14話 千騎将セインの拒絶
ルドランド侯爵との話が終わった後、ラインが客間に俺達の様子を見に来た。侯爵の三男でマージナイツ隊に所属しているというセインが屋敷に戻るまでの間、ラインが将来冒険者になりたいのならと俺達は冒険者の心得についての話や倒した魔物の話をすることになった。
「うわわっ!ホントだ!Aランクって書いてある!はああ~!ミナトさんってすごい方だったんですね。あああっ、そんなすごいテイマーが従魔を売ろうとした僕を見つけたら……。それは許せませんよね。うう、僕は自分が恥ずかしい……」
「いや、ラインにも事情があったのはわかるから。でも、あんなに君の事を慕っているジョンを手放さなくてよくなって本当に良かった。これからテイマーになりたいのならジョンの事をしっかり考えてあげてほしい。それだけだよ」
ラインは俺の目をしっかり見てコクリと頷いた。俺はその瞳にラインの覚悟を見る。うん。いい瞳だ。
「あ、そういえばミナトさんは貴族なんでしょう?どうやってこんな高ランクにまで登りつめたんですか!?」
「ははは、俺は冒険者になったのが先だったからね。貴族になったのはその後さ」
「そうなんですか?それでそれで、テイマーってどんな風に戦うんですか?あ、でもミナトさんは普通のテイマーと違う戦い方なんですよね?」
まさに興味津々といった感じでラインが目をキラキラさせ様々な質問をぶつけてくる。
うーむ。確かに俺は普通のテイマーじゃなく、リンにテイムされるテイマーだから普通のテイマーがどう戦っているのか厳密にはわからないんだよね。(ロイと共闘した時もリンが色々とうまい具合に乗ってくれていたしね?)ただ、どんなテイマーでも従魔との協力が大切で常日頃から、連携を意識した戦い方を構築していく事が重要だと伝える。
「たとえ自分に剣士のような筋力がなくたって、魔術士のような魔力がなくたっていい。テイマーに求められるのは従魔といかに息の合った連携がとれるかだ。その為には従魔との信頼関係を築く事が何より大切なんだ。自分がピンチになっても助けてもらえるってのは何より心強いしね。俺はずっとリンに助けられているよ」
隣にいるリンの頭を撫でるとリンは嬉しそうに目を細めた。
「なるほど、テイマーは従魔との普段からの連携が最も大切なんですね!」
「そう。もちろん本人が強いにこしたことはないけど、でも戦闘で自分に足りないものがあっても、補い合えるのがテイマーなんだよ」
「あ、でも……」
今まで、俺の話に元気に返事をしていたラインが顔を曇らせる。
「ん?なにかあったのか?」
「はい。あの……、実は以前、同じく冒険者志望の貴族の子から「テイマーなんてのは卑怯者がなるもんだ。お前は自分の力がないから、従魔なんて下僕を使って数を頼りに戦うことしかできない姑息な奴だ」と言われたことがあったんです」
「ははは、そんな事か。いいかい?じゃあ剣士の相棒って何だと思う?」
「それは剣士だから剣でしょう?」
「そう。魔術士なら魔法だよね。もし、テイマーは従魔を使う姑息な奴だ、なんて言われたらこう言えばいいんだ。「従魔はテイマーの相棒だ。自分の相棒と一緒に戦うのは当然だろう。剣士の相棒は剣であり、魔術士の相棒は魔法だ。テイマーが姑息だというなら、まず、お前が相棒の剣や魔法を捨てて戦ってみせてくれ。まさかテイマーは従魔と戦う姑息な奴らだと言うくせに自分は剣や魔法を使うつもりじゃないよな?」ってね」
「なるほど!剣士は剣を使っているのにテイマーが従魔と戦うのは卑怯ってのはおかしいですもんね!」
「そういう事。あと従魔を下僕なんていう奴とはパーティを組まないほうがいい。絶対に合わないから。従魔は大切な仲間だからね」
「はい!」
ラインが胸につかえが降りたように笑顔を見せ、それからも冒険者はどういうものか、またどうやって生活しているのかなど、質問攻めにされ、俺も分かる限りの事を彼に伝えた。やっぱりテイマーの後輩ができるのは俺も嬉しいからね。
そして外がすっかり暗くなった時刻、使用人からセインの帰宅が告げられたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ラインが客間から退出し、少しの時を待ったところでラインの兄セインが入室してきた。俺とセインは客間のテーブルの椅子に向かい合って座る。
「お初にお目にかかる。ルドランド侯爵の三男セインだ。貴殿がミナト殿か。噂は聞いている。なんでも単独でドラゴンを倒した西セイルスの英雄、だとな」
「いえ、俺だけで達成した事ではありません。みんなの協力があってのものです」
「ほほぅ、随分と謙遜するのだな」
ルドランド侯爵の話では非番の日は街で遊び歩いていると聞いていたけど、目の前にいるセインからはそんな雰囲気は微塵も感じられない。上背のある筋肉質の体は騎士というに相応しく、寧ろ騎士の威厳と貴族の高貴さとを併せ持つ、実に華のある貴公子といった感じだ。(あと普通にイケメンだよね。神は二物与えすぎじゃないですかね)
「ところで、貴殿はこのローザリアを訪れるのは初めてだそうだな。どうかな、王都の印象は?」
「はい。やはり広さと人の多さに圧倒されました。地元のバーグマン領はもちろんですが、西セイルス最大の都市ワイダでもここまで広大ではありませんから」
「そうだろうな。王都はその国を象徴する地。人口においても、また生活水準や技術においてもその国を代表するに相応しいものを持っている。貴殿も時間があればそれらを体験してみるといい」
「ええ。折角ここまで来たのですから、思い出とお土産をたくさん持って帰るつもりですよ」
俺達の会話は終始笑顔だ。貴族特有の前置きの会話は好きじゃないけど、これも大事な話に入る前のマナーだ(めんどくさい事この上ないけど)
「セインさん、実は俺はある人物から依頼を受けてここに来たのです」
「ほう?いかなる人物かな?」
「マージナイツ創設者セリシアさんから隊員宛にです。こちらを」
そう言って懐から手紙を取り出し、セインに手渡した。
「ふむ。なるほど、我が栄えある魔術騎士団創設者で、我らの師範でもあったセリシア殿からの手紙、か……」
差し出した手紙を受け取ったセインは一瞥する。直後、その口角がくいっと上がった。
「……ふっ。このような物、一読にも値せんな」
そして、手紙を両手で持つと真ん中から引き裂いた。
「あっ!?」
驚いて声を上げた俺に構うことなく、破いた手紙を卓上の蝋燭に近づける。手紙は勢いよく燃え、跡形も無くなってしまった。
「セインさん、セリシアさんは貴方達マージナイツ隊の創設者なんでしょう?なぜ手紙を読みもせずそんな事をするんですか!?」
「ハッ、それはな、この手紙が読むに値しないしろものからだ。確かに彼女はマージナイツを創設した英雄。しかし、今は王家に刃を向けた謀反人に過ぎん。おそらく手紙には我等に翻意を促す文言が書かれていたのであろう。しかし、そのような誘いになど、この魔術騎士団千騎将セイン、乗るつもりなど毛頭ない」
「セイン……今、思い出しました。あの、オスカーを覚えていますか?同じ千騎将だったオスカーです。彼が言っていました。マージナイツに在籍した際にセインという同僚に大変世話になったと。その人は侯爵家の貴族の出だったけど、平民の自分にも平等に接してくれたと感謝していました」
「確かにオスカーとは、マージナイツで千騎将として研鑽を競った仲だ。しかし、それも過去の話。王国に背いた者達を我等は決して許さぬ。西セイルスに帰ったら二人に伝えるといい。「我が剣は王国の為のもの。反逆者に成り果てた者共のためにあるのではない。同心などもっての外だ」とな」
「セインさん!あなたはセリシアさんを慕い、またオスカーとも親友だったと聞いています。あの二人は決して悪事を働いた訳ではない。その事はあなたも知っているはずだ!」
「だからこそだ。本来であれば逃亡者の書簡を届け、あまつさえ我らにも謀反を扇動するなど、重大な国家反逆罪だ。私がその気になれば今すぐにでも君を同罪で拘束し、然るべきところに連行することもできる。それをしないのは騎士としての情けだと認識してもらいたい」
「セインさん……」
「これは貴殿に言うべき事ではないかも知れんが、創始者であるセリシア殿を慕う隊員は今だにいる。その者達にはアーサー殿下より謀反の疑いがかけられ、実際に拘束された者もいたのだ。王国が誇るマージナイツすら一時期は割れてしまっていた有様だった。こんな状況だからこそ、我らはグレース様のもと心を一つにし、事に当たらねばならぬということだ。ミナト殿、私は貴殿がどのような人間か分かっている。二人を奪還した「あの時」の事もな。貴殿にも言いたいことはあろう。だが、私にも立場がある」
「でも、今のグレース皇女は……」
「皇女に対する侮辱は何であろうと許さん。……セリシア殿にしかと伝えてくれ。我等は反逆者に与するつもりは毛頭ない。魔術騎士団の誇りにかけ王国の為、命を捧げる覚悟だ、とな」
「……はい」
俺の話を遮るセイン。強い口調からは俺の話などまるで聞く耳を持っていないようだった。
「貴殿はオスカーに近い存在だろう?彼に会ったら言っておいてくれ。もし、我々に敵対するのであれば、容赦はせん。お前も元千騎将。魔術騎士団の誇りが今だ残っているのならば、我らと正々堂々と戦え。私も千騎将の名にかけ全力で相手をする。覚悟することだ、とな」
「……その意思を覆す事はできませんか?」
「できん。なにものに代えてもな。私はセイルス王国魔術騎士団千騎将のセイン。その命を全うする」
セインの目には強い決意が見えた。たぶん俺が何を言っても翻意は不可能だろう。俺は頷く事しかできなかった。
「今日はもう遅い。今夜は我が屋敷に泊まり、明日の早朝発つといいだろう。父上には私から伝えておく。それが今の私にできる精一杯だ。では失礼する」
そう言うとセインは席を立ち、客間を出ていってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして次の日、まだ日も昇らない早朝、俺達はルドランド家の屋敷を後にした。その際、ラインが見送りにきてくれた。「テイマーになったら西セイルスで会おう」そう約束して別れた。ラインは昨日のやり取りを兄から聞かされてはいないようで「また来てくださいね!」と言ってくれた。
昨日、セインがこっちの話を聞き入れてくれなかった事でブロスは随分とご機嫌斜めだ。
「ブロスがね、「あのセインって人、いきなり手紙をビリビリ破って燃やすなんておかしい!まず話を聞いてから判断するものじゃないか!」って」
と、なぜかブロスが一番プリプリと怒っていた。
「まぁ、あの人にも立場があるから。迂闊な行動はとれなかったんじゃないかな?ほら、セイルス王国に忠誠を誓う騎士がそうそう翻意してたら困るわけだしさ……」
ブロスをなだめつつ、昨日の事を思い出す。それしてもあのセインって人、オスカーが親友だって言ってたのになぁ。とりつくしまもなかった。
しかし、済んでしまった事は仕方がない。この件はこのままセリシアさんに伝えよう。そして、また次の手を考えるしかない。
それはそれとして、俺の方の用事も済ませなければならない。今日はいよいよローザリアにある冒険者ギルドの本部に赴く。ツバキによるとここからはまだ少し距離があるようだし、途中で早朝からやっている食堂を見つけて腹ごしらえをしてからたどり着けば時間的にもちょうどいい頃合いになるはずだ。
と、
「ミナト~。昨日の人まだいる。お屋敷出てからずーっと見てるんだよ~」
歩き出そうとした俺に、耳を動かしつつリンが小声で伝えてきた。
「え、昨日の二人組?」
「うん。多分ずっと待ってたんじゃないかなぁ」
「私達が、ルドランド家から出るところを待ち構えていたようですわね」
ん?そういえば、俺達を監視していた二人組を泳がせて出所を探ろうと思っていたけれど、アーサーの手先ならルドランド家のセインと繋がっていたと思われてはまずい、よな。
セインが俺達が人目につきにくい夜明け前に屋敷を出るように言ったのも、アーサー側に知られると、ルドランド家にいらぬ疑いがかけられる可能性があったからだろう。
俺としても俺達のせいでルドランド家に迷惑をかけるのは本意じゃない。それにアーサーはブロスも狙っているはず。こっちの居場所を把握されているのは非常に危ない。
「リン、ツバキ。今、俺達を見張ってるのは二人だけ?」
二人が頷く。
「よっし、そいつらが報告に行く前に捕まえよう。そうすれば俺達の情報が漏れることもない」
にしても夜間の間ずっと俺達を見張ってたのか。追跡は神経を使うし、完徹なんて大変な任務なのにご苦労なこった。いやシャドウならそれも関係ないか。それに夜明け前の今なら、周囲も暗いし、人通りもほとんどない。動くなら今が絶好の機会だ。
「ツバキ、耳目衆に連絡はとれるか?」
「はっ、既に配置についております。すぐにでもいけますわ」
「よし、作戦開始だ」
ツバキが小さな笛を取り出し、口に当てる。吹いた音色は俺には全く聞こえない。しかし闇夜の中、気配を消し、姿を隠していた耳目衆の忍者達は尾行者を包囲すべく、一斉に行動を開始した。




