5話 闘酒(とうしゅ)
カンナの後に続き、俺達は再び工房へと足を踏み入れる。
「今、帰ったぞ!オヤジ!」
鉱石を加工する金属音や、機械の音といった工房の喧騒にも負けないくらい大声を張り上げる。
「おう!カンナ戻ったか!……む?お前はさっきの!また来やがったのか!」
工房の奥からやってきたベルドが、ねめつけるように俺を見る。話しかけようとするも、先んじて怒号が飛んだ。
「いいか。俺はハロルドの事は誰より知っている。だからこそ生きているなんて言っているこいつに腹が立つんだ。もし、奴が生きているなら真っ先に俺の所に来るはずだ。分かったか?ぶん殴られる前にさっさと消え失せろ!」
火に油を注ぐがごとき勢いで怒りを露にするベルド。
「俺は嘘をついてはいません。ハロルドさんは生きてるんです!どうかお願いします!」
俺は何とか声を振り絞り頭を下げる。
「オヤジ。私にはミナトが嘘をついているようには見えないんだ。私の顔を立てて話だけでも聞いてやってくれないか?」
「うるせぇ、とっとと帰れ!カンナ!お前もこんな奴の言うことを真に受けてるんじゃねぇ!」
ベルドは聞き耳を持つつもりはないようだ。やはり言葉では彼を説得できない。
カンナを見る。彼女がやれ、とばかりにコクリと頷いた。
……よし。
「分かりました。では最後にひとつ教えて下さい。ベルドさんはお酒はお好きですか?」
「……あ?」
ベルドが低い声で答えた。彼がそう言った瞬間、場の空気がビシッと張りつめる。
「俺の聞き間違いか?悪いがもう一度、言ってくれ」
先ほどまでとはうって変わったように静かな口調のベルド。
しかし、その目は明らかに笑っていない。
「ベルドさんはお酒は好きか?と聞きました」
「……聞き間違いじゃねぇか。おい、お前ら!この小僧がな、俺に「酒は好きか?」だとよ!!」
ベルドが大声を張り上げた。その瞬間、あれだけうるさかった喧騒がピタリと止まった。まるで場が時が止まったかのように凍りつき、パチパチとはじける火の音だけが工房に響く。
作業していたドワーフ達が一斉にこちらを振りかえった。その顔は一様に驚愕の表情だ。しかし、何も語らずとも顔が「うちの親方になんて事を言いやがったんだ!?こいつは!」と言っていた。
「ミナトと言ったか。お前が今、言った言葉、それがどれだけ重いもんかお前に分かるか?」
「ええ、分かっているつもりです。火と酒はドワーフ族にとって、もっとも重んじられているもの。それがどんなに尊いものなのかも」
「分かってて言いやがったか。なら、覚悟はできてるって事だな?」
ドワーフ族は火と酒を信奉する種族だ。その彼らに「酒は好きか?」と問うのは人族に「あんたは人間か?」と聞くようなもの。つまり彼のアイデンティティを疑うような言葉であり、侮辱だととられても仕方がない行為だ。
ベルドから吐きだされる言葉は、鷹揚なくあくまで静かだ。しかし、彼から発せられた威圧感は俺が今まで味わった誰より凄まじいものだった。
正直にいえばその圧で押し潰されそうになっている。あまりの殺気にリンがいつでも同調を発動できるよう身構えたのが伝わって来るほどだ。弟子達も集まってくる。
当然、殴られても文句は言えない。……でも、俺だってここで引くわけにはいかないんだ!
「……覚悟はあるつもりです。でも今の俺にはどうやってもベルドさんに納得してもらえる言葉が思いつかない。だから俺の代わりに俺の持っている酒に説得してもらおうと思います。これでもし失敗したらその時は、俺を好きにしてください」
「何、酒で俺を説得?」
「オヤジ、ミナトは「闘酒」で白黒つけようって言ってるんだ」
カンナが俺達の会話に割って入る
「ああっ?闘酒だと?」
「そうだ。腕っぷしじゃオヤジに勝てるわけがないだろう。だから酒で勝負する。もし、ミナトが持って来た酒がオヤジの納得いくものであれば、話を聞いてやってくれないか?」
「どれだけコイツに入れ込んでるか知らんが、人族の酒だぞ?そんなもんで俺が満足できる訳ないだろう」
周りの弟子たちも呆れたように笑いだした。
「いいのかい?オヤジ。ミナトの持っている酒は相当良い物のようだよ。それにドワーフが酒の勝負を挑まれたら、逃げる訳にはいかないだろう?」
挑発するようなカンナの言葉を受け、ベルドが俺に視線を移す。
「本気か?小僧。俺に酒で闘いを挑もうってのか?」
ベルドから放たれる覇気とも怒気ともとれるその威圧感に、押しつぶされそうになる。その目は獲物に狙いを定めた猛獣のようだ。
「はい、お願いします!」
「……よし。こっちだ、ついてこい」
睨み付けるような視線を投げかけたあと、踵を返し工房の奥へ俺を誘うベルド。
「行くぞ、ミナト」
カンナに促され俺達もその後に続く。
「お、親方。山積みになった鎧の修理の方は……?」
「それどころじゃねぇだろ!ドワーフが酒で挑まれた勝負から逃げる訳にいかねぇだろが!」
恐る恐る聞いてきた弟子を一喝し、歩みを進めるベルドだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
仕事場の工房の中央にぽっかりとあけられた空間。そこに小さな丸テーブルと、向かい合うように二脚の椅子が置かれた。
普段は工具や依頼品がところ狭しと置かれ、作業がおこなわれているこの場所から物が撤去され、急拵えの勝負場が作られる。
「よし、準備はできたな。……座れ」
ベルドが顎で椅子を指す。言われた通りその椅子に座る。リンは俺の膝の上だ。そして対面の椅子にベルドが座った。その周りをベルドの弟子達が取り囲む。
「ミナト、私も参加してかまわないか?」
俺達の間に割って入るようにカンナがイスを用意し座った。突発的な事態が起きた時、ベルドを止める役割を果たすつもりのようだ。
……本当に、何かあったら頼みますよぉ、カンナさんー!
「酒を持ってきた、と言ったな。なら今回は「伏酒」か?」
ベルドがカンナに聞く。
「ああ、それと「酔酒」もルールにいれようと思う。構わないか?」
「問題ねぇ。所詮は人族の酒だろう」
一言で「鬪酒」と言っても戦い方には様々なルール、形態がある。
まず、同じ種類の酒を飲み合う「競酒」。それには飲んだ量を競う、同じ量の酒を早く飲み干す、など酒による競争が含まれる。
次に「調酒」。これは片方が持ってきた酒の名称や産地を当てるといったもの。
そして今回行う「酔酒」と「伏酒」。こちらは事前に条件を出し、双方が合意した上で行う、やや特殊な鬪酒だ。
「酔酒」は挑戦者が持ち込んだ酒を対戦者が飲んで、一定時間で酔わせる事ができれば挑戦者の勝ち。
「伏酒」は挑戦者が持参した酒の味に対戦者が満足すれば、持参した側の勝ち、というルール。
しかし、これだと旨くても「不味い」と言えば良いじゃないか、という意見もある。だが、その心配はない。何故ならドワーフ族には「鬪酒において嘘をついてはならない」という厳然たる掟があるからだ。
ドワーフ族以外から見ればそれでも不正はできるんじゃないの?と思うが鬪酒で嘘をついたとばれると彼らの信奉する酒の神シュザに背いたとされ、ドワーフの面汚しとなってしまうらしい。
これらの事を事前にカンナからレクチャーしてもらっていた。やはりドワーフ族は酒に関してはかなり誇りを持っているようだった。
「よし、始めよう。まず挑戦者ミナト、酒は何種類出すつもりだ?」
「三種類でお願いします」
「たった三つだと?それでいいのか?」
「はい。まずひとつめはこれです」
マジックバッグからひとつめの酒を取り出す。
「ほう。変わった形の容器じゃねぇか。それに見たことのない文字だな」
「これはビールです。缶に封入されているため缶ビールと呼ばれています」
取り出したのは缶ビール。スーパーで辛口な銀色のアレだ。
缶ビールをテーブルに置きプルタブをあける。プシュッという聞きなれた音が鼓膜に響く。コップを二つ取り出し注ぐと綺麗な琥珀色のビールに泡が沸き上がる。ベルドの弟子達の間から「オ~」という声が聞こえてきた。
ベルドとカンナの前にビールを置く。
「どうぞ、ご賞味下さい」
言われるまでもない、というように一気にビールをあおるベルド。次いでカンナも同様に飲み干す。
「……ほぉ、これは随分とキレのある味だな」
「ああ、ボ~っとしたところが全くない。それに辛口だがそれだけじゃない。ホップがしっかりきいている」
「ああ、これならどんな料理ともいけるな。ガルラでもかなりの高ランクだろう」
「高ランクなんてもんじゃない。この品質のビールは、マスタークラスの居るビール工房でないと出せない品質じゃないか?オヤジ」
それを聞いて弟子達がざわめきだす。
「……おい、聞いたか?マスタークラスだってよ!」
「そんなに旨いのか?あのビール」
「くそー、俺も一度でいいからマスタークラスの酒を飲んでみてぇ!」
「カンナさん。お弟子さんが言っているマスタークラスって何ですか?それにガルラって?」
「ガルラ王国はここからはるか北にある、ドワーフ族が治める国だよ。マスタークラスってのは国王から認定を受けたビール職人のランクでな、マスターはその中でも最上位の称号だ。この称号を持つものは、ガルラ国内でも十指に満たない。ゆえに値段も非常に高価で、一般人は滅多に口にできない。夢のビールだよ」
「て事はかなり、高評価?」
「まぁ、そうだな。しかし……」
「残念だな、小僧。確かにこのビールは旨いが、この程度の量では俺はまだ酔いもせんし、満足もせん。まぁ、樽一杯にでも入っていれば話は別だったろうがな」
勝ち誇ったように豪快に笑うベルド。
「オヤジ。注目に値するのはそこじゃないだろう。「マスタークラスに比する酒が味も鮮度も落とすことなくここで飲めた」この事実がどれだけ凄い事か。このノースマハにこれだけの酒を出す店はないからな。それより私はビールが入っていたこの筒に興味がある。ミナト、後でこれを譲ってくれないか?」
カンナが空になった缶を指さした。
「え、ええ。構いませんけど……」
「よし、初戦は俺の勝ちだな。次の酒を出せ!」
さすがにビールだけではベルドは説得できないか。しかしこれはほんのジャブだ。
ベルドに促され、次の酒を出す。出てきたのは毛筆で「仁」と書かれたラベルが張られた一升瓶。
「二つ目の酒、「純米大吟醸」です」
「じゅんまいだいぎんじょう?」
「極東のとある国で作られた酒です。まずはこれを」
小さな枡とそれに付属しているコップを取り出し、枡の中にコップを置く。
「ミナト、これは?」
「枡酒といいます。これに酒を……」
一升瓶を開封しなみなみと酒を注ぐ。表面張力を保てなくなった酒が溢れ枡の中にも溜まっていく。
「ずいぶん豪快に注ぐな。コップから酒が溢れてるじゃねぇか?」
「これでいいんですよ。溢れた酒は枡に溜まるでしょう?さ、どうぞ」
「おう」
用意した枡酒を二人の前に差し出す。透き通った酒が火に照らされキラキラと輝いている。
「良い香りがするな。果物が入っているのか?」
香りを嗅ぎつつベルドが聞く。
「いいえ、これは果物は使っていません。米のみです」
「ほう、米のみの酒か。米酒だな」
「失礼ですがベルドさんは嗜んだ事は?」
「この辺では滅多に見ないが過去に一度、米の酒を飲んだことがある。ふむ。しかし、こんなに透き通った透明ではなかったはずだ」
このフォルナでも米は存在するようだ。コップを口に運ぶベルド。コップの底から酒が滴り落ちた。
「これは……。驚きだ。変わった味だが、悪くはない。むしろ米のみで、こんな味がだせるのか……」
「どことなくフルーティで甘さもある。しかし、それがしつこい訳じゃなく、むしろすっきりしているね。雑味は一切感じられない。味も見た目も透明感のある酒だね。何より封入されている酒精の質がはんぱない。いや、これはめちゃくちゃ旨いよ!」
カンナが感心したように感想を述べる。工房内に日本酒の良い香りがただよう。後ろでごくりと生唾をのみ込む音が聞こえてきた。
「コップの酒を飲んだ後は、溜まった枡の酒も飲んで見てください。そのままで」
ベルドは勧められるまま、桝の酒をぐっと飲み干し、プハァと声を漏らす。
「ほお、木の香りが移ってこれもまたいいな。いい味しているじゃねぇか!こりゃ、王宮に献上しても喜ばれるだろうぜ!」
気分が良くなったのかベルドの口許に笑みが見える。そして彼の顔がほんのり上気している。
ベルドの様子が変わった事を弟子達も感じたのか、周囲がざわざわとし始めた。
「よし、ミナト、次だ!最後のやつを出せ!」
「……待てオヤジ。顔が赤いぞ、ひょっとして酔ってるんじゃ?」
問いかけたカンナも顔が赤い。これはすでに……。
「この程度、酔ったうちにはいらん!さあ、ミナト!次の酒をだせ!俺は早く次の酒を飲みてぇんだ!もう勝ち負けじゃねぇ。俺は三本勝負の途中で降りる訳にはいかねぇんだ!」
だだをこねるようにベルドに言われて、カンナを見る。彼女はため息をつくと首を振った。この時、ここにいる全ての者達の意見は一致していた。
「このオヤジ、もう勝負は眼中になく、ただ単に酒を飲みたいだけなんじゃないか?」と。
「すまんミナト。すでに勝敗はついた。お前の勝ちだ。オヤジより酒に強い私も少し酔っている程だからな。しかしオヤジはどうしても三本目を出して欲しいようだ。ここからはお前の自由、どうする?」
どうやらすでに勝負は決したらしい。でもベルドは俺の最後の酒を待っている。
「分かりました。では三本目、これはとっておきです」
「とっておきか、そいつは楽しみだ」
酔いで顔が赤らんだベルドが、期待の眼差しを向ける。
「最後はウイスキーです。ただし特級のオールドウイスキーです」
「オールドウイスキー?あん?ずいぶんと小さなビンだな」
俺が取り出したのはウイスキーの入った小瓶だ。容量は150ml程。ラベルには「特級」の記載がある。
実はこのウイスキー、俺の物心がつく子供の頃から俺の実家の台所の神棚に、何故かずっと置かれていたものだ。子供の頃の記憶からそこにあったものだから疑問も思わなかったが、考えてみればおかしい。神棚にウイスキー……。先祖に大の飲んべえでもいたんだろうか?
まぁ、それはさておき……。
「これはさっきまでの二本よりかなり度数……、酒精が強いものです」
「何?さっきの米酒より更にか?」
「ええ、かなり強烈にくると思いますが、どうします?」
「ここまできて引けるか!開けてくれ!」
先ほどの二本と同様、このウイスキーも日本からの持ち込み品だ。
以前、エリスとオスカーにビールを飲んでもらった事があるがそれは大変だった。
まず、ものの数分でオスカーが酔っぱらい、なぜか本人が掲げる将来の村の理想像を俺に熱く語りだし、かと思えば自分と村人の目指す目標のギャップに悩んでいるという話を愚痴り出した。
そしてエリスはと言えば突然、高らかに笑いだしたかと思えば「あ~、暑い暑い!」と服を脱ぎだそうとする始末。
これはまずいと思い、なんとか抑えて抱え込むと部屋に放り込んだ。本人はその時の事は覚えていないだろうが「私って魅力ないのかしら?ねぇミー君どう?ねぇ~?ミー君ってばぁ……!」と、酔っぱらったエリスに絡まれて大変だった。まぁ、さすがに前後不覚の女性を襲うほど、俺も堕ちてはいないからね。
とにかく、ビール一本でそんな感じだったので、これらにも高い魔力が秘められていたと思われる。酒精の質も通常では考えられない程高くなってしまっていたらしい。それ以来、このウイスキーをはじめ持ち込んだ酒はずっとマジックバッグに眠ったままだったのだ。それがようやく陽の目をみた。
「では。開封します」
ビンの蓋を開けるとワンショット用のグラスに注ぐ。
「う、こ、こいつは……」
「何て酒精だ……。開けたとたん何かが飛び出したのが見えたぞ……」
「二人ともかなり酔ってます??……ベルドさん、ストレートで大丈夫ですか?」
「オヤジ無理はするな」
「バカいうな!こんな旨そうな酒、飲まずにいられるか!久しぶりに体の奥が燃えてきたぞ!!」
ベルドはそう言うが、ウイスキーのグラスを持つ手が揺れている。
「いくぞ!」
グラスに口をつけ一気にあおる。
次の瞬間。ベルドの目がカッと見開かれた。
「お!お!おおー!こ、こいつは!」
突然ベルドが何やら叫びだした。
「ミナト!やはり、こいつは「神酒」じゃねぇか!」
「へ?神酒?」
「はっ!?……そうか!この配合比か!こいつにアレを加えてこの温度で鍛えてやれば……!」
「あ、あの……ベルドさん?」
「すまんが話は後だ!お前ら仕事に戻るぞ!」
そう言って立ち上がると呆然とする弟子達をどやしつけ、仕事に戻ってしまった。
「あ、あの。カンナさん。俺達はどうすれば……」
何かひらめいたらしいが、急な展開についていけず俺はポツンととり残されてしまった。
「すまない。ああなったオヤジは誰にも止められない。どうやら長年悩んでいた問題の解決策を見つけたようだ。約束通り明日オヤジは必ず双子山に連れていく。申し訳ないが今日の所は帰ってくれないか?」
「は、はぁ……」
こうして俺達は工房を後にした。リンはずっと静かだと思っていたが酒の匂いをかいだせいか、膝の上で寝てしまっていた。
やはりまだまだリンにはお酒は早いな。リンをおんぶして俺は双子山に戻った。




