12話 籠の鳥
牢が開き廊下に出ると黒い外套を身に纏い、外出用の装備を身につけた二人の人物が俺達を待っていた。
一人は俺と同じくらいの体格の女、そしてもう一人はライくらいの年頃の子供だ。
「確認する。お前達が先導者達で間違いないか?」
女が俺達に問いかける。腰に剣を帯びている。恐らく軍人だろう。言葉の端々から、力強さが垣間見える。見た目には二十代に見えた。
「ええ、その通りよ」
クローイがその問いに応じる。
「分かった。私はルカ様の護衛でシャーロットという。お前達の事は父より聞いている」
ハキハキと聞きやすく、言葉に力がこもっている。帯びている剣も余計な装飾もなく実践向きだ。恐らくかなりの使い手だろう。この人達が待ち人で間違いなさそうだ。父より聞いている、と言うことはこの女はヒューゴの娘さんか。へー、父娘で軍人なんだな。
ということは、この子が……。
「バーグマン家、当主のルカだ。よろしく頼む」
そう挨拶をしたルカを見る。背格好はまだ小さい。しかし、初代領主のハロルドによく似た美しい顔立ちをしている。という事は、エリスにも似ているんだけどね。エリス、元気にしてるかな……?
「初めましてルカ様。私はクローイ。そしてこちらがミナトとリンです」
「ミナトです」
俺もクローイに紹介され頭を下げる。
「ほう、それは従魔か!?ミナトはテイマーなのか?」
ルカが急に目を輝かせ、リンに興味を示した。
「ええ、この子はゴブリンの……」
「リンだよ~!」
「ちょっと!?リン!」
リンが挨拶しながら手を振る。その様子を見てルカが驚きの表情を浮かべた。
「……なんと!この従魔は言葉を喋るのか!?」
「えっ……と、はい。リンは人間の言葉を喋れるし、理解できます」
するとルカは急に俺の手を取ると、興奮気味に言った。
「このゴブリン、ぜひとも俺に譲ってくれ!」
「……え?ええっ!?ルカ様にですか!?」
ちょっと、いきなり何を言いだすの!?
「話ができる従魔はそうそういないと聞いている。手許に一匹いればと思っていたんだ!是非譲ってくれ!」
いやいや、そんなのできる訳ないじゃんか!……てかルカ様は従魔に興味があるの!?ハロルドといいエリスといい、この一族は従魔スキーな血統なのー!?
「……ルカ様、テイマーは従魔と共にある職業です。その従魔を譲れというのはテイマーとって片腕をもがれるようなもの。何卒、御自重下さいませ」
空気を読んだのかシャーロットが、やんわりと制止してくれた。しばらく考えた後、ルカは素直に謝ってくれた。
「……それもそうであったな。ならば諦めよう。すまぬ、ミナト」
もうっ!日本で言えば江戸時代の殿様みたいに、権力者が絶大な力を持つ世界では「譲ってくれないか」は「寄越せ」と同義なんだからね!あー、びっくりした。
「ルカ様、今はそのような事を話している暇はありません。今は一刻も早く双子山へ脱出せねばなりませんから」
「分かった。それでは行くとしようか。クローイと言ったか。案内を頼む」
「承りました。では、我々が双子山までお連れいたします。ルカ様、道中には地下水路跡を通りますが大丈夫ですか?」
俺達を代表してクローイが聞く。
「問題ない」
「ではご案内します。ミナト、行くわよ」
クローイの先導で俺達は牢屋を後にした。俺は最後尾で背後を警戒しつつ進む。
それにしてもクローイの問いかけにも、何ら動ずる事もないのには感心した。中々胆がすわっているよな。年齢は確かまだ8歳か9歳くらいだったはずなのに。……俺がこの歳なら夜中に地下水路跡なんて、おしっこちびっちゃうけどなぁ。子供がいる手前、怖がる訳にはいかんけど。
するとリンが頭の上から
「ミナトにはリンがついてるから安心してね!幽霊もシュババって倒しちゃうからね!」
と、俺を励ました。リンは俺の事を良く分かってるね!そう思いつつ、ルカ達の後に続いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
周囲に警戒しつつ領主の館の裏口から出る。そこで待っていたワンドとコタロウと合流し、彼らの案内で敷地の隅にある地下水路跡への入り口へとやって来た。
そこは茂みにまるで隠されたようにあり、館に務める人間でも存在を知るのはごく限られる。
マンホールのような蓋を外すと地下へと降りる梯子が姿を見せる。錆びついてはいるものの使用には問題はなく、ワンドを先頭に全員が地下水路跡に降り立った。縦横の幅はだいたい2メートルといった所か。ここを抜け双子山を目指す。
ワンドを先頭にルカや俺達が続き、コタロウが最後尾を務める。地下水路には以前にも降り立ったが、ここはそこより狭く、分岐点が多くあり、思った以上入り組んでいた。既に水が流れなくなって久しく、歩くのに問題はないが案内がなければ道に迷いそうだ。
「ミナト」
少し前を歩いていたシャーロットが、ススッと近づいてきた。前方を歩くルカと少し距離を取り、かろうじて聞き取れる小声で話しかけてくる。
「先に言っておく。ルカ様には「賊が領主の館を襲撃する情報があり、ダニエルから一時的に双子山に避難してほしいと言われた」と言ってある」
「えっ?そうなんですか?」
「実はな、普段はルカ様の周囲はダニエルとその取り巻きが固めていて、我々は近づくことすら叶わなかった。ルカ様は、ダニエルの言う事しか耳に入れることが出来ない環境にあったのだ。故に、現在の領内の窮状も知らないのだ。その事をミナトも理解していて欲しい」
「ルカ様の周りには、ダニエルの息のかかった奴しか近づけなかった、と?」
「今回はなんとか隙をついて連れ出せた。ルカ様は取り巻きからバーグマン領の領民は、ダニエルの行う政に満足していると聞かされているはずだ」
「……籠の中の鳥、ですね」
「ああ。父は常々「ルカ様には真の領主になってもらいたい」と言っていた。今回の件で何としても権力を貪るダニエル一派を追い落とし、悲願を達成するつもりだ」
「それは俺達も同じです。ダニエルの為に、村は一度ならず、二度も危機にさらされていますからね。ダニエルには早くご退場してもらいたいもんです」
「そうか、どうやら我々は同士のようだな!……そうだ、それと父からヌシ様の正体を他人に明かさないように、それもミナトに伝えよと言われている。「ルカにはハロルドではなく、双子山のヌシとして接したい。それにこれ以上、ワシの正体を知る人間が増え過ぎるのは良くないでな」と言われたそうな」
「分かりました」
ヌシ様にもきっと思うところがあるんだろう。
その後は全員黙々と水路跡を歩き、出口を目指す。時折、肌に触れるひんやりとした風、そしてどこからか聞こえる水音は、どこかでまだ生きている水路があるんじゃないかと錯覚させる。うう、もしこの水路の壁がいきなり壊れて鉄砲水が流れ込んだり、なんてことはない……よね?
前にも感じたけど、この何とも言えない暗く狭い空間はどうにも好きになれないなぁ……。
しばらく歩くと水路の先が木戸で塞がれた場所が現れた。ここで水路は終わり、この先は水を外に排出する為の排水口になっている。
ワンドが手をかけると木戸の一部がガタッという音と共に外れる。そこを抜けると目の前には竜神川が流れる河原が広がっていた。この川を渡ればもう双子山は目の前だ。
まだ、夜間ということもあり、周囲は暗いが、ワンドやシャーロットが冒険者用のカンテラを使用していた為、「ライト」を使わなくとも周囲は案外明るい。排水口は崖をくり抜くように設置されており、そこには河原へ降りるための梯子がかけられていた。
排水口から河原までかなりの高さがある。ルカには安全の為の命綱をつけてもらい慎重に下ろす。ルカが降りたのを確認してから一人づつ梯子をおりた。
川には四人がやっと乗れそうな小さな小舟が係留されている。ルカを先頭にシャーロットと俺、リンが乗り込み、コタロウが船頭役で舟の後方で細長い棒のような櫂を持った。
「それじゃ、私達はここで。ミナト、ルカ様の事は頼んだわよ」
「ミナトもリンも頑張れよ!」
クローイとワンドとはここでお別れだ。これから二人は街に戻り、ルーク達と合流する予定だ。
「ワンド達も頑張ってね!」
「クローイさんも、ワンドさんも無理しないで下さいね」
クローイ達に見送られゆっくりと舟が岸を離れる。川幅はあるが流れは穏やかで川をほぼ横切るような感じだ。
……それにしても舟から眺めると、いつもの双子山とはまた違った景色に見える気がするのは、何でだろうな?リンも俺の膝の上で、楽しそうに周りをキョロキョロしていたのできっと同じ気持ちだったんだろう。
川の流れに優しく揺られつつ、小舟は間もなく対岸に着いた。対岸では二人の人物が俺達を待っていた。
「ルカ様!よくぞご無事で!」
「おっ!?誰かと思えばヒューゴではないか!軍団長を辞したと聞いていたが、こんな所にいたのか!」
「色々ありましてな。とにかくご無事で何よりです」
到着した俺達を待っていたのは、ヒューゴとコンラッドだった。ヒューゴが手を引き、ルカを舟から降ろす。その後に続き俺達も舟を降りる。
「ミナト。我輩はこれからシャーロットと共にルカ様をヌシ様の元へお連れする。お前は一旦、コンラッドと自宅に戻るといい」
「分かりました。それではルカ様、シャーロットさん、また後ほど」
「ああ、ミナトもご苦労だった」
ルカはヒューゴ達に伴われ双子山へ向かった。
「ではミナトさん。我々も行きましょう。既に皆さまがお着きですよ」
「そうですか。それでどれくらい集まったんですか?」
俺の質問ににこやかな笑顔で答えるコンラッド。彼を伴い、双子山の我が家へ向かう。
勾留されてから三日、俺達は無事、双子山へ帰還できたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
双子山に到着したルカは、ヒューゴとシャーロットを伴い、山頂で待つヌシ様の元へと赴いた。ルカには「双子山のヌシ様には生前、アーロ様もハロルド様も大変世話になった。くれぐれも粗相のないように」と言い含めていた。
「ほほぅ、お主がルカか。成程、アーロの面影をよく残しておる。なかなか元気の良い小僧ではないか」
「小僧ではない!こう見えても俺はバーグマン家の当主だ!領主として父上の後を継ぎ、領地をきちんと治め当主のつとめを果たしているんだぞ!」
「そうかそうか。ほっほっほ」
ヒューゴとシャーロットがはらはらしながら見守る中、ヌシ様と対面を果たしたルカの大きな声が双子山に木霊する。
元気の塊のようなルカを見ながら、ヌシ様が相好を崩す。ヌシ様の正体であるハロルドにとってルカは孫にあたる。その孫に初めて会ったのだ。エリスの行方を聞いて涙したヌシ様だ。ルカの事も心配していただろう。本来ならかわいい孫と感動の再会をしてもおかしくないのだが……。
だが、ルカはただの孫ではない。バーグマンの当主であり領主だ。彼の小さな双肩には家名の行く末と領民の命が重くのしかかっている。ただ可愛い、で済ませるわけにはいかない。すでにルカの預かり知らぬ所で事態は動きだしているのだ。
祖父ハロルドではなく、双子山のヌシとしてルカに接すると決めた彼は、その表情を改めた。




