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4話 大樹をめざす若き当主たち



「お初にお目にかかりますヌシ殿。チェスター=アダムスの嫡男エドワード=アダムスといいます。お会いでき、光栄です」


「お主がエドワードか。ふむふむ、なかなかの偉丈夫よのぉ」


「ありがとうございます。双子山のヌシ殿の話は父よりよくうかがっておりました」


「ほっほっほ、そうかそうか」


 アダムス辺境伯が、エドワードを伴い双子山にやって来た。そして、すっかり定宿になっている俺の屋敷でヌシ様と初めて対面した。


「うむ、チェスターと違い、なかなかにまっすぐな男じゃのう。精幹な男ぶりといい、さぞ婦人達にも評判がよかろう。どうじゃ?そのあたりは流石に遊び人のチェスターにはかなわぬか?ほっほっほ」


「……失礼ながらヌシ殿。私は父とは違い、女性にかかずらっている暇はありません。父から引き継いだ西セイルスをいかに護り、いかに発展させていくかに心を砕いていくかのみに腐心しています。それほど父から譲り受けるものは大きいのだと」


「なるほどな、噂通りの堅物じゃ。のぉ、チェスター」


「そうだな。まぁ、そのあたりは経験の差であろうよ」


 そう言って笑い合うヌシ様とアダムス伯。そして決して姿勢を崩さず冷静に二人を見つめるエドワード。エドワードは真面目だもんね。西セイルスを背負って立たなければいけない、と小さい頃から頑張って勉強していたんだろうな。アダムス伯とは性格が全然違うけど、エドワードが治める西セイルスだってきっと良くなるさ。俺も微力ながら力を貸すぜ。うんうん。


「エドワード、こちらがバーグマン家の当主ルカ殿だ。彼が治めるバーグマン家、そしてバーグマン領は今後の西セイルスにおいて重要な位置づけになるであろう」


「父上に言われるまでもありません。ルカ殿、改めてご挨拶申し上げる。このたび父よりアダムス家の家督を相続したエドワード=アダムスと申す。父に引き続きよろしくお願いする」

  

 軍人らしくキリッと折り目正しく挨拶するエドワード。


「こ、こちらこそ宜しくお願いします。バーグマン家の当主ルカです」


「これこれエドワードとやら。そのような態度では周りが委縮してしまうであろう。このような場ではまずはその軍人然とした仕草を少しでいい、抑えよ」


「しかし、ヌシ殿。西セイルスの盟主たるアダムス家の当主には相応の威厳が必要かと思われます。領主の経験がない貴殿にはわからぬとは思いますが」


「領主の経験とな?ほっほっほ。そのようなものがあったとてそれがいったい何だというのじゃな?お主はチェスターから家督を譲られたばかり。そのようなひよっこが領主がなんたるかを語れるのか?」


「……ヌシ殿、貴殿は私を、いえ、アダムス家当主を軽んじてらっしゃるのか?」


「いやいや、あくまで客観的な事実を述べておるまでじゃよ」


 ヌシ様の正体はハロルド=バーグマンだ。ルカの祖父であるハロルドはバーグマン家の初代領主。当然、領主が何たるかをわきまえているはずだ。


「ほれ、お主の父チェスターをみよ。普段は威厳などどこ吹く風じゃ。にも関わらず立派に領国を差配しておるわい。よいかな?今まで主としてお前が接してきたのは軍人であった。これまでは軍務をこなしていさえすればそれで良かった。しかし、これからはそうではないぞ?西セイルスという途方もなく大きな船を動かさねばならぬのじゃ。お主は領主として父より何が勝っている?領主として大切にしなければならない事は何じゃ?」


「……」


 黙り込むエドワードに、アダムス伯が諭すように語りかける。


「エドワード、ルカ殿を見てみよ。彼はお前よりはるかに若く当主の座に着いた。しかも助言を求めるべき、父アーロ殿もいない状態でだ。しかし、彼はバーグマン領を立派に治めている。なぜそれが可能か分かるか?それは家臣の忠言に耳を傾け、領民達の暮らしぶりをつとに観察し、適切な政策をうっているからだ。そうですな、ルカ殿?」


「はい。私はヌシ様に「佞臣の甘言に惑わされることなく、大きな目で物事を見よ」と領主としての心構えを諭され、そして、女神パナケイア様からは「誰のどんな存在になりたいか」を問われました」


「女神パナケイア?」


「はい!その時、私は決めたのです。領民を安寧に導く灯火となりたい。その為に、領民と寄り添うことを第一にしようと!幸いな事にミナトを始め、有能な部下にも恵まれ、力を合わせここまでやってくることが出来たのです」


「……聞いたか、エドワード。ルカ殿は常に領民とともにあるのだ。いいか?アダムス家だけで何もかもが動かせるわけではない。自らが領民ともに栄えるという心構えが必要だ。アダムス家だけが栄えるような施策は民を疲弊させ、ひいては西セイルスの結束にヒビをいれる結果となろう。それが如何に西セイルスの民を、いや、セイルス王国の民を苦しめることになるか、スレイアム達を見れば分かるはずだ。当主になる覚悟などと気軽に口にできるほど我がアダムス家の当主の座は軽いものではないのだ。分かるか?」


「……はっ」


「エドワードや。今の西セイルスを取り巻く情勢をお主もしっておろう?お前が引き継いだのは「賢公」と慕われたチェスター=アダムスの治めていた地。よほど上手くやらねば簡単にアーサーに、いや、魔王リデルに飲み込まれよう。我らはセイルス王国最後の防波堤じゃ。絶対に崩される訳にはいかんのじゃよ」


「はい。肝に銘じます。ヌシ殿、助言感謝します。私もルカ殿を見習い、家臣領民にしっかり目をむけるよう努めます」


「うむうむ、それでよい。エドワード。ルカはバーグマン家当主と言ってもまだまだ若年。西セイルスの盟主としてしっかり導いてやってくれ」


「はい。父はルカ殿を息子同然だと言っていました。ならばその息子である私とルカ殿は兄弟同然。互いに協力し西セイルスを盛り立ていきたいと思います。……ルカ殿、父と同様に私に力を貸してほしい。頼めるか?」


「もちろんです!エドワード辺境伯と共に西セイルスをもっと栄えさせましょう!」


「ああ、よろしく頼む!」


 そう言って互いにがっしりと握手を交わす。まだ少しぎこちないがそれでも、若い二人の当主の姿に温かな眼差しを向ける、ヌシ様とアダムス辺境伯だった。


「……ところで、アダムス辺境伯に聞きたいことがあるのですが」


「なにかな、ルカ殿?」


「このたびのアダムス家のエドワード辺境伯への家督相続ですが、それには王の承認がいるのではないのですか?あのアーサーからどのように許可を得たのでしょうか?」


 そう。領主が跡継ぎに家督を譲る際は国王の承認がいる。そのせいでアーロ亡き後のバーグマン家は「ルカがまだ幼少で政務が取れず領主として不適格」と言われ、あやうく取り潰しになりかけたところをアダムス辺境伯の奔走によりなんとか継承がみとめられたのだ。


「確かに家督継承には国王の承認がいる。……但しそれは通常の領主ならば、だ。王族である我がアダムス家は国王の承認を経ずとも問題ない」


 アダムス辺境伯の話によると一般的な領主と違い、数々の特権が認められているらしい。ほぇ〜、昔でいう徳川の「御三家」みたいな扱いなんだろうかね。さらに「密約」により王族には表に出ない特権もあるようで家督継承の件もその一つなんだとか。


「しかし、今回の家督相続には驚きました。辺境伯はアーサー皇子の王位継承にも関わる身。なぜこの時期になったのでしょう?」


「ルカ殿、それはな、家督を息子に譲る事によって継承の儀に集中するためよ。儀には国内から全ての貴族が集結する。そのような中で手違いなど起こそうものなら偉大なるセイルス王国の歴史に泥を塗る事にもなりかねん。万に一つでも失敗を起こさぬよう、西セイルスの経営は息子エドワードに任せ、私は儀式の準備と進行に集中しようと考えたのだ」


「なるほど、深い考えあっての事だったのですね」


 アダムス辺境伯の話にルカが深く頷いた。するとヌシ様が口を開く。


「ほっほっほ。ルカ、それはあくまで建前じゃよ。こやつがそのような殊勝な心がけだけで動くはずがあるまい。真意は違うであろう?」


「何を言う。私ほどセイルス王国を重んじている王族はおらぬぞ?」


「そりゃあ、残る王族の人員が一人だけであれば、どうやっても一番じゃからな」


 そう言って大笑いするヌシ様とアダムス辺境伯。


「建前?それはいったいどういう事ですか?ヌシ様」


「分からぬか?ルカよ。セイルス王国の現状をよく考えるのじゃ」


「王国の現状を、ですか?う〜ん……」


 そう言って、考え込むルカ。そして、その視線を俺に向けた。


「うむうむ、己だけで答えが出なければ周りの意見を聞いてみることじゃ。ミナト、お主は分かるか?よいか、空から地上を見下ろすつもりで思案してみよ」


 うっ、やっぱり来たかぁ。ん〜、空から見下ろす……。てことは客観的にセイルス王国の現状を見ろってことかな?えっ……と。王座に就くのはもちろんアーサー皇子だ。そして、儀式を執り行う責任者はアダムス伯。アーサーには魔王リデルの魂が取り憑いていて、奴は自らに権力を集中させるため、それまで権力を持っていた王族を次々に排除し、残るおもだった王族は西セイルスを領するアダムス伯だけになっている。


 ……ん?てことは、アーサー皇子はアダムス伯が排除できればセイルス王国全土を全て手中に収められるって事か。もし、アダムス伯を排除しようと考えるなら、なるべく簡単に、そして兵力も少なく済めば済むほど良い。


 ……あれ?それじゃ継承の儀ってその条件にぴったりじゃないか?だってアダムス伯本人が王都に出向でむくし、式典では自前の警護兵の配置だって思うにまかせられないはず。そもそもめでたい王位継承の為に出席するのに多数の兵士なんて連れていけないよな。


 でも、相手はあのリデルだ。もし式典が終了したあと、用済みとなったアダムス辺境伯を亡き者にしようと企んでいるとしたら……!


「分かりました!エドへ家督を譲ったのは王都に出向いたアダムス伯にもしもの事が会った時に、アダムス伯に代わりエドに西セイルスの防衛を担わせるためですね!」


「ミナト!めでたい継承の儀だぞ!辺境伯にもしもの時などと、そのような不吉な事を言うな!」


 ルカが慌てて俺を制する。


「いや、ルカ殿。ミナトの言う通りだ。私は万が一の事が起こる可能性を考慮し、息子に家督を譲った。継承の儀の終了直後、王が私に何らかの罪を被せ、拘束、もしくは殺害しないとも限らない」


「そんな……!いくらなんでも新しい王が誕生するという時に、辺境伯を害そうとするとは思えません!」


「甘いぞ。相手は魔王だ。奴は人の心の機微を掴むのに長けている。心の隙を突かれた王族は次々に手にかかり倒されていった。奴ならやりかねん。ゆえに私が居なくても、西セイルスの諸侯が機能するようアダムス家の家督を譲ったというわけだ」


「しかし……」


「ルカ殿。私も、もう年寄りだ。長く当主の座に居座ってしまっていたゆえ、そろそろかと思っていたところ。それがちょうど継承の儀と重なったというだけの事よ。どんなに強大な力を持つドラゴンでも頭を潰せば死んでしまう。しかし、双頭そうとうならば、例え片方が潰れても生き延びられよう」


「ただ、そうなれば西セイルスは大混乱に陥りましょう。そのような状況ではとても王率いる正規軍に太刀打ちできません」


「それゆえの家督相続よ。手前味噌であるがエドワードには軍才がある。幼き頃より我がアダムス軍に配属させ、経験を積ませていた。軍部を隅々まで掌握し、もはや私がおらずともアダムス軍は揺るぎない。もし、こやつが軍部によるクーデターを企んだならば私は簡単に当主の座から転げ落ちていたであろうよ。なぁエドワード?」


「……父上、今はそのような冗談を言っている時ではありません」


 楽しげに笑うアダムス伯に対して苦虫を噛み潰したような表情のエドワード。まぁ、互いに信頼関係があるからそういう軽口も言えるんだろう。


「レニング帝国の動きにも気を配らねばならん。西の国境付近の兵が妙な動きをしているという情報があるからな。正規軍が西セイルスに攻め込むのと同時に国境を越えてくるおそれもある」


「アーサー皇子が帝国と組んで挟撃きょうげきをしかけてくると?」


「可能性としてなくはない。その見返りに西セイルスの一部を割譲かつじょうするなどの条件を提示して参戦を要請しているケースも想定される。西セイルスを手に入れるために、一時的に手放してもいいと考えることもあろう。まぁ、そうさせぬ為に我らも様々な手をうっているがな。ルカ殿にもそろそろ話ておかねばならぬな。まず旧ガルラ国王領内で……」


 アダムス伯が話し始めた時だった。


「だ、だめですよ!今、ミナトさんは大切なお話中で……!」


「私だって大切な話があるの!ライ君、いいからそこをどいて頂戴!」


 ……ん?何の声だ?


「ちょ、ちょっと待って下さいよ!ダメですってば!」


 慌てるライの声が聞こえたあとバタバタと足音が響き、会議室のドアが勢いよく開け放たれた。




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




「ミナト君!出来たわ、ついに出来たわよ〜!」


「えっ!パ、パメラさん!?」


 現れたのはテイマーズギルドのギルドマスターであるパメラだった。


「ジャーン!見て!これがテイマーズギルドのギルドライセンスよ!」


 誇らしげにギルドライセンスを差し出したのはギルドマスターのパメラだ。ライセンスには「テイマーズギルド」のロゴが彫り込まれ、その下に名前と中央にランクが刻まれている。


「どう、ミナト君!冒険者ギルドや商業ギルドにも負けない素敵なデザインだと思わない!?」


「わぁ、かっこいい!パメラすご〜い!」


 カードを見たリンが目を輝かせる。


「フフン!そうでしょリンちゃん!シンプルかつスマート!テイマーが持ってて良かったって思えるようなデザイン!いや〜これを考えるのに苦労したわ〜!ミナト君がこれで良ければ、ライセンスはこれで申請するつもりよ!」


「う、うん。いいと思いますけど……今は会議ちゅ……」


「それとテイマーズギルドにはもう一つ、別のライセンスもあるの!テイマーズギルドと言えば!?リンちゃん分かる!?」


「うん!従魔のライセンスだね!」


「そう!従魔専用のライセンスカードもあるわよ!テイマーと一緒に依頼を達成すれば従魔もランクが上がるのよ!だからリンちゃんの正規のギルドカードもあるわ!」


「ホント!?やったー!」


 冒険者ギルドのようにテイマーにランクがあるのは同じだが、テイマーズギルドには従魔にもランクがある。冒険者と共にクエストを達成すればランクが上がるシステムを採用しているのだ。これが認知されていけばランクが高い従魔は魔物とは区別され、ちゃんと従魔として市民権を得る事もできるだろう。


「ほぅ、テイマーの為のギルドとな?なかなか面白そうな話ではないか?」


「ふふふ、そうでしょ?なかなか分かってるじゃない、そこのオジサン!」


 ビシッとアダムス伯を指差すパメラ。その大胆不敵っぷりにさすがのエドワードも呆然としている。


「ミナト君達のお陰で施設ガワは完璧にできたわ!あとは知名度よ!なるべく名の知られた名士の人に後ろ盾になってもらえばテイマーズギルドの名が一気に高まるわ!」


「おお、それはちょうどよい。パメラや、ここにうってつけの人物がおるぞ」


「ほんと!?そんな人がいるの?ヌシのおじいちゃん!」


 笑いを堪えつつ、ヌシ様がアダムス伯達を指差した。


「ほれ、この男達じゃ。こやつらに後ろ盾になってもらうがいいぞ」


「この人達?あっ、分かった!さてはオジサン、どこかの商会のオーナーさんでしょ!なんか育ちが良さげな顔してるものね!」


「ほっほっほ、惜しいのぉ。まぁ、育ちが良いのは確かじゃな。なにせアダムス家の元当主と現当主。それにこっちがバーグマン家の当主じゃからのぉ」


「……ん?んん??」


 アダムス伯とエドワードを交互に見て、何かに気づいて赤くなったり青くなったりして慌てているパメラを俺は初めて見た。それがおかしくて俺はみんなに背を向けた。笑いが堪えきれなかったからである。






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