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9話 ミナト宅配便



「ここに来たのは、お前だけなのか?本当に他には誰もいないのか?」


「はい!冒険者ギルドの依頼を受けてきました。ミナトといいます!よろしくお願いします!」


 新人らしく元気よく返事をする。『挨拶は基本』だよね。特に第一印象は大事だ。


「この交易所から店までは、道は平坦だがそこそこの距離がある。一人で荷を引くのはかなりの重労働だぞ?」


「大丈夫です。やれます!」


「それほど自信があるなら任せるが……。なるべく早く運んでくれよ。あと絶対に荷物を紛失しないように。荷物を狙う不届き者もいるからな」


「分かりました!」


「じゃあ、頼んだぞ」


 そういうと職員のおじさん(ダドリーさんというらしい)は離れていった。目の前には大量の野菜や果物が積まれた前方に、引き手のついた荷車が置かれている。イメージとしてはリアカーに近い。これを依頼主の八百屋まで運ぶのが今回の依頼だ。


 俺達は今、ノースマハの交易所にいる。ここには、各地から運ばれてきた交易品が集まってくるという。ノースマハで作られていない食品をはじめとして、工業製品、武具、嗜好品、鉱石、芸術品等々……。ありとあらゆる品物が集積され、ここから指定された店や個人宅に運ばれる。


 俺達はこの配送任務を請け負ったのだ。


 届いた品は依頼主が自ら受け取りに来るのが原則だ。しかし、人手が足りなかったり、商品が多量である場合は交易所にお金を払って配送を委託する。しかし、たくさんの品物があり、また、たくさんの届け先があるため交易所の配送に関わる人員は常に不足しがちだ。その穴埋めとして交易所は冒険者ギルドに手伝いを依頼している、という訳だ。


 地図によればだいたい距離にして1キロくらいか。これ一回で銀貨1枚。積荷の重さや輸送距離で金額は増減するらしい。一般的な大人がフルタイムで働いた一日の労働賃金がだいたい銀貨5枚と聞いた。討伐任務に比べれば命を危険にさらすリスクは低い。しかし時間と労力を考えたら配送任務の報酬は高くはない。人気がないのも頷けるな。


 とりあえず荷車を引いてみよう。荷車の前に立ち、引き手を握る。


 ぐっと足を踏ん張り前に重心をかけ力をこめる。……お、重い!?こんな事を前世ではほとんどやったことはない。手押し一輪車がせいぜいだ。もう一度引手を握り直し、めいいっぱい力を込める。


「うぉぉ!おりゃあぁぁ~!」


 全力投球のパワーを注ぎ込むと「はぁ、やれやれ」といった感じでゆ~っくりと動き出す荷車。確かに、こりゃ一人じゃ大変だ!


 周囲の「アイツあの荷物を一人で運ぶ気だぜ。よほど金に困ってるんだな。バカなヤツ」とでも言いたげな目が痛い。


 やっとこさ交易所を出て、大通りをゆっくりゆっくりと牛歩の歩みで荷車は進む。


「大丈夫?ミナト。リンが同調しようか?」


 リンが心配して声をかけてくる。


「平気だよ、運ぶのは少しだけだからね!あの細い路地に入ろう!」


 一生懸命、荷車を引き路地に入る。路地は細く人通りもまばらだ。荷車を止め一休みする。


「やべぇ、配送任務なめてた……。たったこれだけの距離でもう足がガクガク。乳酸地獄や~!」


「ミナトは今度から筋力トレーニングも追加しなくちゃね~」


 リンが笑いながら軽口を言う。


「筋力トレーニングも大事だけど、今回は別の方法を使うつもりだよ。……今なら人もいないな、よし!」


 辺りを見回し、人がいないの確認して、マジックバッグを発動し荷車ごとしまう。こうすれば労せず荷物を運べる。


「お~!荷車もしまっちゃえるんだね。それなら簡単だね!すご~い!」


「だろ?まぁ、この手のスキル持ちなら定番のアイデアだけどね」


 手ぶらになって身も軽~くなったところで、目的地の八百屋さんを目指す。店の近くでまた荷物を取り出し店の軒先まで運ぶだけ。実に簡単だ。


 散歩のような感覚で目的地に着いた俺達は、再び人目を避け荷車を取り出すと、さも「一生懸命、運んできました」というような表情で店先にやって来た。まあ、俺の場合10m引いてくるだけでも息が荒くなってしまうので演技ではないのだが。


「今日は随分早いじゃないか。新人かい?」


 俺達を見つけた八百屋の主人が、話しかけてくる。


「はじめまして、交易所の依頼で荷物を運んできました。ミナトと言います!」


「これだけの積み荷を一人で運んできたのか?大変だったろう?」


「いや~、頑張りました」


 マジックバッグに突っ込んできたとは言えない(容量の事を聞かれると困る)ので、笑ってお茶に濁した。


「今、確認するからちょっと待っててくれ。……うん、積み荷に間違いはないな。じゃあ依頼書を貸してくれよ。……はい。ご苦労さん」


 荷物をあらめた八百屋の主人が、依頼書に確認のサインを書いてよこした。


「はい、確かに受けとりました」


「あんたが早く荷物を持ってきてくれたお陰で、早く店を開けられそうだ。ありがとな」


「いえいえ、それじゃ失礼します」


 依頼主からサインをもらって交易所に持っていけば依頼は完了だ。八百屋を後にし交易所へ戻った。




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「……もう戻ってきた!?本当か、どこかで荷物を盗まれたとかじゃないよな?」


 ダドリーさんは俺達を見て驚いている。


「あの、ちゃんとサインも貰いました。確認をお願いします」


 書いてもらったサイン入りの依頼書を手渡す。


「……確かにサインは間違いないな。本当にお前だけで荷物を運んだのか?」


「そうです!」


 そう言うとダドリーさんは、俺の顔をまじまじと見た。


「ふーむ、まさかとは思うがお前、運び屋(ポーター)じゃないのか?」


「えっ!?」


「この短期間であの荷物を運ぼうと思えば、人間が何人も必要だ。報酬を考えればそんな事をするメリットがない。それを加味して一人でやったとするならお前がマジックバッグのスキル持ちの運び屋(ポーター)なんじゃないかと思ってな。筋力強化のスキルを持つ剣士には見えんし」


「いや~、何て言うか……」


 確かに一人で運ぶなら、あれだけの荷物をこんなすぐに持っていけるわけがない。もう少し時間をおいて戻ればよかったか。これはウカツ!


「えっと……確かにマジックバッグは持ってるんですけど……」


「ああ、すまん。別に詮索するつもりじゃなかったんだ。ただ、もしそうなら力を貸してくれないかと思ってな。困り事があるんだ」


「へ?困り事ですか?」


「ああ、ひとまず話を聞いてくれるか?」


 ダドリーさんそう言って、俺達を交易所の中に招き入れた。




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「困り事ってのはこれの事なんだ」


 俺達は交易所の倉庫に通された。目の前には何かの金属と思われる、50センチほどの長方形の形をした銀色の分銅状の塊がいくつも置かれていた。これは鋼材なのだろうか?


「一つ持ってみてくれないか」


 言われて持ち上げてみようとするが、重くて全く持ち上がらない。鍛冶で使う素材らしいのだがとにかく重くて荷車に載せるのも一苦労であり、それを運ぶとなると大変な労力になってしまう、とダドリーさんは話した。


「依頼主の鍛冶屋は街外れにあってな。あそこにいくには距離もあるし、道に傾斜もあってかなりの人手と時間が必要なんだ。しかも、実は約束の期日までもう時間がない」


「この交易所にポーターは居ないんですか?」


「これを運べるようなポーターは今、長期任務で不在でなぁ……。他にもう一人いるがこっちは容量がスモール級なんだ。宝石や小さい貴重品を運ぶならいいんだが、この金属塊はサイズ的に入らなくてな」


「なるほど……」


 金属塊はざっと見て30はある。これを一人で街外れの鍛冶屋まで往復し続けるのは確かに大変そうだ。交易所には輸送用の牛や馬もいるが、他にも配送の仕事は大量にあり、これだけに割く訳にもいかない。鍛冶屋の方では引き取りに来れる人員がいないので、配送を依頼されたのだが、さて、どうしたものかと思っていたところに俺がいたという訳だ。


「分かりました。俺が鍛冶屋まで届けますよ」


「本当か!?それはありがたい!」


 ダドリーさんの顔がパッと明るくなった。とりあえず全部入れていけばいいか。金属塊を手当たり次第、マジックバッグに詰めていく。


「あの荷物が運べるんだ。あんたならきっと三回往復くらいで……」


「よし、全部入れましたよ」


「……は?全部?」


「はい。全部」


「……嘘だろ?」


 信じられないという表情のダドリーさん。


「本当ですよ。いいじゃないですか、とりあえず運ぶものは全部入ったんですから」


 と、にっこり微笑む。


「マジか……あれだけの荷物を……。ここに持ってきたのだって、交易所で名の通ったポーターが二人がかりだったのに……あんた、一体何者なんだ……」


 ダドリーさんが口をあんぐり、と言った顔で固まっている。何者なんだ、と言われてもなぁ。昨日Dランクに昇格した冒険者ですが、何か?


「とりあえず運んできますね。鍛冶屋までの地図を下さい」


「あ、ああ。これだ」


「じゃ、行ってきます!」


「ああ、頼む」


 唖然としているダドリーさんを尻目に、交易所を出る。


 もともとマジックバッグには日本からの持ち込み品の他、ミサーク村に居たときに使っていた日用品から食料、倒した魔物や魔物を倒した素材や食材、さらに村人が不要になったり壊れたりした物、そして餞別に貰った大量の物資まであらゆるものが入っている。


 ミサーク村では半ば倉庫扱いだったし、今さらこれぐらいどうってことはないけど……。俺のマジックバッグの容量って本当にどれくらいの大きさ何だろう??


 目的の鍛冶屋までは北に2キロ位。市街地を抜け坂を上り歩き続けてちょっと道に迷いつつの30分後。目指す目的の鍛冶屋に着いた。本当に街の端っこにあった。というか俺達が初めて街に入った北門から程近い所に位置していた。


「は~。この街の鍛冶屋さんって、でっかいんだねぇ。村の鍛冶屋さんはもっと小さかったよ」


「そうだね。まぁ、早いとこ依頼を済ませちゃおうか」


 目の前の建物は平屋建てだが、敷地面積はかなりありそうだ。きっと製錬場や鍛冶場など鍛冶に関する様々な施設が集まっているためじゃないかな。それに何よりミサーク村と比べて人口が段違いだ。きっとこれくらいないと注文が捌けないんだろう。


 それはさておき誰かに荷物を届けに来たと伝えないとな。そう思い俺達は建物に入った。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「ここが鉱材置き場だ。その辺に置いといてくれ」


 目の前には小学校低学年くらいの女の子がいる。彼女が俺達をここに案内してくれたのだ。


 案内された大型の倉庫には鋼材がところ狭しと置かれていた。鉱材はインゴット状になったものから鉱石のままのものまで色も形も様々だ。沢山の鉱物の洪水にこんなに沢山の種類があるのか、と思った。それと同時にこの鉱石がどんな物に化けるんだろうと、まるで鉱石の博物館に行った時のようななんとも言えないワクワク感を覚える。


「ん?どうした?」


「いや~、こんなに沢山の種類の鋼材があるんですね。すごい壮観です!どんなふうに加工するのか想像しちゃって、これ、この石は何って名前なんですか?」


「ははは、男ってもんはこんなモンで興奮出来るんだから気楽なもんだな。ここにある金属は形を成して人の役にたって初めて意味がある。ここにあるだけならその辺の石ころと大差はないよ」


「え~?そうですか?そんな事はないと思うけどなあ?」


「あんた、ポーターだろ?すまないけれどこっちも忙しくてね。サインしたいから早く出してもらえるかい?」


「あ、はい。すいません」


 そう言われて慌ててマジックバッグから依頼品を取り出す。依頼品をどんどん取り出し積み上げていった。


「えっと、これで以上です」


「一人で来たからマジックバッグ持ちだとは思ったけど、まさか一度に持ってくるとはね。たいしたもんだ」


 そう言って女の子がからからと笑った。女の子というのは変か。実は彼女はドワーフ族なんだそうな。


 ドワーフと言えば背が低く、人間より長命な種族と言うイメージ。その印象に漏れず彼女も俺より年上だった。


 最初に案内して貰おうと鍛冶場を覗いたら出てきたのが子供(?)だった。どうしようと思ったら


「あんた、ドワーフを見るのは初めてか?」


 と言われて初めて彼女がドワーフ族だと気付いた。鍛冶場の奥には「まさにドワーフ!」と言った感じの立派な髭を蓄えたずんぐりした体型のおっさん達が忙しそうに動き回っていたのだ。


「うん、確かに全部あるな。交易所のオヤジも、遂にビッグ級のポーターを雇ったのか?」


「いえ、俺達は冒険者なんで」


「そうなのか?それならポーターになりゃいい。あんたなら稼げるよ」


「まぁ、考えておきます。あと容量についてはあんまり知られたくないので、内緒にして下さい」


「訳ありかい?分かった、黙っておくよ。それじゃ私は仕事があるから。ご苦労だったね」


 そう言いながら取り出したばかりの鋼材を両手で一つづつ、ヒョイと掴むと倉庫を出ていった。


「マジか……あれ一個でも全然持ち上がらなかったのに……」


 ドワーフ族の力強さを直に拝見したところで、俺達も交易所に戻った。無事に配送を終えた俺達をダドリーさんが大喜びで迎えてくれた。ダドリーさんからは「うちの交易所専属のポーターにならないか?」と誘われた。専属のポーターは、莫大な契約金で依頼主と専属契約を結ぶ事があるらしい。まぁ、俺達は冒険者なんで、と断ったけど。


 ダドリーさんからは報酬として大銀貨5枚を貰った。最初の任務の50倍だ。配送の困難さと期日の近さ、それに依頼品の価格を加味してさらにちょっぴり色をつけてくれたらしい。鍛冶屋への配送はギルドを通していないので直接手渡しだった。


 とりあえず今日の依頼はここまでにして、ギルドに戻り依頼を達成した報酬の銀貨1枚を受け取った。少額でも冒険者の貢献度上げるためにきちんと依頼をこなさないとね。


 さて、思わぬ臨時収入も入ったし、ちょっと早いが今日は宿屋に泊まってみよう!この世界の宿屋はどんな感じかな?アリアさんの地図を見ながら俺達は宿屋をめざした。


 


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




「ミナト、あの宿屋はやめるの?」


「うん、ダメだ!あんなところ!」


 俺は憤りを覚えながら道を歩いていた。地図の通り宿屋はあった。しかし、宿泊の方に問題があった。


「従魔は宿屋に併設された檻、もしくは動けないよう鎖で繋いでおくこと。宿屋に上げてはならない」


 この文言は俺には承服できないものだった。しかも従魔の檻はあまり衛生的とは言えず、し尿のすえた臭いが漂う牢獄のような造りだった。ちょっと覗いてみただけだが入れられた従魔はみな不快そうな顔をしていた、ように俺には見えた。


 いくら俺が「リンは小さいし、人に危害を加えない」と説明しても宿屋の主人は受け入れてくれなかった。交渉の余地なしとみた俺は、宿を断り再び今日の宿を探す事にした。しかし、ギルドが紹介する宿屋であれなら普通の宿屋での宿泊はほぼ駄目だろう。


 どうしたものか、ギルドで相談しようかな、と思っていた時だった。


『ミナト、気をつけて。リン達に悪意が向けられてる』


「え、悪意?」


『喋っちゃダメ!交易所から後をつけてるヤツらがいたから警戒してたけど、コイツら殺意も混じってる。宿屋を出てから人数が増えた』


「何だって!?」


 殺意って……?俺達に!? 









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