28話 魔術の才
「そう、いい調子よ。魔法を発動させるためにはまず、体内の魔力を集めるの」
エリスさんのアドバイスを受け意識を集中させる。体の中の何かが一点に集まりはじめた。温かいようなそれでいて冷たいような、穏やかに流れたかと思えば急に激しく暴れまわる不思議な感覚。それが身体を駆けめぐっている。
……これが魔力か!
初めてこの世界に来た時、俺のステータスには水と回復魔法の適性があった。これを活かすことができれば自分の身を守る事にもつながる。
昨夜、俺はシャサイと戦うと決めた。使えるものをひとつでも増やしておきたかった俺はエリスさんに魔法習得の訓練をお願いした。エリスさんは快く引き受けてくれ、屋敷近くの空き地で訓練をすることになった。
「時間がないけど私が教えられることは教えるわ。頑張るのよ、ミー君」
魔法はその人が持つ魔力を発動の為のエネルギーに変換し、その魔力を成型し詠唱を唱える事で魔法を放つことができるのだという。
体内にある魔力をお腹のあたりに集めるというイメージを浮かべる事によって、俺は魔力を集めるという課題を見事、クリアした。
「うん、順調。あなたには魔法の才能があるのね」
「本当ですか?」
「ここで躓く子も多いの。魔力を操るのは術士の基本。それを最初から感じられるという事は術士としての伸びしろがある、という事なのよ」
「まじですか、やった!」
微笑みながらエリスさんが言う。その言葉に俺は自然とにやけてしまう。魔法を使えるようになるなんて、前世の俺だったらすっごいうらやましがるだろう。転生万歳だ!
それは置いておいて、真面目な話、魔法の有無は重要だ。魔法が使えるという事は攻撃の手段が増えるという事。攻撃の手段が増えるという事は俺の勝つ可能性が上がるという事につながる。シャサイと戦うためのカードはひとつでも増やしておきたい。
「ここまでできるなら次のステップ『詠唱』も試してみる?」
「やります!とにかく全部試します!」
「ふふ、でもあんまり張り切りすぎると、すぐに魔力が枯渇して気を失うから気をつけてね。魔法は身の丈にあった使い方をしないといけないのよ」
「そうなんですか」
「そう。あせらないでこつこつと、ね。ミー君は水魔法だから最初は……うん。「ウォータ―ボール」がいいわね。小さい水の球を相手に飛ばすの。威力は小さいけれど離れた相手にも届くし、牽制に使ったりの足元を狙って動きを鈍らせたり、使い方次第で応用の利く魔法よ」
「あれ、エリスさんは風魔法の使い手では?水魔法ってできるんですか?」
「初級魔法くらいはね。風に比べて威力は全然だけど」
ダメージは小さくても離れた距離の相手にも届くっていうのはいいな。近接攻撃だけよりずっと戦術の幅が広がるし。
「私が手本を見せるわね」
エリスさんはそう言うと右手を前方に伸ばし、手のひらを外に向け何かつぶやきはじめる。
「ウォーターボール!」
エリスさんが叫んだ瞬間、手のひらからソフトボール大の水の球が射出された。
……速い!
水の球は瞬く間に木に到達し直撃してはじけた。木が揺れて葉が舞い落ちる。小さな球のわりに結構威力が大きい気がする。けど……。
「ミー君、分かった?詠唱はそれほど難しくなかったでしょ?さっ、やってみて頂戴」
「あのすいません。詠唱がよく分からなかったんで、もう一度言ってくれませんか?」
「あら、ゆっくり唱えたつもりだったんだけど聞き取りにくかったかしら。今度は良く聞いていてね?」
そう言って再びウォータ―ボールを放つ。だが、やっぱり俺にはエリスさんが何を唱えているのか全然分からない。何回かやってもらったが結果は同じだった。
『ミナト、魔法デキナイノ?』
心配になったのか近くで見ていたリンが声をかけてくる
「出来ないっていうか……詠唱が訳の分からないつぶやきに聞こえて……音を真似ればいいのかな?なんなんだろう、エリスさんの言葉が全く聞いたことのない未知の言語に聞こえるんだ」
エリスさんが唱えている詠唱。術士はこれを唱えることで魔法を発動させる。これができないと魔法は発動させることができない。
「詠唱が聞き取れないのは……困ったわね。熟練の術士の中にはほぼ無詠唱で発動できる人もいないではないけど……。初心者は詠唱する事で術式を組み立てて発動させる感覚を学ぶの。詠唱ができないとなると魔法が使える可能性って低くなる、というか無理よね」
「じゃあ、俺は魔法を使うことはできない、と?」
せっかく水魔法の適性があっても詠唱が分からない。それじゃ、あるだけ無駄じゃないか。適性とは何だったのか!?
「でも……」
「でも?」
「水魔法に適性があるのに水の詠唱が分からないというのはおかしいと思うの。何か理由があるのかもしれない。ミー君、何か魔法に関して覚えている事はない?」
俺の気持ちを汲み取ったのかエリスさんが聞いてくる。そう言われてこの世界に来たときの事を思い出してみる。
うーん、魔法かぁ。そういえば初めてこっちの世界にきてステータスを見たとき適性があって魔法を試してみたな。でもあの時は全然出来なかったけど。
あ、でも何かが集まってくるような感覚があったっけ。結局何も起きなかったけど。
その事をエリスさんに話す。すると表情が変わった。
「本当なの!?本当にその感覚があったのね!?」
「はい。でも何も起きなかったんですよ」
「ミー君!それを魔力をを集めた状態でやってみて欲しいの!」
「え?魔力を集めた状態で、ですか?」
「そう、早く!」
そう言われて魔力を集中させる。……集中した魔力を右腕から手のひらに流し集中させる。大きさは野球ボールくらい。その球を握って……。
わずかに何かを握る感覚を感じる。さらにイメージを強くボールを持つ様子を思い浮かべる。すると手中の球からまるで本当のボールがあるようなリアルな感触が手のひらに伝わってきた。
……よし。これをエリスさんが水の球を飛ばした木に……振りかぶって、力一杯………
投げる!!
俺の投げた玉は水の球となりそのまま木に当たりパンッと音をたてはじけた。
「……出来た……やった、やったー!!」
『ヤッタネ!ミナト凄イ!!』
リンが駆け寄ってくる。俺とリンが喜びの踊りをしている横で、エリスさんは呆然とたたずんでいる。
「うそ……無詠唱……初めてなのに無詠唱……?」
俺が命中させた木の方を向いたまま何かつぶやいている。
「あの……エリスさん?」
「ミー君!」
「あ、はい?」
「あなた、無詠唱スキルを持ってるの!?」
突然、こちらを振り返ったエリスさんがそう問いかけてきた。無詠唱も何も今、初めて魔法が使えた俺である。そんなの持っていたら最初から使えてるんだけど。
「いえ、前にステータスを見た時はそんなの無かったですよ?」
「もう一度ステータスを確認してみて!私は後ろを向いているから」
言われてステータスを開く。何か随分と開いてなかったような気がする。それとやっぱりステータスって他の人のを覗いたらいけないんだな。
リンも言ってたけどエリスさんが俺のステータスを見ないようにしているのをみて改めてそう思った。それはさておき……。
名前
シノハラ ミナト
性別
男
スキル
水魔法 New!
回復魔法適性
念話(固有)
念写(固有)
マジックバック(固有)
同調(固有)
イメージ詠唱(固有)New!
加護
女神パナケイアの加護
あ、名前がトーマから俺の名前に変わってる。New!って何だろう。あ、そうか、新しく覚えた魔法ってことか。さっき、ウォーターボールが使えたしこれで「適性」じゃなくてちゃんと使えるようになったって事かな?
……下の方にもう一つあるな。「イメージ詠唱」。これかな?固有とあるから俺固有のスキルみたいだけど。うん、前見た時と違うのはこのあたりか。
「えっと、以前と違うのは水魔法の適性がとれたことと、イメージ詠唱というやつが追加されてた事ですかね」
俺はステータスを閉じエリスさんに告げる。
「イメージ詠唱!?イメージで魔法が出来るって事?それなら何だって出来ちゃうわよ。本当にイメージだけで魔法が発動しちゃったの?そんな事って……」
言いながら、エリスさんは頭を抱えてしまう。彼女にとって衝撃的な事実のようだ。
「うーん。俺もよく分かんないんですけど、ちょっと試してみます。間欠泉みたいな……」
「カンケツセン?」
エリスさんが首を傾げる。
「ものすごく簡単に言うと地面から勢いよくお湯が吹き出てくるものです」
「そんな事できる?たしか似たような魔法はあるけどかなり高位の魔法のはずよ。やめた方がいいわ」
エリスさんに止められたがもしイメージ詠唱が本当にイメージするだけで発動させることができるなら選択肢も増える。試してみたい。
やるだけやってみます、とエリスさんに告げ魔力を集めて温泉地にあるような間欠泉を思い浮かべる。
が、その瞬間、強い脱力感に襲われた。頭の中でビーというアラームような音が鳴りひびく。
……あれ?力が入らない……?
俺は立っていられずにその場にしゃがみ込んでしまった。立とうと思っても身体が言うことをきかない。
「ミー君!大丈夫!?」
『ミナト!!』
二人が駆け寄ってくる。急に体が重くなって頭痛がしてきた……おかしいな……。
「魔力切れよ。体内の魔力が切れてしまったのね」
混乱する俺の頭上からエリスさんの声が聞こえる。
「魔力切れ?え……まだ発動してもいないんですけど……」
「魔法を成型するだけでも魔力は使われるし、さらに高位の魔法を使おうとすると発動するまででも大量の魔力を消費しちゃうのよ。魔力が枯渇すれば術士は動けなくなってしまう。もし、これが闘いの最中に起こったらどうなるか……そうでなくとも魔力がなくなった術士は足手まといになる。分かった?自分に手に負えない魔法を使おうとすることがどれだけ危険な事か」
エリスさんが説いてくる。確かにこんな状態じゃ何もできない。もし、シャサイと戦っている最中に魔力が尽きればシャサイを倒すどころじゃなくなってしまう。
「さ、今日の練習はこれでお終いよ。今日はゆっくり休まないと……明日になればまた魔力は回復しているわ、少し早いけれどお家に戻りましょ」
でも時間が……!と言おうとしたが、エリスさんは首を横に振った。魔力の扱いにかけてはエリスさんはプロだ。今の体調では続行は無理と判断したようだ。
「……分かりました。今日の練習はこれで止めます」
「あのね、イメージで魔法が使えるなんて私は聞いた事がないわ。それってものすごい才能よ。だから焦らないで。出発するまでには、きっとあなたが思うよりもずっと成長しているはずだから」
エリスさんがそう声をかけてくれ、辛うじて立ち上がった俺は支えられるようにして帰路についた。
屋敷に着いた俺は倒れこむようにベッドに入る。体調はすぐれないがそうもいっていられない。
魔法は使えるようになった。戦いに使える手札が増えたことは喜ばしい。訓練を重ねれば威力もあがるとエリスさんも言っていた。日にちは少ないが毎日特訓すれば実戦でも役にたつはずだ。
……しかし、まだまだあらゆるものが足りない。
戦闘だけじゃない。経験もこの世界の知識もシャサイ立ち向かうための準備も……俺達に足りないものはまだまだある。
その中でも俺が今、一番欲しているもの。
それは情報だ。
敵の位置、ミサーク村やネノ鉱山の地形、魔物の棲息域、等々。これらがないといくら作戦をたてても機動的に動くことができない。大まかでもいい。とにかく情報が欲しかった。
それには情報を収集できる仲間が必要だ。シャサイ達、山賊団に知られず、さらに村人からも知られずに情報を集めることができ、それでいて俺達に協力してくれて秘密を守れる人物が。
幸い、すでにその人物についての目星はついている。
しかし、今日は疲労が激しい。明日会いに行く事にしよう。
目を閉じるとどっと眠気の波が襲ってきてすぐに深い眠りに落ちていた。
何だかんだでPVが3000を超えておりました。ありがとうございます。これもひとえに皆様に見ていただいたおかげです。ありがたや~。話はまだまだ続きます。お付き合いの程よろしくお願い致します。