6話 セイルス五英雄
「ハロルド!てめぇ、生きてたんならなぜ、俺んところに挨拶に来なかったんだ!?」
「いや、厳密には確かに死んだんじゃよ?双子山のヌシとして目覚めたのはつい最近じゃし」
「わはは!その口調と格好はどうしたんだ?若造が、年寄りを気取るの早すぎるんじゃねぇのか!」
そう言いながら、困り顔のヌシ様の肩を満面の笑みでバンバン叩くベルド。
「そうか?ワシはなかなか堂にいったもんじゃ、と思っとるんだが?」
「いくら姿形だけ真似ても積み上げた年季ってもんが違うんだよ!俺のような漢になるならあと100年は生きねぇとな!」
「……おおぅ。全く、調子が狂うのぉ。今はハロルドではなく、このハンプーサの姿で双子山のヌシをやってるんじゃよ。お主もそう思って対応してくれると嬉しいんじゃが……」
「そうかそうか。ガハハ!」
ベルドの野太い笑い声が双子山にこだました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昨日の約束通り、ベルドはカンナと一緒に朝早く双子山にやって来た。彼らと合流した俺は、さっそくヌシ様と引き合わせるべく双子山の山頂に二人を案内する。
「本当にハロルドは生きているのか?いや、しかし……」
と、ベルドは何度もつぶやきながら、俺の後をついて山を登った。
俺達一行をヌシ様は、いつもの姿ではなく、幻術で生前のハロルドの姿に変え出迎えた。
その姿を見たベルドは、目の前の人物が本当に本物なのかと目を凝らし、うかがうような眼差しでじっと見つめてたが……。
「久しぶりだな、老け顔のベルド」
と言われた途端、驚喜の表情を浮かべた。
「……本当に、本当に生きてやがったのか!若造!」
と叫ぶとハロルドのもとに駆け寄り、久方ぶりの再会を喜んだ。
後で聞いた話だが実は「老け顔」はベルドにとっては禁句だそうな。
俺にはそう見えないが、ベルドはドワーフの中で年齢のわりに結構老け顔らしく、それを揶揄すると激怒するらしい。そのことで殴り合いの喧嘩になることも一度や二度ではなかった。なので、みんなその言葉は避けていたそうな。
そんな中で唯一、ハロルドだけが例外だった。
ハロルドはベルドとは逆に呪いによって肉体的に歳を取らない。ベルドとは正反対で渋みのあるナイスミドルになりたかったらしい。
歳をとりたかったハロルドと、年寄り扱いされたくないベルド。
お互い無いものねだりなのだが、そのおかげかなぜか不思議と馬が合い、「老け顔」「若造」と言い合う仲になったとか。隣の芝生は青いってやつか?いや、なんか違うか。
「それにしても、この気難しいベルドをよく連れてこれたものじゃのぅ、ミナト」
ひとしきり再会を喜んだあと、ヌシ様の姿に戻ったハロルドが、感心したように話を振ってきた。
「いやぁ。最初はベルドさんがなかなか話を聞いてくれなくて……。最終的に、闘酒を申し込んだんです」
ヌシ様に昨日の経緯を話して聞かせる。
「ほう、闘酒とな?よくドワーフにそのようなものを申し込んだな。闘酒は己のプライドをかけた真剣勝負。下手な物を出したりすれば、命が危なかったぞ?」
「そうなんですよ。あの時のベルドさんの殺気と言ったら、恐ろしくて恐ろしくて……もう思い出したくもないです。でもカンナさんがこれでいけって」
「まぁまぁ、ミナト。結果オーライだっただろう?でも、まさか神酒を出してくるとは思わなかった。私もあれにはたまげたよ」
「神酒?あのウイスキーですよね?それで神酒って何ですか?」
そう聞くとベルドとカンナが、ガクッと脱力した。
「ハァ!?ミナト!お前、まさか知らずにあんなヤバイ物を持ってたのか!?」
「神酒ってのは、酒の神シュザが直接下賜したと伝わる伝説級の酒だよ。これを飲むと神から知恵と知識を授けられる、とドワーフ族に伝えられているんだ」
ベルドとカンナがかわるがわる説明してくれる。
「で、伝説級ですか……?」
「その代わり酒精が強すぎて、ドワーフ以外が口にするとそのままぶっ倒れて、数日は酩酊状態に悩まされる。超がつく貴重品だから王国が厳重に管理してるよ。王国に余程の貢献でもしない限り口にする事はできないだろうね。ミナト、それを一体どこで手に入れたんだい?」
「そうだぜ!あんなシロモノどこにあったんだ!?」
二人から詰め寄られて返答に困った。
「えっとですね……。すみません、秘密なんです」
正直に話して俺が異世界人だという事を、そもそも信じてもらえるかも怪しい。
「国宝クラスのレアアイテムの出どころなんて、ポンポンと他人に話すもんじゃないよ。もしそんな事をベラベラしゃべる人間がいたらそっちの方が信用できないね。あんた達もあんまりミナトを困らせるんじゃないよ!」
俺の隣で一人の老女が呆れたように口を開く。
「それもそうだな。にしてもずいぶん早くやって来たじゃないか。やっぱり年寄りの朝は早いな、ビア?」
出どころを探る事をあっさり諦めたベルドが、失礼な物言いで老女に話しかける。彼女も呼ばれた一人だ。
「あんたが急かしたんだろう?朝っぱらからカンナを寄越して「付与師が必要になったから急いで来い」って引っ張ってきたのは、どこのどいつだい?全く。あんたのせいで今日は店を休むはめになったよ」
彼女の名はビアトリス。ノースマハで薬屋を営み、俺も薬草の調達で何度も世話になった。俺が懇意にしている商人のコンラッドとは、祖母と孫の関係だ。どうやらベルドとは知り合いで、彼に呼ばれてやって来たらしい。
そんな二人をヌシ様が紹介してくれる。
「ミナト、知っているとは思うが改めて紹介しよう。まずこの男は鍛冶師のベルドだ」
「カンナから話は聞いたぜ。昨日は悪かったな!」
「いえ、こちらこそ失礼な事を言ってしまって……」
「なぁに気にすんな。カンナからああしろと言われたんだろう?お前の本気、しかと見せてもらった。あれは実に良い酒だったぜ!」
豪快に笑うベルド。昨日の件は許してもらえたらしい。ひとまず後腐れがなくて安心する。
「そしてこっちは薬師のビアトリスだ。武具や道具に持つ者の能力を底上げする効果を付与する「付与師」としての顔も持つ。昔、我々は冒険者パーティを組んでいてな。モンスターインパクトを静めた時のメンバーじゃよ」
へぇ、そんな能力を持っているのかぁ、ビアトリスさん。ただの薬屋のばあちゃんじゃなかったんだな。
「なるほど、一緒にモンスターインパクトを静めた……。え!?待って、という事はお二人は、ハロルドさんと同じ『英雄』じゃないですか!?」
「まぁ、そういうことだ」
「昔は「セイルス五英雄」なんて大層な名前をつけられたもんだ。でもそれも、もう何十年も前の話さ。さすがにもう以前のようには、体は動かないしね」
何と二人は、昔、ハロルドと冒険者パーティを組んだメンバーだった。じゃあビアトリスが言っていた「セイルス五英雄」の内、今この場に三人が揃ったという事か……!
「まぁ、そんな昔の話はどうでもいいさ。それでハロルド、用はなんだい?あんたが私とベルドを呼んだんだ。だいたい用件は分かるがね」
「ふむ。実は二人には、ある道具の開発の協力を頼みたくての」
「という事は付与師の仕事かい?」
「うむ。ベルドとビアトリスには幻術を付与した装備品の開発を頼みたい」
「何?幻術を付与した装備品だと?」
「わざわざバッドステータスを付けるってのかい?何でそんな事をする必要があるんだね?」
ベルドとビアトリスが怪訝な顔をする。
「それについてはミナト、説明してくれるかの?」
「はい。実はですね……」
診療所に時々、ネモク病によって目が見えなくなった人達がやって来る。しかし、自分にはどうすることもできない。この現状をどうにかできないかと考え、思案の末に幻術を利用する事で視覚を取り戻せるのではないか、と思い立った。と説明した。
「ふーむ、なるほどな。だからあえて幻術を付与させようとしてるって訳か。なかなか面白い所に目を付けたな」
「私らにとっては何の効果もないけど、視覚を失った者には、目が見えるのと同じ風景が見えるようになる事は何よりの希望だろう。それに手術もいらないとなれば、確かに驚異的だね」
「俺もそう思ったんです!ベルドさん、ビアトリスさん。この道具の開発に是非とも協力してください。お願いします!」
二人に頭を下げる。二人は顔を見合せると
「そんな暇はねぇ!……と言いたいところだが、お前には神酒を飲ませてもらったからな。闘酒でのお前の覚悟も、しかとみせてもらった。そこまでされたら協力しない訳にはいかねぇからな」
そう言ってニヤッと笑うベルド
「ベルドさん……!」
「仕方がないねぇ。あんたにはコンラッドが世話になってるからね。まぁ、今やれる事をやってやるよ。それに、こう見えて私も、昔は病がちの妹を助けようとして、薬師を目指したのさ。たまには初心に帰って人助けも悪くないかもしれないね。」
「ビアトリスさん、二人ともありがとうございます!」
良かった!二人とも協力する事を了承してくれた!
「ほっほっほ。これで決定じゃな。さて忙しくなるわい」
「それじゃ、さっそく打ち合わせをしねぇとな。カンナ!工房へひとっ走りして図面を取りに行ってくれ。あとは材料だ。候補になりそうな鋼材を片っ端にな!」
「分かった!」
そう言うとカンナは双子山を駆け降りていった。
「ミナト、悪いがライを呼んで来てくれるかな?」
「え?ライをですか?」
「目が見えない立場にいた者の話も聞きたいと思っての。何かのヒントがあるかも知れぬでな」
「分かりました。リン、行こう!」
「うん!ライとラナもきっと喜ぶね!」
俺とリンはライを迎えに行くべく、山頂を出発した。
「さて、我々も始めるか。まず素材についてじゃが……」
残った三人は「幻術のかかった装備品」を作り出す為、打ち合わせを始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ふむ、イメージとしてはだいたいこんな感じかのぉ」
「素材としてはやはり軽クローム鋼がいいだろう。余り重い装飾品では、日常生活で身に付けられる物ではなくなってしまうからな」
腕を組みながらベルドがいう。
「筋力強化や守備力強化の付与と違って、幻術なんて付与するのは初めてだからね。付与元の術式は大丈夫かい?ハロルド」
ビアトリスが視線を送る。
「この身体の元々の持ち主であるハンプーサは、幻術魔法に秀でていたからのぉ。問題はないとは思うが、まずはやってみないことにはな」
三人は車座になり、装備品のおおよそのイメージを固めていた。
「素材にもよるが、指輪ではおそらく術式が付与しきれないだろう。作るなら腕輪か首飾りあたりだな。カンナならどんな素材でも、いい装飾品に仕立て上げるぜ。あいつは武具もいけるが、何より魔具師としての才能があるからな」
魔具師は、魔力を込める事のできる道具を作り出す事のできる職人で、普通の道具より扱いが難しい魔力の秘められた素材でも、巧みに加工し武具や道具にする。それらの品はどれも一般の物より高値で取引されるのだ。
「ほぅ、あの小さかったカンナが魔具師か。立派になったのぅ」
「ふふ、まぁな」
「ひょっとしたら、あんたより鍛冶師の才能があるんじゃないかい?」
「がはは!なぁに、俺からすりゃあ、ひよっこだ!まだまだ教えることは山ほどあるからな!」
「そんな事を言って、めちゃくちゃ嬉しいくせにの。本当は娘を手放したくないだけじゃろ?全く、親バカじゃの」
「ば、バカやろう。そんなわけあるか!」
そう言いながらもなぜか口ごもるベルド。
「そ、そういうお前だってそうだったろう、ハロルド!お前だって昔は……」
ベルドがそう言った途端だった。
「ベルド!止めな!」
ビアトリスの鋭い声が飛ぶ。ベルドがしまったと言う表情を見せる。
「……すまねぇ、ハロルド。つい余計な事を言っちまった」
「何、気にするな」
ハロルドの跡を継いで領主となった息子のアーロとその長子ダスティは、不慮の事故で亡くなってしまっている。
「アーロとダスティの事は聞いた。悔やまれる事じゃが、我々が今せねばならぬのは、その意思を継ぐ事。現当主のルカもまだ幼い。生きておる我々が、バーグマン領をアーロの目指した領地にしなければならん。ベルド、ビアトリス。力をかしてくれ。また「鋼の翼」に戻ってきてくれるか?」
少しの沈黙の後、
「……しょうがねぇな。リーダーのお前に言われたら「分かった」としか言えねぇじゃねぇか!」
頭をかきながら、それでもどこか嬉しそうにベルドが口を開く。
「この年寄りをまだ引っ張り回すつもりかい?全くこの借りは高くつくからね!」
ため息をついたあと、笑みを浮かべるビアトリス。
「ああ、二人ともありがとう。またよろしく頼むよ」
そう言ったヌシ様の声は、往年の若々しいハロルドのものだった。
「……ところでな、ハロルド。最近、気になることがある。どうも領主の館の近辺が妙に騒がしいんだ」
「なんじゃと?」
「昨日から兵士の装備品の修繕依頼が突然増えてな。どうも領地の兵士が総出で、大規模な訓練を始めたようだ」
「それは妙じゃな。バーグマン家は王家と「どこの戦いにも参加不要」の契約を結んでおるはずじゃが」
「その通りだ。現に今、他領でも王家からの派兵の要請はかかっていない。完全にバーグマン領の単独行動だ」
「物流の動きもそれほど変わっていないね。長期の派兵ともなれば大量の物資が必要になる。戦の経験もなく、備蓄も少ないバーグマン軍なら尚更だ。なのにその動きもみられない。これをどうみる?ハロルド」
「……となれば領内での軍事行動じゃな。可能性があるとすれば……ミサーク村か」
「おそらくね。ミサーク村であった騒動は知ってるかい?」
「ミナトにおおよその事は聞いておる」
「ああ、そういえばあの坊や、ミサーク村の出だったね。またぞろダニエルが何か企んでるんだろう。最近、街の中でも妙な気配を感じるからね」
「だとすると、ダニエルの狙いはおそらく我が娘エリスだろうな。軍を率いて、強引に連れ去るつもりじゃな」
ハロルドがそう言った時だった。
「エリスだって!?生きているのか!?」
「今、ミサーク村に居るのかい!?でもあの娘にはあんたと同じ呪いが……」
ベルドとビアトリスが驚きの声をあげる。
「ミナトによって呪いは解呪され元気に暮らしておるよ。ミサーク村が今あるのも、ミナトの働きによるものだ」
「ミナトが村とエリスをか?あの坊主が?」
「あの坊やが呪いを解呪したってのかい?……なるほど、やっぱりただ者じゃなかったんだね。とにかくエリスが生きていてくれたのは僥倖だよ」
「ああ。その通りだ。生前のワシはエリスに何もしてやれなかった……。しかし此度は違う。必ず守ってみせる」
「……で、ハロルド、俺らはこれからどう動く?」
ベルドが問いかける。
「そうさな。まずは人を呼んでもらおうか。ビアトリス頼めるか?」
ハロルドがある人物の名を挙げる。
「ああ、奴か。たしかまだ現役のはずだね。分かった。渡りをつけておく。それとあんたも警戒しておいた方がいいよ。特に夜はね」
「そうさな。ミナトが狙われるかも知れんしの。次にベルドにはある防具を作ってもらいたい。なるべく高品質のな」
ハロルドが防具の概要を話す。
「分かった。そういやハロルド。お前の「相棒」はどうなった?お前が死んでからフッと姿を見なくなったんだが」
「ああ、まだここで眠っとるよ。そろそろ叩き起こしてやらんとな」
ハロルドが足元を指さす。
「やはり封印してたか。まぁ、あいつがそう簡単にくたばるとは思わなかったが」
「本当はあいつも入れて「六英雄」なんだがな」
「……さて、元英雄の話はここまでにしようか。カンナが戻ってきたようだからね」
「そうじゃな。それでは開発にとりかかろうかの」
こうしてカンナと合流したハロルド達は「幻術付与の装備品」開発に取りかかったのだった。




