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6話 討伐



 大地を小刻みに揺らす地響きが、そして魔物の遠吠えが聞こえてくる。それは一秒毎にどんどん近づいてきていた。


「来るよ!」


 頭上のリンが叫ぶ


「よし、来い!」


 気配探知と危機探知を発動させクロスボウを構える。リン程の有効範囲はないけど、俺だって!


「ブォオオー!」


 雄叫びとともに、木々の間から凄まじい勢いで一匹のレッドボアが飛び出し、俺達に向かって突進してくる。


 ……落ち着け……もう少し……もう少し……ここだぁ!!


 トリガーを引き矢を放つ。矢は切り裂き音をあげ一気に獲物に迫る。そして狙いをあやまたずレッドボアの眉間を撃ち抜いた。


 レッドボアの動きが緩慢になり、勢いを失って倒れる。


「よっしゃ!まず一匹!」


「まだだよ!どんどん来る!」


「おっと、そうだった!逃げよう!」


 きびすを返し村に向かって駆け出す。後ろには俺達を追って後続のレッドボアが次々にやって来ているようだ。


「アイツら、完全にリンたちに狙いを定めたみたい!」


「ヘイト稼ぎはバッチリだな!後は頼んだ!」


「うん!」


 リンの声と同時に身体がひとりでに動き出す。同調により、リンが俺の身体を操っているからだ。


 俺達は村を目指し駆けだした。暗い闇の森の中で足元も定かではないのに、それを全く苦にしない。リンの夜目がここでも輝く。怒り狂ったレッドボアの集団が俺達の後を追う。


 逃げる、逃げる。追う、追う。


 その光景はまるでMMORPGのトレインだ。


 森を抜け村へ駆け入る。松明が焚かれているおかげでそれなりに明るい。そんななか、『ハ』に置かれた柵の入り口から出口を目指す。罠があちこに仕掛けられているが何一つ起動させる事なく、それでいて速度を全く落とさず走り抜ける。この回避の上手さは流石リンだ。俺達は一気に柵を抜け『ハ』の一番細い口に当たる地点まで舞い戻った。


 と


 シュッッ!!ヒュン!!


 後方で風切り音がしたと同時に、複数の悲鳴にも似た雄叫びが上がった。紐を引っかけ設置していたクロスボウから矢が次々に射出される。通常より大型のクロスボウから放たれた矢は、レッドボアの側面を容易に貫いた。


 その難を逃れ、俺達を追いかけていたレッドボアにも地獄が待っていた。俺達にあと少しまで迫った所で急に足元の地面が無くなり落ちていく。リンが作った落とし穴に、文字通り目の前が暗転したレッドボアが次々と嵌まり、深い穴の中でもがいていた。


 それ以外のレッドボアも矢に貫かれ、動きを鈍らせている。


 かろうじてここまでたどり着いた一匹は、クロスボウで仕留めた。


 よっし、大成功だ!


 これでほとんどのレッドボアは倒したか、まともに動けない。


「ミナトさん!すごいです!やりましたね!」


「ガウラ!ああ、大成功だよ!」


 松明を点灯させたガウラが、顔を紅潮させながら喜ぶ。


「これは……いったいどういう事だ!?」


 その声に振り返ると、ガウラの父親がやって来ていた。怪我をした両手に鉄の鉤爪のような武器を装着している。怪我をしている右手は武器が離れないようにするためか、包帯でがっちり固定されている。


 その横には父の足にしがみつくように、小さな子供の獣人がいた。この子はガウラの弟君かな。うん、なかなかキュートじゃないか。


「父さん!見てよ、ミナトさんがレッドボアを倒したんだよ!すごかったんだから!ねぇ、ミナトさん!」


「見ての通りです。レッドボアは、ほぼ全てが死傷したか落とし穴に落ちました。後はトドメをさすだけですよ……って、皆さんどうしたんですか?」


 よく見るとガウラの父親のほか、村人たちが集まってきていた。みんなそれぞれに、松明と粗末な槍や弓を携えている。


「地響きのような雄叫びが聞こえたからな。これはひよっ子冒険者に刺激されて怒ったレッドボアに村にをめちゃくちゃにされると思って、それを食い止めるためにきたんだが……」


「まぁ、ご覧のとおりです」


「これをお前らだけでやったのか?レッドボアは10匹はいたはずだぞ!?」


「レッドボアの突進力は強力で侮れません。でも逆に言えば簡単には止まることができないという事です。準備をしっかりして誘き寄せる事が出来れば、討伐は比較的容易にできますよ」


「それがあの罠と落とし穴だというのか?この柵だってかなりの重量のはずだ。これをお前が全て用意したというのか?」


「はい、マジックバッグの中に入っていたものを設置したんです。簡易な罠ですが、これが中々効果的で……」


 柵や罠は全てミサーク村を旅立つ時に譲り受けたものだった。これらがあれば、事前に準備できるならば少人数でも戦うことができる。


「信じられん……お前、本当にEランクか?」


「はい、そうです!昨日Eランクに認定されました!……それはいいとして、まぁ、畑を荒らしていたレッドボアは数はいましたけど、子供が多い群れでした。この設置したクロスボウは、成体用の大型機ですから小さいヤツなら射抜ける程の威力があるんですよ」


 改めて倒れたレッドボアをみるとミサーク大森林で見るものよりかなり小型だ。まだ幼体が多くこれから大きくなりつつある群れだろう。これは俺達にとってはラッキーだった。


「いや、お前は何を言って……」


「ミナト!また来るよ!あれが群れのボス!」


 リンの声に呼応するかのように森の切れ目から大型のレッドボアが姿を表した。背高は2メートルと言ったところか。


「ブォォオオオ!!」


 凄まじい咆哮を放ち、文字通り獣の眼光でこちらを見据える。縄張りを荒らされたうえに仲間の惨状を見て憤怒している、といったところか。その様子を見た村人達から悲鳴があがる。


「チッ、また出やがったか!俺が食い止めている間にお前らは下がれ!ヤツは今までのとは違う!皆、逃げろ!」


 その声に恐怖に駆られた村人達が我先に逃げ散っていく。村人の様子を確認したガウラの父が俺の前に進みでる。


「お前はよくやった。後は俺がやる。後ろへ下がれ!」


「いや、残り一匹ですし、俺が倒しますよ。お父さんは怪我をしているんだから、無理しないで下さい」


「ヤツをみて何も分からんのか!今までのヤツらとは明らかに違う!あんな巨大なレッドボアに突撃されたら命はないぞ!」


「大丈夫です」


「は?」


「だってあの大きさなら大森林でよく見るサイズだし。ねぇ、リン?」


「うん。森のボスはもっとでっかいよ」


 リンも同意する。あれくらいならミサーク大森林で何度も戦ったしな。


「ゴブリンが人の言葉を……?いや、それよりお前ら一体何を……」


「俺達なら大丈夫です。リン、行こう!」


「分かった!」


「お、おい!?」


「あなた達は後方に下がってください。ガウラ!皆を頼む。アイツのターゲットが分散されると面倒だからな」


「分かりました!ミナトさん!」


「何?」


「勝てますよね?本当に大丈夫ですよね?」


「ああ、大丈夫だ。俺を信じてくれ」


「はい!さっ、父さんもガウリィも早く行くよ!ミナトさんの邪魔になっちゃ駄目だよ!」


「お、おい!?……分かった。ミナト、死ぬなよ!」


 ガウラは二人を半ば強引に引き連れ、後方に下がっていった。案外力持ちだな。


 ……さて。


 レッドボアは現れた場所から動いていない。さすがに他の奴等より慎重なのか、状況を把握できているな。ただ闇雲に突進してくる幼体と違って、怒りの中にも冷静さを残している。


 ……うんうん。ボスはこうじゃないと。でも俺達が攻撃を仕掛ける為には、願ってもない時間なんだぜ!


 柵の中を進みながら、腰に装着しているホルスターの留め具を外し、中身を掴んで引き出す。


 現れたのは黒く塗られたハンドガン。これが俺のもう一つの武器だ。両手を添え、構える。


「リン。一撃で仕留めたい。最大魔力を込めるから、ターゲッティングを頼むよ」


「うん!」


 その言葉の直後、リンが吠えた。スキル「挑発」だ。その声に感情を抑えきれなくなったレッドボアが雄叫びで応じ、大地を蹴る。


 今までの奴等とは明らかに違う圧倒的な重圧と勢いが迫る。その重厚な殺気は、立ち向かう勇気を萎えさせるには十分だ。そして、俺に狙いを定め、さらに加速をつけたレッドボアとの距離は一挙に縮まっていく。


 ……落ち着け……魔力を集中……成形……充填……。


 ハンドガンに魔力が満ちる、あとは――。


「ここ!!」


「いけ、水の魔弾アクアバレット!!」


 リンの声と共にハンドガンから放たれた一筋の光線。それは突進して来たレッドボアの脳天を正確に撃ち抜ぬき、貫通した。


 それでもレッドボアは止まらない。勢いがついたまま突っ込んでくる。


 確かに頭を撃ち抜いたが、レッドボアの本能かしばらく走り続けてしまうのだ。車は急に止まれない、レッドボアも止まらない!


 衝突する瞬間、俺の身体は跳躍した。まるで跳馬の選手のようにレッドボアに手をつき、そのままくるっと一回転し着地する。


 俺達を通りすぎたレッドボアはそのまま走っていたが、間もなく足をもつれさせると転倒しそのまま動かなくなった。


「終わったよ、ミナト」


「ああ、ありがとう。相変わらずリンはすごいなぁ」


「えへへ~」


 一瞬の静寂があたりを満たした直後、後方で割れんばかりの歓声が沸き起こる。そしてガウラをはじめ村人達が、喜びと興奮を爆発させながらこちらに走ってくるのが見えた。



 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




「じゃあ、俺達はこれで」


「もう行きなさるか。もう少しゆっくりしていかれても」


「有り難うございます。所用がありまして、今日中に街に戻らないといけないんですよ」


「そうですか。それではお引き留めもできませんな。ミナト殿、討伐の件、本当に有り難うございました。そして数々の非礼、何卒お許しください」


 村長が頭を下げると村人達がそれにならう。俺達は村の入り口に立っていた。


 昨夜の討伐から夜が明けた。今、太陽は既に真上にあり、村人は討伐したレッドボアの整理に追われている。皆が忙しいなか長居して仕事の邪魔になるのも悪いし、もてなしも充分してもらったからな。俺もギルドカードを受け取りにいかないといけないし。


「ミナト、俺からも詫びをいれさせてくれ。俺はお前を侮り、散々無礼を働いた。どうか許してほしい」


「皆さん、頭を上げてくださいよ、それにガウドさんも。俺達は別に何とも思ってませんし」


「あのレッドボアが突進してくる中、冷静に状況を見極める目、さらに恐怖に打ち勝ち立ち向かう勇気。そして確実に仕留める実力。間違いなくお前は立派な戦士だった」


 ガウラの父、ガウドさんにそう持ち上げられ、笑ってごまかすしかなかった。俺は魔力に集中していただけ。あれを対処できたのも俺に度胸があるわけではなく、リンが適切なタイミングで飛んでくれたからだ。


 俺の同調は、身体を操られている時も体内魔力を練ることができる。魔力をハンドガンに装填し準備をしておけば、リンがここぞという時に同調を解除してくれる。俺はそのタイミングで発射すればいい。本当にすごいのは状況を把握し、ターゲットを定め、適切な動きで操るリンの方だ。


 同調スキルは俺達の戦術の要だから、人に知られるのはデメリットになる。ゆえにそう言えないところがなんとももどかしい。


「ガウラ、俺達はもう行くよ。元気でな」


「ミナトさん、リン。本当に有り難うございました!二人が居なかったら僕……僕……」


 感極まったのか泣き出してしまうガウラ。その頭をポンポンとなでてやる。


「また何かあったら呼んでくれよ。すぐに駆けつけるから。なぁ、リン?」


「うん!ガウラ、また会おうね。元気でね!」


「はい!ミナトさんも、リンもお元気で!」


 泣き笑いのガウラや村人達に見送られて、村を後にする。もう昼近いが今からなら急げば余裕をもってノースマハの街に戻れるだろう。


 倒したレッドボアはそのまま村に置いてきた。倒した魔物や戦利品は討伐者に権利があるらしいけど、ミサーク村にいた時に倒したレッドボアがマジックバッグに山ほど入っている。これ以上増やしてもあまり意味がないので毛皮や肉は村に贈呈したのだ。


 おかげで村人からはとても感謝された。朝から討伐を祝う祝宴が催され俺もリンも大いに歓待され、とても楽しい時間を過ごすことができた。


 ガウラ一家も今回の件で村の外れの家から中央の家に引っ越すことになり、新しい畑ももらった。ガウドさんの怪我が治るまでは、村人達が家の世話をしてくれる事になり、村の寄合の参加も認められた。晴れて彼らも正式な村の一員になれた訳だ。


 俺も冒険者として初任務をこなせた。人から感謝されるのはやっぱり嬉しい。それ以上にリンが誉められるのが嬉しい。親バカかなぁ。……いつかまた機会があったら、この村を訪ねてみよう。成長したガウラに会うのも楽しみだ。


 昨日から寝ていないせいか、さすがに疲労感がある。ギルドに行ったらオススメの宿屋を教わろう。そう思いつつ街への道を急いだ。




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




「ガウラ、そろそろ戻るぞ。もう二人とも見えなくなった」


「うん……」


「どうした?」


「父さん。僕ね、ミナトさん達に報酬を渡せなかったんだ」


「何!?任務を達成したら報酬を渡すのが契約だ。それがどんな少額だとしても変わらない。早く渡して来るんだ!」


「それが……受け取れないって」


「何だと?」


「ミナトさんと子供の僕じゃお金の価値が違うからって……。「俺が貰うよりもっと有意義な使い方があるはずだ。だから今は受け取らない。その代わり大人になって自分の仕事を持ったら、旨い飯でも奢ってくれ」って」


「……全く、どこまでも変わった連中だ。タダで討伐を引き受けてレッドボアを倒し、報酬も戦利品も受け取らずに去っていくとは……」


「父さん、僕決めたよ!大きくなったら冒険者になる。それでミナトさんにみたいに困った人を助けたい!」


「しかしなぁ、ガウラ。お前は……」


「ね、ガウリィ!僕だってできるよね!?冒険者になれるよね!?」


 ガウラがガウリィを見る。ガウリィは目をキラキラさせて言った。


「うん!きっとなれるよ。『お姉ちゃん』なら!だってとっても力持ちだもん!」


「えへ!やっぱり?そうだよね!ね、いいでしょ、父さん!?」


「やっぱりお前は母さんに似るんだな……。女だからと思ったが血は争えんか」


「母さんだって立派な戦士だったんでしょ?僕もそうなりたいんだ!それでいつかミナトさんに恩返しをしたい!」


「そうだな。受けた恩は返すのが狼人族ろうじんぞくの掟だ。俺もいつかはこの恩に報いねばならん。ただ、ガウラ。母さんの様になるには大変だぞ?覚悟はあるか?」


「はい!」


「よし、では手始めに体力作りとして、畑仕事を手伝ってこい。今までの倍でな!」


「えーっ!?訓練じゃないの?」


「はっはっは!この手じゃ満足に教えられないからな。治ったらしっかりしごいてやるから、それまで体力作りをしっかりしておけよ!」


「そんなぁー!!」


 ガウラ達の明るい声が村に響く。こうして村はレッドボアの恐怖に怯える事なく、仕事に精を出せるようになったのだった。



 ……そしてその一方。討伐依頼を成し遂げた俺は冒険者ギルド前に着いたとたん、なぜか血相を変えたアリアさんに、強引にギルドの中へと引っ張り込まれたのだった。







  おまけ漫画です

挿絵(By みてみん)

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