1話 スキル
……気がつくと、俺の目の前に草と木が見えた。木と木と木……。『木』が三つで『森』……。
うん、森だね。ここは。
あたりを見回すと、周囲は木々に囲まれていた。おそらく昼間だと思うが、少し薄暗い。耳を澄ますと鳥の声が遠くから聞こえるし、小さな虫なんかも飛んでいる。見た事のない木もあるが、日本で見る森林と大差ない。
道もある。何度も人が往来しているのだろう。踏み固められた道は、俺の前後に伸びている。
うーん。俺がこれからすべき事……。少年の願いは『村に薬を届けて欲しい』という事だった。パナケイアさんは山に向かって進み村を目指せ、と言ってたな。
つまり村に行くためには、山の方へ向かう必要があるはずだ。
道を見ると片方の道の先に山は見えない。
「じゃあこっちだな」
木々の間から高い山が見え隠れしている方を目指す。
「もう少し、説明してほしかったな……」
ひとりごちながら歩きだす。
信じられない事が次々に起こり、自分でも状況がよく分からないうちにフォルナへ来てしまった。今の俺なら何でも信じられる気分だ。
もし俺が『遠い宇宙の果てから光に乗って、次元をこえて彗星帝国に拾われたバスカービル家の勇者だった』と言われても、受け入れられるかもしれない。
……現実逃避はこれくらいにして。
とりあえず、ここからどのくらいで村に着くのだろう。パナケイアさんは、村の近くに運んでくれたのかな?分からない。怪我をしたらどうしよう……。あ、そうだ。
「薬だよ」
『マジックバッグ』とか言うのに「薬」を入れているって言っていた。『回復魔法』も使えると言っていた。マジックバッグの出し方も、回復魔法の使い方も、何一つ教えてもらえなかったが。
女神にとって『スキル』や『魔法』ってごくありふれたものなんだろうけど、俺にとっては、ゲームや小説でしか見た事ないんだからな。
……とりあえず、なんかそれっぽい事をやってみるか。
『ステータス』
心で念じると同時に、口に出してみる。どうなる?胸が高鳴る。
パッと目の前にスクリーンが現れた。
成功した!すごいじゃん、俺!
名前
トーマ
性別
男
スキル
水魔法適性
回復魔法適性
念話(固有)
念写(固有)
マジックバック(固有)
同調(固有)
加護
女神パナケイアの加護
……思ったよりシンプルなステータス画面だな。トーマっていうのはこの体のもともとの持ち主だった少年の名前か。うん、トーマね。よし、把握。
で『スキル』は……。水魔法と回復魔法に適性があるのか。それに念話、念写、マジックバッグ、同調か。それぞれのスキルに付いてる(固有)ってのはなんだろうな、よくわからん。同調ってなんだろう?トーマが持っていたスキルなのだろうか。それとも俺の……?
そういえば、俺は小さい頃、家でも人前でも自分の意見をあまり言えなかった。俺は兄貴と二人兄弟だったが、その兄貴が優秀すぎたんだよ……。
兄貴は強くて正しくて、俺はどこまでいってもできの悪い弟だった。兄貴が右というと右を選び、左というとそれに従っていた。兄貴だけじゃなく、親の意見、友達の意見、上司の意見……。強く言われるとすぐに、俺の意見なんて下らないんじゃないかって思って、引っ込めてしまっていた。そうやって確かに他人に同調して生きてきたけど……。
でも、俺もさすがに年を取ったから、言いたいことを少しは言えるようになったんだ。それなのにわざわざそんな事をスキル表記したのかね?三つ子の魂百までも?謎だ
まあ、それはいいや。それはそうと回復魔法以外では水魔法も使えるのだろうか?やっぱり水魔法が使えると格好いいし、これは期待してしまう!試しにやってみよう!
「水魔法!ウォーターボール!」
格好いいポーズで魔法を唱えてみたが、何も変化はない。声が木々にこだましただけだった。
気を取り直してもう一度、今度は手に水が集まるイメージを想像してみる。今度は手に何かが集まってくる気がした。いい感じだ!
「古の導きの御霊の大いなる力、今借りなん!水魔法!ウォーターボール!!」
だが、何も起きず、再び俺の声は木々にこだましていった。
あ……なんか、ほら、魔法使いって長い『詠唱』とか唱えている小説もあったから、それかもしれない。俺はそんな長い詠唱できないから。
次、行ってみよう!次は『念話』か。詳細はわからないけどやるだけやってみるか。
「念話!」
口に出した途端、頭の中でキィーンという音が聞こえた。発動した……のかな?発動したといっても今のところ誰かの声が聞こえる感じはない。とりあえず次だ。『念写』ね。写真がとれるのかな?写真といえば……。
両手の親指と人差し指で四角を作って、風景を切り取るポーズをしてみた。
「念写!」
カシャッという音が頭に響く。成功!なのか?しかし、喜んだのもつかの間、三回くらいで音がしなくなった。三回が限界?それに、頭の中で切り取った風景は思い出せるが、アウトプットするにはどうしたらいいのだろう。紙か何かに写せるのだろうか?
まあいい、そのうち調べよう。さて次のスキルは、と。
「マジックバッグ!」
パッと画面が目の前に現れた。入っている物が順番に表示されている。食品や飲料、調味料まである。その他には調理器具から生活用品まで、俺の家にあったものばかりだ。日本で何気なく使っていたこれらを見るとそんなに時間は経っていないはずなのに、なんだか急に懐かしくなる
何だこれ?おいおい、浴槽まであるんですけど?しかもこれ、俺んちのやつだ。マジックバッグ、すげー。てか、これがあるなら前世の俺の家はどうなったんだ。
確かあの時、家族は皆、外出していて家にいたのは俺だけだったから俺以外は無事だったはず。それだけは良かったと思える。あのあとの事は俺には知るすべがない。まぁ、向こうは向こうでうまくやってくれると信じるしかない。俺は俺でやれることをやらないと。
回復魔法は、かすり傷でもできたら試してみるとして。ひとまず、こんなところだろうか。
ふと、パナケイアさんの言ってた『魔物』って森にも出るのかなあ、と考えた。あれ?森に出ない訳ないじゃん。そう思って辺りを見回すと、今まで何も感じなかった森もなんだか不気味に思えてくる。『魔物』が出なくても、熊とか狼とか猪とか出るかもしれないよな。
「早く村へ行こう」
もし、『魔物』に会ったら怖いので、マジックバッグの中から武器っぽいものを探す。候補は木刀と包丁くらいか。うーん。俺は「木刀」を手に持った。
包丁を抜き身で持って歩く勇気は俺にはない。もし、そんなところを誰かが見たら俺、怖い人だよね?いや、危ない人?ちなみに防具は見つからなかった。せめてヘルメットでもあればよかったのに!……ないものは仕方がない。もしどうしても、となったら鍋でもザルでもかぶればいいか。
木刀をぶんぶん振り回してみる。
「あれ?木刀ってこんなに軽いっけ……?」
今の体が転生前より鍛えられているからだろうか?前世ではほとんど運動なんてしていなかったからこの差はうれしい。
そして歩きながらは考える。パナケイアさんから貰った薬は『ポーション』が三本、『ハイポーション』が二本、『キュアポーション』が一本、マジックバッグの中に入っていた。一緒に入っていた説明書きによるとポーションとハイポーションは傷を治すものでハイポーションの方が効果が高い。そしてキュアポーションは毒や病気などの状態異常を治すものらしい。
この『キュアポーション』が村に届ける薬だ。これを無事に村に届けることができれば、彼の遺志は果たせるだろう。これで、成仏してくれるといいな。ところでこの世界には仏様はいないんだろうか?この世界の魂はどこへ行くんだろう?やっぱり天界?
そんなことより陽のあるうちに村へ着けたらいいが……。どれだけ歩けば着くのだろう?野宿は……できればしたくないな。
と、不意に何かの気配を感じた気がした。振り返っても誰もいない
しかし、視界の隅に何か見えた気がした。山道の端の急斜面の草むらに転がっているのは……何かの塊?なんか結構大きいんだけど……?あれはまさか……あわわ……!
「見てない!見てない!俺は何も見てなーい!」
そう言って逃げるようにその場を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
-はぁ、いつまで続くの?この山道……。
山道を登り続けて三時間ぐらいだろうか、傾斜は緩やかとはいえ、ずっと上り続けるのはつらい。今のところ魔物とは遭遇してはいないが、人ともすれちがわない。昼くらいに、菓子パンやバナナなど軽く食べたりしたが、ほっと一息という気分にはとてもなれない。前世の俺より若くて鍛えられている肉体だが、さすがに疲れてくる。
それにしても目的地までの距離が分からないまま歩き続けているのが、不安で仕方がない。今日着くのか、あるいはもっと先なのか、村への道は本当にあっているのか。魔物や獣が出てくるかもしれないという恐怖。そんな事をグルグルと考えながら、いつ終わるとも知れない山登り……。精神的疲労が半端ない。
俺の仲間は、今、この杖の代わりにしている木刀だけ……。
森は薄暗いし、だんだん陽は傾いてくるし。今まで魔物に出会ってないのは奇跡なんじゃない?どうかその奇跡が続き、魔物に会わずに村へ着けますように……。
突然、頭の中にキィーンという音が聞こえた……直後。
『タスケテ!タスケテ!』
と、声が響いた。
あたりをキョロキョロと見回しても、誰もいない。幻聴にしてははっきりと聞こえたぞ?
その時、森の中を切り裂くような声が俺の耳に飛び込んでくる。
「ギャアアアー!!」
これは本物の悲鳴!?でも、人間の声ではない気がする。何だ?獣か、もしかして魔物!?
少し遠くでガサガサと草を揺らす音が聞こえる。やばい、結構近い!?
木刀は持っているが、戦闘経験は全くない。ましてや、どんな生き物か分からない……身を隠さないと!ガクガク震えながら、草むらの茂みに飛び込んだ。笹の葉のような草が茂っていて、身を隠すのには丁度いい。
息を整える……。心臓がバクバクしている。とにかく、動くな俺!気配を悟られるな!しかし、隠れていても、鼻の利く生き物ならにおいで分かってしまうかもしれない。俺は木刀をぎゅっと握りしめた。
その間にもガサガサと草をかき分ける音が聞こえる。
「神様、仏様……女神パナケイア様……俺を守ってくれ!」
その時、近くの草の茂みがガサッと揺れて、何かが道に飛び出した!