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35話 潜入

 

 『ンー、チョット窮屈ダッタ』


 「お疲れ様」


 『上手クイッタネ、ミナト。泣キ真似、上手ダネ!』


 「ありがと。とりあえず無事に入れてよかったよ」


 山賊達がブラックビーに気を取られているを確かめて、背負い袋からリンを出す。短時間とはいえ狭い袋の中に居るのはストレスだったのだろう。リンは大きくのびをした。

 

 改めて周囲を見渡す。


 ここには古い木造の家や長屋のような建物が建ち並んでいる。長年、風雨にさらされ傷んでいたり、朽ちてしまったりした家屋も見受けられる。


 屋敷にあった地図によればネノ鉱山は高低差のある二段の平地で構成されており、高地側の平地には鉱石を採掘する鉱区があり、低地側には採掘された鉱石を製錬する工場が建ち並ぶ加工区、そして居住区とに区分けされていた。


 今、俺達は居住区にいる。いくつかの区画に区切られた居住区には平屋のほか、長屋や二階建てのアパートのような建物もあり、かなりの人数が働いていた事をうかがわせた。


 ネノ鉱山は周囲を高い岩山と川に囲まれ、平地は少ない。限られた敷地に詰め込むように建物が密集している。


 脇道に目をやると家屋の脇には雑草が生い茂っており、人の手がしばらく入っていない事を物語っている。


 しかしメインストリートと思われる大通りは、鉱石を運ぶため石畳が敷かれており、多少の雑草は生えているものの往来には差し支えなく、当時の面影を残していた。


 道にはレールのようなものが埋め込まれておりそれが鉱山全体に伸びている。鉱区から産出された鉱石は加工区に運ばれ、そこで製錬された金属は居住区前を通り船に載せられ竜神川を下って下流に運ばれていたそうだ。


 鉱区の方に目を向ければ奥には鉱山から産出した廃棄される予定だった岩石の山らしきものが見える。


『コレカラドウスルノ?』


 周囲を見まわしていた俺に、リンが声をかけてくる。気配探知で近くに山賊が居ないことは確認済みである。


「集まっていた山賊達の中にシャサイはいなかったよね?アイツさえいなければ山賊達はさほど脅威にはならない烏合の衆になると思うんだ。とにかくシャサイが全てを握っている。だから今奴がどこにいるのか把握しておきたい。ただ……」


『シャサイニ見ツカラナイカ心配?』


「うん。ここら辺にいなければ、多分あそこにいるんじゃないかと思うんだ。地図によれば鉱山の近くに管理棟がある。管理棟っていうのは鉱山全体を統括する建物なんだけど、その隣には上役の住居やお偉いさんが視察に来たときの専用の宿泊施設がある。俺はシャサイがいるならそこだとにらんでる」


 俺はシャサイは鉱山にいるものとして計画を立てている。しかし、もしふらっと外に出てでもしていたら俺の計画は狂ってしまう。


 まぁ、今日が約束の期日だ。そんな日にわざわざ外出なんてしないだろう。


「それに、シャサイが居住区近くにいないと、ブラックビーのターゲットから外れる恐れがある。出来る事ならおびき出したいけど危険すぎるかな?」


ブラックビーや山賊なら視界から外れた状態で隠密を発動させれば、相手の目をくらませる事ができる。しかし隠密スキルも危機探知のスキルと同様に実力差があると見破られてしまう。


 以前、リンはシャサイに危機探知が通用しなかった、と言っていた。もし、今もそうなら例えおびき出したとしても奴から逃げ切れない可能性が高い。


 行くべきか、行かざるべきか……。


『行ケルヨ、リンヲ信ジテ。ミナト!』


 と、きっぱりと言い切った。俺が迷っている事を察したようだ。


 確かに修行から帰って来たリンは、今までとは違っている。見た目は全然変わらないのに、俺をテイムした時の動きも以前とは比べ物にならない程精度が良くなっていた。当然、危機探知や隠密スキルのレベルも上がっているはず。ミサーク大森林を抜ける時も、気配を察知しブラックビー以外の魔物に遭遇しなかった。


 きっと、大変な修行をしたのだ。シャサイに対抗できるように。


 そのリンがこうまで言うんだ……。


 リンの毅然とした態度を見て、俺も覚悟を決めた。


「よし、信じるよ。行こう!」


『ウン!』


 リンがスルスルと俺の肩に乗り、定位置にすわった。俺達は辺りを確認しながら慎重に、しかし、急ぎながら管理棟へ向かったのだった。

 

  


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 居住区や加工区より高地にある鉱区側へと登るためには連絡通路として造られた大通りともいえる坂を登る必要がある。居住区のメインストリートから工場が密集する加工区を経て鉱区へと至るこの坂道は、元々二段だった平地を繋げるため階段のような切り立った地形の壁を削り人工的に坂に加工したものだ。


 坂の横幅は結構広く、人々の往来と鉱石の輸送のためにメインストリートと同様、石畳にレールが敷設ふせつされている。鉱区へ歩いて行けるのはこのルートだけだ。


 坂の横の崖の上には運搬用と思われるリフトが残っており、その近くに二箇所梯子がついていた跡らしきものが見えた。


 だが梯子は長年放置されていたせいか腐っているようでこれを使うのは危険だ。結局、この道を行くしかない。


 心を決めた俺は管理棟を目指し坂を慎重に登っていく。坂道の端をできるだけ身体を低くし、音をたてずに……。


 ひょっとしたら気付かれて待ち伏せされているかもしれない。いや、もし、山賊のだれかに見つかってしまったら……。


 いくら慎重に歩を進めてもどうしても音は出る。俺の一挙手一投足、何で勘づかれるか分からない。


 地面を踏みしめる音、足元に生える付く草をかき分ける音……どんなに小さな音でもそれがもとで発見されるかもしれない。


 早まる心臓の音が聞こえるかと思うほど緊張しているのが分かる。

 

 この坂を登りきると道は二手に別れる。管理棟は右側、鉱山入り口は左側にある。


 間もなく坂を登りきるという時、リンの気配探知に何かの反応があった。


『気配ガ……フタツアル』


「二人いるって事?その中にシャサイはいる?」


『ウン。コノ感ジ……ヒトツハシャサイ。モウヒトツハ分カラナイケド、マダ気ヅカレテナイヨ。大丈夫』


「シャサイと誰だろう……?護衛かな」


『アノ立派ナ建物カラ気配ヲ感ジル』


 坂の影からそっと周囲をのぞくと管理棟らしき石造りの堅牢な二階建ての建物の近くに重役用とおぼしき何軒かの戸建ての建物が見える。


 管理棟は高台の鉱区にあり加工区や居住区を見下ろせるように建てられていた。管理棟から加工区への連絡、またその逆が手旗やサインなどにより速やかに伝わるようになっていた。地図にあった配置通りだ。


 その管理棟の隣、ひときわ立派な、資料によれば貴族など来賓が視察に来た時に使用される建物から気配が感じられるようだ。


 荒々しい鉱夫が活躍する職場には不釣り合いで優雅な建造物。そしてそれは多少年月が経っているものの、まだ往年の姿を保っているように見える。いつの時代も権力者は特権を持った存在らしい。


「奴はあそこにいるのかな。辺りに見張りはいそう?」


『イナイ。今ナラ建物マデ行ケル』


「えっ、そんな無理しなくていいぞ。もし、見つかったら……」


『デモ近クニ行ケバ何カ分カルカモ。行クヨ!』 


「え、ちょっ!?」


 リンがそう言うと体は動き出していた。体勢を低くし建物まで一気に駆ける。


 建物につくとすぐに右側に回り込む。ここは崖に近くここからでも眼下には居住区や加工区が見下ろせる。


 シャサイのいる迎賓館のような建物には出窓が複数取り付けられていた。その中にあるひとつの出窓の下に潜り込みリンは言った。


『コノ窓の向コウニシャサイガ居ル』


 まじかよ!この壁一枚隔ててシャサイがいるの!?


 しかし、俺達の気配が分かれば何らかのアクションを起こしてくるはずだ。隠密スキルが効いている、効いているんだな!こんなに近くにいるのに気付かれないなんてやっぱりリンはすごく成長したんだ!


 思わずリンを褒めようとしたが、いやいや、そんな事をしている場合ではなかった。それよりも絶好の機会がきたのだから、ここは中の様子を伺わないと……。


 ドンドンドン!


 建物内から何かをたたく音がした。俺はあわててうずくまる。


「シャサイ!いつまで寝ているつもりなのだ!早く起きろ!」

 

 乱暴にドアをノックする音とともに男の声が響いた。と、言う事はこの部屋は寝室?


 その後もしばらくドンドンという音が鳴り続けた。


「はいはい、うるさいな~、今、開けますよ~」


 シャサイのけだるそうな声が聞こえる。壁に耳をあて、内部の声を拾う。


「ファ~ア。どうも……お早うございますねぇ。御使者どの」


「御使者どの、ではないわ!とうに陽は昇っておるのだぞ!例の女はいったい、いつやって来るのだ!」


「約束の期限は今日の日没までですからね。ギリギリまで来ないんじゃないですかね?」


 シャサイは面倒くさそうに「使者どの」に返事をする。


「何を悠長な事を言っておる!ダニエル様は首を長くして待っておられるのだぞ!」


「ダニエル様だって、刻限まで来るとは思ってねぇと思いますよ。アンタが心証を良くしようと早く手柄を報告したいのは分かるが、少し黙っていてもらえませんかねぇ。もしアンタが俺の部下なら今頃、叩き殺しているところですぜ」


「くっ……と、とにかく今日がその期日なのだ!準備は怠りないな!?もし、失敗などしようものならお前もただでは済まないのだぞ!」

 

 ダニエル……確かに「使者」はそう言った。

 

 それはバーグマン家に仕える側近の名前だったはずだ。やはり黒幕はダニエルなのか?


「あの女がやってくれば、すぐに連絡がくるんですからそう慌てなさんな。ほれ、もうすぐあの橋から……」


 突然、シャサイの会話が途切れたと同時に足音が出窓に近づいてくる。


 え……やばっ!


 バン!


 頭上の出窓が勢いよく開け放たれた。


 思わず出そうになった声をかろうじて飲み込み、壁に張り付く。


「あれは……ブラックビー!?何であんな数が!?なぜ誰も知らせに来ない!!」


 南の橋の上空にはたくさんのブラックビーが飛び回っているのが確認できる。今のところは結界に守られているが、たくさんの矢がブラックビーを打ち落とそうとし、それに怒り狂うブラックビーたちの攻撃は止もうとしない。


「あの馬鹿ども!ブラックビーなんかに目をつけられやがって!このままだとヤバい!そこをどけ!」


「どういう事だ、この鉱山は結界が張ってあるのだろう?それなら何の心配も……」


「馬鹿が!結界には耐久値ってモンがあるんだよ!ここは何年も放置されていて、まともなメンテナンスもやってねえ!このままだと結界を破られるぞ!」


「しかし、たかが蜂ではないか?結界が消える前に弓で殺して……ヒッ!?無礼な……!苦し……この手を放せ!私はダニエル様の使者だぞ!」


「無知で阿呆なアンタに教えてやる。ブラックビーはな、仲間がある程度落とされて、手強いと感じるとキングを呼ぶんだ」


「キング……?」


「そうだ、ブラックビーには子供を産む女王クイーンと兵隊蜂を統率するキングがいる。キングが来たら、バラバラだった奴らが急に統率された軍隊のような動きになる。これがどういう事かあんたにわかるか?」


 もごもごと使者が何か言う声、それから「ヒィ!」と言う悲鳴。それにドスンとなにかが床に落ちた音と共に荒々しい足音が聞こえる。


「お前なんかに構ってるヒマはねぇ、そこで大人しくしてろ!少なくとも蜂どもに見つからないうちは安全だろうよ、このままじゃ儀式も中止になりかねん!」

 

  山賊よりもシャサイの方がよっぽどブラックビーの性質を熟知しているな。居住区にシャサイがいたら決してブラックビーに攻撃を仕掛ける事はなかっただろう。ブラックビーがあきらめる事を待ったはずだ。


『シャサイガ出テクル。声ヲ出サナイデ』


 リンにそう言われ、息を殺して固まっていると坂を走って行くシャサイが見えた。こちらに気付いた様子はない。


 シャサイが居住区の方に向かうのを確認して、ホッと一息つく。


 ダニエル……儀式……やはりダニエルが首謀者なんだな。しかし、使者の話しぶりからはダニエルはここには来ていない様だ。使者は儀式のお目付け役なのか?


『巣カラドンドン応援ガ来テル』


 そう言われて居住区の方を見る。最初の戦闘から山賊達はかなりの数のブラックビーを打ち落としているはずなのに、その数はあまり変化がない。逆にさっきより増えているように見える。


 リンが言うように、次々に増援が来ているのだ。


『奴ガ来ル、アレ』


 頭上のリンが指差す先。森から飛来してくるブラックビーの中にひときわ大きな個体が見えた


 ……でかい!他の個体の優に二倍はある。いや、それ以上かも。


「あれが……」


キング!!』  







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