32話 エピローグ 双子山の何でもない日
「いやぁ、畑も本当に広くなりましたねぇ。イアンさん。俺が最初に耕した畑とは比べものになりませんよ!」
「はい。ミナトさんのご期待に沿えるよう頑張りました。これだけの作付があれば、安定してサツマイモを供給することができます。商家のコンラッドさんが、新規の出荷ルートを開拓してくれていますし、需要はまだまだありますよ。ですよね、コンラッドさん?」
俺とリンの隣で一緒に畑を眺めていたイアンが、同行していたコンラッドに話をふる。
「ええ、そうですとも!現状はセイルス王国内での栽培にとどまっていますが、そろそろ隣国にも商圏を広げていこうかと考えています。きっと評判になりますよ!」
俺の前には青々とした葉が繁っており、開墾された畑には畝が作られ、サツマイモが栽培されている。均等に設けられた畝に、葉がぐんぐんと伸びるさまは、命の力強さを感じずにはいられない。
バーグマン領の気候は年間通して多少の幅はあるものの、温暖であまり変化がない。なので収穫は年中できる。
作付面積の拡大と共に収穫量も増え、毎日出荷されるサツマイモは、ノースマハの需要を満たし、周辺の領内そしてさらに遠く、王都にまで運ばれるようになった。
もちろん、その土地、その土地でも栽培はされている。希望者に苗を配ったおかげで、自家で植える人達も多い。それらもすでに収穫が始まっており、バーグマン領を中心に広がりを見せている。
それでも「双子山のサツマイモ」の引き合いは強い。なぜなら他の地域で収穫される物と比較して、味が非常に良いからだ。おそらくだが「始祖」となった種芋である事と、双子山の土壌が影響しているのではないか。
ヌシ様ことハロルドが言っていた。ミサーク大森林に集積されている膨大な魔力が、南端の双子山まで広がっている、と。そして豊富な魔力を含んだ双子山の土壌は、ここで育つ作物に大きな影響を与えているのだと。
そのうえ、日本からの持ち込み品であるサツマイモは、なぜか通常の作物より、吸収できる魔力量が非常に多い、それにより味も、栄養価も高くなる。という訳だ。
そんなわけで高品質の「双子山のサツマイモ」は、王都でも評判になっているという。
「王都の貴族だけでなく、庶民にも気軽に食べてもらえるよう、価格は控えめにしています。なので利益はそう多くありませんが……」
「ははは、それは構いませんよ。儲ける為に広めたい訳じゃないので」
サツマイモはあくまでも、小麦などの代替え品のひとつ。痩せた土地でも育つから食事に困る人達の助けになればいい。
「ミナトさん!そこで提案なのですが、そろそろあの「リンゴ」と「ブドウ」を商品化しませんか!素晴らしい品質であるにも関らず、ここに来た方にふるまうだけとは、実に勿体ない……!あれならば裕福層の贈答用として高く売れます。利益も相当なものになるはずです。是非ともご検討下さい!」
「ああ、あれですか。うーん……」
コンラッドが言うリンゴとブドウは、俺が種を植えた物で、今では大きな木に成長し、果実をたわわに実らせている。リンゴの木にブドウの木が絡まるように伸びているため、リンゴの実の隣にブドウがなっているというなんとも不思議な感じのする木になった。
元は日本から持ち込んだブドウとリンゴの種だが、ヌシ様が魔力増強剤を注入したため一気に成長した。いきなりこんな木が現れたら当然、いぶかしがられる。突然現れた木の出所を聞かれ、とっさに「女神パナケイアからの贈り物だ」と言って取り繕った。
それを聞いた人は疑う事なく受け入れてくれ「女神パナケイアの祝福の木」という大層な名前の木がここに誕生したのだった。
二人から、事ある毎に商品化を打診されているのだが……。サツマイモはこの周辺にはなかったが、リンゴとブドウはこのフォルナでも見かけた。元々ある品種を日本からの持ち込み品が駆逐してしまわないか、という懸念もあり、まだ商品化はしていなかったのだ。
だから俺達や双子山を訪れる人達に配るくらいしかしていない。もちろん食べた人には絶賛されている。リン達も大好きだしな。
「ここの果実は最高級の品質であり、価格も高くなります。想定している消費者は貴族や裕福層です。市場に影響するほどの量はありません。まずは少量から販売を開始したいと考えています。ミナトさん、新たな事業としてぜひ、やらせてください!」
「そうですか……。分かりました。全体に影響を及ぼさない程度で、お願いします」
「おお、ありがとうございます!それでは後日、計画書を持参いたします!」
コンラッドが満面の笑みで頭を下げた。
「……そういえばイアンさん。子供達の姿が見えませんが、この時間は勉強ですか?」
「はい、ミナトさんの指示通り、学習の時間にしています」
今、畑に子供達の姿はない。この時間、子供達は勉学の為に診療所にいるのだ。
診療所の一角にテーブルを置き、そこで読み書きと計算等を学ぶ。俺が仕事の時間の一部を勉強に当てて欲しい、とイアンさんに提案した為だ。その為の家庭教師も雇い勉強をみてもらっている。
この国では文字の読み書きができない人が多い。冒険者になる時にできると言ったら、褒められたくらいだ。しかし、読み書きが出来ないというのは、大人になって困る事もあるのではないだろうか。職につく上でも選択の幅が狭まってしまう。
そこでイアンと相談の上で「これだけ学んでおけば、とりあえずは大丈夫」という水準の学力を身につけてもらう為、仕事と平行して学習の時間を設けた。学びも仕事のうち、という事でもちろん給料は変わらない。
そういえばイアン達は最近、北門近くの家に引っ越したそうだ。生活も安定したようで、イアンにはとても感謝された。子供達も勉強するのは得手不得手はあるだろうが将来、きっと役に立つはずだ。
子供達が勉強で居ない分の労働力として、新たに人を雇った。作付面積が広がった事もあり、人手は必要になる。その辺の管理はイアンに全面的に任せており、金銭管理はコンラッドにもアドバイザーという形で協力してもらっている。
給料の支払いも、いつの間にか俺自身はやらなくなった。すでに畑はイアンを頭とした農業部門として独立して運営されている。俺はといえばイアンやコンラッドが持って来た計画や提案に、ハイハイと承認するだけの「そうせい様」状態になっていた。まぁ、それできちんと回っているから構わないんだけどさ。
「それからこれはミナトさんに。村長のグラントさんからお手紙です。どうぞ」
そう言ってコンラッドが手紙を取り出す。最近では彼がミサーク村に行く機会も増えた。重要な案件だったり、手紙では伝えきれない説明をする時は、レターホークではなくコンラッドがグラントに託された手紙を持参してくる。
「そちらにも書かれていますが、新たな鉱山開発の手始めとして岩塩の採掘がはじまりました。現状ではまだごく小規模なものですが」
「おお、ついに始まったんですね」
以前にも新規の鉱山開発があるという話は聞いた。それがいよいよ本格的に始動するらしい。
「採取されたサンプルの鑑定結果は極めて良好。採掘された岩塩を私も見せていただきましたが、非常に質の良い物だという印象です。商用化が見込めるという事になれば、こちらからも人足を送って本格的に開発に着手するという流れです」
鉱山だけでなく岩塩の事業もスタートするのか。そうなるとミサーク村の人間だけでは賄いきれなくなるよなぁ。今はアドバイザーだけだけど、鉱山に詳しい人間を外部から雇うといいかもしれないな。と、話を聞きながら考えてるとふと、コンラッドと目が合った
「そう言えば……私がミサーク村に行くとですね、「ミナトは元気か?」とか「ミナトの紹介なら大丈夫だろう」という言葉を、よくかけていただいたんです。それだけミナトさんが村の人達に信頼されているんでしょうね。私もそんなミナトさんに信頼されるように全力を尽くしますので」
そう言って、にっこり微笑むコンラッド。
「いえ、俺の方こそ何から何まで……!こちらこそお願いします」
俺は咄嗟に頭を下げる。
いやいや本当に、彼には俺自身のサポートだけにとどまらず、ミサーク村の事業やサツマイモの販売やルート開発、また金銭管理に人員の確保など様々な事を助けてもらってきた。
商人だから、儲かると思えばやるのは当たり前ともいうが、俺やリンにはなかなかやれない事を引き受けてくれ、小事大事に関わらず相談があればすぐに駆けつけてくれる彼の存在は、非常に有難かった。頼りすぎてるかも。でも本当に有能な彼なんである。
もちろんイアンも実に良く頑張ってくれている。
サツマイモの栽培、農地の開拓など、ここでできる農作物の管理は全て彼がやってくれている。「人手が欲しいなら新しい人を雇ってもいいですよ」と言っておいたせいか、たまに新顔さんが挨拶にやってくるようになった。ただ、「ミナト様」とか「オーナー様」とか言われるのは勘弁だけど。
その人達にもイアン達と同様、きちんと給料は支払う。今のところ雇われた人達は皆、喜んで働いてくれているように見える。人選はイアンに任せているが、どうやら生活に困っている人を優先的に雇っているらしい。その辺は俺の意を実によく読んでくれる。もちろん、一日働いてトンズラしちゃう人もいたみたいけど、働く場がない人に働くチャンスを与えるのは良い事だと思っている。
そういえばイアンから炊事場があれば、という要望があったので炊事場と食事ができる小屋を建てた。ここミナト大農園(命名イアン)では雇われた人のお昼ご飯を提供している。最初は俺が作っていたのだが、今では別に専用の人を雇いその人が作っている。
その建物は大工の棟梁バリトンさんに依頼し、建ててもらった。彼には建築費用を大幅に値下げしてもらっている。
「お前にゃ、俺もレオ坊も世話になってるからな」
と豪快に笑っていたが、彼の心意気にはいつも助けられている。
イアンに育てられていた五人の子供達にも、少しづつ変化が見られていた。
勉強が好きな子、畑作業が好きな子、フィン兄ちゃんのように冒険者になりたいという子、様々だ。
なかでも驚いたのが、一番小さいケイトという5歳の女の子。なんと回復魔法が使えるようになったのだ!
「プチヒール」という擦り傷やちょっとした怪我を治したり、肩こりや腰痛を緩和する程度の魔法ではあるが、診療所に訪れるお年寄りには大変喜ばれ「小さな聖女様」と可愛がられている。
ケイトには勉強の合間に、診療所の助手をしてもらっていたが、どうやら毎日パナケイアの像に熱心に「皆を助けたい」とお祈りしていたらしい。ある時、夢の中に綺麗な女神様が現れ、魔法を授けてくれたのだそうだ。
「あなたの頑張りをいつも見ていますよって褒めてくれたんだよ!」と興奮気味にその時の話をしてくれた。パナケイアさんもちゃんと女神の仕事(?)をしてるんだ。とか、割と簡単に魔法授けれるんだぁ、とか思ったけども、女神としての力が少しずつ戻っているようで何よりだ。
他の子供達も何でもいいから、自分たちでやりたい事を見つけられたのなら、できる範囲で応援してやりたいな、と思う。
子供たちの長女役、カーラはまだ将来については決めかねているようで「私は何をしたらいいかな?」と尋ねてきた。「やりたい事を仕事にするだけが仕事じゃないよ。ひょっとしたら皆のやりたくないような事を仕事をするのもいいかもしれない。でもまずは色々考えてみるといいよ」というありきたりの返事しか返せなかった。まぁ、焦らずに決めてくれればいい。
そういえば双子山に来てから、今までトーマが何か言ってくる事はなかった。だから、おそらく善行のノルマは達成しているはずだ、と勝手に解釈している。女神パナケイアの名もノースマハではかなり広まってきているしね。
俺自身も無理のない範囲でやれているので、これくらいゆるくなら選定者ってやつを続けていけそうな気がする。功徳や善行を抜きにしても、喜ばれるとやっぱり嬉しいもんな。
畑作業に戻ったイアン達と別れ、家に戻る途中、リンが修行から帰ってきたゲッコウとフィンを見つけた
「あ!ゲッコウ、フィン!おかえり~。修行どうだった?なにか強い魔物いた??」
「お疲れ様です。ゲッコウさん、フィン。また、大森林に入っていたんですか?」
「ああ。今回は、きちんと全ての訓練を終えることができた。今回のフィンは良くやっていたぞ」
「おっ!お褒めの言葉をもらったじゃないか。フィン」
「当然よ!何しろ師匠の教えの通りにやったからな。バッチリだったぜ!」
「ははは。そうか」
最初の頃からは想像がつかないが、今ではフィンはゲッコウを「師匠」と呼び慕っている。
この間の訓練中にフィンは自身の力を過信し、その結果、森の中でゲッコウとはぐれてしまい、運悪くアイアンスネークという強力な魔物に襲われた。あやうく命を落としかねない事態だったようだ。
その際、間一髪で駆けつけたゲッコウが、体を張って助け出してくれたらしい。それ以来、フィンは人が変わったようにゲッコウの言うことを聞くようになった。
「あのバカでかいアイアンスネークにたった一人で立ち向かい、激闘の末に打ち倒す師匠の姿は忘れられないぜ!いやーミナトにも見せたかった!」
「へー、そうなの?ゲッコウすごーい!」
リンが感嘆の声をあげる。アイアンスネークは表皮が鱗が岩のように固く、また素早い蛇の魔物だ。冒険者の討伐依頼でもBランクに位置されており、村の防衛隊でも見かけても下手に手出しをせず、近づかないように言われていた程だ。しかも大森林のそれを一人で倒すんだ。本気のゲッコウってどれだけすごいんだ?
「フィン、その話はもういいだろう」
「何でですか!師匠、めちゃカッコ良かったっすよ!俺、めちゃ感動したんすから!」
フィンに持ち上げられ照れているゲッコウをみていると、なんだか可笑しくなってくる。でもこれだけゲッコウの事を信頼しているのなら、きっと修行もしっかり取り組んでいけるよな。
「あ、フィン兄ちゃん!ゲッコウさん!戻ってきたの!?」
そこに勉強を終えた子供達が駆け寄って来た。
「よう!お前らちゃんと勉強してたか?」
「うん!兄ちゃんはどう?修行できた?」
「おうよ!ばっちりだぜ!」
「ゲッコウさん、またかたぐるまして~!」
子供達はフィンと嬉しそうに話をしたりゲッコウに飛び付いたりしている。
厳つい見かけで人々から避けられる事もあったゲッコウだが、今ではフィンが架け橋になるような形で子供達との垣根もなくなり、今ではヒーローのようになっている。子供達に飛びつかれて甘えられるゲッコウの姿。なんだかとても良い光景に見えた。
夕方近くになり、双子山のヌシ様の所にいるライとラナを迎えに行く。今日はヌシ様の元で修行の日になっていた。
山頂までたどり着くと、二人とヌシ様の姿が目に入った。
「ライ、ラナ。迎えにきたよ」
「あ、ミナトさん!」
「……今日のご飯何?」
ライは魔力探知、そしてラナはタヌ男とコンビネーションの訓練をしていたようだ。
「ほっほっほ。二人とも頑張っておったよ」
ヌシ様のいう通り、真面目に取り組んだ成果は確実にでている。ライはついに魔力探知をスキルとしてものにした。今では目は見えなくとも「魔力の目」で周囲が見える。目の見えないライがこのスキルのおかげでどれだけ助かるか……。おじさんそれを考えると目頭が熱くなっちゃう。
ライから詳しく聞いたところ、魔力探知スキルは人や道、その他、ありとあらゆるものが輪郭となって見えるらしい。その輪郭の中は色がついていてそれが濃ければ濃いほど魔力が高いそうだ。
ラナもテイマーになってからスキルを覚えた。
「獣王の眼光」という厳つい名前のこのスキルは、発動させると獣系の魔物を威圧する効果がある。特に自身の従魔には効果てきめんらしく、いたずらっ子のタヌ男はよくこれを使われているらしい。ラナのあの眠そうな目のどこからそんなパワーがでるのか……。
「二人共、素質があって実に面白い。教える方も楽しくてな」
そう言ってヌシ様が笑う。
ヌシ様ことハロルドには、俺が転生者である事を話した。俺もトーマの身体を引き継いでいるし、ヌシ様もそれに気づいていたようだったからだ。
「お主は皆とどこか違う気がすると思ったがそう言うことか」
俺の正体を知っても、何ら動揺する事なく穏やかな口調でヌシ様は続けた。
「お主が別の世界から来たなど些細な事じゃ。お主はワシやエリスを救い、ノースマハの人々も助けた。感謝こそすれ、邪険に扱う理由なぞどこにもないでな」
と。
二人を連れ山を降りようとした時、ヌシ様に呼び止められた。
「ライとラナが言っていたぞ。「今が一番幸せだ」とな」
「二人とも本当かい?」
「はい!まさか奴隷になった自分が、ラナと二人でこんなに幸せになれるなんて……本当に感謝しています!ミナトさん。あの時、助けてくれてありがとうございます!」
「……毎日、すごく楽しい。……こんな風に思える日が来ると思わなかった。……ミナトのおかげ。……ありがと」
「リンも幸せだよ!ずっとミナトと一緒にいる!」
それを聞いて、不覚にも涙がこぼれた。慌てて目をこする俺にリンが、そしてライとラナ、抱きついてくる。
三人を抱きしめ、そのぬくもりを感じながら俺も幸せに浸っていた。
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