17話 同調訓練
「……で、それがお前の結論か」
翌日の練習場、グラントさんの困惑とも呆れともとれる表情を見ながら、俺は頷いた。
「話は分かった。お前のスキルを活かすには、そうするしかないんだな?」
「はい。戦闘センスは俺より、リンの方があるんです。俺のスキルとリンの戦闘能力、両方をうまく引き出すにはこれが一番良いと思っています」
そう言いながら俺は木刀を構える。
昨日、同調スキルの有効活用について考えた末に、ある結論に至った。有効範囲1mの中でリンと連携を取るための手段。俺を活かし、なおかつリンを突っ込ませないで戦うにはこれが最善だと思ったのだ。
「リンを肩車して、トーマが操られる……か。ふうん、トーマはなかなか面白い事を思いつくね」
オスカー兄さんは笑いながら、俺の思いつきに感心し、そして、渋るグラントさんにも助言してくれたのだった。
「何だって試してみるのが大事なんです。ひよっとしたらこれで、トーマの戦闘能力の低さとリンの機動力の乏しさを補えるかもしれませんよ。もし失敗したとしても、トーマのいい経験になりますし」
しばらく腕組みをして考えていたグラントさんだったが。
「分かった。やるだけやってみろ」
そう言ってこの挑戦を認めてくれた。あとは実践あるのみだ。
「さあ、スキルの効果、見せてくれ」
対戦相手のオスカーが木剣を構える。
「同調発動!リン、いくぞ!」
『分カッタ!』
掛け声とともに俺たちはオスカーに斬りかかった。
リンが俺を操作しオスカーに攻撃を仕掛ける、俺は、いやリンに操作された俺は木刀を振り下ろすがその攻撃は空を切った。剣先をかわし体勢を立て直したオスカーが反撃にでる。その攻撃を俺は受け……きれずにくらってしまう。攻撃を受けた左腕に痛みが走る。その後も攻撃を仕掛けるとかわされ、向こうの攻撃にもなかなかついて行けず、剣をまじえるごとに生傷が増えていった。
リンは同調をまだうまく使いこなせない。攻撃は当たらず反撃は食らってしまう。
まあ、これは想定していた事だ。
なにせ同調して訓練するのは初めての事だ。最初から上手くいくなんて楽観的なことは考えていない。今も反撃もままならず何度も攻撃を受けている。だが、それでも昨日までの俺の戦い方とは違い、目をそらすことはない。そして反撃に移る動作もおそらくリン方が俺より早い。
何度も打ち込まれるのは以前と同じだが、オスカーの剣技をかわす事が出来る回数が俺が単独で戦うより多い。さらに打ち合ううちに徐々にオスカーの動きについていけるようになってきている。
リンは戦いの中で俺の操作方法を少しずつモノにしているのが分かる。たったの一戦、しかも戦いの中で、だ。睨んだとおり戦闘のセンスはかなりある。
何よりすごいのは、リンのバランス感覚だ。俺の両手は木刀を持っているので、リンの体を支える事はできない。それなのに一度も落ちないのだ。かなり激しい動きをしているのに、だ。そして俺も訓練中に転ぶことはなかった。リンが俺の体を上手く制御してくれているからだろう。リンって本当にすごい。
「よし、一旦休憩!」
グラントの声かけで訓練を止め、俺たちは同調を解除した。
「いやー、初日なのに随分二人の息が合っていたと思うよ。いい感じだったね」
そう言うオスカーの額には汗が流れていた。初日に手合わせした時は、涼しい顔で汗一つかいていなかったのだから、同調しながらの訓練としては上々だったんじゃないか。
『ミナト、体大丈夫?』
リンが俺の体を心配してくれる。確かに何度も打ち込まれて、体は無茶苦茶痛い。でも初日に打ち込まれてへとへとになっていた時より全然平気だ。きっと同調の訓練が上手くいっていて、とてもうれしいからだろう。気分が高揚してまだまだ訓練できる気がする!
「ああ、大丈夫。平気、平気……!」
本当は喋り出すと息が荒くなっていて、全然平気じゃなかった。でもリンを心配させてもいけないしな。
そんな俺たちを見て、オスカーはお茶を持ってきてくれた。リンを下ろし近くの木陰で並んで座る。オスカーに貰った冷たいお茶が体に染み渡る。
「訓練も大事だけどあまり怪我だらけになると、母さんが心配するから程々にね?」
「ありがとう兄さん。エリ……母さん少し元気になったみたいだし、良かったよ」
今朝、エリスさんはいつも通りの明るい笑顔で、俺たちを起こしに来た。それからパンと牛乳とフルーツの軽い食事を皆で食べた。俺もエリスさんも、昨晩の事はおくびにも出さなかった。
「僕も見回り中、母さんの事が気になって全然仕事にならなかったよ。また倒れたらどうしようって。でも今朝は朝ごはんも沢山食べてたから、安心したよ」
やっぱり、オスカーも心配していたんだ。それはそうだろう、ほんの少し前までエリスさんは死と隣り合わせの状態で、そのエリスさんをずっと看病していたのがオスカーだったのだから。
「でも、これから、いつ戦いになってもおかしくない状況だから……僕たちも、母さんにおんぶに抱っこにならないように、できる事をしなくちゃね」
そう言ってオスカーはまた、他の人たちの訓練を手伝いに行った。
「さて、俺たちもまた訓練しようか?リン」
『ウン。デモミナト大丈夫ナノ?』
立ち上がった俺にリンが心配そうに聞いてくる。
「え?ああ、大丈夫。痛い所はポーション飲んだらすぐに良くなる程度だし、それより訓練すればするほど息が合ってきて、上手く動けるからすごく楽しいんだ。自分の体ってこんなに動けたんだって、びっくりした」
『ウウン。ソウジャナクッテ、リンニ操ラレテ平気ナノ?ッテ事』
へ?リンに操られる事?……あ、ひょっとして従魔にマスターが操られるのはイヤじゃないかって事なのか?
「別に嫌じゃないさ。だって、俺が訓練したって多分こんなには動けない。俺がやるより、リンに操ってもらった方がずっといいんだよ。リンが俺を操るのが嫌ならしょうがないけど……。どう?リンはやっぱり一人で戦った方が戦いやすい?」
『……最初ハ上手ク行カナッタ。デモ、ミナトノ体ヲ自分ノ体ノ一部ダト思ッテ、動カスト良クナッタ!リンハ足ガ思ッタヨウニ動カナイカラ……。ミナトノ体、全部動イテ楽シイ!』
リンも同調して俺を操作する事に楽しさを覚えてくれているのかな。ちょっとほっとした。まあ、手の内にいれるまではまだまだかかりそう。シンクロ率30%といったところか。
『……人間ハ高慢デ、従魔ヲゴミノヨウニ扱ウ。従ワナイト殴ッタリ、殺シタリ平気デスルッテ聞イタノニ、ミナトモ、エリスモ全然違ウ……ミンナ優シイ』
リンがつぶやくように言う。
「うん。従魔を粗雑に扱う人間がいる事は否定できない。でも俺は少なくともリンに対して、そんな風に扱おうとは思っていないよ。エリスさんもオスカーもそんな事はしないと思う。だから安心して俺を操ってほしいんだ。頼めるかい?」
そう言った俺の体にリンが手を回しギュッと抱きついてきた。
『ミナトハ、本当二変ワッテル』
「前に言っただろう?俺はこの世界の人間じゃなかった。だからこの世界の常識が分からないんだ。自分ではごく一般的な人間だと思っているけどさ」
俺の言葉にリンはうれしそうに微笑む。その後、「でも……」と一旦言葉を切り
『ミナトハ、リンノ事ヲ大事二シテクレルヨネ?デモ自分ノ事ハ軽ク見テイル。自分モ大事二シテ』
と言った。
「それは……リンも同じだよ。リンも自分をもっと大事にしよう。俺を庇い過ぎてると思う」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
さて、また訓練しよう。とにかく戦力になれるように、今は努力あるのみだ。エリスさんの事があるけど村が何とかなるまでは、この村に居たい。それが、仮初めでも平穏であったこの村を、戦いに駆り立ててしまった俺の責任だと思うから……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『右!』
『受ケテ!左脇隙ガアルヨ、突イテ、カワス!』
右方向からの斬撃を受け止め、返す刀で左側に反撃。剣をかわしながら数合打ち合う。
木と木がぶつかり合う音が響く。
『正面カラ突キガ来ル!半歩ズラシテ、受ケ流シ!』
正面からくる突きをいなしつつ、半歩横に動く。
勢いを殺せず体勢を崩した隙を見逃さず、相手の胴に木刀を打ち込んだ。
「うっ……!」
「よし、そこまで!」
グラントさんの声がかかった。
「リン、終わったよ」
声をかけるのと同時に、ふっと力が抜ける。
リンが同調を解いたのだ。対戦相手に近寄り、座り込んでいた相手に手を貸す。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう。イテテテ……数日で凄く強くなったじゃないか、トーマ。それにしても従魔を肩車しているのに、こんなに動けるなんて、スゲェなあ」
リンはお荷物じゃなく、むしろ俺を動かすリンがすごいんだけど、言ってもなかなかそういう事を理解してもらえない。冗談だと思われて、笑われて終わってしまっている。
それにしても、この5日間でオスカー以外の村人たちとも訓練してきたが、めきめきと力がついてきたのが分かる。
「本当に、トーマ一人で戦うのとは雲泥の差だな。最初はふざけているのかと思ったが、なかなかどうして二人の欠点を補いあっている、素晴らしい上達っぷりだ」
グラントさんが、まんざらではない表情をして俺たちを褒めてくれた。
「リンのおかげです」
「確かにそうだが、お前も得たものがあるだろう?」
「はい、リンが操ってくれているおかげで、自分でもどう動けばいいか何となく分かってきた気がします」
同調発動時、俺の体は基本的にリンの指示通りにしか動けないので、その間俺は自分と対戦相手がどう動くかをじっくり観察する事が出来た。さらにリンに動作の時に何をするか念話で伝えてもらうように頼んだ。リンは瞬時に俺の体を動かすので、言葉の伝達は難しいと言っていたが、できる限り伝えてくれた。
そしてそれは俺にもプラスになる。操るのは俺の体。つまり、「こういう時はこう動く、この攻撃はこう対処する」という動きをリンが教えてくれる。訓練を重ねれば、俺がひとりの時にも役に立つ時が来るはずだ。
「トーマもリンも、モノになってきて楽しみだな。近く俺と試合をしよう。何、こういうのは勝ち負けじゃない。強い相手と戦う事で一気に伸びることもあるんだ。何事も経験だからな」
グラントさんがニッと笑って俺に言う。そ、そうだろうか?実力差ありすぎじゃないかな?俺は冷や汗をかきながら、そういうものですか……とあいまいに返事をしておいた。
「おっと、もうじき昼だな。今日の訓練はここまでにしよう。」
グラントさんが解散を告げ、集まった20名程度の参加者は各々家路へ向かう。村の防衛力強化のために見回りや柵などを作ったりする人もいるので、いつも参加する人数はこれくらいである。
「トーマ、毎日頑張っているね!今日の模擬戦も素晴らしかったよ。僕は他の人と防衛隊の仕事の事で話したい事があるから先に帰っていて、母さんにも伝えておいて」
数名の村人は、午後からの仕事の伝達でもあるのか、話し合っている。
「うん、分かった。兄さんの分のお昼ごはんは残しておくから、用事が終わったらしっかり食べて。兄さんは忙しすぎるから」
「大丈夫、大丈夫!話し終わったらすぐ戻るよ」
オスカーは笑顔で手を振る。
そうして俺とリンは一足先に家へ戻った。
「お帰りなさい、訓練お疲れ様」
帰るとエリスさんが明るく声をかけてくれた。俺がトーマではないと分かってからも、変わらず接してくれている。あの夜の事は本当にあったんだろうか、夢でも見ていたんじゃないか?と思えるような自然な笑顔。この人は母さん、母さんだと自分に言い聞かせるようにしていたのに、本当にその笑顔がまぶしくて無茶苦茶可愛いと思ってしまう。
でも、いまの俺はトーマの姿をしている。彼女にも葛藤があるはずだ。下手な言葉は苦しめるだけ。この思いはそっと胸にしまっておくしかない訳だ。
「今日の訓練ではグラントさんに褒められたんですよ。ねえリン?」
そう言うとリンが笑顔で何度も頷く。
「すごいじゃない!オスカーから聞いてたけど、日に日に上達しているんですってね。素晴らしいわ!」
エリスさんはほめながら、リンの頭を撫でてくれる。リンもえへへと嬉しそうにしている。
「兄さんは防衛隊の人たちと話があるそうで、もう少ししたら戻ってくるそうです」
「そうなの……オスカー最近頑張りすぎよね……心配だわ」
「俺もそう思って、オスカーに言った事があるんですけど、村が平和になるまで頑張りたいって……」
エリスさんはぽつりと、やっぱり気にしているのね……と小さな声でつぶやいた。
「え?」
「あ、何でもないのよ。さあ、お昼ご飯にしましょう。と、いっても昨日、あなたがたくさん作ってくれた美味しい煮込み料理の残りなんだけど、本当にどうしてこんなにおいしく作れるのかしら?」
「はは、なんででしょうね?愛情をたくさん込めたからでしょうかね?」
「まぁ……」
エリスさんが何か言いかけた時だった。
、玄関の戸が激しくたたかれ、助けを求める声が響いた。
「エリスさん、大変です!助けてください!エリスさん!」
俺とエリスさんは顔を見合わせる。急いで戸を開けると外には若い男が立っていた、訓練に参加していた人だ。慌てて走ってきたのだろう。息をするのもやっとという感じだ。
「敵が、敵が来たんです!……助けてください!オスカーさんが……!」