用の擬似市街地に集まったのは、僕、ビアンカ、ラミー先輩とサラース先輩に、2年の狙撃手で、学園トップクラスの実力者、レーゲールさん。ちょうど兵種棟からみんなで移動する時に会ったのだ。
レーゲールさんは僕やラミー先輩よりのあまり動かずに狙い撃つスタイルらしいけれど、アクティブな狙撃も勉強になると言って、見学を申し出た。
わざわざ従軍後に学園に入学しただけあって、本当に学びについて貪欲な先輩だ。
市街地に着くとビアンカが「はいこれ」と、1つの銃袋を渡してきた。
ビアンカはここに来る道中、2つの銃袋を抱えて歩いてきたから、まさかとは思ったけれど
「これ、、、モービル社の銃かい?」
「そうよ。予備。2挺買ったの。今日はこれで勝負よ!」
セミオーダーとは言え、一つ一つ職人の手が入る高価な銃だ。
なかなかいっぺんに2挺求める生徒は滅多にいないだろう。さすがラミー先輩の家にも出入りするレベルの軍人一家の娘さんと言った感じだなあ。
「同じ条件であれば、私にもチャンスがあるわ! むしろ動きながらの狙撃なら私の方が有利よ!」
と、ビシッと僕を指差すビアンカ。でも僕は、、、、と言いかけた時、
「確かに、面白い勝負かもしれないな。あとで私も参加させてくれ」と、新しい銃と勝負事が大好きなラミー先輩が前のめりに参加を表明する。
「サラースは参加しないのか?」黙ってやりとりを見ていたレーゲールさんの問いに
「ええ、今日はビアンカの動きを見て、あとでアドバイスが欲しいと頼まれているので、私は見学ですね」
この中では間違いなく一日の長があるサラース先輩は参戦を見送り。そのサラース先輩が逆に、
「レーゲールさんは参加しないのですか?」と聞くと
「うーん、、、俺はラミーやルクスみたいな天才肌じゃないからな、試射ならともかく実戦形式は時間が足りんな。それよりもビアンカ、終わったあとでいいから、ルクスの使った銃を試し打ちさせてくれんか?」
ビアンカが了承すると、レーゲール先輩は満足げにサラース先輩と見学へと回る。
「使用エリアは、市街地の半分でいいか。。。とりあえず屋内は使わずにやってみるか?」
ラミー先輩がルールを決めてゆく。
そしてビアンカとの対決が始まった。
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新しい銃の感触は悪くない。天気も良く、視界よし。
私は通路を走りながら、ルクスの動きを予想する。
もともと待ち構えて狙うタイプのルクスだから、通りの角などから射程内に入るのを待ち構えている可能性が高い。
ならば、その裏をかければ後ろから狙うことができるかもしれない。
そう考えながら、ルクスに見つからぬように慎重に、だけど急いで路地裏をかける。
擬似市街地に三つある大通り、その両サイドからスタートした私たち。
移動にあたって特に中央の通りを抜ける時は注意が必要だ。
そこで待ち受けるのが一番楽だし、捕捉しやすい。
私は一旦、路地裏の角から少し時間を使って大通りの様子を伺う。
大通りにこちらを狙う気配はない。
と、不意に背後に嫌な予感を感じて振り向くと、ルクスが走りながら私に狙いをつけて引き金を引くところだった。
ルクスの放ったゴム弾は、正確に私の額に当たり、私はしばらく大の字で青い空を見上げることになった。
額の痛みをこらえつつ、ぼんやりと空を眺めている私の顔に影が差す。ルクスだ。
「大丈夫? こういうの久しぶりだったから、狙いに加減が効かなかった」
申し訳なさそうにそのように言いながら、私の手をとって立つのを手伝ってくれる。また負けた。。。
私は起き上がりながら「久しぶりって、、、前はこういうスタイルだったの?」と聞いてみる。
ルクスは首を振って「いやあ、狩猟の時はこんな風に移動しながら狙わないといけない事が、たまにあったからね、、、」と苦笑する。
後からサラース先輩に聞いた所によると、ルクスは開始直後には中央の大通りを通り抜けて、こちらサイドにきていたらしい。
「相手の虚をついたうまい作戦だよね」とサラース先輩も感心していた。
同じ条件でも負けた。私はまだまだだ。
負けたことが悔しくないと言えば嘘になるが、私の周りにはこんなに凄い狙撃手がたくさんいる。
私は人に恵まれていると考えると、なんだか心は今日の空のように清々しかった。




