2話 仲間
俺の隠れている茂みの前を小さな何が横切っていく。
……子供?いや、小人?
一瞬でよく見えなかったが、小さな子供のような背格好をしていた。褐色の肌に粗末なボロ布のような衣服をまとっている子供?は俺に気づくことなく慌てたように道を山の方に向かって、よろよろと駆けていく。足を怪我しているのか、片足を引きずっている。
子供?いや、人間の子供にしては動きが違う気がする……。そして耳。あんな風に横長の耳って、あれはゲームの中では……。
と、また違う茂みからガサガサと大きな音が聞こえ、何者かが道路に飛び出した。そいつはキョロキョロとあたりを伺っている。
あ、こいつは!
褐色の肌、横に尖った耳、曲がったわし鼻。人間より小型だけど、めちゃめちゃ野性味にあふれている顔。
……ゴブリンだ!
あ、わ、わ、わ、わ。やっぱり魔物だった!どうする!?頭が混乱する。だが、怖くても叫ぶな、叫ぶな俺!……必死でこらえていたおかげか、このゴブリンも俺に気づかずに先程の子供?の方へ走って行った。
這いつくばるようにしながら、元いた道に戻る。その時。
「ギャアアア!!」
と、また叫び声がした。声の方を見ると遠くでさっきの子供?がゴブリンに襲われている!?足を引きずっていたからそんなに早く走れなかったのだろう。
またキィーンという音と共に
『ハナセ!……イタイ!……ニゲナキャ!』
という声が頭の中に響いた。
これって、あの子供の……?そう考えているうちに、子供?が大きいゴブリンに抑えつけられ殴られている!
これは……!このままじゃ、あの子がやばい!
『イタイ!シニタクナイ!』
だが相手は魔物だ。俺は助けられるのか?でも、今自分がやらなければ、誰も助けられないだろう。歯を食いしばる。
『タス、ケ、テ。オネ……エチャ……』
ついに、声が聞こえなくなった。
くそっ、やるしかない!!
自らを奮い立たせ立ち上がる。
「今、助ける、待ってろ!」
通じるかわからないが、念話で叫ぶと、木刀を握りしめ走り出す。体が軽い。やっぱり38歳だった頃の俺とは全然違う。
15m……13m……10m……まだゴブリンは子供を殴りつけている
7m……5m……3m……ゴブリンがこちらに気づき振り向いた!
――だが、遅い!!
「おりゃあああ!」
俺は、スイカ割のようにゴブリンの頭めがけて、木刀を振り下ろす!
「ゲガッ!?グギャアアアー!」
ゴブリンが叫ぶ、俺は続けざまに何度も木刀を叩きつける。ただただ、必死だった。
無我夢中で振り続け、気がつくとゴブリンは動かなくなっていた。
ハァ……ハァ……ハァ……呼吸が苦しい。肩で息をしながら、倒したゴブリンを見下ろす。木刀を持つ手が震える。殴り付けたときの嫌な感触が忘れられない。異世界に来て初めて魔物を倒したというのに、達成感はなかった。むしろ、後味の悪さと罪悪感が残った。
……考えるのは後だ。とにかく今はこの子を助けよう。
やっとの思いで倒したゴブリンを横にどけ、子供が無事か確認する。
―やっぱり、この子はゴブリンの子供なのか?
先程のゴブリンに耳や肌の色が似ているような気がする。しかし、体中泥だらけのうえ、顔は殴られて膨れあがり先程のゴブリンの顔と似ているかは判別できない。子供はあちこち傷だらけで、出血している。片足は骨折しているのか少し曲がっていた。見ているだけで痛々しい。体は小刻みに動いており息をするのもやっと、という感じ。かろうじて生きてはいるようだ。
……この状況で俺にできる事。回復魔法はまだ使ってみてはいないが、もし使えても初級のものぐらいしか使えないはず。それでは追いつかないであろう程の怪我だよな……。
なら、回復薬だ!手元にはポーション、ハイポーション、キュアポーションの三種類がある。キュアポーションは村に届けるものだから、使うわけにはいかない。ポーションでは回復が足りないかもしれない。
「ハイポーション!」
俺は急いでハイポーションを取り出した。早くしないと間に合わないかもしれない。ハイポーションをそっと口元に近づけて、少しずつ飲ませてみる。
効果はすぐに現れた。キラキラと輝く光が現れ、全身が光に包まれる。みるまに傷が治り腫れが引いていく。
良かった!間に合った。ひとまず安堵する。
見た感じ、ほぼ治ったように見える。ただ、足の変形だけは治っていなかった。これは……今、負った怪我じゃなかったのかな?顔の腫れが引いてみたらさっきのゴブリンに似て……いない??泥で固まってカチカチになっているが、髪の毛もあるし、顔もなんだか可愛らしい気もする。ゴブリンにもいろいろな種類がいるのだろうか?
「ウ……ウ……」
小さいうめき声を出した。意識が戻ってきたのかもしれない。
「大丈夫?痛いところはないか?」
優しく声をかけた。しかし、目を開けたその子は俺を見た途端
「ギギィー!」
と叫び、這うように逃げ出して近くの木の陰に隠れてしまった。
……とりあえず、助かってよかった。動けるほど元気になったようで、ホッとする。
道の端によけておいたゴブリンの方を見る。ゴブリン同士の戦いでもあったのだろうか?でも、子供さえ追いかけて殺そうとするなんて……。そういえば、小説では倒した魔物の耳をそいで部位証明にしている描写もあったな……。なんて思い出して道の端まで歩き足元のゴブリンを見下ろす。自分がそれをしているところを想像し、思わず首を振った。
「いや、無理です。俺にはできない」
こんなに手も足もブルブル震えているのにそんな恐ろしい事とてもできない。しかし、ゴブリンの死体をこんなところに置きっぱなしにしていては、他の魔物も引き寄せてしまうかもしれない。
穴を掘って埋めるほどの元気もなかったが、ゴブリンの腰布をつかむ。
「……意外と軽いな」
ゴブリンを道から離れた茂みの奥に隠し、道からは見えないようにする。
それと同時にどっと疲労感が襲ってきた。
一歩間違えれば、大怪我。下手すれば死んでいたかもしれない。やはりこの世界は、日本とは違うよな。安全で平和な生活。考えても仕方ないけれど……。
空を見るとさっきより陽が傾いてきている。先を急がなければいけない。
ふと、視線を感じた気がした。
見ると木の陰から、ゴブリンの子供がこちらをのぞいている。
「元気になってよかったな。達者でな」
言葉が通じなさそうなので、念話で話しかけてみる。念話なら通じるだろうか?
『……ナンデ、助ケテクレタノ?』
意外にも返答があった。
「助けてって声が聞こえたからだよ」
『……!ワタシノ念話分カルノ?』
「ああ、念話を使うのは初めてだけど、君の念話は分かるみたいだ」
ゴブリンと意思疎通できるなんてすごいな、念話って。
『ワタシヲ殺サナイ?』
「いやいや、殺すつもりならわざわざ助けないよ」
『ソッカ』
「早く群れに戻った方がいい。仲間が心配しているんじゃないか?」
『ワタシ、群レカラ逃ゲテキタ。モウ戻ルトコロナイ』
え、群れから逃てきた?なんで?
『群レノ前ノキング死ンデカラ、次ノキング、決メルタメ雄同士デ戦イ二ナッタ。雄、イッパイ死ンダ。デ、勝ッタ次ノキングハ雌ヲ独リ占メニシヨウトシタノ』
勝ったボスが雌を独り占め。ありそうな話だ。強いからボスになったんだろうし。
『デモ、キング乱暴者。怒ルトスグ殴ル。ソレデ仲間イッパイ死ンダ。雌、ミンナ今ノキング嫌イ。ダカラ他ノ群二逃ゲヨウトシタ。ソシタラ雄ノ子分、追イカケテ来タ』
群れから逃れようとしてたのか……。それでは今までいた群れには戻れないだろう。さっきのゴブリンは倒しておいてよかった。罪悪感が少し薄れた気がする。
『オ姉チャントワタシハ逃ゲタケド、ワタシ、足ガ悪イカラ……。途中、ワタシヲ逃ガソウトオ姉チャン、雄ト戦ッテ……ワタシ、ヤット、ココマデ来タノ……』
お姉ちゃんと一緒に逃げてきたのか、でもこの状況からするとそのお姉ちゃんは多分……。この子もそれは分かっているのだろう。とても悲しそうだった。
野生で暮らすゴブリン……とは言えまだ小さい。一匹で生きていくのは厳しいのかもしれない。俺は少し悩んだ、そして……。
「もし良ければ、俺と一緒に来るか?食事は分けてやるし、ずっとじゃなくても、安全な所に着くまででも良いし」
『ドウシテ?助ケヨウトシテクレルノ?』
「助けるって言ったから、かな」
俺は照れながら笑って言った。念話だけれど話せる相手ができてうれしかったし、何より一人より二人の方が心強いと思ったから。
『ワタシヲ従魔ニスルツモリ?』
……従魔?んーあれか、魔物を支配下に置いて使役したり、人間に従うようにする事かな?
「ははっ、別にそんなんじゃなくて、俺も一人でさみしくてさ。一緒に行く仲間がいるとうれしいってだけだよ」
『オカシナ人間……。ワカッタ。助ケテクレテウレシカッタ。体モ痛クナイ。アリガトウ……。ワタシモ一緒ニ行ッテイイカ?』
そう言って、木の陰から出てくる。やっぱり左足を引きずっている。そして小さい。1mはないな。80cmか90cmくらいだろうか?
「じゃあ、これからは仲間だ。俺はミナト。えーっと何て呼んだらいい?」
『ワタシノ名、人間ハ発音デキナイ……呼ビヤスイ名デ呼ンデクレ』
え、急に言われてもなあ……ゴブリンと呼ぶのは何だか変な気がするな。折角だからいい名前にしたい……けど、ゴブリン……ゴブ……リン……リン!
「『リン』はどうだい?」
そう提案してみた。俺のネーミングセンスではこの程度が限界なのだ。
ゴブリンの子供は少し考えていたみたいだが。
『リン……。リンダネ。ヨロシク、ミナト!」
泥だらけの顔だが、はにかんで、嬉しそうにしている気がする。
「こちらこそ、よろしく」
俺はかがんでリンの目を見て頭を下げた。
『デモ……』
「ん?どうした?」
『ワタシ、昔カラ片足ノ動キ悪イ。足手マトイ……心配』
申し訳なさそうにリンが言う。
「はは、そんな事か。これならどうかな。ちょっと失礼」
『ワワッ』
驚くリンを後ろから抱えて、ストンと肩に乗せる。肩車だ。思ったより軽い。これなら大した負担にならなそうだ。
『ワタシ泥ダラケダヨ!汚レチャウヨ!』
リンが慌てる。
「泥汚れくらい洗えば落ちるから気にすんなって。それにこれなら一緒に歩けるでしょ?」
明るくそう話す。
『ツクヅク変ナ人間……デモ、アリガトウ……』
この世界で初めて仲間ができた。人間じゃないけど、そんな事より一人じゃないという事に安心できた。一緒に来てくれてありがとう。よろしくな、リン!
リンを仲間に加え、俺達は再び村へ向かう事にした。