30話 ミサーク防衛軍結成
「ここだよ!大事な資料はこの地下室にあるの」
ここは屋敷の書庫。沢山の書類が納められている部屋の端、薄暗い床をよく見ると四角に切られた床板が、周りの床に溶け込むようにはまっている。
その床板を外すと地下に通じる階段が姿をあらわす。書庫にある資料は日常の運営記録や資料で、村の機密事項に関するものは地下に納められているという。
俺が今最も必要としているのは情報だ。その中でも地形の把握は最重要項目である。
日本にいた時は本屋でもネットでも、いつでもどこでも地図を見ることができたが、ここではネットはもちろん本屋もない。エリスさんの家にも地図らしきものはなかった。
もしかしたらこの世界では詳細な地図というのは貴重品なのかもしれない。江戸時代でも日本地図は海外に持ち出しが禁止されていたというし。
しかし、ミサーク村は昔、ネノ鉱山を運営していた。その村に鉱山やこの周辺の地形が分かる地図が村長の屋敷の書庫にもないというのはおかしい。どこかにしまわれているか、隠されているはずだ。
屋敷にある書庫には様々な書類が納められている。その数はかなりのもので一つ一つ調べていたらかなりの時間がかかってしまう。俺も一応探してはみたのだが目的の地図は見つからなかった。
「地図……?うーん、詳しく書かれてるような重要なものだったら、多分、地下室にあると思うんだ」
俺の懸念はアニーの一言で氷解する。アニーは屋敷で長い間働かされていた。そのおかげで屋敷の事を知り抜いており目的の地図のありかにも心当たりがあった。もし俺だけだったらこの地下室にもたどり着けなかっただろう。おそらくエリスさんもオスカーも知らなかったのではないだろうか。
ちょっと待ってて!とアニーが灯りを携え地下室に降りていく。
エリスさんは今、屋敷にいない。どうも衰えた魔力を取り戻すため森に入って何かしているらしく夜まで戻らない。オスカーも防衛隊の人達と寝食を共にしていて、屋敷には顔を見せなかった。
「見つけたよー!」
しばらくしてアニーは、折りたたまれた紙の束を抱えて戻って来た。
「ミサーク大森林とか村の位置がわかる絵が描いてある地図があったよ。あと、ネノ鉱山の地形図と地上の建物の地図。はい!」
と言って俺に渡してくれた。その一つを開いてみるとこの村の周辺の地理が書かれた思われる絵図であった。
「まさしく!俺が欲しかったのはこれだよ。ありがとうアニー!」
「ここでずっと働いていたんだもん。お屋敷の事ならたくさん知ってるんだ!これくらい簡単だよ!」
屋敷の事を細かく知っているのは記憶力がいい事もあるが、アニーの仕事があらゆる雑用を押し付けられていたからなのかもしれない。たくさんの用事を朝から晩までこなしていたなんて、小さい子供には過酷だっただろう。
「ずっと頑張って仕事していたんだね。えらかったね」
アニーの頭をなでる。
「私だけじゃないよ、親を亡くした子供はみんな死ぬ気で働かなきゃ生きていけないの。ここはまだご飯がでてくるだけよっぽどましなんだって。私はまだ生きているだけ幸せなの」
どこか寂しげに微笑むアニーの言葉を聞き、改めてここはもう日本ではない事を実感する。俺は、まだこの世界の事を何も知らない。親を亡くした子供たちの行く末も、魔物のことも、戦い方も生き方も……。
でも、今は考えている暇はない。この作戦を成功させる。そのことに集中しよう。後の事はそれからだ。
……絶対に誰も死なせはしない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なるほど。ミサーク村はミサーク大森林の中の北東に位置しているのか。森のほぼ端だな」
書庫にあったテーブルに地図を広げ、書かれた地形や名称を確認する。
ミサーク村は大森林の北東の端あたりにあり、村の隣には北から南に向かって川が流れている。川を挟んでその向こうは険しく高い山が連なっているらしい。大森林と山脈を南北で分ける境界線に沿うように流れる川、その名は「竜神川」とも「ドラゴンライン」ともいわれる。
その南北に流れる竜神川に沿うようにミサーク山道が南北に伸びている。ミサーク村はこの山道の北の端に近い。
山道は南はネノ鉱山やノースマハの街に続き、北にはドワーフの国につながる道がのびる。しかし、この道はとても険しく、危険でたどり着くのは困難なようだ。
なぜならミサーク村の北側には「竜の背びれ」と呼ばれる東西に長く、切り立った山脈が続いていて人々の侵入を拒むように立ちはだかっているからだ。お陰で北に向かうにはこの山脈をいくつも越えねばならない。厄介な魔物もいるようで常人では踏破は不可能な道であるらしい。
大森林は「竜の背びれ」のふもとまで広がっており非常に広大な森だということが分かる。地図の通りなら四方を高い山々に囲まれ盆地のような場所だ。
ミサーク村をでて山道を道なりにひらすら南下すると、やがて川を挟んで向こうにネノ鉱山が見えてくる。南北の位置で言えばネノ鉱山はミサーク村とミサーク大森林の南端のちょうど中間くらいの地点にある。つまりネノ鉱山にたどり着いてやっと森の半分まで歩いたということだ。
山道は大森林の南端で川の流れと別れ、マハ街道と名が変わり、ノースマハの街へとつながっていた。ミサーク村やネノ鉱山を含む森一帯、及び南のノースマハの街を中心とする地域がバーグマン家が有する領地のようだ。
ミサーク大森林についてだが資料によれば奥地の方(つまり西側)がどうなっているのかは、くわしくは分かっていないらしい。分かっている事は、ミサーク大森林の魔物は竜神川から離れる程、強い魔物が生息しているという事。西側へ行けば、つまり奥地へ行けば行くほど危険になるという事だ。それを示すように川に沿った山道の近くではゴブリンや小型のスライムなどの出現がほとんどで、単体ならば旅人でも何とか対処できる程度の弱い魔物が大半なのだという。
5年前にブラックビ―にミサーク村が襲われたことがあるが、それは数十年に一度くらいの話なので、魔物によって村が壊滅する程の被害を受けた事は無かったそうだ。
「ここがネノ鉱山だとすると……」
俺がフォルナにやって来て最初にパナケイアさんから示されたのは、山の方に向かえという事だったから、北に歩いてミサーク村に着いたんだ。その道中、川に架かる橋は見ていない。
という事は俺が転生した場所はネノ鉱山より北側の道のどこかという事か……。
アニーはネノ鉱山の敷地内の地図も見つけてくれた。(ネノ鉱山はミサーク村が運営していたため、資料が残されていた)この鉱山の地形や配置もしっかり頭に叩き込まないとな。
「ねえ、質問なんだけど」
「ん?何だい」
「さっき言ってたシャサイや山賊たちを倒す作戦って、どんなものなの?本当に三人であいつらを倒せるの?向こうは山賊だけで15人以上いるんでしょ?」
「そうだな、普通に戦えば勝ち目は薄い。だから正面きって戦うつもりはないさ。俺が想定しているのは奇襲だよ」
地図をおきアニーに視線を移す。
「キシュ……ウ?」
意味が分からなかったらしく首をかしげている。
「不意打ちって事さ。リンは見張りの目をかいくぐれるスキルを持っているんだ。向こうはまさか俺たちが見張りをすり抜けて鉱山に来るなんて思わないだろう?そしたら……」
「そしたら?」
「ププの見つける情報がここで活きる」
「まさか……えっ?アレを使うの!?」
「グラントさんから聞いた話が本当なら、できるはずなんだ」
「でもそんなの危ないよ!」
「どんな作戦だって、100パーセント安全なものはないよ。大丈夫。俺とリンで何とかする。アニーは村にとどまって集めた情報を俺に教えてほしい。さしずめアニーは情報を集める諜報部隊。俺たちはシャサイに奇襲をかける実行部隊ってところかな」
その時、俺の脳内にひらめくものがあった。
「そうだ!どうせならチームの名前を決めよう!」
「チームの名前?」
「そう!この村には防衛隊があるけど、俺達はそれとは別だろ?だから俺達の名前がいる。俺達だってチームだし」
「名前かぁ……どんなのがあるの?」
「……そうだなミサーク防衛軍、略してMDF(Misaku Defense Force)とか」
「お~、なんかかっこいい!」
『ヨク分カラナイケド楽シソウ!』
「そうか、で、隊長は俺。アニーやリンは隊員で、お互い呼ぶ時は役職名をつけたりね。アニーなら「アニー隊員」、俺を呼ぶ時は「隊長」って呼んでくれ」
「あはは、まるで領兵さんみたい!面白そう!他には?他には?」
アニーが喜んでいる、結構ノリがいいな。
「よし、じゃあ説明しよう!」
二人に隊員としての心意気を刻みつけるべく、大仰な身ぶり手振りも織り交ぜ説明する。
その結果……。
「休め!」
そう言ったアニーとリンが右足を素早く動かす。
「直れ!」
素早く足を戻しビシッとした姿勢になる。
「敬礼!」
右手をパッと上げ警察官がとるような敬礼をする。もちろん俺もそれに倣う。俺が隊長、二人は新規隊員という設定だ。
「さて、君達は本日をもってミサーク防衛軍に配属された。君達はミサーク村の平和の為、努力を惜しまないと約束したそうだが間違いないか?アニー隊員?」
「はい!頑張ります!」
アニーが元気よく返事をする。
「よし、では次、リン隊員はどうかな?」
『ハイ!リンモヤルヨ!』
リンもやる気のようだ。
「よろしい、MDFは二人の入隊を歓迎する!ではアニー隊員は情報処理班、班長。リン隊員は特務班、班長に任命する。やってくれるか?」
「はい!」『ウン……ジャナカッタ、ハイ!』
「うむ、それでは二人共、自分の任務を達成しミサーク村の平和を取り戻してくれる事を期待する!」
「はい!」『ハイ!』
「よし、ではただ今をもってミサーク防衛軍、MDFの結成を宣言する!各隊員とも己の力を存分に発揮し、任務達成に奮進努力されたし!」
「何?何て言ったの?」『?』
二人して首をかしげてしまった。
「あ、ごめん。みんな頑張ろうねって事」
「うん、頑張る!」
『リンモ頑張ル!』
「よし、頑張るぞー!」
「オー!」『オー!』
三人で拳を突き上げる。なんか小さい頃やったごっこ遊びみたいだが、あれはあれでワクワクしたし楽しかった。今はそんな事態でないことは分かっている。しかし、三人しかいないからこそ結束は大事なのだ。
三人の結束が深まった所で先程の作戦の続きを話する。
「さっきの続きだけど、俺とリンでネノ鉱山まで出張る。誘導する役が必要だからな」
「たった二人でやるの!?でも、危険だよ!?」
思わず素に戻ったアニーに説明を重ねる。
「これは人数が多いと逆に失敗しやすい。大丈夫だよ。作戦通りなら、戦うのは俺達じゃないからな」
「でも私だけ、安全な所で情報を集めてるなんてできないよ、私も行きたい!」
アニーの心意気はうれしいが、俺は首を振った。
「アニー隊員、奇襲において重要なのは敵の正確な情報なんだ。君は村で正確な情報を集めてほしい。それが結果的に俺達の助けになる」
「でも……」
「こんな話がある。俺の知っている島国で昔、国同士の戦争があってね。その二つの国の兵力差は圧倒的だった。でも結果的に不利だと思われた兵士の数が少ない国が兵の多い国に奇襲で勝ったんだ。その時に一番良い褒美を貰ったのは、敵の大将を倒した人じゃなくて、敵の大将の位置を知らせた人だったそうだよ。そんな話もあるくらい、情報は重要なんだ」
「へ~、その国ってどこにあるの?」
「え?えっと……極東、かな?」
「キョクトー?」
「ずっと東にある国って事さ」
「へぇ、たいちょーって物知りなんだね!」
「いやぁ、ははは」
そう言われるとなんだかむずがゆい。極東の島国は前世の話でこっちにあるわけじゃないからな。まぁ、本当にあるかもしれないけど。
「それで私は村で情報を集めればいいのね?」
「そう。役に立ちそうな情報……例えば村人の噂話でもいい。できるだけたくさん」
「分かった。私やるよ!」
やる気に満ちたアニーの顔をみて満足する。きっと良いネタを仕入れてくれるだろう。
「そうだ、上手くいったときは隊長からご褒美をあげるよ。何がいい?」
するとアニーは間髪入れずに
「ジャム!さっき食べたジャムがいい!」
と言った。よっぽどイチゴジャムが気に入ったんだな。
「で、リンは?」
『リン、ラーメン!』
「はは、分かった約束するよ。だから頑張ろうな」
「うん!アニー頑張る!!」
『リンモ!』
そうして俺たちは決意を新たに、それぞれの任務の為に別れた。
……俺はまだ知らなかった。この時、リンが別の決意を固めていた事を。