1)最初の日記
前作からいらっしゃった皆様、ありがとうございます。今作で知っていただきました皆様、初めまして。どうぞお気軽にご覧いただければと思います。
今日の日記
僕は明日から、この国で一番有名なオーラン騎士軍事学園に通う事になる。
日記には今までは毎日獲った獲物のことを書いていたけど、この街じゃ獲物は獲れそうも無い。
代わりに日々あったことを書き記していこうと思う。
今日は到着したばかりで何も書くことがない。
日記は毎日続けたいから、今日は、ここに来るまでの経緯を書いておく事にしよう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
僕の住む国、ロザン公国は大陸の南にある大きな国だ。比較的温暖な気候で豊かな国だが、一つだけ難点がある。北にあるソルアルという国と戦争中であることだ。だから大人が言うには、北に行くほど人がピリピリしているのだそう。
ちなみにこの2つの国、と言うか、もう一つ併せて3つの公国は元は一つの国だったらしく、それぞれ兄弟が治めていたらしいので、世間からは”兄弟喧嘩戦争”なんて呼ばれている。うん。すごくカッコ悪い名前。
この僕、フルト=ルクスはロザン公国でも南の方に住んでいて、日々平穏に獲物をとって生活していた。
そこにこの学園の関係者だと言う綺麗なお姉さんがやって来て、この学園に来ないかと誘われたんだ。
僕には少し体の弱い妹がいて、妹の面倒を見ないといけないからと断ったら、そのお姉さんは妹を街の病院で診てくれると言う。
僕たちに両親はいない。まあちょっと、色々あってね。
僕は迷ったけどお姉さんの話に乗ることにした。妹が強く賛成したから。僕の妹、ノリスは病弱だけどすごく頭がいい。
多分村で一番頭がいいんじゃないかなと思う。たまに村の大人もノリスに相談に来るくらいだったから。ノリスが言うなら間違いない気がした。
ただ、それじゃあ明日引っ越しますと言う訳にはいかない。準備もあるし、お世話になった村の人にも挨拶しないといけないから。
そうこうしている内に時は過ぎ、僕は学園の入学式には見事に遅れて、この街にやって来た。
ノリスは誘ってくれたお姉さんの好意でお姉さんの家に住むことが決まり、僕は寮生活となる。
夜も大分更けた時間だと言うのに、僕を待っていてくれた寮母さんは、疲れただろうと暖かいスープとパンを用意してくれた。
僕はお礼を言ってありがたくパンに齧り付き、スープをアチアチしながら飲む。すごく美味しい。
食べ終えた頃を見計らって、寮母さんは僕を部屋へと連れて行ってくれる。
部屋の中はベッドと机だけの簡素なものだったけど、もともと住んでいた家と大差ないので不満はない。むしろちょっと広くなったかな。
詳しいことはまた明日と寮母さんが出て行くのを待って、肩に掲げていた自分よりも高さのあるスナイパーライフルを、そっと壁に立てかける。
そうして一息ついてから、僕はノートを出して机に向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ザラード=リタは公国軍部に所属する軍人である。
兵種は偵察兵。偵察兵の仕事は戦場での状況検分がメインだが、前線で戦う以外にも多岐に渡る。
くちさがない者が”雑用兵”などと言ってばかにして来る事もあるが、そう言う奴は大抵、戦場でその雑用の情報を得られずに死ぬのだ。
リタは軍を裏から支えているという誇りを持って、偵察兵に従事している。
そして偵察兵の大切な仕事の一つに、国内の優秀な人材を集めると言うものがある。
他の国のことは知らないが、こと、公国同士の戦争において、ただひたすらに物量戦で互いの民を傷つけ合うようなことはしない。
表向きは古き良き騎士道精神に則り、騎士の誇りを持った者だけが戦いに出る資格がある。ということになっている。
実際の所は民を兵士として投入すれば両国ともに国内の生産性が下がり、共倒れになることは目に見えているから、両国ともにやりたがらないだけだ。
国が疲弊すれば、別の国が舌なめずりをしながら山をこえて両国へとなだれ込んでくるだろう。
相手の国は憎たらしいし、その領土も奪って国土を拡張したい。しかし、他国に蹂躙されるのはもっと許しがたい。都合のいい考えであるが、要はどちらの公主も国の全てを投げ打ってまで戦う気概はないのである。
では、戦場もぬるま湯のようなものかといえばさにあらず。人死には日常茶飯事だし、下手をすれば部隊単位で全滅する。
その犠牲の上に北の方の領土は、増えたり、減ったりを繰り返している。
そんな訳で、リタを含めた偵察兵は日々国内をめぐり、表向きは”騎士の誇りを持った”戦士を探しているのである。
無論、いくら優秀なものであっても、いきなり戦場に放り込んでは明日には土の下だろう。そこで公国では騎士軍事学校へ入学させて、戦争のイロハを教えることにしている。学園と名がついているが、所属は軍部。きちんと給金も出るので、国民の中には学園への入学へ憧れを持っているものも少なくないのが現状だ。
公立オーラン騎士軍事学園という名の兵士製造機関はそのようにして、日々生徒を受け入れているのである。
リタが訪れたのは、公国でもとりわけ田舎の方。南の端にある村だ。
村より先は鬱蒼とした森と標高の高い山々が連なり、まるで”この国ここまで”と大地に線引きされているような気分になる。
旅行者を装ったリタは、村に唯一という部屋数が3つしかない小さな宿屋にチェックインすると、早速面白い人材がいないが村を見て回った。
結果収穫はゼロ。無駄足。
「まぁ、珍しくもないけどね」
宿の部屋で独り言をつぶやいて、今日はお酒でも飲んでさっさと眠って明日は出発しようと考えながらベッドに転がっていると、外から歓声が聞こえた。
興味を惹かれたリタが表に出てみると、村の広場には大型のブボロ鳥が転がっていた。
肉厚で美味として知られる鳥だが、警戒心が強く、巨体の割に動きも早いので捕るのが難しいとされている。
ブポロ鳥の前には、なかなか立派な体つきの中年男性が腕を組んで立っている。リタはその男に近づき、声をかける。
「立派なものだな、これは貴方が?」
この辺では見かけない美人に声をかけられた中年男性は、少々鼻の下を伸ばしながら答える。
「そうだ、、、、と言いたいところだが、俺は運ぶのを手伝っただけさ。獲ったのはアイツだよ、まだ若いのに、村で一番の鳥撃ち名人さ」
中年男性が指差した先には、伸ばした灰色の髪をひっつめにした線の細い少年がいた。歳は15〜16歳くらいだろうか。隣にいる中年女性と楽しげに話している。
リタは声をかけた中年男性に礼を言って、少年の方へ歩き出す。
「お話し中に失礼。あちらの男性から、この鳥は君が獲ったと聞いたんだが、本当かい?」
「本当だけど? えっと、誰?」
「ああ失礼、私はリタという。ザラード=リタだ。オーラン騎士軍事学園の関係者だ」
オーラン騎士軍事学園の関係者といえば、大抵の者が学園の人材確保の人間と察する。現に隣にいた中年女性は驚いた顔で口に手を当てている。だが、少年は「ふうん」と言った程度の反応で、茶黒い瞳が不思議そうにこちらを見ている。
「君の名前を聞いても?」
リタに促された少年は、答えていいか迷っている風だったが、隣の中年女性にも大丈夫と背中を押されてようやく
「フルト=ルクス」と答えた。
「ルクスか、いい名前だな。。。そちらの女性はお母様で?」
中年女性に視線を向けると、女性は手を振りながら違いますよと笑った。
「この子達、、、妹さんもいるんですけど、2人で暮らしているんですよ」
「そうですか。。。ルクス、君は毎日狩猟に出ているのかい?」
怪訝な顔ながら、ルクスが「はい」と答える。
「明日も?」というリタの問いにも頷いた。
「すまないが、明日の狩猟に私も同行させてくれないか?」
ルクスはかなり渋ったが、最終的に「案内料として手間賃を出すから」と話すと了承してくれた。
後で聞いたところによると、妹さんが病気がちなのでお金が必要らしい。
翌日、ルクスの狩猟に同行したリタは、その場でルクスの勧誘を決めた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回もお付き合いいただけると嬉しいです。