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3話 リン


 リンと一緒に歩き始めて、一時間ほどたっただろうか。陽も傾き、あたりは薄暗くなってきた。


 山道という事もあるだろう。山の木々が陽をさえぎり、周囲を黒く染め始めている。


「暗くなってきたね、リン。今日はこのあたりで休もうか?」


 明かりなどある訳がないのでそろそろ野営の準備をしようと思い、リンに聞いてみた。


『ソレナラ、モウスグ川ノ近クノ広場ガ見エテクル。ソコデ休ムノガイイヨ、魔物ハ夜活発に動ク。人間ハ夜ニ休メル場所ヲ道ノ途中ニ造ッテイルンデショ?』


 と、ありがたいアドバイスを頂いた。どうやらこのあたりを移動したり、旅をしたりする人間の為に道の途中に野営できる場所を造っておいてあるらしい。俺一人なら何もわからず、適当な木の下で野宿するところだった。


『アッチダヨ』


 肩車しているリンの示す方を見ると確かにひらけていて、野営できるようなスペースがある。火を使ったと思われる跡もあった。


「じゃあ、今日はここに泊まろうか、リン」


 俺が野営の跡地に近づこうとすると


『ワタシハココニ入レナイ』


 と言う。


「どうして?」


『ココニハ魔物ガ入レナイヨウニ、結界ガ張ッテアルノ。アレヲ見テ』


 広場の四隅には杭のようなものが刺さっていて、何かの文字が刻まれている。何と書いてあるのかは分からないが、魔物除けの呪文だろうか?


『コノ杭ガアルト、魔物ガ中ニ入ッテコラレナイカラ人間ハ安心シテ休メルヨ』


 おお、それはすごい!それなら夜も安心……って、魔物が入れないならリンも入れないのか……。どうするかな……。結界ギリギリに寝てみる?


 俺がいろいろ考えている時、リンは言った。


『ワタシガ結界ニ入レル方法ガアル』


「え、どんな方法?」


『ワタシガミナトノ従魔ニナレバ入レル』


「ああ、なるほど。従魔ね……。いや、でも従魔にはならなくてもいいんだよ?俺、従魔にする方法を知らないし、リンはそんな事をしなくても仲間なんだからさ?」


『ミナトハテイマーノスキルハ、持ッテナイノ?』


「テイマー?魔物使いとか魔物の調教師の事?いやあ、持っていないなあ……」


『テイマージャナイノニ、何デワタシノ言葉ガワカルノ?』


「念話だけは分かるんだよ。普通に喋っている言葉は分からないんだけど……」


 考えてみれば不思議な話だ。念話だけ話が通じてるなんて。俺の念話は翻訳機でもついてるのだろうか?リンも俺の言葉が分かるみたいだし。


『テイマーナラ「契約」ヤ「強制」ノスキルヲ持ッテルト思ウンダケド。本当ニ持ッテナイノ?』


「ないよ。見てみて『ステータス』!……ほら、ないでしょ?」


 リンに俺のステータスを開いて見せる。「契約」はともかく「強制」って、そんな怖いスキルもあるんだな。押しの弱い俺には使いこなせなさそうなスキルだ。


『ミ、ミナト!』


 リンが慌てている。あ、そうか。字が読めないのか。


「えっと、これはね、水魔法と回復魔法の適性があるんだって。そして、スキルは『念話』でしょ。『念写』と『マジックバッグ』、『同調』があるけど……ほら、テイマーのスキルはないでしょ?」


『ミナト!違ウ!ステータスハ読メルノ、ソコジャナイ!』


 ステータスが読めるのか、すごいな……リン。ステータスにも同時翻訳機能でもついてるのだろうか?……あれ、なんだかリンが怒っている。


『他人ニステータスヲ見セテハダメヨ!自分ノ能力ヲ知ラレルッテイウノハ、弱点ヲサラケ出シテイルヨウナモノナノ!』


 あ、そうなのか。確かに自分の能力を隠すのって大事だよね。悪い人間もいるだろうし。


「ごめんごめん。でもリンは仲間だからいいでしょ?」


『エ?』


「一緒に行くなら能力を知っておいた方がいいと思うし」


 リンがまじまじとこちらを見る。呆れているのだろうか?


 それから何か考え込んだりしていたが、意を決したように顔を上げてこう言った。


『ミナトガスキルヲ持ッテナイノハ分ッタ。ダカラ、ワタシカラ従魔契約ヲ申シ込ムヨ!』


 え、魔物側から従魔の申し込みってできるのか。


「でもいいの?俺の従魔になるんだよ?」


『ミナト、心配ダヨ!コンナンジャ……悪イ魔物ヤ人間ニダマサレルヨ!ワタシガツイテテアゲルカラ。ダカラ契約シヨウ!」


 ……子供のリンに心配されている俺。大丈夫なの?まあ、でも……リンが俺の従魔になっても俺が命令とかしなければいいのか。仲間になる契約だと思えばいいのかな……?


『ソノ前ニ、確認シタイ』


 ん、何でしょう?


『ワタシガミナトヲ守ルカラ、ミナトモワタシヲ大事ニシテクレル?』


「もちろんだよ。リン!」


『ウン、アリガトウ……ジャ、始メルネ』


 リンは何かつぶやく。フッと俺の目の前にディスプレイのフレームが現れた。そこには


『ゴブリンが従魔契約を求めています。応じますか  はい / いいえ』


 「はい」を選択する。すると文章が切り替わった。


『条件を設定しますか? はい / いいえ』(魔物からの申し込みの為、テイマー能力は使用しません)と表示されている。


「条件って、これ何かな?リン」


『テイマーガ従魔ヲ従ワセル為ノ条件ダヨ。条件シダイデ、従魔ガ主ヲ攻撃デキナクシタリ、身代ワリニスル事モデキル。命令ニ逆ラエナイヨウニナル』


 リンは悲しそうに言う。確かに提示される条件しだいでは酷い境遇になるからな。


「ふーん。じゃこれいらないよね」


『エ?』


 驚いたようなリンの声。


『ドウシテ?ワタシガ、ミナトノ言ウ事聞カナイデ、噛ムカモシレナイヨ?』


「だって、それじゃあ奴隷みたいじゃないか。それは嫌なんだよ。リンは仲間なんだ。これは従魔契約じゃない、結界に仲間を入れるための契約だ。だから条件はいらない」


 条件の設定「いいえ」を選択する。文章が切り替わった。


「大丈夫さ、それに大事にするって約束しただろう?」


『条件は設定しません。よろしいですか? はい / いいえ』


「はい」を選択した。


「これで終了かな?ね、リン……リン?」


 俺が振り向くと……あれ、リンが……泣いて……る?


「どうしたんだいリン?さっきの怪我が治っていないところでもあった?」


 オロオロしながらリンに聞く。


『違ウ……ミナトガワタシヲ本当ニ仲間ダト思ッテクレテルンダト思ッタラ……ウレシクテ』


 リンが涙をぬぐいながら言う。


『群レカラ逃ゲテ、オ姉チャンモイナクナッテ……独リデ生キナイトッテ思ッテタカラ……』


 きっと緊張の糸が切れたんだろう。俺は隣に座って、リンの話を聞いた。


 一緒に行かないかと言われた時、従魔になれと言う事かと思ったけれど、仲間がいるとうれしいからと言ってくれて、リンの足が不自由な事も気にせず肩車までしてくれた事。


 ミナトの言葉は嘘がなかったと思った事。


 自分のスキルを見せて、何の警戒心もないところを逆に心配した事。


 そして契約の時に、何の制約もつけずに仲間として見てくれた事。


 まるで、お姉ちゃんみたい。何の得もないのに優しくしてくれるのは……そう思ったら何だか安心して泣けてきてしまった。と説明してくれた。


 ひとしきり泣いた後、吹っ切れたのかリンはにっこり笑って言った。


『モウ大丈夫ダヨ、マスター』


「大丈夫なら良かった、って……。ちょっと待って、マスターって俺の事?」


『ウン、ミナトハワタシノ契約主ダカラ、マスターダヨ!』


 マスター……マスターはちょっと。気恥ずかしいし、何より……。俺はリンにはっきりと言った。


「リンと契約はしたけど、俺はリンの主人じゃない。わかるかい?俺とリンは仲間なんだ。だからミナトって呼んでほしい」


 でもリンはあっさりと


『マスターデイイジャナイ?』


 と言った。


「ミナトって呼んでよ~リン~。恥ずかしいんだよ~!」


 俺は心の底からお願いした。これではどっちがマスターかわからないな。


 リンは不思議そうに首をかしげていたが、とりあえず俺の願いをきいてくれた。


 さて、これで結界の中に入って休めるし、食事もできる。


 でもその前に俺にはやりたい事があった。


「リンを洗おう」


 リンを泥まみれのまま、放って置くのは忍びない。俺も一日山歩きだの、ゴブリンとの闘いだのですっかり汚れてしまったし、このまま食事をするのは気が進まない。やはり、体をさっぱりさせてからの方がいい。


 幸いここの結界のすぐ近くに小川が流れていて水のせせらぎも聞こえる。なので水には困らない。


 お湯を作るためには、水を火にかけなければいけないが、俺のマジックバッグには、それを可能にする物が入っていた。そのアイテムを取り出す。


 その名も「カセットコンロ」!あって良かったカセットコンロ!鍋物をする時はよくお世話になっていたが、この世界にまで一緒に来れるとは……ガスがなくなったらお終いだが、それまでよろしくな相棒!


「大火力」の文字が眩しい。テンションの上がった俺をリンが不思議そうに眺めている。


『コレ、何?』


「まあ、見ててくれ」


 つまみをひねるとチッチッという音と共に火が着いた。


『ワッ!?』


 近くで見ていたリンが後ろにのけぞり尻もちをつく。


「ふっふっふ、びっくりした?このつまみをこう動かすと火が着いて、反対に回すと火が消えるんだよ。すごいだろう!」


『コレ、ミナトノ魔法……ナノ?』


「魔法じゃないよ、リン。これは魔法を使えない人でも、誰でも火を着けられるんだよ」


『火ヲ起コサナクテモイイ……魔法デモナインダ……スゴイ!』


 リンは、カセットコンロを眺めて、楽しそうにしている。


 火を怖がらないリンを見て、ふと思った。


「そういえば、ゴブリンも火を使っていたの?」


『ババ様ニ教ワッタ。群レノゴブリンハ、イロイロナ事ヲババ様カラ教ワッタノ。火モソノヒトツ』


 ババ様というのは昔、群れにいた長老のゴブリンで、存命時はキングを助け、助言をしたり群れを陰から支えるような立場のゴブリンで火の魔法も使えたらしく、キングも一目置くような人物だったようだ。人間のもとにいた事もあったらしく、ステータスなどの事もその時に人間から教わったらしい。知的なゴブリンも割といるんだな。リンも子供だと思っていたけど、子供にしてはえらい賢いし。


『ババ様ノ事、好キダッタ。ワタシノ事、良ク褒メテクレタ……ババ樣ガ生キテイタ時ハ、ミンナ幸セダッタノニ……』


 いい、長老だったんだろうな。俺も死んだばあちゃんの事を思い出して、ちょっとしんみりした。


 さて、お湯も沸いたので、リンには洗面器のところに座ってもらう。お湯と川の水を混ぜて温くして、お湯をを何回かかけてから、マジックバッグから取り出しておいたシャンプーや石鹼で、ごしごし洗う。髪の毛は泥で固まっていて泡立たない事といったら……大変だー!


「目をつぶっててねー。目に入るとしみるから」


『ウン!デモ何デ、コレ、イイニオイスルノー?』


「体を洗うために作られた物だからさ。洗ったあとはいい香りだと。嬉しいだろ?」


『ウン!』


 どうやらシャンプーの香りをお気に召してくれたようだ。その後もお湯を何回も沸かし直して、リンをきれいに洗い上げた。最後にバスタオルで体をふいてあげる。


『コノ布、フカフカデトッテモ気持チイイ!』


 と、バスタオルをえらく気に入ったようだった。


 リンを洗っていて気づいたのだが、リンの髪の毛はふんわりとした巻き毛だった。あと、目が大きくてゴブリンというより褐色の妖精?のような可愛さがあった。俺の中のゴブリン像とは随分違う。さっき倒したゴブリンはTHEゴブリンだったのに……。あ、いや、俺のひいき目かもしれないけどさ。


 あともう一つ、リンは女の子だった。


 本人も『ワタシ』って言っていたから、何となく女の子だろうと思ってはいたがしていたが、全身泥まみれで見た目で性別は全然わからなかったからなぁ


 いやー、今日は人生に3つあるという坂のひとつ、「まさか」がたくさんありすぎだよ……。


 と、ここで問題が発生した。


 リンの着替えがない。今まで身に着けていた服はボロボロで、少し洗ったらちぎれた。再利用は厳しそうだ。このまま服無しでは可哀想だ。


 しかし、予備の服かぁ……ちょっと探してみようかな、とマジックバッグを見直すとあるものが目に入る。


 見覚えのあるTシャツ、これは、甥っ子のか!


 兄貴の甥っ子、現在9歳。時々兄貴夫婦が遊びに来て泊まる事もあった。その時に忘れていった服か。


 両手で広げてみると黒いTシャツで、正面に毛筆で白い“人”の文字が入っていた。これは、兄貴のチョイスなのか、それとも義姉さんの趣味なのかな……。


「リン、これを着てみる?」


 こっちをじっと見ていたリンに一応聞いてみると、にこにこしてうなずいた。着たかったのかな?ゴブリンなのに“人”ってTシャツはどうなのか……。まあ、いいよな。日本語は誰も分からないんだから。


 着せてみると、子供用だけどリンには大きかった。でも腰のところを紐で結べば大丈夫だろう。


『コノ服モサラサラデ、気持チイイ!』


と、片足で器用にくるくる回って喜んでいるリンを見て、ほほえましく思った。


 その後、俺も着ていた服を洗ったり、体を拭いたりした。着替えはマジックバッグに入っていたジャージ一式。これ、生前、着ていたやつだ……。他の服は見当たらないので、俺の着替えはこれのみ。貴重品だ。


 ……まるでキャンプに来たような格好の俺と“人”Tシャツを着たゴブリンのリンとの、そして俺がフォルナにきて初めての夜は始まったのだった。







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