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24話 封じられた術士



「お願いします」


 実はトーマの生い立ちについて俺は全く知らない。


 記憶を探れるはずなのにおかしいと思うかもしれないが俺が知りえるのはトーマが知っている物の名前、地名、文字、人名といったものが大半で「トーマがどう思っているか」といった感情的な部分はほとんど分からない。多分だけどトーマが言いたくないと思っている事は、教えるのを拒否できるんじゃないかと思う。初対面でオスカーの事が分かったのはトーマが教えてもいい情報だったためだと俺は理解している。


 それはそれで構わない。俺だって自分の記憶や思い出したくない事、恥ずかしい事を他人に知られるのはゴメンだし、趣味思考を探られるのはいい気がしないしな。


 一度、「エリスさんをどう思っているか」と探ってみたら急にゾクッとした寒気に襲われた。このまま無理に探っていると良くない事が起こる気がしたので、それ以降は記憶を探るのは必要最低限にとどめている。

  

「トーマとはじめて出会ったのは森の中だったわ」


 ミサーク村はミサーク大森林の中にあり、魔物が出やすい地域である。故に当時の防衛隊は近隣パトロールが必須であり、その日もエリスさんたちは数名で森の中の警備に当たっていた。


 パトロールの途中、木の根元に籠が置かれているのを隊員の一人が発見する。その籠を確かめると中には産着に包まれた赤ちゃんがすやすやと眠っていた。


 誰が連れてきたのか、何故、こんな所にいるのか、もちろん誰の子供なのかもわからない。


 ひよっとするとこの子をここへ連れてきた人物は、不測の事態に遭遇したのかもしれない。魔物に襲われ子供を守るために囮となってこの場を離れているのかもしれない。もしくは何らかの事情があり子供を置いてこの場を去ったのか……。


 エリスがそっと抱きかかえるとその子は安心しきっているかのように静かに寝息をたてて眠ってていた。


 優しく髪を撫でる。まだこんな首がすわっているかどうかくらいの赤ちゃんなのに……オスカーを思い出す。あの子を見つけた時はこの子より小さかったな……オスカーも、もう2歳。元気だけれど物分かりがよすぎるのがちょっと心配だわ。もうちょっとああしたいこうしたいっていうんじゃないかしら?


 木々がさわさわと風になびく。木の下は日陰になっていて風も気持ちいい。



挿絵(By みてみん)




「お母さんやお父さんはどうしたの?早くきてくれるといいわね」


 赤ん坊をあやしながら声をかける。しかし、待てど暮らせどこの子の迎えは来こない。


 近隣の村でも赤ちゃんが居なくなったという話は無く、村の人間が総出で周辺を探したがこの子をここに置いた人物は見つからなかった……。


「……何か事情があったのかもしれないけど、誰かが迎えに来るかもしれないと思って私が預かる事にしたの」


「オスカー兄さんも小さかったでしょうに、大変だったんじゃないですか?」


「ふふっ、オスカーったら「あなたの弟よ」って言ったら目をキラキラさせて、「僕の弟なの!?」って言ってずっとトーマから離れなくて……本当に可愛がってたわ。トーマが喜ぶんじゃないかって、家にカエルを20匹くらい捕ってきた事もあったの」


 エリスさんはその時の事を思い出したのだろう、声を殺して笑っていた。


 子供を育てた事がない俺には分からないが、思い出してみると生前の俺の兄貴は俺とは違い良くできた人だったな。マイホームも建てて、二人の子供もいて、仕事も出来て両親からしても自慢の息子だった。


 時折、帰省しては子供の顔を見せにきて両親はいたく喜んでいたが、そのにぎやかさが俺にとっては居心地が悪く、その時は自分の部屋にこもる事が多かった。


 だって、実家に帰ってきてものんびりせずに気働きのできる兄貴だよ?子供の世話から両親への気遣い、妻へのさりげないやさしさに、引きかえこの歳になっても彼女の一人もいない俺である。何というかいたたまれない気分になった。


 とにかく、兄夫婦はお互いに仕事も家事も子育ても二人で手分けしてやり繰りしているようだった。それが今どきの夫婦の家庭円満の秘訣だろうか。それにしても、兄貴はデキ過ぎだった……。


 そういえばエリスさんの夫でグラントさんも尊敬する元冒険者のアゼルさん。色々事情はあるようだがオスカー達にとって、きっと自慢の親父さんだったんだろうな。


「アゼルさんもオスカーやトーマと一緒に遊んでくれたりしたんですよね?きっといい父親だったんでしょうね」


 俺は何気なく聞いたのだが、そう言った途端エリスさんの顔が曇った。


 その表情を見てしまったと思った。亡くなったアゼルさんの事を聞くのは良くなかったか。悲しい気持ちを思い出してしまったんじゃないだろうか。軽々しく聞きことではなかった、と。


「あの人は、ほとんど家に帰ってこなかった。オスカーもトーマもあまり遊んではもらえなかったわね」


「す、すいません。余計な事を……」


 ん?ほとんど家に帰ってこなかった?こんな美人の妻がいるのに?……俺ならむしろ家から出たくないくらい……いや、違うか。


「気にしないで、あの人は一緒に村には来たけれどずっと山奥の村で警備隊の隊長として暮らす気はなかったの。元々、根っからの冒険者だったし、冒険者に家に閉じこもっていろっていうのはあの人にとって拷問と同じなのよ。警備隊の仕事がない時は一人、森に出かけていたわ。私達には巡回だと言っていたけど本当は違う。冒険者としての腕を落とさないため、そして、再び冒険者に戻る日のために鍛錬していたの」


「そうだったんですか……でも、エリスさんがいるのに家にいないなんて、すごく……勿体ない」


「え?」 

 

 やばっ、ついぽろりと本音をもらしてしまった。


「あ、いえ、こっちの話です。あの、それより本当はエリスさんに聞きたい事があったんです。いいですか?ここからはまじめな話です」


 ごまかすように居ずまいを正して、エリスさんを見つめる。


「まじめな話ね。何かしら?」


「エリスさんは本当にシャサイに勝てるんですか?」


 単刀直入に質問する。シャサイが去ったあと、エリスさんは皆の前でわざと負けて相手の手の内を探ったのだと言っていた。それは自分に余力があり、シャサイを倒す事は簡単だ、と言っているように受け取れた。事実、村人の多くはそう思っているだろう。


 ただ、俺にはそれが信じられなかった。


「どうしてそう思ったの?」


 まっすぐな瞳で強く俺を見返す。


「リンは、シャサイには危機探知が通用しなかったと言っていました。それはシャサイが武芸において相当な使い手だという事です」


 あの時リンが止めていなければ、俺は間違いなく返り討ちにあっていただろう。俺とシャサイに実力差があるのは至極当然だがそれよりも気になるのは……。


「エリスさんは冒険者として優秀です。でもそれはあくまで魔法を使う術士としてでしょう。シャサイは風魔法を完封するアイテムを持っている。事実、エリスさんの魔法は全て防がれました。という事は純粋な武力で対抗しなければならないという事です。シャサイの剣の腕前はおそらくグラントさんよりも強い。そんな相手に魔法を封じられた術士が勝てますか?俺は正直厳しいと思います」


 シャサイ去ったあと俺はリンに聞いてみた。「エリスさんの動きが分かるか?」と。リンは「分かる」と言った。リンはシャサイの動きは察知できなかったが、エリスさんの動きは察知できた。つまり相対的に身体能力ではシャサイはエリスさんを上回っているということだ。それではどうしても魔法を封じられたエリスさんの勝利の可能性は低くならざるを得ないだろう。


 そう俺が告げると、周りの家具がカタカタと揺れ始めた。


「本当にそう思ってる?ひょっとして私が風魔法しか使えないと考えているのかしら?でもあなたが思っている程、私の魔法は浅いものじゃないのよ?」


 部屋の揺れが徐々に大きくなる。そしてエリスさんの瞳が光ったように見えた瞬間だった。


「うっ……!?」


 突然、何かに捕縛され俺は動けなくなった。


「え、エリス……さん……?」


 ……!?体が動かせない、これも魔法?エリスさんはこんな事もできるのか!?


 エリスさんはにっこり微笑みながら俺を見つめ、その力をゆっくりと強めていく。俺を縛る見えない力がさらに全身を締めあげる。


「目くらましや高速移動の魔法だけではないという事、分かってもらえたかしら、それとももっと確かめてみたい?」


 彼女がそう言った時だった。


「ガアアアアァー!!」


 雄叫びをあげながら、小さな影が部屋の中に飛び込んだ。







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