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『俺』とゴブ『リン』~俺のスキルは逆テイム?二人三脚、人助け冒険譚~   作者: 新谷望
6章 英雄ミナト編

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30話 平原の単騎決戦



 西セイルスの東に位置するベルナール平原。見晴らしいの良い広い草原を有するこの地に、雌雄を決するべく、西セイルス連合軍、そして新王アーサー率いる討伐軍が対峙する。


 その総勢は両軍併せて15万。セイルス王国内の戦闘においては過去に例を見ないほどの兵数だ。


 魔王リデルに身体を奪われたアーサーは、皇子時代より親族であった王族を次々に廃し、その支配地域を併呑し続けてきた。本来、王の身内であり味方である王族は強い特権を与えられており、権力の中枢たるセイルス王と言えども手を出せない権力を有していた。


 しかし、それら強権を持つ王族をアーサー皇子は時には策略を、時には武力をもって誅していった。その結果、現状で自らの領土を維持し続けているのは、西セイルスのアダムス家のみ。


 そしてその魔の手はとうとう、西セイルスまで及ぶ。新王となったアーサーは自らを戴冠させたアダムス辺境伯をも王座簒奪の疑いで手にかけたのだった。


 この戦いは「謀反を起こしたアダムス家を誅伐し、セイルス国民に平和と安寧をもたらすための正義の戦い」という名のもとに起こされたのである。




   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


  


 アダムス軍を核とした西セイルス連合軍。ルカ率いるバーグマン軍五千は、その一翼を担う形でアダムス軍の右翼側に展開していた。


 その前線からじっと軍の動きを見据えていたルカはふと、異変に気づく。


「オスカー、あれを見ろ」


「どうしましたか?ルカ様」


 ルカの視線の先、セイルス王国軍の前線には大楯を構えた兵士。その後ろに弓隊、槍を持つ騎士たち。合間にセイルス王国旗がこちらを威圧するようにたなびく、セイルス王国軍に相応しい兵装に、よく訓練されたセイルス軍が立ち並ぶ。規律の取れた軍隊の姿はそれだけ見ると壮観の一言だ。オスカーも謀反の疑いがかけられなければ、王国最強部隊マージナイツの千騎将としてあの中で兵を率いていたのかもしれない。


「うむ。敵は大軍を擁しながら、今まではひたすら動かず、対峙を続けるのみだった。それがここ来て、急に慌ただしく隊列を整えだした。いよいよ始まるようだな。……それについて耳目衆から何か報告は来ていないか?」


「はっ。ルカ様のお見立ての通りです。耳目衆が探ったところ、今までは前線部隊だけが臨戦態勢だったものが後方の王軍に動きがあった模様です。これは大規模な軍事行動の前ぶれと見て間違いありません」


 落ち着いた口調でオスカーが答える。


「ふむ。ではこの数日の間に何か動きがあったという事だな?この数日間の沈黙。そしてここに来ての急な動き。おそらく王軍は西セイルス内の動向を見極めようとしていたのだろう」


「はい。我々がここに主力を釘付けにしている間に、それを見越したかのように西セイルスにてトヨーカ男爵達が反旗を翻し、さらに西の国境からはレグルス帝国が侵入してきました」


「なるほど。敵は西セイルス内の内紛と、帝国の侵攻を待っていた。それで我らを動揺させ、防衛の為に後方に撤退するであろうと踏んでいたと。王軍に今まで動きがなかったのは、その時を狙っていたという事か。なりふりかまわぬ策略だな。それともこれは普通の戦略なのか?」


「戦いにおいては相手の動揺につけ入る事が肝要ですからね。ただ、普通ではありませんね。自国の内紛を鎮めるのに他国の侵攻を許すなんて。それこそ魔王じゃなければ打たない手でしょうね」


 ちょっと複雑な表情で答えるオスカー。実戦経験の乏しいルカにとってマージナイツの千騎将だった彼の言葉はルカに強い信頼と安心感を与えていた。


「ハハハ、では敵は我々の内部崩壊をさぞ楽しみにしていた事だろうな。しかし、それらは全ては水泡に帰した。ミナトは寝返ったオーサム男爵達を討ち破り、バラム子爵はガルラ王国の支援を受けレグルス帝国軍を国境まで追い返した。我らに後顧の憂いは何も無くなったという訳だ!」


「はい。我々バーグマン軍も援軍もない、まさに背水の陣でしたがミナト達がじつによく踏ん張ってくれました」


「うむ!……そういえば、話によるとハロルドお爺様が一人でトヨーカ軍を敗走させたとか報告があったのだ。そして、双子山の外に出られるようになり、こちらに来援されると聞いたが……それは本当か!?」


「詳細までは分かりません。しかし、あの方ならやりかねませんね。我々の想像を超えるお方ですから……。さあ、ルカ様。あとは我々は目の前の敵に全力であたるのみです」


「うむ。いよいよだな!」


「それでですね、事前の打ち合わせでは、領内の懸念が片付き次第、ミナト達も転送装置を使いこの地へ赴く事になっています。そう時を置かず合流できるでしょう」


「おお、ミナトもこちらに来るか!西セイルスの英雄もやってくるとなれば、我が軍の士気も大いに高まろう!」


「その通りです。それまで、なんとしても踏みとどまらねばなりません」


 己を奮い立たせるように自らにかつをいれるルカ。このまま戦闘が始まってしまえば、あとは戦況がどう転ぶかは分からない。ただ日頃の鍛錬や今までの準備、そして、戦術によって戦の潮流が頻繁に変わる。だからこそ僅かな綻びにまで気を配り、軍を軍として維持しなければならない。


 その為の厳しい訓練と鍛錬に耐えてきたバーグマン軍の兵士達は精悍な顔つきと肉体を誇っている。かつての弱兵の姿はどこにもなかった。


 気合いを入れなおした後、ルカは懐に入れたお守りにそっと触れる。


「約束したからな……」


 西セイルスの平和を守る事。友達に約束したのだ。初めての大切な友達を泣かせる訳にはいかないのだから。


 


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 「……それにしてもエリス叔母上に子が出来たとは。びっくりしたが実にめでたいことだな、オスカー!」


 ルカから見れば血縁関係こそないものの、叔母エリスの息子であるオスカーもバーグマン家の一族の人間には違いない。だが、それ以上にルカの兄が生きていたらこんな感じだったのではないかというような親しみを感じていた。次期領主として育てられた兄は小さな頃から賢く、将来を嘱望されていたと聞いていたからだ。


「そうですね。ただ、できれば平時に聞きたかったですよ」


 この時ばかりはルカも相好をくずし、オスカーもまた苦笑する。二人もまさか戦場でそんな話題までが流れてくるとはさすがに思いもしなかったのだ。


「家族が増えるというのはいつでも嬉しいものだ!産まれてくる子は俺から見れば従兄弟にあたるし、オスカーにとれば兄弟になるんだからな!」


「そうなんですよね。でも、この歳になって弟か妹ができるなんて思いませんでしたよ。でも可愛いでしょうね。本当はすごく楽しみにしているんです」


「いいじゃないか。うらやましいぞオスカー。俺は父上も母上も兄も亡くなり天涯孤独だったから……。いや、今は違うぞ?ハロルドお爺さまや叔母上、そしてオスカーもいてくれる。シンアンにも会えるし、友達もできたし……!」


 すると傍らでドッグウルフのポン太がガウッ!と吠えた。


「もちろん、お前の事も忘れてはいないぞポン太!お前も俺の大切な家族だ!」


 笑顔のルカがワシャワシャとポン太の頭を撫でる。領主の嗜みとして馬の騎乗ももちろんできるルカだが、ポン太に乗った方が馬よりはるかに速く、また勇敢で物おじせずに戦場を動く事ができていた。


 祖父であるハロルドからも「無理に馬にこだわる必要はない」と言われていて、ポン太がルカの「愛馬」になっていた。


「それにしてもこんな個人的な事まで戦場に報せてこなくてもとは思いますが……。相変わらず頭が固いというか融通が利かないというか……」


「ハハハ、旗振り通信の責任者はレビンだからな。俺がバーグマン領を開けている間の事柄を全て、包み隠さず正確に俺に報せるのが使命と言っていた」


「前々から思ってましたけどあの人、本当に融通がきかないですよねぇ」


「ミナトも同じような事を言っていたな。だが、本当に忠義者なのだ。あいつを上手く使えていない俺が悪いのだ。すまない」


「あ、謝らないでください!ええ。彼がいかにバーグマン家に忠節を尽くしているかは分かっていますから。あの私情を挟まない、ある意味ドラスティックな運営手法は批判もありますが、公平性という側面からは見習うべきところもありますものね」


「そうだ、ところで叔母上の体調は大丈夫なのか?」


「お気遣いありがとうございます。昔から母は大変な時もつらい時も自分でなんとかしようとしてしまいがちなので……無理し過ぎてしまったのだと思います」


「そうか、叔母上は苦労してきたからな……。分かった。大事にするように、俺からも伝えよう」


「ミナトが傍にいれば母も安心なんですが、彼は有能すぎてあちこちで引っ張りだこなんですよね。うーん。せめてこんな有事でなければ……」


「今、命を授かったのは神の思し召しだ。きっとそうに違いないさ」


「ミナトには女神パナケイア様もついていらっしゃいますからね」


 と、戦いが始まらんとする合間、いっとき言葉を交わしあっていたその時、


「あらあら、何やら盛り上がっているようね。お二人さん」


 戦場らしからぬ穏やかな話し声がルカ達の耳にはいってくる。


「これはマナーズ公爵夫人!」


 振り向くと、いつ来たのか朗らかな笑顔を浮かべたセリシアが立っていた。


「ほほほ。もう、公爵夫人ではありませんよ。セリシアと呼んでくださいな。私達はもう公爵の地位を剥奪されておりますもの。今はあなたの麾下きかの一人として扱って下さい」


「いえ、夫人のお陰で我が軍の規律が引き締まり、士気も大いにあがっております。さすがマージナイツ創設者と感心しきりです」


「フフッ、あの人に似ず真面目ねぇ。……ところでオスカー、王軍の兵士達の動きが慌ただしくなって来てるわ。もちろん出撃の準備は整っているわよね?」


「はい先生。いつでも出撃可能です」


「私達バーグマン軍の前にいるのは、北ナジカから集められた北ナジカ軍よ。そしてそれを率いているのは貴方と同じマージナイツだった千騎将セイン。彼が総指揮官を務めているわ」


「ええ。彼が北ナジカ軍の総指揮官とはいささか驚きましたが」


「おそらく貧乏くじを引かされたのね。いえ、それだけではないのかもしれないわね。それより、彼の指揮能力はマージナイツの中でも抜きん出ている。それは同僚だった貴方が一番よくわかっているわね?」


「はい。彼からは果し状のような書状が届きました。騎士の風上にも置けぬ裏切り者だの、マージナイツの誇りを失った謀反人だの、散々な罵りようでしたよ」 


「彼らしい文面だわ。……ただこれに関しては私達の方が一枚上手よ。フフ、どうやら彼は自軍を意図的にバーグマン軍と当たるよう布陣させたようね。それでオスカー、貴方は彼の要求に応じるつもり?」


「もちろんです。セインは「マージナイツとしての矜持がほんの僅かでも残っているのならば、正々堂々と勝負せよ」と言ってきてますから。彼の気持ちに応えねばなりません」


「そうね。それじゃ、後は貴方に任せるわ。……ルカ。北ナジカ軍を率いるのはセインという者よ。貴族の三男だけどマージナイツでは千騎将を務めているわ。本人だけではなく指揮官としての技量も確かなの」


「なるほど、ではセリシア様の教え子の一人ということですね?手強いのでしょうね」


勿論もちろん。私が手塩にかけて育てた子ですからね。そして、彼にはオスカーを当たらせます。さて、こちらも手はず通りに動きましょう、ルカ様」


「承りました。しかし……」


 ルカが少しだけ言い淀む。


「いくらセリシア様の昔の教え子とはいえ、今は敵同士。しかも相手は一軍を任されているおさ。この様な提案に本当に乗ってもよいものですか?」


 すると、セリシアはニッコリと微笑んだ。


「ええ。彼は部隊の中でもとりわけ私の教えをよく理解していた一人よ。でなければわざわざ戦いが始まる前にこんな果し状など送ってこないわ」


「分かりました。セリシア様がそう言うならば、私からは何も言う事はありません。オスカーに我が軍の命運を託しましょう!」


 ルカが言った時、兵士が駆け込んできた。


「ご注進!王軍が動き出しました!間もなく、エドワード様率いるアダムス軍と接敵する模様!」


「分かった!ではオスカー、頼むぞ!」


「ははっ!」


 力強く応えたオスカーは槍を抱え、ひらりと愛馬に跨ると前進してくる征伐軍を見据えた。



 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 静かだったベルナール平原に突如、怒号と干戈かんかを打ち合う金属音が沸き起こった。


 先に行動を起こしたのは新王アーサー率いる討伐軍だ。前方に槍を構え槍衾を作った長大な隊列が西セイルス連合軍に向け進軍を開始した。先鋒は東セイルス、そして旧ナジカ王国から構成された南北の地方軍。その後方にアーサーが率いる王軍が本隊として控える。


 布陣はエドワードが率いるアダムス軍本隊が東セイルス軍。イズール子爵軍が南ナジカ軍。そしてバーグマン軍は北ナジカ軍と対峙していた。そして互いに進み出た両軍は平原の中心で激突した。干戈が交わる金属音。そして兵士達が発する歓声が鯨波のように平原に響き渡る。


 その中にあって、ひたすら沈黙を守っている一軍があった。バーグマン軍とそれに対峙する北ナジカ軍だ。前衛にバーグマン軍が誇るリビングアーマー部隊を据え、北ナジカ軍もまた臨戦態勢を整えていた。しかし、兵士に動きはなく、両軍は行軍する事なく見守っている。


 討伐軍、そして連合軍が命を賭けて戦う中、ぽっかりとできた開けた空間。明らかに異質な静寂がそこにあった。


 と。


 突如として、両陣営から怒涛のような歓声が響き渡る。その声に背中を押されるかのように騎乗した単騎の騎士が両陣営からゆっくりと進み出た。


 北ナジカ軍から現れたのは総指揮官のセイン。本来、マージナイツ隊員である彼だったが、本来の指揮官で北ナジカを統治するドミンゴ将軍に代わり北ナジカ軍を率いている。


 しかし、急造の指揮官とはいえ、マージナイツ千騎将の地位は伊達ではない。これまでの戦で使い潰され、王国に対し後背定まらない北ナジカの兵士達を統率し、一人の落伍者もなくこの地にあるのは彼の指揮能力の高さに他ならない。更に個人の技量も卓越していた。


 対するバーグマン軍から歩を進めるのはオスカー。セリシアに見出され、徹底的に鍛えられた彼もまた、セインに負けない実力を身につけていた。


 互いにゆっくりと近づいた両者は、中央付近まで来ると歩みを止めた。


「……久しぶりだな、会いたかったぞオスカー」


「それは僕もだよ、セイン」


「……お前が犯した罪について、今更とやかく言うつもりはない。一人で来たという事は俺の求めに応じる気があるという解釈で良いのだな?」


「そうだ。王家から見れば僕やセリシア先生は裏切り者と映るのだろう。しかし、王国という枠組みから見れば僕や先生は決して間違った事をしていない」


「ふん。王を裏切り、王宮を破壊した一派の肩を持つ貴様らのどこに正当性や正義がある?貴様らの行動はセイルス王国の国体や根幹を揺るがせ、国民に不安と動揺を引き起こさせただけではないか」


「権力者が使う正義なんて力がある者が自分の行動を正当化する為に標榜する言葉だよ。権力者の利害の為に国民がこうして命を賭けて殺し合い、憎しみ合う。こんな愚かな話があるかい?」


「その通りだ。であればこそ!俺達はここで戦わねばならん。俺とお前、どちらが正しいか……決しようではないか!」


「……分かった。君がそれを望むなら」


 オスカーも馬上で槍を構える。


「今一度、確認しておく。どちらがが勝てば、その時点で軍を引く。それでいいな?」


「ああ。俺が勝てばバーグマン軍が、お前が勝てば北ナジカ軍が戦場から離脱する。俺とお前は文字通り全てを賭けて戦う」


「分かっているよ。僕と君と……そしてこの戦いの行く末を賭けた真剣勝負だ」


「よく言った!覚悟はいいな、オスカー!!」


「もちろんだ。……では」


「「いざ!!」」


 その言葉と同時に両者が一気に駆け出した。


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