43話 転生の地へ
『……ナト……ミナト……』
……誰だろう?……誰かが呼ぶ声がする……。
『……ミナト…あなたに伝えたい……事……』
途切れ途切れに、かろうじて聞き取れるくらいの声。
『……フォルナの……最初の場所……転生した場所に……必ず……来て……』
……転生した……場所?この声は……。
『ああっ!……何でこんな時に神託珠が上手く繋がらないの……!?これじゃミナトにちゃんと伝わらない……。どうなってるの?……もう!バシッ!……あっ……ガシャーン!!』
ほあっっ!?!何だ、この音!?うるせー!!
突然、鼓膜が破れるかと思えるような、何かが割れるような騒音が頭の中に響きわたる。
それと同時に、意識が急激に戻っていくのを感じた。
「一体何なんだ……って、あれ?」
気がつくと俺は、ベッドに寝かされていた。
「……夢、か?」
それにしても変な夢だ。あれは何だったのだろう。女の人の声と、何かが割れるような音が聞こえたんだけど……。
転生した場所に来い、か……。
そんな事を言える人物で思い当たるのは、一人しかいない。なんか久々に声を聞いた気がするな。
そう思いながら改めて周囲に目をやると、見覚えのある家具が並んでいた。どうやら誰かが屋敷の部屋まで運んでくれたらしい。
ブラックビーとの戦いはどうなったんだろう。エリスさんがキングを倒して……そのあと……そのあとは?
記憶がない……。でも、何だかいい気持だった気がする。
ゆっくりと体を起こす。窓から朝日が差し込み、部屋を明るく照らしている。
体を確認する。疲れは感じない。魔力は……うん。大丈夫。頭痛もないし、やかましいアラーム音も鳴っていない。どうやら体力は戻っているようだ。
ふと視線を移す。そこにはベッドの縁に寄りかかるように座り、ウトウトと舟を漕いでいるリンがいた。
「リン?」
その声に反応しゆっくりと目を開けるリン。何かを探すようにキョロキョロとあたりを見回す。
そして俺を捉えたリンの目が、大きく見開かれた。
『ミ……ナト?』
リンの目にみるみる涙があふれる。
「おはよう、リン」
『良カッタ……!ミナト、起キター!生キテタ!!』
そう言ってそのまま俺の胸に飛び込み、泣きながら顔をこすりつけるリン。
「心配させちゃったね。ごめんよ」
リンを抱きしめながら優しくなでる。リンはしばらく泣いていた。随分と心配をかけてしまったようだ。
「リン。村はどうなった?キングは?エリスさんは?」
落ち着いたところで聞いてみる。
『キングハ倒シテ、蜂モ、モウ居ナイ。エリスハドコカニ、行ッタミタイ』
どうやらキングは無事討伐できたようだ。ブラックビーもいない、という事は村は守られたんだな。良かった。しかし……。
「エリスさんがどこかに行ったって?どこに?」
『詳シクハ分カラナイ。リン、人間ノ言葉、分カラナイカラ……』
「あ。そういえばそうか」
リンはゴブリンだ。人間の言葉は理解できない。俺だって念話じゃないと、まともに会話もできないもんな。
と、部屋のドアがノックされる。
「オスカーだ。起きたのかい?」
オスカーの声だ。
「起きてますよ。どうぞ」
扉が開き、オスカーが笑顔で入ってきた。
「目が覚めたんだね!良かった。もう五日目だからね。心配したよ」
「え……?五日?そんなに?」
「ああ、ひょっとしたら、このまま目を覚まさないんじゃないかと……」
「すいません、でもこの通り。もうすっかり元気になりましたよ。体力も魔力も戻りました」
「良かった。ひとまず安心したよ。クイーン討伐に行った母さんも喜ぶと思うよ」
「クイーン討伐……?まだ、退治する蜂がいるんですか?それと、俺が寝ている間、村はどうなったんです?」
オスカーは俺が眠ってしまったあと、村がどうなったか話してくれた。
それよれば、村に来たブラックビーはキング以下、ほぼ全てを討伐でき、こちらもエリスさんをはじめとして、村人達に致命的な傷を負った人は出なかったようだ。
数人の怪我人は出たものの、キングがいる群れを相手にこの戦果は、奇跡と言ってもいいくらいだそうだ。みんな無事で村を守りきることができ、これ以上ないくらいの良い結果だとグラントさんも言っていたらしい。
「そうですか……誰も命を落とさないで切り抜けられたんですね」
「それもこれも君が命を張って頑張ってくれたお陰だ。いくら感謝してもしきれない。本当にありがとう」
オスカーが丁寧に頭を下げる。
「やめてくださいよ。俺は自分の出来ることをやっただけですから。それにリンやアニーがいたから出来たんです。二人も誉めてあげて下さい」
「そうだね。アニーも頑張ったと聞いたよ。本来なら僕達、村の大人がもっとしっかりしないといけなかったのに……」
「その話はもういいじゃないですか。結果的に村は守れたんですから。大切なのはこれからどうするか、ですよ」
「そうか……いや、確かにそうだ。これからどう村を良くするか、それを一番に考えなければいけないね。やっと村が僕たちの手にもどったんだ。グラントさんも村の皆も、再建に燃えているよ」
「そうですよ!これからなんですから!」
俺の言葉に笑顔を見せる。オスカーの村にかける想いは人一倍だからな。多分、一番燃えてるんじゃないかな。
「それと、これから僕はクイーン討伐に行った母さん達の、支援に向かわなくてはならないんだ」
「支援、ですか?」
「うん。母さん達はブラックビーの巣に向かったんだよ。キングは倒したけど、まだクイーンは健在だからね。クイーンさえ倒してしまえば、もうブラックビーの脅威に怯えないで済む。僕は村の人と先発隊に必要物資を運ぶ任務を請け負っていてね。実はもうみんな準備を終えて待ってるんだ。出発前に話ができて良かったよ」
オスカーによると討伐隊には、クイーンと戦う実行部隊と食料や必要物資を運ぶ支援部隊があるという事だった。
先行した実行部隊は重い武具を装備したり、クイーンと戦闘しなければならないため、必要最低限の荷物をもち、補充や拠点設営は支援部隊が行う、という段取りになっている。
オスカーはその拠点に物資を運ぶ役目を負っていて、同じ役の村の人達とこれから出発するらしかった。
「待って下さい。その任務、俺が引き受けますよ」
「え?でも君は今、目を覚ましたばかりじゃないか。それに荷物だって結構あるし……」
「体調の方はもう大丈夫です。心配ありません。それに俺にはマジックバッグがありますから、俺が行けば荷物を運ぶ必要がなくなります。村も再建で人手が欲しい時でしょう?俺が行けばその分そっちに回せますし」
「それは確かにそうだけど……」
転生した場所に来いと言われたし、場所はネノ鉱山のすぐ北の辺りだ。出掛ける口実にはちょうどいい。
「リン、どうかな?もし眠かったら、村に残って休んでても……」
『行ク!リンモ行キタイ!!』
リンが俺の腕にギュッと掴まる。
「うん、分かった。一緒に来てくれ。そんな訳です。兄さん。俺は今から急いで支度をしますから村の人達に話を通してください」
「あ、ああ……」
戸惑いながらも、支援の仲間たちに説明をしに行くオスカーを尻目に、急いで旅支度を整える。
半ば強引に役目を引き受けた俺は、リンとオスカーを伴い、村をあとにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「たくさんの物資を運ぶつもりだったのに、まさか手ぶらでとはねぇ……今まででもこんな軽装で村を出たことなんてなかったよ」
オスカーが感嘆半分、あきれ半分といった声色で呟く。その話題、これで何回目だったかな。
「マジックバッグには、たくさんの物が入るんですよ。今回の物資以外にも色々入ってるんです」
「ちなみにどのくらいの容量なの?」
「さぁ?入れようと思っていたけど入らなかった、っていう物はないので分かりません」
「そ、そうなんだ……まぁ、あの瓦礫の山も入ったっていうくらいだものね」
「そうなんですよね。シャサイを倒すときに足止めの為だったんですが邪魔になってしまったみたいで。すいません」
シャサイとの戦いのために足止めしようと、山道に置いていた瓦礫の山。あの時は役に立ったが今回は逆に、討伐隊の通行を妨げる障害物になってしまっていた。
それも回収しつつ目的地を目指す。道中、昼御飯をはさみつつ、山道を歩き続け、その行程もすでに終わりにさしかかっている。エリスさん程ではないがオスカーの移動速度もかなりのものだ。
やはり普段から鍛えている人は違うな。まぁ、今回の事で俺もかなり鍛えられたけど。
リンはやはり眠かったのか、俺の肩ですやすやと眠っている。眠りながらでも器用にバランスを取っていて落ちる気配は全くない。
俺達が向かっているのは場所はネノ鉱山の南の橋近く。そこに討伐隊のベースキャンプがあるらしい。
俺が転生した場所も多分その近くのはずだ。
ネノ鉱山から西に、森の奥地にまっすぐ進めばブラックビーの巣がある。そこに潜むブラックビークイーンを討伐するのが今回のミッションだ。
キングは倒したものの、繁殖能力があるクイーンを残しておけばまた、新たなキングが産まれるかもしれない。キングのいない今がクイーンを倒す絶好のチャンスなのだ。
もう少しでネノ鉱山が見えてくる。目的地まであと少し、というところで不意にオスカーが歩みを止めた。
「どうしたんですか、兄さん?」
「確かめたい事があって……いいかな?」
「何ですか?」
「君は一体誰なのかなって」
「……え?」
突然の問いに返答に窮してしまう。
「君の言動や行動から、トーマじゃない事は何となく分かってた」
「……」
「何より君は途中から母さんの事をエリスさん、と言うようになった。そして母さんは君の事をミー君、と言っていた」
「あ……」
そういえばそうだ。最初は意識して言っていたが、シャサイの事があっていつの間にか忘れてしまっていたのだ。
「それ以外にも色々あったけど……。だから母さんに聞いたんだ。今のトーマは何者なんだって。そうしたら「それはあなたが直接、聞きなさい」って言われたんだ」
俺はトーマじゃない。確かにこのままでは、オスカーに嘘をついている事になる。村が落ち着いた今、本当の事を言った方がいいかもしれない。エリスさんも自分で聞け、と言ったようだし……。
オスカーが俺をじっと見つめ、俺の返答を待っている。
「オスカー、俺は……」
ちゃんと話そう。決心し、言いかけた時だった。
「そいつはミナト。俺に成りすました偽物だ」
「「えっ?」」
声に振り返るとオスカーの目が大きく見開かれる。そこには俺にそっくりな一人の男が立っていた。
「え……?ト、トーマが二人……?これは一体……?」
驚きと当惑が混じったオスカーの声。
「よう、兄貴、元気だったか?」
俺にそっくりな男が声をかける。
「え……兄貴?まさか……」
「ああ、トーマだ」
「本当に……本当に僕の弟のトーマなのかい?」
「本当だって。俺が本物のトーマ」
戸惑うオスカー。俺もビックリした。前は影だったのに、今はちゃんと体がある。何かあったのだろうか?
「なぁ、本当にトーマなのか?前は影みたいだったのに、どうなっているんだ?」
「ん?いや、俺は元からこの体だぜ?お前の体にいたのは俺の残滓。思念体っていえばいいかな。まぁ、残りカスみたいなもんだ」
「残りカスって……」
トーマの話からすると、俺の体にいたのは本体とはまた違うらしい。でも残りカスとはあんまりだろう。
何だかぶっきらぼうな印象だ。年齢的に反抗期なのかな?
「……ねぇ、トーマ」
「「え?何?」」
俺とトーマの声が重なる。
「お前はミナトだろうが!何で返事すんだよ!」
「あ、いや、そう呼ばれてたからつい癖で……」
転生してから今までトーマとしてやって来たんだから、仕方がないじゃないか。
「えっと、二人はお互いを知ってるようだけど、一体どんな関係なの?それにトーマは今までどこにいたんだい?」
俺とトーマの話を、困惑した表情で聞いていたオスカーが尋ねる。
確かに、ただでさえ弟の姿をした「俺」の正体も分からない上に、死んだと思っていた弟が現れた。オスカーからすれば疑問だらけだろう。
ここは年上として俺が説明しないといけないかな。
「えっと……どう話せばいいのかな。実は……」
「待てミナト。人が来る。多分村の連中だ」
話し始めようとした俺をトーマが制する。確かに何人かの人の話し声が聞こえる。こちらに近づいて来ているようだ。
「……これってまずくないのか?同じ姿の人間が二人いると、村の人達に説明が……」
「ああ、それは大丈夫だ。心配ない」
「心配ないって言っても……」
「まぁ、見てろって」
間もなく村人達が俺達の前に姿を現した。ブラックビークイーン討伐隊の人達だ。
「おぅ、オスカーじゃないか。それにミサーク村の英雄も。体はもう大丈夫なのか?」
「はい、もう大丈夫だそうです。支援物資を届けに来ました。彼はマジックバッグが使えますから」
何、ミサーク村の英雄って……!
村人達の話からどうやらキングを倒したのは、俺という事になってしまっているらしい。でもエリスさんの魔法がないとどうしようもなかったんだけどなぁ。
皆、口々に誉めてくれるがなんだかこそばゆい。
「後ろがつまってるぞ。今日はまだ終わりじゃない。荷物を受け取ったら早く夜営地へ向かうんだ」
村人をかき分け、グラントさんが姿をみせた。
「オスカー、輸送任務ご苦労」
「はい。とは言っても彼に全部お任せだったので、今回僕は手ぶらで歩いてきただけですが」
敬礼したあとオスカーが応える。グラントさんは頷くと俺の方を向いた。
「トーマ。今回は大活躍だったな。村が無事だったのは、お前がいたからと言っても過言じゃない」
「俺はそこまでの事はしていません。一緒に戦ってくれた仲間がいたからです」
リンの足にポンと手を置く。それを見てグラントさんは、やれやれというように笑い、リンに向かってこう言った。
「全く奥ゆかしいな、お前の主人は。誉められている時は、素直に喜んでおくものだぞ。なあ?」
グラントさんはそう言うが、俺だけの手柄じゃないしなぁ……。
「グラントさん。母さんの姿が見えませんが……?」
「ああ、エリスは殿を努めている。思ったより討伐が早く終わってな。少しすれば追い付くはずだ」
討伐は想定より順調に進んだ。巣穴に残った蜂の数も少なく巣穴にいぶし草の煙を送り込んで弱って出てきた所を倒したらしい。ここでもエリスさんの魔法が大活躍したそうだ。
「そうですか。なら僕たちは母さんを待とうと思います。すみませんが荷物を……」
「分かってる。お前達はエリスと合流してからゆっくり来るといい。みんな!トーマから荷物を受け取ったら出発だ!」
一行は二つ先の夜営地に一泊したあと、村に帰還する予定らしい。必要な荷物を受け取った討伐隊の人達は意気揚々と出発していった。
「……な?大丈夫だって言ったろ?」
「本当だ……本当に誰も気付かなかった」
討伐隊の人達は誰一人俺が二人いる、と言わなかったし気にする素振りもなかった。本当に見えてないみたいだった。
「まぁ、見つかっても面倒なだけだしな。用はない人間には見えてないようにしてるし」
「何?そのステルススキル」
「パナケイアが、その方がいいだろうって言ってたからな」
「パナケイアだって!?何でお前がパナケイアさんを知ってるんだよ!?」
まさかトーマからパナケイアさんの名前が出るとは思わなかった。一体なぜ!?
「何でって、そりゃ俺はパナケイアの……」
「トーマ……?」
女の人の声
「ん?……あっ」
突然話しかけられたトーマが、その声の方を向く。
そこには立ち尽くすエリスさんがいた。呆然とした顔。その目に涙が溢れている。
「母さん……」
「トーマ……トーマ!!」
杖を投げ捨てトーマの元へエリスさんが走り出す……が。
「トーマ!ト……あっ!?きゃああ!!」
「うわあああ!?」
トーマに駆け寄ろうとしたエリスさんが足をもつれさせ、トーマと一緒に倒れこんでしまう。
「母さん!?」
「トーマ!!生きてたのね!今までどこに行ってたのよぉ!!」
トーマに抱きついたまま、離れないエリスさん。前にもあったな、こんな場面……。
「母さん、落ちつけって」
「だって、だってぇ……私のせいでトーマが……トーマが……」
「だから落ち着けって!俺の話を聞けってば!」
アワアワと慌てるトーマがなんだか可笑しい。
そんなトーマにくっつきエリスさんは泣き続けている。
でもひとつ言えるのは、それは悲しい涙じゃないってことだ。
オスカーと顔を見合わせる。
「色んな事が起こるし僕には何が何だかさっぱりだ。……でも、これで良かったって思うよ」
母と弟を見つめるオスカーの穏やかな笑顔が印象的だった。




