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7話 ヴィラン

 

「山道で誰かがおっ死んでると、出入りの商人から報告があったのは四日前だ」

 

 場所は山道の中ほど、ネノ鉱山の北あたり。


 そこを通った商人が道に血痕があるのを見つけて辺りを調べたところ、近くに大量の血が流れた跡があった。その近くの崖の下に人のような物が見えたらしい。


「さすがに死体は持ってこれないからな。ソイツが身に着けていたマントだけ回収してくれたんだが……」


 最近、村で外出したのはトーマしかいない。さらに商人の見た死体の姿かたち、身に着けていた物からトーマだろうという事になった。


「村からも、もちろん確認に行った。だがそこにあったはずの死体はなくなっていた。そしてお前は帰ってこない……だから村としてはトーマは死亡した、と判断せざるを得なかった」


 魔物に持っていかれた可能性もあるので、そう判断したらしい。


「グラントさん。発見された時、俺は服以外の物は持っていなかったんですか?」


「ああ、発見した商人が言うには、何もなかったそうだ。それが本当だとすると、何に襲われたか想像がつく。魔物は人を襲うが、しとめた後、獲物をそのままにして、荷物だけ持っていくわけがない……つまり」


「人間に襲われたと?」


「おそらく、野盗や山賊、ゴロツキの類だ。荷物はそいつらに盗まれたんだろう」


「でも、トーマは薬を持っていたよね。それはどうしたの?」


 オスカーに問いかけられた。


 女神様にもらったと話すややこしくなりそうだな、どう言おうか……。


「薬はマジックバッグに入れていて……。身の回りの物は盗まれましたが、どうやらこちらには気づかなかったようです」


「トーマ、マジックバッグを使えたのかい?何で教えてくれなかったの?」


 オスカーが驚いた顔で聞いてきた。


 まずかったか?……えっと、確かスキルは隠すものだととリンは言っていたよな。


「すみません。こういうスキルって持っている事を言いふらすのは、良くないと思ったから」


「それはそうだけどさ、せめて僕くらいには教えてほしかったな」


 オスカーは少し不満そうだ。


「いや、オスカー。自分のスキルを隠しておくのはそれほど悪いことじゃない。もし冒険者だったらそれが当然の心がけだからな。切り札は多いにこしたことはない」


 グラントさんが助け船を出してくれる。


「ただ、家族ぐらいには教えても良かったかもな」


 グラントさんが苦笑する。


「うぅ……ごめんなさい、兄さん」


「いや、いいよ。トーマがきちんと考えてそうしたのが分かったからね」


「まあ、アゼルさんの受け売りだけどな。さて、話はここまでだ。すぐに家に帰りたいだろうに引き止めちまって悪かったな」


「そうだね、トーマ行こう!」


 オスカーも言う。が、俺にはまだ言わなければいけない事があった。


「兄さん、グラントさん、あとひとついいですか?」


「ん、まだ何かあるのか?」


「実はここに来る途中、従魔を仲間にして連れてきたんですが、一緒に村に入ってもいいですか?」


「従魔?従魔って魔物だよな、どんなやつなんだ?」


 グラントさんがやや硬い表情で聞く。


「呼んできますね、おーい、リン、出ておいで!」


 俺の声で離れた場所にある茂みからリンが姿を現す。迎えに行き抱いて戻る。


「俺の従魔で、ゴブリンのリンといいます」


 抱かれたリンは俺以外の人間を見て、落ち着かないようだ。俺の体にしがみついている。


「驚いたな……トーマはテイマーのスキルも持っているのかい?」


「いえ、持っていません。他のゴブリンに襲われていたのを、助けたんです。そのお礼ですね」


「ほう、ということはスキルでなく、魔物からの契約か、それにその姿からして雌だろう?雌のゴブリンとは珍しいな」


「そうなんですか?」


「外に狩りに出るのは、ほぼ雄で雌は巣で子育てをしていて外ではめったに出会わないんだ。契約についてはいくつか種類があるらしいんだが、俺も詳しくは分からん。とにかくお前は、そいつに気に入られたらしいな。それでトーマ、お前なんでそいつを抱いてるんだ、歩かせればいいだろう」


「ああ、リンは足が悪いので普段は肩車しているんです」


 あれ?オスカーもグラントさんも微妙な顔をしている。どうしてだろう?


「ひょっとして、移動の時はいつもそうしてるのか」


「はい。案外軽いんですよ、リンは」


「お前、そのゴブリンのマスターなんだよな?」


「そうです。契約も交わしました」


「従魔はマスターの為に働くもんだ。何かお前がそのゴブリンの為に働いているように感じるが」


「そんな事ないですよ、リンは賢いんです!魔物がくるのも教えてくれました。ドロボウ蜂が来るのも察知してくれましたし」


「ドロボウ蜂?」


 あれ、なんかおかしかった?リンはドロボウ蜂と言っていたんだけど。


「え~とですね、体長が80cmくらいの蜂で足が長くて黒い蜂です」


「ブラックビーか……チッ、また来やがったのか」


「グラントさん?」


「ああ、すまん。その話はまた後で詳しく聞かせてもらえるか?……そうだな、そのゴブリンもお前の従魔ならいいだろう。そうしないとテイマーは村に入れなくなっちまうしな。ただし、お前の近くにいさせろよ。そうしないと魔物と間違われる」


「ありがとうございます!」


 良かった。村に入れなかったらどうしようかと思った。リンも人間がたくさんいて、不安だろうから、俺の側から離さないようにしないとな。


「ただ、ヴィランに見つかると厄介な事になるかもしれん。そこは気をつけておいてくれ」


 ……ヴィラン。さっきも聞いたが誰だろう。まあ、家に向かいながら聞けばいいか。


 オスカーを道案内に村内を歩く。リンは人間の家が珍しいのか周りをキョロキョロと見回していた。


 目指す我が家は村の中ほどにあるらしい。グラントさんの家もその近くにあるようだ。


「兄さん、ヴィランて誰なんです?」


 オスカーに質問する。先程の話の流れからトーマの家族は、ヴィランに少なからず世話になっているようだが。


「ああ、ヴィランはね、この村の村長なんだよ」


 オスカーがそう言った時


「何が村長だ、あんな馬鹿」


 グラントさんが不機嫌そうに吐き捨てた。


「えっ……と、どういう事ですか?」


「トーマ、僕たち家族はヴィランに金貨50枚分もの借金があるんだ」


 オスカーが悔しそうに言う。金貨50枚がどれ程の価値かは分からないが、少なくとも簡単に稼げる額ではなさそうな気がする。


「あれはお前らのせいじゃねぇ!全部、ヴィランの馬鹿の不始末じゃねぇか!あいつの所為でアゼルは……!」


 グラントさんが言う。明らかに怒りのこもった声色だ。


「グラントさん、その話を聞かせてください」


 トーマの父アゼルとヴィランには因縁があるようだ。借金もあるという。どうにも嫌な予感がする。


「お前……本当に忘れちまったみたいだな……。時間があまりねえから、詳しくは話せないが……」


「お願いします」


「わかった、俺にとっても気が重くなる話なんだ……」


 家に向かう途中、グラントさんは過去の因縁について話してくれた。 


 今から5年前、ミサーク村近くの森にブラックビ-が現れ営巣をしているとの情報が入った。


 当時の警備隊長だったアゼルは情報が断片的なので、下手にブラックビーを刺激するべきではない。情報を集めたうえでギルドに依頼を出すべきだと主張した。


 しかし、それに反対したのが当時の村長の息子ヴィランだった。


 ヴィランはアゼルを臆病者呼ばわりし、ブラックビーなど俺が討伐してやると豪語した。アゼルや周囲が止めるのも聞かず、村長の息子という権力を振りかざし半ば強引に村の若者達を引き連れ出撃してしまう。


 こうなってしまってはアゼルも出撃せざるを得ず、足の速い村人にギルドへの応援要請を頼み、妻で魔術師のエリス、一番弟子のグラントと共にヴィランの後を追った。しかし、三人が見たのは炎に見舞われ延焼する森、そして自らの巣を燃やされ怒り狂うブラックビーの群れ、それにブラックビーに襲われ死傷する村人たちだった。


 ブラックビーと巣を討伐するためヴィランはおろかにも即席の火炎魔法を放ったらしい。


 そもそも森で火炎魔法を使うなどあり得ない事だ。火が延焼する可能性が高いのは、子供でも分かる事だからだ。その上ヴィランは、巣を焼かれ、襲ってくるブラックビーの群れに恐れをなし、全てを見捨ててその場から逃走していた。


 アゼルはまだ息のある村人を村まで運ぶよう指示した。そしてその時間稼ぎのために、アゼル達三人はブラックビーに向かっていった


 だが、さすがにブラックビーの数が多すぎた。エリスは魔力が枯渇し、グラントは傷だらけでもはや気力だけで立っている状態になった。もう、ここまでかもしれないと三人は思った。


 ここでアゼルはグラントに、エリスを守ってここから脱出してほしいと頼んだ。グラントは断ったが、アゼルは全ての蜂の注意を引きつけて、蜂と共に炎の燃えさかる森の奥へと走って行った。


 エリスを背負い、なんとか村にたどり着いたグラントはそのまま倒れ込み、その後3日間、目を覚まさなかった。そして目が覚めた時には全てが終わっていた。


 アゼルは帰ってこなかった。しかし負傷者の治療、森の広範囲の消失、村に入った蜂の破壊した建物の修復など、村の再建のためにやることはたくさんあった。


 その一方で、ヴィランはのうのうと生き残っていた。それどころか村長の権限を使い、全ての責任を防衛隊長のアゼルに負わせる書類を領主に提出していた。


 残されたエリスは村の被害額の一部を負担する事となり、それを村長の息子のヴィランが肩代わりすることになった。追い打ちをかけるように、アゼルを失ったショックからか、エリスは魔法を使えなくなってしまう。


 自らに敵意が向けられる事を恐れたヴィランは、自分の身を守るために近隣の山賊たちを村に引き入れてしまう。浅はかな行動だったがその程度の事はアゼルのいた頃の警備隊がいれば、問題にならなかったろう。だが警備隊は要のアゼルを失い、村人が多く負傷し、状況が大きく変わってしまっていた。


 その後、父に替わってヴィランが村長になった。


 そしてヴィランとその威を借りたならず者達による、支配と暴力がじわじわとミサーク村を蝕んでいったのだった。







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