104)最後の七不思議④ 声なき悲鳴
リンカートさんとの約束どおり、お昼に合わせて再び洋館へ訪れた僕ら。
テーブルにはすでに美味しそうな料理が並んでおり、ラットくんのテンションが急速に上がる。
「あら、いらっしゃい。間に合ってよかった」
そんな風に僕らを迎えてくれるリンカートさんに、レフとライツが一歩先に出て挨拶。
「初めまして、リヴァル=レフです。今日はお招きいただきありがとうございます」と折り目正しく挨拶をすると
「初めまして。リヴァル=ライツです。よろしくお願いします。リンカート理事長」とライツも習う。
「ご丁寧にありがとう、私のことはもう知っているわよね。ここでは他の子達と同じようにリンカートさんで良いから」
簡単な挨拶を交わした後は、早速お昼。
みんなで声を揃えて「いただきます!」と言ってから料理に手をつけた。
「あまり若い子の口には合わないかもしれないけれど、、」
とリンカートさんは謙遜するが、確かに素朴な料理が多いけれど、ほっとする味でとても美味しい。
僕が素直に「美味しいです!」と伝えると、リンカートさんは微笑んでくれ、僕らはひとしきり料理を堪能する。
昼食の場がようやく落ち着いたところで、リンカートさんは「それで、結論は出たのかしら?」と僕らへ向けて問うた。
「はい」ハインツが少し緊張した面持ちでリンカートさんを見つめると、ゆっくりと経緯を話し始めた。
幸いなことに今日はよく晴れており、陽だまりにある洋館の庭はここ最近では暖かい。
ハインツが一つ一つ丁寧に説明してゆく様を、リンカートさんはもちろん、僕らも黙って聞く。
長い話が終わると、リンカートさんは小さなため息をついた。
「やっぱり、フォレットの言う通りだったわね、、、、」
「フォレット、、、って公主の弟ぎみのでござるか?」
ハナをはじめとした街に住む仲間は、学園祭の朝、フォレットさんと直接会ってはいない。話は伝えたものの、ちょっとピンときていないところはあった。
「ええ。私があなた達の事を話したら、一度会ってみたいと言って聞かなくて。理由を聞いたら”隠し部屋のこと”を探しているんじゃないのかって」
「隠し部屋!?」
僕らは思わず立ち上がる。リンカートさんは確かに、地下通路ではなく、隠し部屋と言った。
「ええ。ルクス君、あなたの予測は当たっているわ。この学園の地下には秘密の通路がある。用途はあなたの言った通り。そして、ハインツ君。あなたの探しているレングラード公の隠し部屋はこの地下通路にあると聞いているわ。尤も、その部屋には少なくとも私が知る限り誰も入っていない。あなたが探している物があるかは分からない。いえ、厳密にはあるらしい、と言う話だけは聞いているわ」
リンカートさんの含みのある言い回しに、ハインツが少し訝しげな顔で質問する。
「地下を案内する前に、少し昔の話を聞いてくれるかしら? 大人達の、情けなくて卑怯なお話を」
そのように言って、リンカートさんは静かに目を閉じた。
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話そうと決めてはいたのに、いざ話すとなるとどこから話していいのか迷うものね。。。
ハインツ君の話を聞いて、私たち、、いえ、私が思っていたよりもずっと、貴方たちは状況を理解していたという事もあるわ。
嫌だわ、ハインツ君みたいに順序立ててお話し出来ないかもしれないけれど、その時はごめんなさいね。
さっきは随分曖昧な言い方になってしまったけれど、レングラード公の隠し部屋に、貴方たちが思っているものがある事は、私たち、少なくとも公主に近しい人間は知っているわ。
レングラード公は、お兄様の醜聞を書いた日記を、地下通路の隠し部屋に隠している。
先代の頃からの、王族の公然の秘密。
ハインツは言ったわよね? これが、戦争を終わらせるきっかけになるかもしれないって。
私もそう思うわ。両国とも戦争に倦んでいる今なら尚更。
じゃあ何故、”これ”を世に出さなっかたのか。
端的に言えば、「私たちに勇気がなかった」、「怖かった」と言っても良いのかしら。
内容は言えないけれど、王家にとっての醜聞から始まった戦争で、多くの人が死んだ。多くの人が涙を流した。
もしこれが世に公開されれば、私たちは国民から猛烈な非難を浴びるかもしれない。
いえ、非難だけなら甘んじて受けましょう。事実なのだから。
下手をすれば国に大きな混乱が起こる。国力は大きく低下するかもしれない。そうなれば、ソルアルどころか山の向こうの隣国も攻め込んでくるかもしれない。
、、、、、違うわ。ごめんなさい。その危険も事実だけど、私たちが心配していたのは、私たちの命と立場。
そんなくだらない事で、私たちの命を危険に晒して! って民が、軍が国に怒りを自国へと向けたら、それが反乱となって、成功すれば私たちの命はそこでお終い。
みんなそれが怖い。
本当に卑怯よね。
身勝手よね。
だから私たちはずっと待っていた。
レングラード公の日記を託せる人たちを。
奪い去ってくれる人たちを。
全てを諦めさせてくれる人たちを。
今、その時を迎えてみれば、私は、この時のためにこの洋館で時を過ごしていたのかもしれないわ。
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時間は少し遡る。
学園祭の前夜、フォレットは洋館でリンカートお手製のポタージュを堪能していた。
ラヴィトーミーヴィアは明日の夜、学園祭の初日にやって来る。警備の兵は部屋の外。ここにはフォレットとリンカートの2人しかいない。
「やはりリンカートのポタージュは最高だよ」
無邪気に喜ぶフォレットを見ながら席に着いたリンカートは、改めて聞く。
「本当にあの子たちに話してしまって良いの?」
レングラードに話したのは、今年も猫に導かれて来た子供達のことだ。
例年学園祭の前日の夜は、フォレットと二人、洋館でこの話で盛り上がるのが定番だった。
ところが今年はリンカートの話を聞いたフォレットの様子がおかしかった。
確かに今年は隣国からの王族の留学生、五大貴族の娘、それに不思議な雰囲気を持つ灰色の髪の少年など、バラエティに富んだ子供達だったし、洋館では七不思議を探そうと盛り上がっていたので、リンカートとしても隠し部屋のことが頭にないわけではなかった。
だけど、今更という気持ちと、なんでこの子達に? という疑問は拭えない。
「もちろん無条件じゃないよ。いくつかの条件をクリアして、初めてその”権利”を得る。僕がそんな偉そうな事を言えた立場じゃないけどね」と自嘲。
それはリンカートも同じだ。
「まずは明後日、僕が直接その子たちに会おう。これでも人を見る目にはそれなりに自信があるよ。ただ、スケジュールを考えると早朝しか無理だなぁ。すまないけど手配してくれるかい?」
「それは構わなけれど、ほかには?」
「そうだな。折角だ。七不思議を全て見つけてもらおう。それだけの情熱を持っているか見たい」
「集められるかしら、、、」
「何、途中で諦めたらそれまでさ」
「それも、、、、そうね」
「それから」
「まだあるの?」
「ああ。彼らが地下通路の入り口の場所に行き着いて、リンカート、君に聞きに来た時だけ、彼らを案内してやってくれ」
「分かったわ、、、その時は」
「ああ、”アレ”が隣国に行くのも構わない。それならそれで利用させてもらう」
ニヤリと笑うフォレット。その顔を見てリンカートは深くため息をつく。
「本当に貴方は、、、本来であれば、こんな学園祭の挨拶なんかに列席せずに、大規模演習で公主の隣にいるべき人なのに、、、」
「仕方がないさ、兄の意向じゃない。僕に表に出て来てほしくない取り巻きが多いからね」
もし大規模演習へ参列すれば、聡明なフォレットは兵士の人気を集めるだろう。
それを避けたい人間が、毎年フォレットをここに追いやる。
「兄は父によく似て、決断力には乏しいが、引き継いだものをそのままに守るのは上手い。平時なら後の世に名君と呼ばれる人だろう」
その言葉に、リンカートは少しだけ眉根を寄せるのだった。




