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『俺』とゴブ『リン』~俺のスキルは逆テイム?二人三脚、人助け冒険譚~   作者: 新谷望
5章 セイルスの闇編

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43話 ぬくもりに抱かれて




「どうしてキャサリンさんが罰を受けなければならないんですか!だって、あなたはトーマを助けたいと思っただけじゃないですか!?」


 俺が納得がいかないと憤慨しながらキャサリンに問うた。だが、キャサリンは悲し気に首をふった。


「一つは時渡りの秘術を使用してしまった術士としての罰。私は時を越えて物質を転送できるこの魔法は使い方次第で将来に重大な影響を及ぼしかねないと考えて、誰にも使用させないように秘術の資料は全て破棄した。なのに自分の欲の為に、我が子を救いたいという想いで秘術を使ってしまった……」


「術士としての禁忌を破ったから……罰が下ったって言うんですか?」


「そうよ。これは自ら課したルールを自らが破る事。例えどんな事情があっても破るべきではなかったの」


「で、でも、それはトーマの為にやった事じゃないですか?」


「トーマの為……。いいえ、それは本当にトーマの為ではなかったのかもしれないわ。私がトーマを失いたくなかっただけ、自分の為にトーマを違う時代へと送ってしまったの。もう一つの罰はトーマを手放してしまったこと。母親としてなにひとつこの子にしてやることはできなかった。本当に私はひどい母親よ。フフ……。時渡の秘術はね、まだ未完成だったのよ?私はトーマがいつの時代に送られたのか分からなかったの。ほんの少し先かもしれない。ひょっとしたら何千年も未来かもしれない。かわいそうなトーマ。こんな母親から生まれてしまったばかりに!そしてダンジョンマスターになった自分。なぜ再びこうして蘇ったのか……。色々考えたわ。時間だけはたくさんあったから」


 そこで会話を切ってトーマを見つめるキャサリン。


「そして一つの想いに至った。ダンジョンマスターとして、永劫ともいえる時を生きなくてはならないのは私に対する罰だ。だけど、だけど生きていさえすればもしかして、未来に送ったトーマに会えるかもしれない。会って謝りたかった。「母親として何もしてあげられなくてごめんね」って。ダンジョンマスターは魔力が維持される限り、永遠に生き続けられる。生き続けていればいつか冒険者となったトーマが私を倒しにやってくるかもしれない。それが例えどんな結末でも甘んじて受ける。だからそれまでは生き続けようって」


「そして、七百年もキャサリンさんは待ち続けたんですか。この森の中で……」


「普通ならアイスゴーレムの群れやシャドウ達に阻まれて館までたどり着けないわ。私達はキャサリンさんがいたからここまで来れたのね……」


 エリスがつぶやくとキャサリンが頷いた。


「魔結晶を使い、私はずっとこのダンジョンを維持してきたの。もしかして、いつかどこかでトーマに会えるかもしれない。その希望だけが私の魂をこの世界に繋ぎ止めていた……」


「じゃあ、あなたはトーマに会うためだけに今まで……」


 エリスがゆっくりとトーマに向き合う。エリスは目からボロボロと大粒の涙をこぼしていた。


「トーマ君、あなたの……本当のお母様……あなたに会いたいって……。ずっと思っててくれたのねぇ……」


「……ああ。その気持ちは伝わっているよ、母さん」


「あのね、トーマ君、キャサリンの気持ち……。もし、私が彼女の立場だったら、きっと同じ事をする。だってそれが母親だもの」


「俺は……、例え血が繋がってなくても幸せだった。……ただ俺の心のどこかで、「なんで俺は置いていかれたんだ」という気持ちがぬぐい切れなかった」


「トーマ君……」


 淡々と話すトーマ。うつむいたままのキャサリン。


「……でも、今日、直接会って考えが変わった」


「……!」


 ぱっと顔を上げるキャサリン。


「俺は捨てられたんじゃない。ちゃんと愛されていたんだって分かった。だからキャサリン、今は、あんたに会えて良かったって思えるんだ」


「トーマ……!」


 そして、頬を指でかき、照れるのを誤魔化すようにしながら言葉を探すトーマ。


「なんていうか……その……なんだ、産んでくれてありがとな。えっと……お、おふくろ」


「……トーマ……トーマ!!」


「うわっ!?」


 キャサリンがトーマに抱きつく。その仮面の下から涙が止めどなく流れ落ちていた。


「ごめんね、ごめんねトーマ!」


「わ、分かったってば!だから落ち着けよ、おふくろ!」


「だって、だって〜!」


「ああ、もう!だからもう大丈夫だっての!俺は怒ってないから!」


 喜ぶキャサリンと照れているトーマ。エリスもリンもそして俺も涙があふれて止まらなかった。良かったなトーマ!良かったなキャサリン!




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




「ところでトーマ、なんで私は「母さん」で、キャサリンは「おふくろ」なの?」


 ようやっと涙が止まったが、まだ鼻を赤くしながらエリスはトーマに話しかける。


「そ、そりゃ、二人とも一緒じゃややこしくなるだろ。母さんは母さん、おふくろはおふくろなんだよ」


「あら、そんな事しなくたっていいのに。そうだわ!「エリスママ」と「キャサリンママ」でいいじゃない?ねぇ、キャサリン?」


「そうよ、トーマ、恥ずかしがらないでいいのよ?さ、呼んでみて?」


「アホかー!ガキじゃねーんだぞ!そんな事できるかー!」


 耳まで真っ赤にして叫ぶトーマ。その掛け合いに思わず吹き出してしまった。


「ね、一回、一回だけでいいの。そうしたら私……、すごく嬉しいわ!」


「ああっ、もう!キャサリン……ママ……。これでいいか!?」


「うん!ふふっ、ママね……。嬉しいわ~!」


 そして、そのあとキャサリンはこう言ったのだ。


「ありがとね、トーマ。これで、私もようやくあの人の所へ旅立てるわ」

 



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




「……ねぇ、エリス。キャサリンとは、もうお別れしないといけないの?せっかくトーマと会えたばかりなのに……」


「そうよリンリン。キャサリンはダンジョンマスターになり、七百年もの時間を過ごしてきた。トーマに一目会って謝りたいというその目的は果たされたから。これはお別れじゃないの。キャサリンの魂をこの地から解放してあげるのよ」


「でも……」


 悲しそうにキャサリンをみつめるリン。せっかくトーマに会えたというのにすぐに別れねばならないと聞いたからだ。そんなリンにキャサリンが優しく語り掛ける。


「……私は長い長いときをダンジョンマスターとして過ごしてきた。……知ってる?ダンジョンマスターになると意識がだんだんとダンジョンに侵食されていくの。そして、やがては自我が完全に失われてダンジョンに操られる魔物と化すわ。このままでは近いうちに私も私でなくなってしまうの」


「えっ?でもキャサリンさんは七百年も意識を保持し続けてきたんですよね?」


「ミー君、それはキャサリンに強い魔力と強靭な意思があったからよ」


 俺の肩にエリスがそっと右手を置いた。


「普通なら、とっくの昔に意識が飲み込まれていてもおかしくなかった。でも、彼女はトーマに会うという強い意思があった。そのために彼女は自らを失わなずに今日までこれた。それは辛く孤独な闘いよ。今、この時もね。でも目標が成就した今、これまでと同じように意識を保つのは難しいのよ」

   

「で、でも、それって呪いみたいなものですよね?」


「そうだ!キュアポーションを使おうよ!」


 リンがそう声をあげる


「キュアポーション?」


 キャサリンが首を傾げた。キャサリンの時代にはまだキュアポーションがなかったのかもしれない。


「どんな病気だってすぐに治っちゃうお薬だよ!呪いだって、パッて治るんじゃない?だって、エリスの呪いだって治ったもん!」


「まぁ、今ではそんな便利な物があるのね?」


「ね、ミナト!キュアポーション出して!せっかくトーマと会えたんだよ!もっともっとお話ししたいでしょ!もうお別れなんて寂しいよ!」


 そう言い募るリンの頭を、キャサリンが優しく撫でる。


「ありがとうリン。あなたはとても優しい従魔ね。でもダメなの。これはそのキュアポーションでも治せない。間もなく私の意識はダンジョンに取り込まれる。その前に、私が私でいられるうちに魔元晶を渡しておきたいの。やり方は簡単よ。ほら、そこの台座から魔元晶を取り外すだけ。それでダンジョンに供給されていた魔力は止まり、ダンジョンは消える。トーマ、やってくれる?最後はあなたにお願いしたいの」


 キャサリンの頼みにじっと目を閉じるトーマ。……しばらくそうしていたトーマがゆっくりと目を開けた。


「……分かった」


「ありがとう、トーマ。これで私もようやくあの人のところへ行けるわ。きっと待ちくたびれているわね」


 朗らかに笑うキャサリン。


「あなた達は魔結晶が欲しいのよね?魔元晶は魔結晶とは比べものにならないほどの魔力を得ることができるわ。使い方を誤らなければダンジョンになることもないから。……あ、そうそう。エリス。あなたの周りには転魂の秘術を使った人がいるのよね?それならこれも持っていって」


 キャサリンが一冊の本をエリスに手渡した。


「この本は?」


「私が書いた本。秘術の使用者が、困った時に読むと役に立つかもしれないものよ。何かの助けになるかもしれないから」


 一応、秘術の創造者だからね、と明るく話すキャサリン。


「ありがとうキャサリン。じゃあ、ありがたく頂くわね」


「うん。役に立つ事を願ってるわ。ミナト君、リン、といつまでも仲良くね」


「はい……」


「うぅ……キャサリン……」


 涙ぐむリンをやさしくなでるキャサリン。


「さぁ、それじゃあトーマ。お願い」


「ああ、じゃあまたな。おふくろ」


「うん。……トーマ、あなたは私達の自慢の息子よ。あなたに会えて本当に良かった。愛しているわトーマ」


 そう言ったキャサリンの声はとても優しげだった。


 トーマが台座から魔原晶をゆっくりと取り外す。その途端、空間が徐々に歪んでいくような感覚を覚える。それはだんだんと激しくなり、いつしか俺の意識はその波に飲み込まれ、途切れた。



 


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 気が付くと俺たちは雪原に立っていた。周りには何もなく、向こうに雪をすっぽり被った森が見える。館も森の迷宮も、そしてシャドウ達も跡形もなく消え去っていた。 


「……良かったわねトーマ。キャサリンと会えて」


「……うん、そうだな」


「どう?やっぱりちゃんと会ってみてよかったでしょ?」


「そうだな。魔元晶も手に入ったし」


「もう!そういう事じゃないでしょ!」


 エリスの突っ込みに苦笑するトーマ。


「それにしても、トーマ。お前、本当のお母さんに会えてよかったな……。今、さみしいだろう?」


「ふん、ミナトには泣き言なんて言わないから安心しろ。それに俺、少しは知っていたんだ。あの人のこと」


「え?ええ?今初めて会ったんじゃないの!?」


 俺はあんぐりと口を開けてトーマを見た。


「いや、会ってはいない。会ってはいないけどさ、女神の従者になる時に「身辺調査」とかいってあの上司から色々とな。お前もやっただろ?」


「あ~、初対面の時やられたっけなぁ。あの人、他人の心の触れられたくない部分をネチネチほじくってきたよ」


「俺も同じさ。だから、少しは知ってた。でもな、事実を知っていても、直接本人から聞くのは怖かった」


「……」


「どうして俺を手放したのか、その時、どんな気持ちだったのか、本人の口から聞いたらさ、俺の気持ちだってぶつけちまいそうだし。傷つけちまいそうだし。てまぁ、今日会えたら、望んで放りだした訳じゃないって事が分かった時、まぁ、いいか。しょうがなかったんだって思えた。言ってやろうって思っていた事がすとんって無くなって。会えて良かったって思えたんだ」


「……そっか。トーマ、良かったな」


「そうだな。来るかも分からない俺をあの場所で何百年も待ち続けてたみたいだったし。人が産まれ、死ぬまでの何倍も、それこそ人なら何世代も入れ替わるような時間を、俺に会うためだけに待ち続けて来たんだ。もう十分に俺に対する贖罪は済んださ」


「そうよ。あの人は七百年ずっとトーマ君のことを考えて過ごしてきたはず。追手が来た時もあなたを手放したくはなかったはずよ。ふふっ。お父様もお母様もトーマ君を愛してくれていたのよ。それが分かって私も嬉しいわ」


 そう言ってトーマの手を握ってにっこりするエリス。


「そういえば、母さんは俺がこっそり降臨してたのよく見抜いたな。気配は完全に消してたのにさ」


「それはあなたの母親だもの。近くに来れば眠ってたってわかるわよ」


 フフン、と自慢げにエリスが鼻を鳴らす。


「ところで、パナケイア様がトーマ君を地上に下ろしてくれたの?」


「ああ。母さんとミナトがここに向かうと知った時にな。「あなたはきちんと向き合うべきです。行ってきなさい」って言われたんだ」


 そうだったのかぁ。普段はあれだけど、やるときはやるんだな。パナケイアさん。


「あ、ところでブロスは元気?今は天界にいるんでしょ?」


「ああ。本人は早く地上に行きたいらしいけど、ミナトは魔結晶集めに時間がかかっていただろう?「ミナト、まだ?いつ帰ってくるの?」って毎日毎日、聞いてくる」


 ははは、別れてからそんなに立ってないのにな。女神さまの時間軸ならあっという間のような気もするけどね。単純に帰りを待っていてくれるのは嬉しいけどね。


「……トーマ、お母様からあなたによ。キャサリンから預かったの。「直接渡したいけどトーマはきっと恥ずかしがって受け取らないだろうから」って」


 エリスが差し出したのは銀色に輝く指輪だ。それには、何やら細かな文字が彫り込まれている。「あなたの行く末に幸福あれ」と書かれているようだ。


「いや、それは俺より母さんが持ってろよ。多分それ、魔力が込められた魔具だろ?俺には必要ねーし」


「確かに天界なら必要ないかもしれないわ。でもこれはあなたのお母様があなたの為にくれた物よ。あなたを何百年も待ち続けて、やっとあなたに託せたその想いに応えてあげてほしいの」


「……分かったよ。ただ俺の母さんは、母さんだけなんだからな」


「そうね。私は母さんで、キャサリンはおふくろさんだものね!」


「言い方の違いの話じゃないんだけどな……。お、こいつ勝手にサイズ調整するぞ。指にぴったりはまった」


 ぶつぶつ言いながらも指輪をつけるトーマ。指輪は人差し指にすっとおさまった。


「これで、キャサリンはいつでもあなたと共にいるわ。母親が二人もいてトーマ君は幸せ者ね!」


「まぁ、そう……だな。そういう事にしておくよ」


「でも、本当にキャサリンに言わなくても良かったの?天界で暮らしてるって」


「安心させてやりたかったんだよ。正直に言って変なふうに受け取られても困るしな」


「うん。ちょっと遠くで暮らしてるだけなんだものね」


「そういう事。俺はちゃんとここにいる。ただ単に職場が地上にあるか、天界にあるか、違いはそこだけさ。あと、母さんは母さんだから。俺はずっとエリス(かあさん)の息子だよ。そこは変わらないんだからな。覚えておいてくれよな」


「うん、ありがとう。トーマ君」


 少し照れながらそう言ったトーマをぎゅっと抱きしめるエリス。


「それじゃ俺は天界に戻るよ。ミナト、ブロスはお前が屋敷に帰るタイミングで連れていく。また世話を頼むぜ」


「分かった。ところでこの魔元晶さ、ほんとに俺がもらっていいのか?形見みたいなもんだろ?」


「俺が持ってても仕方がねーし、今のお前に必要なもんだろ?それに形見ならこの指輪があるしな」


「そうか。ああ、でも、もう少しトーマにキャサリンさんと二人でゆっくり話す時間をあげれば良かったな……。気が利かなかった……俺。ごめんな」


「いや、別に?」


「おいおい、強がらなくっていいんだぞ。もうキャサリンさんには二度と会えないんだから……」


「ん?そんなわけないだろ」


「……は?」


「おふくろの魂はこれから天界に来るだろうからな。それなら探せばすぐに会えるさ」


「なっ!?まじかよ!?それはずるいだろ、お前〜!」


「ふふん、これが女神の従者に与えらる特権ってやつだ!どうだミナト?代わって欲しいならいつでも代わってやるぜ?上司はあのドS女だけどな!」


「アホかー!絶対ノーだ!」


「ははは、そう言うと思ったぜ!」


 俺の絶叫とトーマの勝ち誇った笑いが白く雪化粧された山々にこだました。


 ……これで俺の魔結晶集めも一段落だ。早く戻ってセリシアさんに報告しなくちゃな!


これにて5章は終了です。幕間を挟んで6章へ続きます。また読んで頂けますと幸いです!

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