12話 夢か現か
「魔力……よし。食料……よし。武器……ハンドガン、よし。木刀……はいつもと変わらないか。位置は……ここからなら南側の山から入る事になるな。それほど大きな山じゃないけどちゃんと把握しておかないと……」
「ミナト~。まだなの~?」
山を見上げる俺にリンが焦れたように声をかけてくる。
「霧の中に何があるか分からないんだ。用心に越したことはないからね」
「え~?大丈夫だよ。ちょっと入ってみるだけだもん」
リンにせっつかれながら霧に入る準備を進める。ゲッコウの話では、双子山にかかる霧は自然現象の霧ではないらしい。実際、調査では数々の不思議な現象が報告されている。準備は入念にしなければ。こ、怖がっている訳じゃないんだからね!
「……よし、とりあえず確認はしたな。はぁ……行くしかないか。リン、お待たせ」
「待ちくたびれたよ~。早く行こう!」
待ってましたとばかりにリンが俺の肩に登る。いつものようにリンの体温を感じると、リンのワクワク感が伝わってきて、俺の恐怖心も心なしか緩んできた気がする。
「じゃあ出発前に……「ライト」発動!」
俺の頭上に光の弾が出現しパッと発光する。その光が俺の周囲を照らしだし、暗闇の中に俺の姿を浮かび上がらせる。
「その光、すっごくまぶしいよね。ミナトの周りだけ昼間みたい!」
周囲を明るくする方法は、道具なら定番の松明やカンテラ、魔法なら「マジックトーチ」というのがある。懐中電灯はさすがにこの世界では見かけない。そもそも電池を見たことがないし。
俺の「ライト」は、念話スキルからの派生スキルであって魔法ではない。そのせいか魔力を使わずにすみ、使い勝手が非常にいい。どうも俺の固有スキルには使い込む事で、何らかの派生スキルが産まれる能力があるようだ。
「さて、それじゃ……」
「しゅっぱーつ!」
リンの掛け声とともに俺達は、コボルトレイスの後を追って霧の中に入った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うげ。本当に霧で見えないぞ。視界がほぼゼロだ」
霧の中に入った直後から、霧に囲まれ周囲の景色が全く見えなくなってしまった。「ライト」の光も霧に吸収されるのかそう遠くまでは見通せない。
「リンはどうだ?何か分かる?」
「ん~、コボルトレイスはこの先で待ってるみたい。だから真っ直ぐ進んで」
リンはコボルトレイスの気配で方向を見極めているようだ。なるほどスキルにはそういう使い方もあるんだな。
「あれ?」
「どうした?リン」
「霧が……」
「霧が、何?」
そう聞くが返事はない。霧が一層濃くなり煙のような霧が俺達を包みこむ。
視界が霧で全く見えなくなり、思わずリンの足に触れようとした時だった。
「……ん?」
リンの足がない。それどころかいるはずのリンがいなかった。頭上に手を回してみるが、その手は空をつかむ。肩車していたリンがいつの間にか居なくなってしまっていたのだ。
「……嘘だろ?……リン?……リン!」
大声で叫ぶが返事はない。
今まで一緒に居たんだ。俺の声が聞こえないはずがない。……まさかリンはあのコボルトレイスに連れていかれたのか?やっぱりアイツは俺達を霧に引きずり込むつもりで……!
「くそっ!リン、どこだ!?」
霧の中を走る。気配探知を発動するが、探知できるものはない。念話も試してみるが応える声はない。
ヤバイぞ。リンはコボルトレイスを信用していた。もし、奴が最初から騙すつもりだったらリンは今頃……!
気だけが焦り、リンを探してただがむしゃらに走った。呼吸が荒くなり体がだんだん重く感じてくる。
かなりの距離を走った気がするのに霧は一向にはれる気配はない。もはやどこを走っているのか分からなくなっていた。体力がつき立ち止まる。
その時だった。
『あれが……そうか?』
ん?誰だ?誰かの声が聞こえた気がして顔を上げる。
「げっ!?」
俺の視界の先に目玉が浮いていた。その目がじっとこちらを見つめているのだ。
「ひっ、ひぃ~!」
恐怖にかられた俺は、その場から逃げ出した。
『あれが……』『ああ、あれだ』『あいつが……』
誰かの声が聞こえてくる。無機質な低い声で何を言っているのかはよく分からない。しかし、その声が聞こえる度、俺を見つめる目玉は増えていく。最初はひとつだった目は、視界の至るところに現れ、俺を捉える。
『逃がすな……』『逃がすな……』『逃がすな……』
どんなに走っても、どんなに離れようとしてもどこへ逃げても、沢山の目をふりきることができない。行く先々で新たな目が睨むように俺を見張っていた。
「何なんだよ!あの目玉たちは!?」
霧の中、俺は目玉から逃げ、出口を探してさまよい続けた。
どれだけ走ったのだろう。ついに恐怖と疲れから足をもつれさせ転んでしまう。起き上がろうとするが体がいうことをきかない。
「ハアッ……ハアッ……もうやだ……リン、どこに行ったんだよぉ……」
呼吸もままならない。体が鉛のように重かった。
やっぱりゲッコウの言うことが正しかったんだ……。あの時、無理にでもリンを止めておかなければいけなかったんだ……。
倒れたまま、引き留められなかったことを後悔した。
と
『……ごめんね……』
?……誰だ……?
誰かのすすり泣く声が聞こえた。顔を上げるとあれだけ沢山あった目は、全て消えうせていた。
先ほどまでの目玉の声とは違う、若い女の人の声だ。しかし、周囲は霧に包まれ姿は見えず、どこから聞こえるのかも分からない。
『……私のせいで……みんな、ごめんね……』
姿は見えない。もの悲しく、つらそうな嗚咽だけが聞こえてくる。何があったのか分からない。しかし、その声は深い後悔と悲しみに満ちているような気がした。
『……ごめんね……ごめんね……』
一体誰に謝っているんだ?何があったんだ?そう聞こうと、口を開こうとするも何故か声が出せない。
『……ごめんね……ご……め……ん……ね……』
その声がだんだん遠のき、やがて聞こえなくなった。
そして、それと入れ替わるように誰かがこちらへ向かってくる足音が耳に入る。ガチャ、ガチャ、と金属が擦れる音。
まさか……アイツは……。
霧の中から姿を現したのは、全身を鉄の鎧で固め、フルヘルムを装備した騎士だった。
騎士は何も発する事なく歩く。響くのは足音と、身に付けている武骨な装備の擦れる音ばかりだ。そして倒れている俺の前にやってくる。その動きは乱れなく、まるでロボットのように感じた。
俺の頭上でおもむろにロングソードを抜き、上段に構える騎士。
次の瞬間、剣が凄まじい速さで俺めがけて振り下ろされた。
「うわっ!?」
とっさに横に上体を捻らせる。すぐ脇を剣が通りすぎガツッ!!と音を響かせた。
そのまま、転がるように距離をとり慌てて木刀を握りしめ立ち上がる。
「いきなり何すんだ!お前が「霧の中の騎士」なのか!?」
俺の問いに応える事なく、俺に迫る騎士。繰り出される剣をかろうじて受け流す。
「くそっ!」
危機探知が通じない!相当な手練れということか!?
騎士は攻撃の手を緩める事なく、ひたすらに斬り込んでくる。反撃の機会を見出だそうとするも攻撃が激しくままならない。
「ぐうっ!」
受け止める腕に衝撃が伝わりその力に押し負けそうになる。この木刀を持ってから初めての経験だった。ひょっとしたら奴は何らかのスキルを使っているのかも知れない。
と、俺が打ち込んだ木刀を騎士がガッと掴んだ。
しまった!動きを読まれたか!?木刀を強く握ったまま、騎士が強烈な蹴りをいれる。俺の腹部に強い衝撃と痛みが走った。
「ガハッ!」
その勢いに堪えきれず吹っ飛ばされた。
奪った木刀を投げ棄て、騎士が俺に迫ってくる。
……畜生、こうなったら……!
ハンドガンを引き抜き狙いを定める。ハンドガンをみても騎士の動きに変化は見られない。
「くらえ!!水の魔弾!!」
射出された水弾が騎士に迫る。しかし、弾は騎士に命中する事なく、騎士の鎧を素通りしてしまった。
「嘘だろ……!?」
たて続けに発砲するも、全ての弾丸は騎士を通り抜けてしまう。体内から魔力が急速に失われていくのを感じる。
まるでこうなる事を予期していたかのように、初めて会った時と同じ歩みの騎士。そして呆然とする俺の眼前までやって来た。
「お前は……一体……」
俺がそう問いかけた時だった。騎士が剣を納め、自らのフルヘルムに手をかける。そのままゆっくりと兜を外した。
「……嘘だ……お前は……!」
それ以上、言葉が出てこなかった。
「……シャサイ……!」
バカな!奴はこの世にいないはず!
しかし、そこにいたのは死んだはずのシャサイだった。
エリスを連れ去ろうとし、リンを傷つけ、ミサーク村を滅ぼそうとした忌まわしい男。あの狂気に満ちた邪悪な顔は忘れたくとも、俺の記憶にしっかりと刻みこまれている。
「何でお前が生きてるんだ……」
俺の言葉にニヤァと笑みを浮かべるシャサイ。このまとわりつくような怖気が走る笑いは、あの時と同じものだった。
シャサイが再び剣を構える。それに応え、俺もハンドガンを構えようとした。
……っ!?
どうしたことか身体が動かない!まるで金縛りにあったかのように動く事ができなかった。
俺の事態を察したように、ゆっくりとシャサイが迫る。何とかしようと試みるが、どんなにもがこうとしても身体がいうことを聞いてくれない。
目の前のシャサイがスッと剣を振り上げる。
……くそっ!俺の身体、動け!動いてくれ!
必死に足掻くがどうにもならない。シャサイの剣が俺に振り下ろされる!
「うあああっ……!!」
その瞬間だった。
「ミナト!!しっかりして!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……あれ?攻撃が……来ない?
来るはずの衝撃がなく、恐る恐る目を開ける。
俺は山道に立っていた。シャサイの姿はどこにもない。周囲にまとわりついていた霧もいつの間にか晴れ、上を見上げれば木々の間から星が見えた。
「これは……?」
何がどうなっているんだ?シャサイは一体どこへ?
「ミナト!大丈夫!?」
聞き覚えのある声がする。肩にいつもの感触が戻ってきていた。
「……リン?」
「そうだよ、リンだよ!ミナト、どうしちゃったの?いきなり暴れだして!何とか同調で抑えれたから良かったけどリン、心配したんだよ!」
「え?俺が暴れだして……?俺はシャサイと闘ってて……」
「シャサイなんて居ないよ!アイツは倒したでしょ?」
頭にクエスチョンマークが浮かぶ。どうにもリンとの話が噛み合わない。不思議に思った俺はリンに起こった事を話し、リンはどうだったか聞いた。
リンの話では霧の中に入ってすぐに霧は晴れたようだ。しかし、俺が急に暴れだしてリンは振り落とされてしまった。その後も俺が誰もいないのに、木刀を振り回したりハンドガンを撃ったりして近づけなかったらしい。
俺の動きが鈍ったところで何とか接近し、同調を発動させて動きを抑えた、と話してくれた。だから身体が動かなかったのか……。
「……と、いう事はシャサイは最初から……?」
「居ないよ!ミナト、誰も居ない所に撃ってたし」
じゃあ、あれは幻だったのか?
多分そうだろう。シャサイは死んだ。この世界に生き返らせる術がない事は、パナケイアさんも言っていた。よくよく考えてみれば、こんな所にシャサイが現れたりするはずがないと思えるが、霧の中では全てが現実のようだったのだ。たくさんの目玉たちも、泣いてる女の声やシャサイも……。
「それじゃ、俺が見たのは幻だったのか?やっぱりあのコボルトレイスは、俺達を陥れるつもりで……」
「違うよ!だってこのコボルトレイスは、ずっと悪意がないもん。本当にリン達を連れてきたかったんだよ。もし、騙そうとしたならそれは別のヤツだよ!」
気づくと俺達のすぐそばにコボルトレイスが立っていた。その尻尾がブンブンと振られている。確かにその目や表情からは、俺達を警戒したり騙そうとしているようには、感じられなかった。
「……とりあえず霧は晴れたみたいだから良かったよ。……またリンに助けられちゃったな」
「うん!じゃあ、行こうよ!」
「分かった。でもちょっと待ってて。少し心を落ち着かせないと……」
そう言って深呼吸した俺を、リンとコボルトレイスまでもが心配そうにながめている。
俺にはリンがいたから現実に戻る事ができたが、もし、リンがいなかったら俺はどうなっていたんだろう。あれを幻と気づくことはできたんだろうか……?
いや、あれは霧が俺に見せた幻だったんだ。リンにも会えたし、もう大丈夫だ。
そして、気持ちを切り替えると再び俺達は、コボルトレイスの後について歩みはじめた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
かつては石畳で舗装されていたと思われる山道には、草木が生い茂っている。木々に侵食され崩れた石垣やかつては石垣に使われたと思われる石が、あちこちに転がっていた。
南の山から入って尾根を歩き、北側の山にたどり着いた。山道はなだらかな登り坂になっており時折、脇道のようなつづら折りの小道の階段が設けられている。おそらく山頂までの近道なのだろう。しかし、草木が腰ほどまで伸びていて、登るのは難しそうだった。
コボルトレイスの後を歩き、小一時間程たっただろうか。
山道が終わり、視界が開け広場のような場所にでた。
「ここが双子山の頂上か……」
山道とは違い、芝生のような草が敷き詰められ、まるで誰かが管理しているかのようだ。
そして広場の中央には、巨大な楕円形の大岩が広場を護るかのように鎮座していた。
コボルトレイスは岩に近づき前足で岩をポンポンと叩く。そして俺達に向き直り遠吠えのような仕草をした後、フッと消えた。
「消えちゃった……あれはどういう事なのかな?ミナト、わかる?」
「うーん、あのコボルトレイスの目的地がこの岩なら、きっと岩に何かあるはず」
コボルトレイスがいた辺りを叩いたり押したりして調べてみる。……やっぱりただの岩だ。
「リン、何かあった?」
「ううん。何にもないよ?」
「おかしいな……じゃあ、俺達をここへ連れてきた意味はなんだ?……うわぁ!?」
「ミナト!?」
岩を押すはずが、何故かそのまま貫通してしまい、俺の体は岩の中に転がり込んでいってしまった。




