4話 二人の晩餐
気がつけば辺りはすっかり暗くなっていた。月だけが唯一の明かりだ。
『ミナトハ周リガ見エル?』
「いやー、全然見えなくなってきたよ。リンはどう?」
暗闇に目が慣れてきたとはいえ、太陽が沈んでしまうと昼間とは全然別の世界だ。ここが結界の中じゃなかったらと思うとぞっとする。暗闇の中の心細さと言ったら……。リンがいなければ泣いちゃいそうだよ。
『ワタシハ洞穴二住ンデタカラ、カナリ暗クテモ平気。今日ハ月ガデテイルカラ明ルイネ』
言われてみれば、ゴブリンは鉱山や洞窟、洞穴に住んでいるんだもんな。こんな暗闇でゴブリンに襲われたら、俺なんかひとたまりもないね。ゴブリンと戦った時、昼間で良かった……。
「リン、お願いがあるんだけど。焚き火をしたいから、枯れた木の枝を集めてくれないかな?」
『枯レタ木ノ枝ダネ。分カッタ!』
リンはすぐに森の方へ木を拾いに行ってくれた。左足を少し引きずっているが、歩くくらいなら問題なさそうだ。
リンが帰ってくるまでの間、米をマジックバッグから取り出し、洗米して水につけておく。後はライスクッカー様とガスコンロ様に炊いてもらおう。
さて、何を食べさせてあげようか。すぐに食べられるものがいいよな。インスタントラーメンってゴブリンは食べられるんだろうか?野生のゴブリンなら少し薄味にしてあげた方がいいかもしれない。足りなかったら御飯を足して雑炊を作ってあげよう。
そんなことを考えているうちに、両手いっぱいに枯れ木を抱えたリンが帰ってきた。
「ありがとう、リン大変だったろう?今、火を起こすから待ってて」
結界内に魔物が出ないといっても、焚き火によって獣除けの効果はあるだろう。
えーっと、焚き火の時には確か、空気が通りやすいように小さめの木から、大きい木に火が移るように組んでいくんだっけ……。こんな感じかな?後は小さい葉っぱや燃えやすい物を下にして、チャッカマンで火を着ける。
『ソレモ、ガスコンロナノ?』
リンが興味津々で聞いてくる。
「ちょっと違うけど、これも火を着けられる。チャッカマンって言うんだよ」
スゴーイ!と驚いているリンの横で色々調整しながら、何とか火を焚火にする事に成功した。焚き火の明かりがあると、それだけで安心できる気がするな。
御飯は後は蒸らしておけばいいので、よけておこう。そしてインスタントラーメンの鍋をガスコンロにかける。お湯が沸いたらあとは早い。あっという間に出来上がった。
とりあえず、ラーメンを取り分けて、フォークと一緒に渡す。
「これはラーメンって言って、このフォークでね、こう麺をすくって、フーフーして食べるんだよ。あ、熱いからね、フーフーしないと舌を火傷するから」
リンはインスタントラーメンのにおいをクンクンかいでから、フーフーと冷まして一口食べる。
何やら驚いた表情、そして
『コレ、オイシイ!』
嬉しそうな声が響く。
「俺の国ではありふれた食べ物なんだけどね、リンに喜んでもらえて良かったよ」
俺にとってはただのインスタントラーメンだったんだけど、初めて食べるラーメンはリンに大好評だった。
あっという間にラーメンを平らげ、まだいけそうだったので残ったラーメンの汁に御飯と卵を入れて雑炊にした。
つつましい食事だったけどリンはオイシイ、オイシイとよく食べた。手抜き料理とはいえ喜んでもらえるのはやっぱり嬉しい。
食事の後は特にする事もないので、寝る支度をと思ったがここでまた問題発生。
寝具がない。
いや、野営でテントもないのに布団を敷くのはおかしいのは分かってるんだけどさ。
マジックバッグの中身を見て何となく気がついたんだけど、入っている物は台所と風呂場にあった物に偏っているようだ。
生前、俺が最後にいた場所は台所だ。風呂場は壁を隔てて隣にある。
どうも俺を中心としたある程度の範囲の物が入っているらしかった。
台所にある食料品、浴室にあるタオル等はあるが、残念ながら布団のある寝室までは届かなかったらしい。ないものは仕方がないので、キッチンマットやバスタオルで代用することにする。
マジックバッグを物色していると
『ネェ、ミナト』
「ん、なに?」
リンが声をかけてきた。
『ステータス見タ時、名前ガ「トーマ」ダッタノニ何デ、ミナトハ「ミナト」ナノ?』
「え、だって俺はミナトって名前だし、そんな名前じゃ……あ」
そういえば、「この人」はトーマって名前なんだっけ。もう体は篠原皆人ではないんだよなぁ……。改めて確認する。髪は金髪、背は170ちょい、顔は……うん、美形って程ではないけどそこそこかな。あくまで主観だけど、まあそれはそれとして。
「リンが信じてくれるかは分からないけど……」
少し悩んだけどリンにちゃんと話すことにした。この体は元々トーマの物だしもし彼を知っている人は「トーマ」と言うだろう。でもパナケイアさんはトーマとして生きろとは言っていないし、なりすますのも騙すようでいい気がしない。まあ、リンには本名の「ミナト」で知っている人には「トーマ」でいいか。今、話を作ってもどうせボロが出るだろうし。
何よりリンに嘘をつくのが嫌だったから。
とにかく、自分は元々この世界の人間ではない事。
召喚に巻き込まれて魂だけここに飛ばされた事。
飛んだ先でパナケイア、フレイアと会い願いを継いでほしいと頼まれた事。
今日初めてこの地に来た事そしてリンと会った事。
食事で出した物は日本から持ってきた物だったという事。
とりあえず今、分かっている事を話す。その間、リンは静かに聞いていた。
「……どう、かな?俺がミナトと名乗っているのは前世にいた時の名前だからだよ。トーマはこの体の持ち主だった人の名前なんだ。信じてもらえないと思うけど……」
話していても荒唐無稽だと思う。自分だって信じられないくらいだし。
『二ホントカ、ショウカントカ、ワタシニハヨク分カラナイ』
リンは首をかしげつつ言う。多分理解できてはいないだろう。
『デモ、ミナトハ嘘ヲツイテナイト思ウ』
「俺の話を信じてくれるのかい?」
『ワタシニハ「危機探知」ノスキルガアル、コレガアルト相手ノ話ス事ガ嘘カドウカ、チョット分カル』
おおう、マジですかい。ちゃんと話しておいてよかった。
『デモ、ミナトト契約シタラ、分カラナクナッタ。多分、ミナトガワタシノ、マスターニナッタカラカナ?』
分からないのかよ。じゃあなんで?リンに尋ねると
『ナントナク』
そう言ってにっこりと笑う。
『ソレニミナトが持ッテイル物、見タ事ガナイ物バカリダモノ』
そう言って、さっき食べたインスタントラーメンの空袋を持ってくる。
『トッテモキレイナ絵。今マデコンナ物、見タ事ガナイ』
そう言って空袋を見つめる。
『コレ、モラッテイイ?』
「別にいいけど」
『アリガトウ!』
リンはとてもうれしそうだ。俺にとってはただのインスタントラーメンの袋なんだけど、リンは袋を眺めたり、ガサガサとつぶしたり、見ているとなにかほっこりする。
そういえばリンは「危機探知」を持っているって言っていたっけ、リンのスキルって何だろう
「ねえ、リンって何のスキルを持ってるの?」
『ワタシ?』
「あ、嫌ならいいけど……」
『イイヨ、ミナトハワタシノマスター。ステータス』
目の前にステータス画面が現れる。
名前
リン
性別
女
種族
ゴブリン
マスター
トーマ
スキル
気配探知
危機探知
念話
『気配探知ハ、周リノ魔力ノ様子ガ分カル。範囲内ナラ魔物ガ何匹トカ分カルノ』
何かレーダーみたいだ。ステータスもババ様に教わったらしい。
『ワタシノ場合、大体アノ木クライマデ』
リンが木を指さす。結構あるぞ、50mくらいか。
「じゃあ、「危機探知」は?」
『「危機探知」ハ相手ガ自分ニ悪意ガアルカ分カルスキル。モシ悪意ガアレバ警報ガ鳴ル』
『効果ハ、モウヒトツ。相手ト戦ウ時、次ドコニ攻撃スルカ察知デキル』
「すごいな、それなら対人戦負けないじゃん」
『ソウデモナイ、攻撃ノ時ニ気配ヲ隠サレタリ、攻撃シナイ方ノ腕ニ敢エテ殺気ヲ乗セタリ、気配ハ色々察知デキテモ難シイ』
「そうなんだ、察知できればいいってものでもないんだね」
『後ハ、ワタシノ回避能力以上デ攻撃サレタ場合、コレハ察知デキテモドウニモナラナイ。後ハ単純にワタシのスキル以上ノ能力ガアレバ、探知シテモ分ラナイ』
『次ハ応用、「気配探知」ト「危機探知」ヲ合ワセルト範囲内ノ悪意アル敵分カルヨウニナル』
「おおっ!すげぇ!それなら移動中も危険な奴が分かるって事か。やるなぁリン!」
リンの頭をなでる。
素直に感心する。ここは危険が少ない日本じゃない。魔物が生息する世界。人間だって信用できないかもしれない。こういう世界でもリンの能力があれば生存できる可能性がグッと高まるだろう。
褒められたリンはうれしそうだ。
とりあえず、スキルの説明はここまでとし、休む支度をすることにした。
『コレ、フカフカ~ 』
リンがマットの上でニコニコしている。キッチンマットなのが申し訳ないが、それでもないよりはマシなはず。
「リンは先に休んでいていいよ、俺は焚き火の火を見てから休むよ」
一応リンには周辺を気配探知で探ってもらった。リン曰く、この辺には凶悪な動物や魔物は滅多に出ないとの事。奥地にはレッドベアという熊のようなヤバイのがいるらしい。とりあえずここには結界もあるようだし、一応安全かな?
横になっているリンにバスタオルをかけてやる。掛け布団もないしね。
ちょっとビックリしたリンだったが
『アリガトウ』
と、言ってくれた。
火を絶やさないよう、枝をくべ直した後、手頃な地面にマットを敷く。大して効果はないと思っていたが、意外と楽だ。横になり今日の事を思い出してみる。
……色々ありすぎて何が何だか整理ができない。
初めての戦闘も体験した。トーマの体は俺の元の体より鍛えてあったのか、木刀がすごく軽かった。まるで、棒切れみたいに。ただ、武器が木刀ってのもね。RPGなら初期装備だし、それにあの感触、やっぱり好きじゃないなぁ……。
大変だったけど、リンが従魔になってくれたのは運がよかった。これからはリンを養っていかないといけない。愛想をつかされないように頑張ろう。
ひとり考え事をした後、寝ようと思ってふと、リンを見ると何か震えていた。
そっと近づいてみると、シクシクと泣いている。
「リン、どうしたの?眠れない?」
『エグッ……グスッ……オ姉チャンガワタシヲカバッテ……』
つらい事を思い出しちゃったのか……。泣いているリンをそっと起こし抱きかかえる。
「リンは助かったんだ。お姉ちゃんもきっと喜んでくれている」
『グスッ……アタ……アタシノ足ガ丈夫ナラ……一緒ニ逃ゲレタノニ……』
リンもつらかっただろうな。状況的にお姉ちゃんはもう生きてはいないだろう。こんな時、何て声をかけてあげたらいいのか、分からない自分がうらめしい。
俺はただリンを抱いて、背中をさするくらいしかできなかった。
やがて眠ったリンをそっと寝かせ、横になる。
……転生してしまったこの世界で、生きていく事ができるのだろうか。
不安が心を支配する。
悶々としているうちに夜は更けていった。