39話 決戦の行方
「つッ!?痛ってぇ~!!」
体に切り裂かれたような鋭い痛みが走り、俺は声をあげた。
気がつくと俺は元の場所に立っていた。目の前には先程と同じように剣を構えたシャサイがいる。
意識を失う前と違うのは、奴は肩で息をしているように見える。そして身にまとっている皮鎧にも破損した部分が見えた。俺が影といる間、リンが頑張ってくれていたんだろう。
だが、俺の方もかなりダメージを受けていた。
切られた痛みで、脈打つたびに全身がズキズキと悲鳴を上げている。致命的な傷は多分ないが、全身の疲労感が半端ない。『そろそろ体力がやばそうだ』と言っていた意味が分かった。
『ミナト!?大丈夫!?』
「ああ、ごめんリン。ちょっと考え事をしていたんだ」
『考エ事?』
「そう、切り札を見つけたんだ。これでシャサイに勝てる。とりあえず、アイツの隙を作りたいんだ。いいかい?俺が合図したら同調を切ってほしい」
『分カッタ』
「あと一つ、絶対に一人でシャサイに突っ込まないでくれ。もしリンに何かあったら、シャサイに勝てても『負け』なんだ。二人とも必ず生き残ろう、いいね?」
『ミナト……ウン!』
リンの返事と同時に詠唱を唱える。同調していても声は出せるし、魔力を集める事もできる。大事なのはウォーターボールが俺の切り札だ、とシャサイに思わせる事、そして俺が無詠唱で魔法が使えると悟られない事だ。
「水の聖霊よ、わが魔力を糧とし我に力を与えよ……」
更に手に魔力を集める。
「今だ!」
リンが同調を切る。
「喰らえ!ウォーターボール!!」
シャサイに向かって水球を投げつける。魔力でできた水球は真っすぐにシャサイに向かう、当たるか!?
が、シャサイのいる場所に水球が到達した時、そこに奴はいなかった。
目標を失った水球はそのまま地面に落下していき、はじけた。
シャサイはウォーターボールの軌道を計り、瞬時に移動していた。
俺のウォーターボールの速度はたいした速度は出ないとはいえ、わりと至近距離だったのだったのに……おそらく詠唱で察したのだろう。
「ほお、テイマーのくせに魔法まで使うのか……だが、そんなチンケな魔法じゃクソの役にも立ちゃあしねえよ?」
不敵な笑みを浮かべ、俺の魔法を嘲笑うシャサイ。
「盾役のサポートもねぇ癖に、ひよっこ術士が粋がるな。お前ぇはもう負けるんだよ!!」
「それなら試してみるか?その覚えたての魔法で吠えづらかくなよ?」
「クソ子供が。大人に対する礼儀ってモンを教えてやる!」
叫ぶと同時に飛び掛かってくるシャサイ。その攻撃をリンが同調し受け止める。
もちろん俺だってウォータ―ボールが有効打になるとは思っていない。
だが、俺はあえて詠唱してウォーターボールを放った。本当の詠唱は知らないのでもちろん俺の思い付きだ。
詠唱して魔法を使ったフリをした事で、俺が無詠唱で魔法を使えるとは考えなくなるだろう。普通は無詠唱で魔法を使うとは考えないだろうが、まあ、とにかく油断させる事ができたはずだ。
戦いはいよいよ激しさを増す。
シャサイの剣と俺の木刀が交錯し続ける。身体の疲労は既にピークに達していた。
ただ、不思議な事に剣を交えた時の衝撃や反動が、段々なくなってきたような気がする。
普通なら力を強化しているであろうシャサイの力で押されれば、押し負けたり衝撃で手がしびれるはずだが、剣を交えるのが続くにつれ、どんどん楽になっていくというか、シャサイに食らいついて、押し返すこともある……これが魔剣の力なのか?
つばぜり合いを押し返し、距離をとる。
「水の聖霊よ……今だ!」
ウオーターボールを投げつけると同時に奴に突っ込む。
シャサイが魔法をかわす、が、リンがその動きを見切った。
『ミナトッ!』
わずかに見えた隙を狙って、木刀を振り下ろす。
「そこだぁ!!」
「チィッ!」
ビキッィィィ!
袈裟懸けに振り下ろした攻撃には、確かに手ごたえがあった。
「ウオォォォ!なめんな、コラァ!!」
シャサイの横なぎの反撃をかわし、後ろへ飛びのく。
木刀は剣のように切り下す事は出来ないが、鈍器のようなダメージを与える事ができる。表情からは読み取れないが確かにダメージを与えたはずだ!
シャサイはかすかにうめき声をあげた。骨に異常をきたしたのか、打たれた左肩をだらりと下げた。そしてシャサイは両手で握っていた剣を、右手に持ち替えた。よし!先程の攻撃で左手が使えなくなったと見た。木刀と言っても一応魔剣なのだ。
いける!このまま押し切れば、体力が尽きる前に倒せる!
俺が再び魔法を発動しようとした時だった。
シャサイの下げた左手の手許が光ったのを、目の端がとらえた。
「!?」
シャサイが何かを投げた!?
それは目で追いきれない程の速度で、俺をめがけ飛んでくる
速い!?ヤバい、避けきれない!!
そう思った時だった。
『ミナト!危ナイ!!』
その瞬間、俺は身体を反転させた。
何かに押される様な衝撃。それと同時にリンが俺の肩から飛び降りたのが分かった。
『逃ゲテ!』
声と共に俺の身体は、その場から走り始めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「リ、リン!?」
俺は走りはじめて5mほど進み、転倒した。持っていた木刀が滑るように手を離れる。身体の自由が戻っていた。
……そうか、リンと距離を取ったせいで同調が切れたんだ。
リンは……!?リン!!
振り返るとリンは俺を庇うように、シャサイの前に果物ナイフを構えて立ちはだかっていた。見るとその右肩にはシャサイから放たれたナイフが突き刺さり、血が流れだしている。
「ほう?主人を守ろうっていうのか?お前の主人はお前を盾にしたってのによぉ。全く、奴隷の鏡だなぁ?ひゃっはっは!!」
「リン!駄目だ!戻ってこい!!」
くそぉ、早く立たないと!
そう思っているのに、今までの戦いで体力が限界を超えていたのか足が鉛のように重い。嘘だろう!?動け!動け俺の足!
俺が起きあがろうとしている間に、シャサイとリンの死闘が始まった。
体格の差、足のハンデ、肩の怪我……
それだけのものを背負ってなお、リンはシャサイと互角に渡り合う。つり橋の綱を切り裂いたナイフだが流石にシャサイの剣は斬れないようだ。
それでもリンはシャサイの激しい剣撃を交わし反撃しようと試みる。しかし、リーチの差もありなかなか攻撃にに移れない。
どこからそんな力が出るんだ!待ってくれ!リン。俺も今そこへ行く!!
『ミナト!早ク逃ゲテ!リンガ止メテイル内ニ早ク!』
俺を制するようにリンの念話が聞こえる。リンは俺を逃がすために、命を投げ出そうとしているんだ。
『リンはシャサイに特攻する。お前を守るためにな。そうなったらリンは無事では済まない。リンは相打ち覚悟でシャサイを倒す』
トーマの残滓の言葉が脳裏をかすめる。
「雑魚のくせに良くここまで戦ったなぁ!しかし、それもここまでだ、オラァ!!」
「ガアァァァ!!」
シャサイの早く鋭い斬撃がリンを襲う。リンも必死に応戦する。
しかし、リンは受け続けたダメージのためか、一瞬反応を鈍らせた。
「そろそろくたばりやがれ!」
スキルで強化された渾身の一撃。
かわし切れずにぶっ飛ばされ、地面を転がるリン。うつ伏せに倒れピクリとも動かない。
「リンーー!!」
ようやく立ち上がれた、早く、早くリンのところへ!!
「ゴブリンにしては良くやった方だが、しょせんこの程度だ。まぁ、魔物らしく、とっととくたばりやがれ」
シャサイは剣を逆手に持ち、振り上げる。
「やめろ、やめてくれ!!」
そう叫ぶ俺の方を見て、勝ち誇るようにニヤッと笑う。
「こいつの次はてめぇだ。なに、ほんの少しの別れだ。そこで待っていろ」
そう言うと再びリンに剣を向ける。
畜生!このままじゃリンが……リンが……!!リンがいなくて何がテイマーだ!
こんな奴に殺される程、俺達はこの世界でも軽い存在なのか!?この世界でも俺は役立たずのまま終わるのかよ!?
俺を絶望とあきらめの感情が包み込みそうになった、その時
『お前がやらなきゃいけないんだよ!覚悟を決めろ、迷うな!』
……そうだ、俺にはまだ手があった。トーマに託されたあれが!
「さて、待たせたな。主人と一緒に死ねるんだ。幸運だと思え」
シャサイは俺の悲嘆にくれる顔を、少しでも長く味わいたいとでもいうようにゆっくりと剣を振り上げる。
……消費魔力は考えるな、集中だ!
一気に魔力が集まる。今までとは比べ物にならないくらい、早く強く。
リンを!リンを助けるんだ!!
「死ね!!」
シャサイが剣を振り下ろすその瞬間!
「水の魔弾!!」
拳銃の形に構えた俺の指先より、魔力の弾丸が撃ち出される。すさまじい速さのそれはシャサイとの距離を瞬時に縮め襲いかかった。
「ガッ!?」
僅かに反応したシャサイだったが、かわすまでには至らない。すさまじい威力を持った弾丸は咄嗟に庇った左腕を撃ち抜き、体内を抉る。
魔力が込められた弾丸の衝撃を受け吹っ飛び、そのままあおむけに倒れるシャサイ。その手から剣が転がり落ちた。傷口から血が流れだしている。
……間に合ったのか!?シャサイは死んだのか?
俺が、殺したのか……?だが、それよりもリンは!?リンは無事なのか!?
『ミ……ナト……』
「リン!リン!大丈夫か、しっかりしろ!」
倒れているリンに駆け寄る。俺の問いかけにうっすらと目を開けたリン。
『ミナト、スゴイ……シャサイ、倒シタ……』
ゆっくりと微笑むリン。しかし、その顔に生気がない。
「ああ、シャサイは倒したよ、リンのおかげだ!待ってて、今、助けるから……!」
肩に刺さったナイフを引き抜く。グァと顔をゆがめるリン。
「ああっ!?ごめんよ!痛かった!?すぐにハイポーションで……!」
そこまで言って、ハッと気づく。
しまった!
今、俺の手元にハイポーションはない。村に置いてきたのだ。シャサイとの情勢が不利になったらリンに村に助けに呼びに行かせ、その時に怪我をしていればそこでハイポーションを使おうとしていたのだ。
しかし、それが完全に裏目にでた。ここでこんなに大怪我を負わせてしまった!
いくらリンが俺を操らねばいけないといっても、俺が本当に危なくなれば俺を守るために同調を切って突撃してしまう。トーマの残滓にも言われていたはずだったのに、俺はなんて馬鹿なんだ!
リンの負った傷は深かった。しかもナイフを引き抜いた場所から血がどんどん流れ続けている。
「血が……血が止まらない!……布で巻き付けて傷口を抑えて……!」
力任せに傷口を抑える、痛みのせいかリンの表情がゆがむ。
エリスさんに貰った血止めの軟膏を塗っても傷口が大きいからか、あまり効果がない。
「くそっ!どうすれば……頼む……止まってくれ、止まってくれよぉ!」
今までは、パナケイアさんに貰ったポーションがあり、常に怪我を回復できた。だから無意識にそれに頼ってしまっていたんだ。俺はなんて馬鹿なんだ!こんな時に何もできないなんて……!
リンの体は少しずつ冷たくなっていくような気がした。
「リン!リン!駄目だ!死んじゃ駄目だ!!」
泣きながら呼びかけ続ける。
その声が届いたのかリンが再びゆっくりと目を開けた。
『嬉シカッタ……』
「嬉しかった?」
『二人デ生キ残ロウッテ、言ッテクレタカラ。リンハ、ミナトノ仲間……』
「そんなの当たり前じゃないか!リンは大切な仲間だ!これからも一緒に頑張って生きていこう!」
『ミナト、ゴメンネ……』
リンは笑おうとするが、口が歪んだだけだった。そしてそれだけ言うと、リンはまた目をつぶった。
「リン!嫌だ!……嫌だーー!!」
シャサイとの決戦が終わり静寂を取り戻した野営地で、リンの名を呼ぶ俺の叫び声だけが響き渡っていた。