50話 封じられた皇子
リデルの剣を受けきれず、ふっ飛ばされ、地面に落下した俺達。目を開けた途端、俺の視界の端に迫ってくる剣の煌めきが見えた。
うわっ、疾い!死にそう!
「くぅっ!」
すぐさま臨戦態勢に入り、かろうじて剣をかわすと、後方へ飛び退る。疾風の如き動きは俺達に攻撃の隙を与えない。やはり魔王の名は伊達じゃない!
そんな俺達にさらに魔力の遠隔爆弾が群れをなして襲いかかってくる。
「くっ!」
咄嗟に飛び退いたその場所で俺を追尾してきた魔力爆弾が炸裂した。
くそ〜!こいつらどこへ逃げても追いかけてきやがる!
地を駆る火竜は俺の魔力に反応する小さな火竜を模した魔力爆弾だ。俺を追跡し、直前で爆発を起こす。小さな見かけよらず、その威力は大きく回避が間に合わないとかなりのダメージを受ける。加えて避け続けていると防戦一方になって、反撃の隙を与えてくれない嫌~な魔法だ。
「ミナト!ゴーレム作る?ゴーレムに爆弾をぶつけさせれば、リン達に攻撃が来なくなるよ!」
「いや、敵の数が多すぎる。いくらゴーレムを作って標的にしても、奴らはそれを上回る数で来るんだ。そうなると魔力をどんどん使っちゃう事になる。効率を考えたらやらないほうがいい。ここは俺に任せてくれ」
「分かった!」
ゴーレムを作り出すにも魔力がいる。リンの魔力も無尽蔵ってわけじゃない。四方八方から数十、数百と物量に物をいわせて襲いかかってくる敵全てに対応する数のゴーレムを作ろうとしたらいくらリンといえどもすぐに魔力が尽きてしまうだろう。
とはいえ、このままではジリ貧なのは変わりがない。回避に精一杯で必然的に防御に意識を割かれ、こっちからの攻撃の機会が減少している。
現状をひっくり返すには、とにかくまずは火竜爆弾をなんとかしないと!
指先に魔力を集める。そして……。
「吹き飛べ!水の散弾!!」
指先から水の魔弾が発射される。放たれた水の弾丸は多数の小さな魔力の弾丸に分裂し、広範囲に飛散。迫ってきた火竜爆弾に次々に接触した。
その瞬間、魔力に反応した爆弾がその場で大きな爆発音と共に次々に消滅する。
「お〜!ミナトすごーい!」
リンが声をあげる。水の散弾を撃ちまくり、火竜爆弾を撃ち落とす。一発で十近くの爆弾を起爆、その数はゆうに百を超えたはず。しかし……。
「ちくしょう、あれだけ落としてもまだ来るのかよ!」
いくら水の散弾を連射して起爆しても魔力爆弾は次から次へとやって来る。これじゃキリがない!
俺の魔法を掻い潜り、どこまでも追跡する爆発。
「ぐっ!」
直撃こそ免れているが至近弾でも爆風や飛散した土石が俺やリンの身体に容赦なく襲いかかってくる。ヒュプニウムの鎧を着る俺はともかくリンは軽装だ。こんなダメージもバカには出来ない。
ないか!?……どうにかしてこの爆弾を止める方法が……!
巻き上がった爆風。その煙を突き破り、四方から火竜が迫る。眼前まで肉薄した火竜達がニヤリと嘲るような笑いを浮かべた。
くそっ!対応が間に合わない!両腕でガードしたと同時に凄まじい爆発が巻き起こる。
……あれ?爆風が……ない?
確かに俺は爆発に巻き込まれたはず。なのに衝撃が来ない。見ると、俺達を囲むように半円球の光輝くのバリアが張られていた。
「ブロス!?」
リンの服から抜け出したブロスが両腕のハサミを掲げ、バリアを展開していた。バリアの緑の光の輝きは色を変え、赫い輝きを放つ。さらにバリアは俺達を包み込み、火竜のすべての攻撃が跳ね返される。
砂煙の中でその攻防を全て見ていたリデルは笑っていた。そして、その瞳はブロスを捉えていた。
「クククッ!これだ……あらゆる魔法を防ぎ、あらゆる攻撃をも受けつけぬ神の聖域。これさえあれば兵など要らぬ。そして、余は王としてさらなる高みに昇る事ができる。人智の及ばぬ神の領域にな!さぁその真髄、余に見せてみよ!そして余のものになるのだ!!」
爆風で巻き上げられた砂塵の向こうでリデルの高揚した声が聞こえる。その間にも火竜爆弾が次々にバリアに直撃し続ける。
やっぱりかぁ、当然また狙ってくるよね!リデルといいカストールといい、ブロスの力の大きさが良く分かっていらっしゃる。何せ神の依り代だもんね。使役できれば色々なことができる。リデルが望む王国の再建にもさぞ役立つでしょうね。
でも、でもなぁ!神の依り代云々以前にブロスは大切な俺達の仲間なんだ!使うとかいう事聞かせるとかモノじゃないんだ!ブロスをただの道具とみているようなお前なんかにゃ絶対に、絶対に渡さないんだからな!
その時、
「だめ……だめだよ!もういいよブロス!」
不意にリンが呟いた。
「ブロスの身体がもたないっ……!」
「ブロスの?……あっ!?」
ピシッ!突然ブロスの掲げたハサミに亀裂が走った。これは……!
「だめだよブロス!それ以上やったら身体が壊れちゃう!」
リンが叫ぶ。しかし、それでもブロスは止めようとしない。フルフルと身体を揺するとバリアを展開し続ける。その間にも絶え間なく続く攻撃。火竜がバリアに命中し、爆発するたびにブロスの身体の亀裂が増えていく。
「魔力がもう尽きかけてるんだ!ブロス、すぐにバリアを止めるんだ!」
「ブロス!もういいよ!もう止めて!」
ん……?あれ!?
俺達を守るこの光のバリアは魔力じゃない?このほとばしるような赫い焔のような激しい力はいつもの力と違う!?
「……ブロス!?」
その時気づいた。魔力が尽きかけてるんじゃない。もうとっくに魔力は尽きてるんだ。おそらく尽きた魔力の代わりに生命力を燃やしてバリアを維持しているんだ。血のように赫いバリア……。
そうだ、俺がリンと別れてカストールと戦っていた時、ブロスはバリアでリンを守ってくれていた。だからもう魔力はほとんど残っていなかったんだ。
なのに、それでもブロスはあらん限りの力で俺達を守ろうとしている。
ずっとずっと昔から本当に優しくて、自分がすり減ることを厭わないパナケイア。昔いた王国でも自分を限界まで差し出して王の為に、国の為に尽くしていた。
だから、癒しの女神なんだよな。自分以外の他者を守ろうとする気持ちが強いんだ。
ああ、この激しい赫色は……、バリアは命の対価だ!ちくしょう!これ以上は……!!
「……ブロス!君は本当によくやってくれた。でもこれ以上は命に関わる。だから……」
亀裂がどんどん増えている、このままじゃ蟹の形すら維持できなくなるんだよ!
「そうだよ!バリアはもう大丈夫!」
リンが力強くブロスに声をかける。
俺も努めて冷静にブロスに話しかけた。
「ブロス、俺達は君を失いたくないんだ。ブロスだってまた地上に来たいだろ?俺達もブロスにいて欲しい。いまならまだ間に合う。いいかい?このままじゃ君の身体が持たない。今ならかなり魔力を消費しちゃったけど、トーマがなんとかしてくれる。だから天界に戻ってくれ!」
「リン達は絶対負けないから!あとはリンまかせて!この戦いが終わったら、またみんなで遊ぼう!ね?」
ブロスが俺達を見る。俺達は笑顔で頷いた。
それを見てブロスも頷くと、ゆっくりと両腕を掲げる。目に涙を浮かべたブロスは笑っているように見えた。
そして、フッとその姿がかき消えた。
「大丈夫。リン達頑張るから!ブロスにまた会いたい!だから元気になって会おうね!」
リンが笑顔で叫ぶ。ブロス、本当にありがとう。身体が癒えたらまた地上に来てくれよ!
その間にも絶え間なく起こる爆発。ブロスがいなくなったのと同時に結界がガクンと弱まっていく。
「リン」
闘いのなかで研ぎ澄まされた俺の感覚が気配をとらえる。
「うん!」
俺の感覚はリンの感覚だ。俺達の感覚はは溶け合いひとつになり、火竜の、リデルの気配を動きをつぶさに感じていた。
魔力を集中……!「その時」は結界が切れた一瞬!
フッと結界が消滅したまさにその時、接近したリデルの剣先が俺の眼前に迫る。
「水流拳!!」
その瞬間、足元から水の拳が吹き上がった。
「……ッ!」
気配を察し後方に飛ぶリデル。
「まだまだぁ!り〜んぱーんち!」
ボゴッ、ズモモモモッ!!
飛びさするリデルを地中から飛び出した巨大な土の拳が捉えた。力任せに振り抜いた拳がリデルを後方へと吹き飛ばす。
飛ばされたリデルは地に着く直前、身体をクルッと一回転させると勢いを殺すように両脚を踏み込むとザザッっと砂煙を上げながら着地した。
「ハハハ!良いぞ。実に愉快だ!これよ、この血潮!この筋肉の躍動!これが生というものだ!」
その身体に禍々しいオーラを漲らせ、リデルが笑う。
「余は気分が良い。貴様らは余に刃を向けた。その行為は万死に値するが、そのおかげで余は生を実感している。久しく感じなかったこの感覚を!小僧、感謝するぞ!」
「ハッ!こんな事で感謝されても全く嬉しくないね。なぁにが生を実感だ!何が余だ!他人の身体を乗っ取った挙句に人の命を弄ぶような奴が王を名乗ってんじゃねぇ!」
「クククッ。まぁ、余の心根など到底分かるまいよ。ところで小僧、あの依り代はどうした?」
「依り代?ブロスの事か?」
「あれはお前には過ぎたるものだ。余の糧になってこそ価値があるというもの。大人しくこちらへ渡せ。さすればお前の命は保証してやろう」
「知りたいか?なら俺達に勝ったら教えてやるぜ!」
「よかろう。ならば余が直々に問うてやる。お前の身体にな!」
「ハン!こいよ。やれるもんならやってみやがれ!」
互いに地を蹴る。瞬く間に肉薄した刃が交錯し、火花が飛び散る。
一合、二合、三合……リデルが繰り出す剣を受け流し、返す刀で反撃する。闘いの中で少しづつ奴の動きに身体がついていっているのを感じる。最初は分からなかったリデルの体動、太刀筋。それらに対応してきている。
リデル!お前は確かに凄いよ。魔法だって剣だって、今まで戦ってきた誰より強い。
……でもな。俺だって……俺達だってな、強くなったんだぜ!自分より強い敵にも立ち向かってきてんだよ!追い詰められたネズミを舐めんじゃねぇ!!
「クッ!?」
一瞬リデルは表情をゆがめた。いつもの余裕が途切れた瞬間だった。
何十度目かの打ち合いの中、手も足も出なかったリデル。しかし、今は奴の呼吸がほんの少しだけ解る。その僅かな隙を突いて反転攻勢に転じる。
「おらぁ!」
俺の放つ木刀の起動がリデルの腕を僅かに身体をかすめた。
「チッ!神速の魔手!」
「ぐうっ!?」
なんだ!?リデルが魔法を発動させた途端、まるでバットで殴りつけられた様な衝撃が走る。
しかし、考える暇をリデルは与えてくれない。振り下ろした剣を辛うじて受け止める。
なんでだ!?身体が重い。まるで何かに押さえつけられたみたいに急に身動きが取れなくなった。
……ん?俺の身体に何かが絡みついてる?
「ミナト!アイツ、変な腕を出してるよ!」
「変な腕?」
「そう!なんか両腕がもう一本づつ生えてきたみたいな。それがビューンって伸びてリン達の身体をギューって押さえてるの!多分、それアイツの魔法だよ!」
なるほど、魔力で作り出したもう一組の腕ね。その手によって俺の死角から攻撃しようってわけか。嗜虐嗜好の強そうなヤツが好きそうな魔法だ。
……でもな!
「そんなもの効かないよ!えーいっ!」
リンの発動した光刃が迫る魔手に斬りつける。光刃によって斬り裂かれた魔手は霧散し消滅した。
「魔力の腕を増やして手数は二倍。パターン二倍ってか?でも残念だったな!俺達は最初から倍の腕と目を持ってるぜ!」
なんせ二人だからな!俺の死角をリンがカバーし、足の悪いリンの機動力を俺が補う。そして、攻撃は二人でこなせる。俺が魔法を放ちつつ、リンが攻撃することだって出来る。その攻撃パターンは無限大。1+1=2じゃないぜ。俺達なら10にだって100にだって出来るんだ!
「ミナト!危ないっ!」
「うおっ!?」
左右両サイドから風の刃が襲い来る。ギリギリで避けた俺の髪の先を切断し通過していった。
「フッ。ただの魔手だと思ったか?」
ちっ、伸ばした手からも魔法が使えるのか。あの腕、めちゃくちゃ伸びる。自分を正面に左右に魔手を置けば三方向からの攻撃も可能ってわけか。
ちくしょう、どこまでも俺達をもて遊びやがって!
「どうだ。しゃべる気になったか?神の器を使いこなすには相応の実力がいる。余が使う事で我が王国は更なる高みへと昇るのだ。余の力になれる事、栄誉に思うがいい」
「うるせぇ!そもそもお前はアーサーじゃないだろうが!人様の身体に無理矢理、乗り移っておいて王を騙るんじゃねぇ!!」
散々なぶられた怒りと再び湧き上がる闘志を糧にリデルに飛びかかる。
その時だ。
「……グッ!?」
リデルの動きがほんの数コンマ硬直し、俺の斬撃がリデルの左腕を掠めた。
……ん?今、鈍った?今までかすりもしなかったのに。
俺を誘う罠?いや、考えるな!とにかく追撃だ!
「うぉりゃぁ!」
懐に飛び込み連撃を放つ。受け流そうとしたリデルの剣が、一瞬固まった。
まただ。どうする……決まってる!
俺の放った一撃が今度はリデルの左腕をとらえた。
「グウッ!」
リデルの顔つきが変わる。不快極まりないといった表情だ。だがその瞳は攻撃した俺達を見ていない。
え、なんで!?
「チッ、まだ諦めぬつもりか。この身体はもはや貴様のものではない。無駄な足掻きはするな!」
なんだ?独り言?誰に言っている?
「おのれ!我が呪縛から抜け出せると思うな!」
「これ以上……お前の……好きな様には……させぬ!」
リデルとは明らかに違う声色がその口からついて出る。
「黙れ!矮小な人間如きがっ!」
「王国は……この国は……お前などには渡さぬ!我が肉体もろとも滅びろ!」
リデルの動きが固まる。奴は誰と話しているんだ?そう思った時、奴の視線が俺をとらえた。
「さぁ、そこの者!俺が……この身体を抑えこんでいるうちに早く……!今のうちにリデルを討て!」
「ぐぬぅ!よせ!やめろっ!」
人格が入れ替わったように叫び、それと共に悶絶するリデル。
「ミナト!なんか変だよ!リデルの中にもう一人のリデルがいるみたい!」
もう一人の?もう一人とは、本来の身体の持ち主、つまり……!?
「そうか!きっとあれが本当のアーサーなんだ!」
リデルを束縛しているのは身体を乗っ取られた皇子アーサーに違いない。彼は何らかの方法で意識を取り戻し、リデルの動きを鈍らせているんだ。
「ミナトどうする!?」
俺はリデルを倒さなきゃならない。
でも、もしアーサーが自我を取り戻し、リデルを抑え込め人格を取り戻せるなら、ヤツを倒す事は真のセイルス王を倒す事になってしまう。
どうする?どっちが正解なんだ!?どうすれば俺はみんなを守れる!?
「おのれ!おのれおのれおのれぇぇ!貴様など我が深淵の闇に沈んでおれ!」
何かを振り払うかのように絶叫するリデル。その目は暴虐を孕み、憤怒の黒いオーラがリデルを燃やす。
「小癪な!そんなにこの王国が大切か?民が愛しいか?ならば貴様のかけがえのない宝。貴様の身を持って破壊し尽くしてくれん!」
リデルの身体がゆっくりとと浮き上がる。その頭上には空間を歪まされる程の膨大な暗黒の渦が産みだされ、黒い稲妻が雷鳴をあげていた。




