3話 ノースマハの街
「ふ~ん、ミサーク村からねぇ……。名前はミナト……と従魔が一匹……。ほぅ、ゴブリンのメスか……珍しいけど、まぁ所詮はゴブリンだしな」
目の前にいる鎧と槍を装備した衛兵が、俺が差し出した身分証を気だるそうにながめている。
ここはノースマハの街の北の検問所。目の前にはミサーク村とは比べものににならない立派な門と検問所、そして街をぐるりと囲む城壁があった。日本で言えばいわゆる惣構えの街だな。敵兵との戦いにそなえる他、魔物の襲来もある為にこんな堅牢な造りにしているらしい。
俺に限らず街に入ろうとする来訪者は、みな検問を受ける。
とはいっても同じ領内の街に入るだけなので、審査は簡略的で非常にゆるい。検問の衛兵も俺の方をほとんど見ている様子がないし。
ノースマハの街では、従魔と魔物の見分けがつくように首輪か、それと同等の効果があるものを身につける決まりがある。
リンに首輪なんてとんでもない!というのは俺もエリスも同意見だ。しかし、そのせいでいざこざを起こすのも良くない。そこでエリスは、事前にそれらしく見えるような手作りのチョーカーをリンの為に用意してくれていた。
「首輪は……まぁ、その黒い服を着てれば野良には見えないし、それでいいだろう。よし、問題なし。通っていいよ」
「ありがとうございます」
礼を言って街に入る。首輪じゃないといちゃもんをつけられるかと思ったが、案外すんなり通してもらえた。
ただ、俺がミサーク村から来たとわかっても特に反応が変わらなかったのは意外だったな。てっきりブラックリスト入りしてるかと警戒してたんだけど……。ひょっとしたら末端の兵士には話が通ってないのかもしれないな。ま、それはそれでラッキーだ。
「お~、これがノースマハの街かぁ」
「すご~い、人間がいっぱい!」
ノースマハの街に入った俺達の目に、整然と民家や商店が建ち並ぶ街並みが飛び込んできた。石造りやレンガ造りの建物はこれぞ中世、というイメージに相応しく、それでいて写真や資料で見たものより生活感がある雰囲気を醸し出しているように感じられた。
おそらく俺自身が直に見たことがなかったのと、資料に残るような長い年月を重ねた建物ではなく、今も人が居住している建物だからだろう。人も多く、検問からみえる通りの行き交う人の数もミサーク村とは比べ物にならないくらい多い。
「ねぇ、ミナト。街に着いたけど、これからどうするの?」
「うん。まずはエリスに教わった通り、冒険者ギルドに行って冒険者登録をしようと思うんだ」
リンを肩車し、街の通りを歩く。グラントさんからもらった地図によると、ギルドは街の中心部にあるようだ。
街を歩いていると、ミサーク村では見たことがない人を見かけた。
「お!あれは……獣人だ!すげー!本物だぁ!」
獣人とは、動物の耳や尻尾が生えている人々で、普通の人間より身体能力が高い人が多いらしい。獣人と呼ばれる人がいる、という事をグラントさんやエリスに聞いていたのだが、ゲームの中の存在だった獣人が実際に目の前を行き交っている姿を見て、俺は衝撃と共に大きな感動を覚えた。
「すいません!あなたは獣人ですか!?獣人ですよね!」
「え?そ、そうよ?」
興奮を押さえきれず居てもたってもいられなくなった俺は、思わず近くを歩いていた三角耳の女性の獣人に話しかけていた。
「やっぱり!スゲー!俺は今、猛烈に感動してます!何故かって?小説やゲームでしか見たことがない獣人をこの目で見れたからですよ!」
一生見る事はないと思っていた想像の種族、それが目の前にいる!これで心が踊らない訳ないじゃないか!
「え、あの、ちょっと……」
「あなたは……ええ、大丈夫。言わなくても分かります。その耳、シュッとしたしなやかなボディ、そしてその尻尾。ズバリ、猫人族のかたですね!?」
「……私、豹人族なんだけど」
「……あ、あれ?」
「もう、行っていいかしら?急いでるんだけど」
「あ、はい。すいません……」
豹人族のお姉さんを見送って、再びギルドに向けて歩きだす。
「ミナト、いきなりあんなふうに話しかけられたらリンでもびっくりしちゃうよ」
リンにたしなめられてしまった。
「ごめんごめん。初めて獣人に会えて舞い上がっちゃってさ。でもリンも初めてだったからびっくりしたんじゃない?」
「そうかなぁ、耳と尻尾があるけど人間と背も格好もあんまり変わんないよ?昔、ゴブリンの村に居たボスなんてリンよりすっごくおっきかったよ?ミナトよりも高かったしすっごく強かった。それにむきむきだったよ」
「む、むきむきなんだ……。そういえばゴブリンって男女で姿が違うもんな」
この世界のゴブリンは雄は俺がゲームでイメージするような風貌をしているが雌は雄に比べてずっとかわいい感じがするもんな。
リンによると雌のゴブリンは一生のほとんどをゴブリンの村で過ごし村の外には滅多に出ない。狩りや他の魔物との戦闘などは雄が担当し、雌は子育てを担うという明確な役割分担がある。その為、外で遭遇するゴブリンのほとんどは雄で雌はほぼいないのだそうな。
「ミナト、言い争う声が聞こえるよ」
「声?」
「あそこから。子供の声と二人の大人の声。大人の方に悪意を感じる」
「悪意……?」
リンが細い路地を指す。リンの言う悪意とは相手を傷つけようとしたり、騙そうとしたりする意思を持っているという事だ。リンの持つ「気配探知」と「危機探知」という二つスキルを合わせることで有効範囲内で相手が嘘をついている場合、それを見破る事ができる。
「行ってみよう」
やっかい事には首を突っ込まない方がいい。そう言われてはいたが、このまま見て見ぬふりしてしまってはその子供がどうなるか分からないし、何より後味が悪い。
よし、まずは準備をしないと
人目のつきにくい通りの物陰に移動し、通行人に見つからないようマジックバッグを発動、すっかり使いなれた木刀を差し、ホルスターがついたベルトを取り出し素早く腰に巻く。
リンにもウエストポーチを渡すと、俺と同じように腰に巻いた。このウエストポーチは日本からの持ち込み品で元々は俺の甥っ子の物だったが、今ではリンの愛用品になっている。
「リン、今回は直接の攻撃は控えて。従魔であっても街中での攻撃は、処罰の対象になる可能性があるらしいんだ。攻撃するなら同調を使うこと。分かったかい?」
「分かった!」
リンの返事に頷く。いつものように肩車すると俺は、声が聞こえた細い路地に足を踏み入れた。隠密スキルで気配を消し、物陰から様子を窺う。路地の先は袋小路になっていて壁際には野菜か何かを入れたのだろう木の箱が積まれていた。そして出口を塞ぐようにいかにも小悪党といった風情の男が二人、男の子の前に立ちはだかっている。そしてその子には人間にはない動物の耳と尻尾がついていた。
『リン、あの子、獣人じゃないか?』
『そうかも』
粗末というかみすぼらしい衣服を着た10歳くらいに見える獣人の子は、持っているバッグをかばうように背中へ隠している。どうやらあの男達とトラブルになっているようだ。
「何が「俺達が冒険者ギルドまで案内してあげるよ」だ!ギルドなんてどこにもないじゃないか!」
「そりゃあ、そうだろ。案内してほしけりゃ、案内料をきっちりもらわないとなぁ。村から出てきた田舎モンはそんな事も教えてもらわかなったのか?きちんと払うもんは払ってもらわないとなぁ?」
「そうそう。それに俺達はタダで案内するなんて一言も言ってないぜ?大人はタダじゃあ動いてくれないもんだ。ほれ、痛い目に会わないうちにさっさと出せよ。ギルドに払う依頼料だよ。持ってるんだろ?」
「ふざけるな!これは依頼するための大事なお金なんだ!お前らなんかに渡せるか!」
……語るに落ちてるな、あいつら。
どう考えても言いがかりだし、そもそもまっとうな大人はあんな事はしない。
あまりに身勝手な奴らの因縁の付け方に、怒りがこみ上げてくる。
『どうする?ミナト。ぶっとばす?』
リンが念話に切り替え聞いてくる。
『う~ん。街に来た早々、騒ぎを起こすのもなぁ。……そうだ、まず奴等の不意を突いてみよう。うまくすれば戦わずに助けられるかも!』
『ほんとう?』
『まぁ、やってみようよ』
隠密を解除し、やつらに近づく。男達はまだ俺に気づいていない……よし!
「タカシ!タカシじゃないか!どこ行ってたんだよ、探したぞ!」
俺の大声にびっくりしたように男達が振り向く。それをスルーして男の子の元に駆け寄った。
「冒険者ギルドで待ってたのに、全然来ないから兄ちゃん心配したんだぞ!さっ、早く行こう!」
腕をつかむと半ば強引に連れ出す。
「え?あ……?」
男の子は困惑の表情を浮かべている。まぁ、そりゃそうだよな。でも今は説明してる暇はないんだ。
「はいはい、ちょっと急いでるんでね~。ごめんなさいよ~」
呆気に取られている男達の脇を「おっさん流ちょっと通してねポーズ」で通り抜け出口を目指す。
これぞ「男達の不意を突いて呆気に取られているスキに救出しよう作戦」!これならトラブルなしで助け出すことが……。
「おい、待て!てめぇ、何勝手な事してやがる!」
デスヨネー。我に返った一人が怒鳴る。
「いやぁ、勝手じゃないすよ?弟を助けに……」
「嘘をつくな!そのガキ、そんな名前じゃないだろ!全然反応してないだろうが!」
もう一人も叫ぶ。いちいちやかましい奴等だ。
「あ、ぼ、僕……」
素早く男の子をかばうように男達の前に立つ。
「ここは俺達が引き受けた。君は早く行くんだ」
男達から視線を外さず、声をかける。
「え、でも……」
「早く!」
「あ、は、はい!」
そう言うと男の子は走りだし、路地を抜けていった。
「てめぇ、よくも仕事の邪魔をしやがったな!」
男がいきりたって怒鳴ってくる。
「お前らのやってる事はただの恐喝だろ。それを仕事だとかどんだけ堕ちてんだ?」
「うるせぇ!このガキ!」
一人が殴りかかってきた。会話の余地無しかよ。……仕方ない!
男のパンチを難なく交わし、伸びきった右腕を抱えこむようにつかみ……引く!
「あっ!?なっ!?」
体勢を崩し前屈みになったところに……膝蹴り!
「おぶっ!?」
男の腹に膝蹴りをぶちこむ。かなり効いたのだろう。腹を抱えたまま崩れ落ちうずくまる。
「こっ、の野郎!」
もう一人が落ちていた角材を掴み突っ込んでくる。そんな時は体を少しずらし、片足を軽く払ってやれば……。
「うわっ!?ぎゃっ!?」
俺の足に引っかかった男は派手にひっ転び、そのまま積んであった木箱に突っ込んだ。倒れた男上にガラガラと木箱が倒れこんでいく。
「てめぇ、よくも……」
うずくまっていた男がよろよろと立ち上がり、持っていたナイフを抜く。
「悪さしてたのはそっちだろ?勝手に突っ掛かってきといて何を言ってるんだ?」
「うるせぇ!ただじゃおかねぇぞ!」
「いいのか?ナイフなんか出して。たしか街の中で武器の使用や、攻撃魔法の使用は禁じられてるって聞いたんだけど」
「黙れ!このガキぶっ殺す!」
ナイフを構えた男が飛びかかって来ようとした時だった。
「こっちこっち!ここから言い争う声と箱が倒れる音が聞こえたんだよ!衛兵さん、早く来とくれよ!」
何人かの声が路地の入り口から聞こえてきた。
「くそっ!衛兵を呼びやがった!おい、いつまでのびてるつもりだ!逃げるぞ!覚えてやがれよクソガキ!」
男はナイフをしまい、もう一人の男を引っ張りだすと入り口に走っていく。
「何、見てやがる!どけっ!」
路地の入り口に集まりだした人たちを散らすと、足早に去っていった。
『ミナト、大丈夫?』
「ああ、流石にあの程度の奴等に負けたらグラントさんに申し訳がたたないしね」
リンは今回、肩に乗っていただけで同調は使っていない。あの程度なら俺でも対処できるくらいには鍛えられたからね。それにしても「覚えてやがれ」ってリアルではじめて聞いたな。
その後、やって来た衛兵に事の顛末を説明すると、近年こういう事例が増えていて対処が追い付いていない、前はこんな事はほとんどなかったんだが、と教えてくれた。過酷な徴税が払えなくなって食いつめる人がかなり出ているのと、余所から来た人の流入でかなり治安が悪化しているらしい。
逃がした獣人の子は大丈夫だったかな……?
人通りの少ない路地にはなるべく入らないようにとの助言を受け、衛兵と呼んでくれたおばちゃんに礼を言い、俺達は改めて冒険者ギルドを目指した。