98)雪知らずの花① 雪知らずのお茶
今日の日記
僕らの住むロザン公国の北の地方では、雪が降る少し前の季節に、雪知らずの花という名前の花が咲く。
その名前の通り、雪が降る前には枯れてしまう花であることから、この名前がついたとリックさんから聞いた。
雪知らずの花は、花が咲く頃に摘んで日陰で干しておくと、冬の間、雪知らず茶として楽しむことができる。
この雪知らずのお茶。指先を温める効果があり、リックさんが住んでいたロドンよりもっと北の街の冬の夜は、これを飲んで眠ると朝まで寒さで起こされることなく眠れるという。
僕が十分に寒さを感じているロドンの街だけど、ハナが言うにはそれほどでも無いらしい。驚愕だった。
ゆえに、雪知らず茶はあまりロドンの街では一般的な飲み物では無いそうだ。
ところがリックさんの奥さん。ローナさんは北のほうの生まれなのに寒いのが苦手で、ロドンでは雪知らず茶があまり市場に出回っていないことに困っているのだとか。
そんな話を昼食時のとりとめもない会話のなかで語ったリックさんだったが、ここでハナが「え? 雪知らずの花ならいっぱい咲いているところ、知っているでござる」と言ったことから、今日の話は動き出したんだ。
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「え? 雪知らずの花ならいっぱい咲いているところ、知っているでござる」
「え? 本当に!?」
部室で昼食の最中、普段のんびりとした雰囲気を纏っているリックさんが、ハナの言葉に珍しく立ち上げってぐいっと前に出て来た。
その勢いにハナは少し驚きながらも、「本当でござるよ、、、」と返す。
「ハナ、すまないのだけど教えてもらえるなか。いや、絶対秘密にするから!」と鼻息の荒いリックさん。
聞けば、冬はいつも寒そうにしている奥さんのためにどうしても手に入れたいそうだ。リックさんは大変な愛妻家なのだ。
「別に隠さなくてもいいでござるよ。ロドンの人間はあまり雪知らずのお茶を飲まないでござる、、、その、、味がちょっと」
ようやく落ち着いて席に着いたリックさんが納得顔で
「ああ、確かに風味も癖があるし、何より苦いよね」
「そうでござる! 私は苦手でござる、、、」
雪知らずのお茶の味を思い出したのか、ハナはちょっと元気がなさそうに答えた。
「でも、寒さの解消になるなら僕も欲しいな」と僕が言うと、
「あれ? ルクス君は寒いの苦手、、、ああ、妹さんのためか」というリックさんの言葉にコクリと頷いて返す。
だいぶ快方に向かっているとはいえ、病気療養中の妹なのだ。できれば寒い冬も暖かく過ごしてもらいたい。
「あ、私も欲しいな。ちょっと寒いの苦手、、、」と、ソニアも手を挙げる。
「なら明日の休みにみんなで行くでござる。行く人!」
手を挙げたのは、僕、ソニア、リックさん、レフの4人だ。レフが手をあげるのを見て、ちょっと後からライツが仕方ねえなとばかりに追随した。ハインツの護衛の名目でやってきた2人であるが、ハインツの意向もあり、割と別行動も多いみたい。
「ちなみにどこに行くんだい?」リックさんが聞くと
「東のパロ山でござる。私がよく訓練で使っているので、あの山のことはよく知っているでござる。ピクニック気分で行くでござる」と言ったところで、お弁当が主目的であろうラット君の参戦も決まったのだった。
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ロドンの街を出て東へのんびり歩いて30分ほど。
パロ山は単独峰なので、その場所に一つだけ取り残されたようぽつねんとある山だ。
標高は、どのくらいかな? それなりにある、ただ軽装でも登れる程度で頂上の方は公園になっている。学園の城壁の上からも良く見えるので僕らにもおなじみの山と言える。
ハナはこのパロ山に小さい頃から通いつめて、足腰を鍛えていたそうだ。
なるほど、マリアの実家、ベル家の別荘の裏山で狩に出かけた時も平気そうだったのも納得。
「途中までは登山道を登って、途中で横にそれるでござる。お昼は頂上の公園で食べるでござる」
春や秋ならともかく、冬の気配の色濃いパロ山は閑散としており、僕ら以外にこれから山を登ろうという人はいないようだった。
「パロ山に登るの、久しぶりだなぁ」登山道の入り口を前に、リックさんがつぶやく。
「何回か登ったことはあるんですか?」僕が聞くと
「うん、春にピクニックがてらに妻とね。道も歩きやすいし、登るのに2時間かからないから」
「へえ。僕は初めてです。。。あれ? 考えたら山にピクニックで入るのって、もしかしたら初めてかも?」
「ルクス君は仕事で入っていたんだものね。もしかしたらパロ山くらいじゃ物足りないんじゃないの?」
「いえ、どちらかといえば山より森の中で獲物を狙っていたので、そんなことはないですよ」
そんな会話をしていると「おーい! 早く登ろうよ!」とお弁当目的のラット君が呼び、僕らはゆっくりと山へと足を踏み入れた。
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紅葉も落ち着いた山の中はくすんだ色が目立ち、冬の到来を予感させる少々寂しげな風景だった。
行きかう人が少ないことも、そのように感じさせるのかもしれない。
「そういえばリックさん、雪知らず茶ってどんな風に作るの?」持久力ならクラスで上位のラット君が、全く息を上げることなくリックさんに話しかける。
「花を摘んでね、日陰で干しておくんだ。その花びらを1枚カップに入れて、お湯を注いでしばらく待てば出来上がりさ」
「簡単なんだね。花びら一枚でいいの?」
「そうなんだよ。だから片手いっぱい程度摘むことができれば、その冬の分は十分なんだ」
「花びらって大きいんですか?」雪知らずの花を見たことのないソニアも聞いてくる。
「いや、むしろ小さいよ。乾かすと長さが小指の爪の先ほどもない。瓶か何かに保管しておかないと吹き飛んでしまうそうな小ささだよ」
「それなのに1枚で?」
「そうなんだよね、不思議だよね」
会話を続けながらも僕らはどんどんと進む。ベル家の別荘の裏山では息の上がっていたマリアも、整地された登山道ではそれほどでもなさそうだ。
あの時より体力がついたのもあるかもしれない。
「あ、この辺でござる」
先頭を歩いていたハナが大きなウロのある木のあたりで立ち止まると、不意に藪の中へと踏み込んで行った。
「ここからは転ばないように気をつけるでござるよ」ハナの注意を聞きながら慎重に足を運ぶ。
足元は枯れ葉が積もってふかふかしている。時折砕ける枯葉の感触が心地よい。
そこから10分ほど歩いただろうか。不意に開けた場所に出る。
目に飛び込んできた斜面には一面の小さな白い花。
まるでその場所だけ一足早く初雪が降ったみたいだった。




