26話 選ばれしもの
「なかなか立派な家だな。ゲッコウからは廃屋を譲ったと聞いていたが」
「新しく建ててもらったんですよ。回復魔法で怪我の治療をしたら、そのお礼にって」
「ほう、回復魔法の礼が新築の家とは、随分と豪気な話だな」
「一応、建材などの材料はこっち持ちだったんですよ。俺も手間賃を払うと言ったんですけど、断られまして……」
「なるほどな」
朝早くやって来たのは、冒険者ギルドの元ギルドマスター、ルークだった。彼がリビングの椅子にドッカと腰を下ろす。テーブルを挟んで彼と向かい合うように、俺とリンが座る。
「それでルークさん、今日はどうしたんですか?」
「うむ、色々待たせたが、いよいよだぞ。ミナト」
「?」
何がいよいよなのかさっぱり分からないんだけど……
「喜べ!黒蛇のアジトが割れた」
俺の困惑をよそに、ルークが高らかに言い放った。そういえば以前、ルークが黒蛇の件で個人的に動くと言っていたっけ。遂に奴等の尻尾をつかんだのか?
「アジトがですか?黒蛇と言えば以前に一度、俺達も襲われましたよ。でも、それからはとんと来なくなりました。ノースマハの街で黒蛇の中で内部抗争があった、と言う話は聞いたんです。かなり死傷者が出たとか?」
「それは領主側からの公式発表だ。しかしそれはあくまで表向きの発表でな」
そう言うとルークはニヤッと笑う。
「表向きの発表?」
「あちこちの場所で、黒蛇構成員たちの亡骸を発見しても、目撃者は誰もいないのだから、領主側としてはそう発表せざるを得んだろう」
「んん?……すいません。話が見えてこないんですけど………」
「種明かしをしよう。最近、頻発している黒蛇の内部抗争と言われているもの。あれを起こしたのは俺だ」
「ルークさんが?」
「ああ。目星をつけた拠点に乗り込んで、構成員を一人も逃す事なく全て潰し、騒ぎを聞き付けた衛兵が到着する前に即、撤収する。衛兵は多数の構成員の亡骸を発見するが、何故こうなったのか原因がつかめない。内部で何らかの諍いがあったのだろうとして発表するほかない、という訳だ。すでに拠点のかなりの数を潰してある」
「えっと、つまりルークさんは、黒蛇にも衛兵にも気付かれずに、構成員とアジトを潰し続けていたって事ですか?」
「そういう事だ。黒蛇とダニエルに繋がりがあるというのは間違いない。しかし、奴等はあくまでダニエルの裏で雇われた傭兵的な扱いであって、領主本人とは無関係だろう。公式に雇うとなれば事が露見した際、大事になるからな。だから末端の兵士は事情を知らないし、お前達も衛兵から嫌疑をかけられる事もなかっただろう?」
そんな事情があったのか……。それにしてもルークが強いだろう事は、何となく分かってはいたが、あの黒蛇を一人で潰して回っていたのか?強いなんてもんじゃないぞ。規格外じゃないか
「今までは痕跡を残さずにやってこれたが、最近ではさすがに奴等も警戒して、各個撃破が難しくなってきてな。そろそろ、元締めとの対決も視野に入れようと考えている」
「元締めっていうとボスですか?」
「ああ。元締めは、黒蛇のグリムと呼ばれている男だ。そいつの居場所を探っていたのだが、ついに尻尾をつかんだ。奴が潜むアジトの場所を特定できた」
「おおっ、いよいよ決戦なんですか?……ところで、どうして黒蛇のアジトが割れた話を、ルークさんがわざわざ双子山まで言いに来たんですか?確かに俺達は黒蛇と因縁はありますが……」
「もちろん用があるから来た。お前にギルドからの指名依頼だ。内容は「黒蛇の討伐」。お前達には、俺と共にアジトへ向かってもらう。黒蛇のボスを討伐、もしくは捕縛がミッションだ」
「えっ、俺達に指名依頼ですか!?何で俺達に!?」
「これは極秘任務だ。おおっぴらにやると奴等に感づかれかねん。どこに内通者がいるか分からんからな。ゆえに人数を絞り参加者は厳選した。その中の一人がミナト、お前だ」
いきなりそう言われてもなぁ。そもそも俺はまだDランクの駆け出し冒険者だ。俺より適任者がたくさんいるじゃないか。
「正確に言えばお前達、だな。お前の従魔は、かなり高レベルの気配探知と隠密を持っているはずだ。違うか?」
「ルークさんは、リンの持っているスキルが分かるんですか!?」
「無論だ、俺には分かる。お前の従魔が気配探知を使っているのも、そして、それを交わす術もな」
気配探知が見破られるのは、相手が格上か特殊なスキルを使っているかだ。元ギルドマスターのルークの実力を考えれば、かなり精度の上がったリンの気配探知や隠密も、看破されても仕方がないのかもしれない。
「その力を見込んで、お前達にこの依頼をしたいんだ。どうだ、受けてくれるか?」
「でも、俺達はついこの間、Dランクに昇格したばかりですよ?足手まといになりませんか?」
ルークは首をかしげて、考え込むように俺達を見つめる。
「いや、それは問題ない。ランクは言ってしまえば、自分の実力を対外的に見せる為のものでしかない。あえて実力と合わないランクにいる冒険者もいるくらいだからな。……俺はなミナト、お前がどうも自分の実力を過小評価しているように見えて仕方がない」
「ええっ?過小評価?とんでもないですよ。俺にはたいした実力はありません!」
「レッドボアを討伐しただろう?」
「でもあれはまだ成長途上の子供の群れで、まともな成体は一匹だけだったからですよ!?」
「お前が言っている「子供」。それがこの辺りのレッドボアの成体だ。お前が倒したボスはレア物。通常ならCランク冒険者が複数人いて、初めてターゲットに入る」
「えっ、でもミサーク大森林では、あれが普通クラスですよ?」
「だからだ。お前の実力はすでにCランクに充分達している。内容的にはCランクでも上位と言っても過言ではない」
「いや、それはリンと一緒だったからで……!リンがすごいから……それに何も俺達でなくとも……」
「ミナト、もう一度言うぞ。俺はお前達を見込んでこの依頼をしているんだ。俺は冒険者としてそれなりに名を馳せ、尚且つギルドマスターも務めていた。人を見る目はあると自負している」
ルークは俺の目をじっと見つめる。その力強い視線は目をそらすことを許さない。俺はただ黙ってルークの言葉を聞くしかなかった。
「お前は言ったな、「黒蛇とは因縁がある」と。お前はこの件と無関係ではない。以前、ミサーク村を滅ぼそうとした男が黒蛇の一員だった。奴等を野放しにするのは、また村が危険にさられる可能性があるという事だ。違うか?」
俺はルークを見つめ、頷く。
「我々は今、その組織と戦っている。黒蛇が潰えれば、ミサーク村に住む住人も安心して暮らせるだろう。そして、今、黒蛇を倒す好機がきたんだ」
「……」
「奴等はアジトを頻発に変える。これを逃すと、次にいつ見つけられるか分からん。俺はお前がこの任務をこなせると思うからメンバーに入れた。逆にお前が来ないとなれば作戦が破綻する。それだけ人選には厳しくしたつもりだ」
「……俺がいないと駄目なんですか?」
「そうだ、ミナト。もちろん冒険者といっても一人一人得意分野は違うし、パーティでの役割がある。お前はお前の力で、俺達に協力して欲しいんだ。リンと共にな。自信を持て!このルークがお前達に期待しているんだ。そして、この経験はお前達の今後に、きっと役立つはずだ」
確かにルークは、俺の話を聞いて黒蛇討伐に動いてくれたのだ。そんな中、俺達が協力しないというのはどうなんだ、という気もする。実力者であるルークがここまで言ってくれるんだ。俺でできる事があれば協力するしかないのではないか。
「リン、どうする?黒蛇と戦いに行く?ミサーク村の為にも黒蛇はいなくなった方がいいと思うし」
「ミナトはどうなの?依頼を受ける?」
「ああ、もし、俺達に出来る事があるなら」
「分かった。リンもやるよ!シャサイみたいのがいるんでしょ?今度は負けないよ!シュバババって倒すから!」
リンが気合いを入れるような仕草で、やる気を見せる。今なら例えシャサイが相手だろうと負ける気はしない。あの時より俺達は強くなってきたはずだ。
……幻?あ、あれは例外だよ。例外!だって本物じゃないし!ノーカンで!
気をとりなおし、大きく深呼吸をしたあとルークを見る。彼は俺の返事をじっと待っている。
「ルークさん、どこまでやれるか分からないですけど、黒蛇は俺やミサーク村の人達にとっても因縁の相手。野放しにはできません。俺達も参戦します!」
俺達の決意を聞き、ルークが大きく頷いた。
「うむ。二人ともよく決心してくれた。今回、ゲッコウの協力を得られないのは痛いが、明日まで待っている時間はない。我々だけでやらねばならない」
ゲッコウはフィンの冒険者修行のため、二泊の予定で大森林に向かっており、戻るのは明日の予定だった。
「何ていうか、ゲッコウさんは、冒険者の育成に向いていると思います。知識や経験はすごいですよね。怖そうに見えて面倒見がいいし」
「そうだな。まあ、ゲッコウもそろそろ弟子の一人や二人、迎えてもいい頃だろう。あいつの知識や経験を後進に伝えていくのは、大事な事だ。しかし、ミナトお前もいつまでもDランクで燻っていては、困るぞ。最近はギルドにもあまり顔を出していないだろう?」
「あ、いや、最近は色々忙しくて……あはは」
治療や畑仕事、そしてイアンやコンラッドとの打ち合わせなど、ここにいてもやることは結構多い為、ここのところ冒険者ギルドにもあまり行っていなかった。
「お前も冒険者なのだから、依頼を受けてもらわねば困る。それにアリアが寂しがっていたぞ。お前もなかなか隅に置けんな」
そう言って、またニヤリと笑う。
アリアさんが?……いや、ないな。彼女は受付嬢だ。俺より有望な冒険者を山ほど見てきているんだ。俺の事なんてアウトオブ眼中だろう。期待して出掛けていって、肩透かしなんて辛すぎるんだぜ?
まぁ、ルーク流のジョークだろう。あまり深く考えないようにしておこう。
「さて、話はこれくらいにしておこう。俺は戻って討伐の準備に入る。お前達は支度を整え、夕刻にこの場所に来てくれ」
ルークに渡された紙切れには、街のとある店が指定されていた。
「そこに我々以外のメンバーも集まる。作戦はその時に話す。時間に遅れないようにな」
「分かっています。必ず行きます」
「ああ、お前達には期待しているからな。頼むぞ」
そう言って、晴れ晴れとした笑顔を俺達に見せ、彼は家を出ていった。
「頑張ろうね、ミナト!」
リンが俺を見上げる。その顔にはやる気が満ちている。
「ああ、そうと決まれば、急いで準備をしないとね」
こうしてルークの訪問により、俺達は黒蛇と対決する事になったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ほぉ、それでお前達はこれから、その黒蛇の連中と一戦交えようという訳じゃな。ほうほう……」
真っ白な髭をしごきながらヌシ様が言った。
ルークが去った後、俺の留守の間、ライとラナの事をヌシ様に頼んでおこうと、双子山の山頂にやって来ていた。
「黒蛇が壊滅してくれれば、ミサーク村も安泰だと思うんですよね。ルークさんがいれば俺も心強いですし」
「ふむ。一度目をつけられているのならば、また来ないとも限らぬでの。ノースマハのギルドマスターがリーダーであれば心配は要らぬとは思うが……」
「そうですね。ルークさんはメンバーを厳選した、と言っていました。俺がどれだけの事ができるか不安ですけど」
「ほっほっほ。ミナト、ルークの言う通り、今のお主に必要な物は「自信」じゃよ。お主はお主が思っているほど弱くはない。もう少し自分自身を信じる事じゃ。そうすれば女子にもモテモテになるかもしれんよ?」
モテモテ……その言葉には惹かれるが、実力がある人の自信と違うんじゃないかなぁ?うーん??
「そ、そうですか?でもゲッコウさんやリンを見てると、自分はまだまだだなぁって思いますけど」
「何、ひとにはそれぞれ得手不得手がある。お主はこれまで沢山の者を助けてきた。何もなかった双子山に、今では多くの者が訪れるようになった。これはお前の力じゃ。戦闘や剣技が全てではない。自身の力を惜しみなく他人の為に使う。出来るようでなかなかできんもんじゃ。かくいう儂も、お主に助けられた一人なのでな」
「俺がヌシ様をですか?何もしてないですよ?」
「ほっほっほ、よいのじゃ。ライとラナの事は引き受けた。ゲッコウには戻り次第伝えておこう」
「はい。ありがとうございます」
「それと、儂からのアドバイスじゃ。組織の上に立つものは、実力があるのは当然だが、得てして変わり者が多い。普通の性格ではない者も多く、それを隠さぬ輩もいる。しかし、それは「そこに目をつぶってもお釣りが来るほど実力が抜きん出ている」からという証明でもある。くれぐれも油断するでないぞ」
「ありがとうございます。肝に命じます」
「リン。「気配探知」と「隠密」、これをうまく使えば相手が格上でも格段に気付かれにくくなるぞ。コツは気配探知を隠密で覆うイメージじゃ」
「分かった!やってみるね!」
「ほっほっほ。頑張るんじゃよ」
ヌシ様と一通り話をして山を下りた俺は、ライとラナに、ギルドの依頼で出かける。何日間か留守になるかもしれないと伝えた。最近では二人とも家事をこなせるようになってきた。二人の成長を感じられるのは、やはり嬉しい。
ビアトリスの薬屋に寄り、ポーションとハイポーションを2つづつ購入した。回復魔法はあるが、それだけでは間に合わない事もあるかもしれないしね。
家に戻って装備を確認する。ロックリザードという、ミサーク大森林に棲むトカゲ系の魔物の革で作られた革鎧。見た目は普通だが、強度は一般的に売られている革鎧とは段違いで、しかも軽い。これに同じく革のブーツ、マントを羽織れば……
よし、これでいっぱしの「新米冒険者」の出来上がりだ!
……て、まぁ、そうなるよなぁ。鏡の中の自分を眺めて、そう思った。
この革鎧も性能はいいけど、見た目は普通の物と変わらないのがね。何より武器が木刀。明らかに駆け出しの武器だ。いや、でもこの相棒は、魔剣だし、高性能なんだよ?ちょっと嫉妬深くて剣とかの近接武器を使わせてもらえないけど、弓矢とか銃とかの遠距離武器だったら問題なく使わせてもらえるし……うん。すごい武器なんだよ。本当に。
とはいえ初見さんには初心者冒険者に見えるんだよなぁ。もし、誰かが全く同じ装備をしてたら俺でもそう思うだろうし。……まぁいいか。初心忘れるべからずと言うしな!……なんか違うか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ、行ってくる。二人とも留守番頼んだよ」
「はい!お気をつけて!」
「……早く帰ってきて」
その日の夕刻、ライとラナに見送られ家を出た。
「さて、長い夜になりそうだ。リン、頼むよ」
「任せて!ミナトはリンが守るから!」
リンが力強く返事をする。出会った時と変わらないその言葉が、何より心強い。
「じゃあ、行こう!リン」
「うん!」
こうして俺達はルークと合流すべく、双子山をあとにした。




