21話 バーグマン家①
滞在先の村長宅に帰ってきた俺たちは、医者の治療を受けるために先に帰宅していたオスカーに迎えられ、リビングへと向かった。
「僕が頼りないばっかりに……でも、母さんもトーマも無事でよかった……!」
「オスカ―も無事でよかったわ」
オスカーと母さんは抱き合って喜ぶ。オスカーの怪我はそれほど深刻なものではなく、少しすれば痛みも引いてくるだろうという見立てだったようだ。
「オスカーには、本当は少し休んでいてほしかったけれど……今日の事で二人に話しておかなければならない事があるの」
「それなら食事のあとにしようか、母さん?みんな、昼ごはんを食べずじまいだっただじゃない?」
オスカーはにっこり笑ってそう提案する。
「え、ああ、そうね!ごめんなさい、そうよね。オスカーの言う通りだわ。ご飯を食べましょう!話はそれからにするわ」
「あの、リンが疲れたみたいで、眠ってしまって……とりあえずベッドに寝かせてきますね」
「そうね、今夜はゆっくり休ませてあげないと」
俺は背中で眠っているリンをそっと寝室に運ぶ。シャサイが居なくなったあの後、リンは明らかに調子が悪そうだった。エリスさんによればスキルの使いすぎだろう、とのこと。シャサイという格上の敵を前に同調や危機探知を使い続けた結果、心身を疲弊させてしまったようだ。今は早く休ませてあげないと……。
それにしてもエリスさんは俺たちに何を話すつもりなんだろう……とにかく、決戦まであと10日しかない。作戦も立てなきゃいけないだろうし……。リンをベットに寝かせ、そっと部屋を出て階下に降りる。
テーブルの上には昨日、俺が作った煮込み料理、サラダ、パン、常備菜などが並んでいた。
俺たちはにこやかに話をしながら食事をとった。もしかして、こんな風に平和に食卓を囲むなんてもう二度とないのかもしれない。一瞬、そんな風に考えてあわててその考えを否定する。こんな風に、また食事をすることができるように俺たちは戦うんだ。負けるわけにはいかないよな。
食事が終わり、俺がお茶を入れ、アニーが作ってくれた焼き菓子を添えて出した。ヴィランの監視の目がなくなったので、村長の家の厨房で、時々俺たちの為にお菓子を作ってくれるのだ。凝ったものでなくシンプルで甘さ控えめだが、十分美味しい。アニーは近々グラントさんに引きとられることが決まっている。優雅な食後のデザートも、もう食べられなくなるな。
まぁ、そうなったら俺が何か作ってもいいか。昔、一人暮らしをしてたから一通り料理は出来るし母親がよく手作りのお菓子を作って、それの手伝いをしてたからレシピも多少は覚えてる。幸い日本から持ち込んだ砂糖や甘味はまだあるし、落ち着いたら何か作ってみるのもいいかもしれない。
「どうして、私の周りの人はみんな美味しい物が作れるのか、不思議だわ」
エリスさんがつぶやく。
「そりゃあ、母さんは目分量で作ろうとするから……」
オスカーが笑いながら言うと
「目分量のどこがいけないのよ。見てたらみんな目分量で作ってたわ。このくらいかな?って。それに創意工夫って大事じゃない?」
エリスさんは、心底不思議そうに言う。彼女の料理はなんというか……。目分量がどうとかのレベルじゃない。
一言で言えば「カレーをまずく作れる天才」といったところか
一度、料理をするところを見せてもらったが、出来上がった野菜スープに半分に切っただけの人参、丸ごとの芽もとっていないジャガイモが入っていた時には、流石に固まった。野菜はもちろん生煮え、あと超しょっぱかった。本人は「時短メニューよ!」と言い張っていたが絶対違う。
「魔術も剣術も基本が大事よ!」
って言うくせに、何で料理は
「本能の赴くままに作れ!」
なのか。
冒険者だった時もエリスさんは、料理担当を外されたらしい。本人は不思議がっていたが、さもありなんだ。
ともかく、そんなこんなでなごやかで幸せな食事時間が終わり、エリスさんは俺たちを二人並んで座らせた。
エリスさんが俺達に伝えなければならない事……今日の事からしても軽い話ではないはずだ。俺達は自然と居ずまいをただす。それを見てエリスさんは意を決したように話し始めた。
「ずっと……秘密にしていた事。何から話そうかしら……そう、まずはシャサイが言っていた事。私がエリス・バーグマンだった時の事から話すわね」
「え?母さんが領主様と関係があるの?」
オスカーはシャサイの攻撃を受け、気絶していたため、シャサイの言葉は聞いていなかった。そして治療の為に運ばれ、村人たちとのやり取りも聞いていない。エリスさんの発言に怪訝な顔をする。
オスカーの問いに、エリスさんはコクリと頷く。
「村人の前では否定していた──バーグマン家の娘である事。あの時、シャサイが言っていた事、あれは本当の事なの。私は初代バーグマン家当主ハロルド・バーグマンの娘。なぜ、秘密にしなくてはならなかったのか、二人には話しておくわ。トーマもいいかしら?」
俺の方を真っすぐに見つめエリスさんが言う。
……おそらくエリスさんはミナトとしても聞いて欲しい、と言っているんだ。
「聞かせてください」
俺の返事に頷き、彼女は話し始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エリス・バーグマンはバーグマン家の長女として生まれた。だが、エリスさんの母は第二婦人の上に、早くに亡くなってしまった。正妻には男の子が一人。それがエリスさんの兄であり前当主のアーロだ。
エリスさんも屋敷で暮らしていたが、後ろ盾のもなく家人の中にはは冷たく当たる者もいて、彼女にとって屋敷は肩身が狭く、居心地のいい場所とはいえなかったらしい。
「父は家にいない事が多かった。領主の務めもあるし、あちこちに飛び回っていることが多くてね……でも、そんな私を不憫に思った父は、私にだけ秘密の場所を教えてくれたの。屋敷の人達は『またあの子、森へ行って遊んできて、日が暮れるまで帰ってこない、困ったものだ』って噂されていたけど、私を引き止める者は誰もいなかった。バーグマン家では私はいらない子だったのよ。でも、そこでは一緒に過ごしてくれる仲間がいた。だから少しも寂しくなかったの。あの日が来るまでは……」
過去に何かあったのか、自分に言い聞かせるようにエリスさんはつぶやく。
「私が13歳の時、父が亡くなってからは、兄がバーグマン領当主になったんだけど、その頃には私はバーグマン家に未練なんかなくなっていたわ。この家を早く出たい、そう思って魔法の修行をしたり冒険者の真似事をしたりして過ごしていたの。そして15歳になって成人した日に、私はバーグマン家の娘としての権利を一切、捨てる書類にサインをして家を出たの。それから私はずっと冒険者エリス。そして今はただのエリスとして生き、このミサーク村であなたたちの母親になることができたの」
エリスさんは、俺たち二人を愛おしそうに見つめる。
「だから、私はバーグマン家の人間ではないけれど……確かにバーグマン家の血を受け継いでいる。強大な魔力と呪われた刻印と共にね」
「呪われた刻印ってあのアザの事?あれって呪いだったの!?そんな事、全く知らなかったよ……それで、母さんは大丈夫なの……!?」
オスカーが心配そうにエリスさんに聞く。どうやらオスカーは初耳だったようだ。それを聞くとエリスさんの顔がパッと明るくほころんだ。
「それがね、トーマ君が持ってきてくれたキュアポーションを飲んだら呪いも消えちゃったの!すごい効き目だったわ!だから今は呪いも刻印も消えて体調もすごくいいのよ」
もう全く心配ない、と聞きオスカーがホッとした表情をする。
「そ、そうなんだ。すごかったんだね!トーマが持ってきた薬は!」
俺とエリスさんの顔を交互に見て、喜ぶオスカー。パナケイアさんに貰った薬の効果は保証されてたとはいえ、すごい効き目だったな。
「ええ、だから私の事はもう大丈夫。それよりも大切なのはここからよ。シャサイが言っていた事、オスカー、あなたにも話しておくわ」
エリスさんがシャサイとのやり取りの一部始終をオスカーに話す。
「……つまり、ハロルド様がネノ鉱山に施した封印は娘である母さんの血でもって解くことができて、それをシャサイは望んでいるってことだよね?」
「ええ、父の封印は強力で並の魔術士にはどうする事も出来ない、いえ、例え高位の魔術士でも破るの事は難しいでしょうね」
「だから、母さんにネノ鉱山まで来いって言ったのか……」
「ええ、血の解錠は外法だけどシャサイは気にしてないようね。私がハロルドの娘であることを隠していた理由は主に二つ。領主の娘という身分が分かると、身代金目的で私を狙う輩がいるかも知れないという事。つまり自衛のため。そして、もう一つは私の血を探す者から逃れるため。こういう事態が起きないようにするためだったの」
「……すみません、ひとついいですか?」
「なあに、トーマ君」
「そもそもハロルド様はどうして鉱山に封印なんてしたんですか?鉱山ってその領地ではなくてはならない大切な収入源でしょう?」
ミサーク村の近くにはネノ鉱山という良質な鉱石が採掘される鉱山がある。ハロルドによって封印され実質的に閉山されるまでこの鉱山の管理を任されていたミサーク村はとても活気のある村だったらしい。
いつの時代も鉱山はそれをめぐって戦争が起こるほどの重要な施設だ。それを捨ててまで封印しなければならない理由はなんだ?
「それはね、この地方に魔物の大量発生が近々起こる可能性が高かったから、そしてその原因の一端がネノ鉱山にあったからよ」
「えっ!?」
俺とオスカーは同時に声をあげた。
エリスさんはその理由、そして、ここに至るまでのバーグマン領の事、そして鉱山をめぐる現状を話してくれた。