29話 ルコール家の深窓令嬢
「ミナト!ほら家だよ!向こうには門が見える!あれがガルラ王国?」
リンの指差す先、森の木々の間から山の麓が見えた。そこにちらほらと人家と検問所らしき建物などが見えてくる。セイルス王国側から登り始めて四日目。俺達は遂にドレイク山脈を踏破し、ガルラ王国に到着した。
「ここまでくればもう大丈夫だ。お前ら普段着に着替えるといいぜ」
ハラードにそう言われ、雪山で着ていた分厚い防寒着を着替える。はー。やっぱり普段着は動きやすいや。どうやらガルラ王国の気候は、セイルス王国とそう変わりはないらしい。
「ブロス〜。ガルラ王国に着いたよー。そろそろ起きて〜」
リンが声をかけると服がもぞもぞと動き、ブロスがひょいっと顔を覗かせた。
「ん?リン、カニなんか連れてきてたのか?」
「ハラ―ド、ブロスはただのカニじゃないんだよ~?でも寒いのはちょっとにがてなんだって。だから今まで「とうみん」してたんだよ!」
「冬眠?あの寒い山の中、ずっとグースカ寝てたってのか?」
「そうだよ!寒いのはイヤだけど、ブロスだってリン達と色んな所へ行きたいんだもん!ね、ブロス?」
するとブロスがリンのカサカサと頭の上に登り、両方のハサミを天に掲げながらシャキーン!とポーズを決めた。
「ハラードさん。ブロスは別に怪しい魔物じゃないので連れていってもいいですよね?」
「ああ、構わん。なんせ邪気が全く感じられないからな。ただここはもうガルラ王国だ。お前らにとっては他国。一度はぐれたら大変な事になるのは理解しておけよ」
そうだった。もういよいよガルラ王国だ。これからガルラ王に謁見しないといけないんだよなぁ。しかも西セイルスの命運を左右するような事項なんだよね。ああ〜、考えてると今から緊張するんじゃあー。
あ、そうだ。
「そういえばハラードさん。これから謁見しに行くガルラ王ってどんな方なんですか?」
「おう。昔から聡明でな。家臣や民の生活を常に気にかけておられる。とても思慮深くお優しい御方だ。うちのバカ息子も少しは王を見習い落ち着けば良いものを。とても同い年とは思えん」
「へぇ、ベルドさんと同じ歳なんですか」
そういえばベルドさんの歳って知らないな。ドワーフは長寿だから感覚が人族と違うけど、「老け顔のベルド」って言われてたくらいだから案外若いのかな?奥さんのアガサさんも若々しいし。
「ただ王は身体が少々弱くてな。頑健なドワーフ族にしては食も細く、病気がちで床に伏せることも多い」
「そうなんですか?でもそれじゃ、王として政務もままならないのでは?」
「政務に関しては基本的に俺達側近が担っている。王には裁可を得るだけにして、出来るだけ負担を減らすようにしているからな」
「なるほど、それなら大丈夫そうですね」
「政治面では問題ないんだが……」
「何かあるんですか?」
渋い顔をしていたハラードに俺が問いかけた時だった。
「お世継ぎ、ですよね?」
口を開いたのはコンラッドだ。
「ミナトさん。ガルラ王にはまだ御世継ぎがいらっしゃらないんですよ」
「あ、そうなんですか?コンラッドさん」
「ええ。そしてガルラ王の御正妻はエマール様と言って、ベルドさんの妻アガサさんの姉に当たる御方。ハンマ家としてもルコール家としてもこの問題には大いに頭を悩ませている事でしょうね」
「ただ王とエマールとの仲は決して悪くはない。子供が出来ないことで側室をという声が上がった際、それを断ったのは王自身だからな。ただその事も、王にとっては心労になっているはずだ」
「なるほど。じゃあ良いお酒を飲んでもらうとかは?ドワーフの王様なんだからお酒を飲んだらハラードさんみたいに元気になるとかはないんですかね?」
「酒は試してみたんだが残念ながらそこまでの効果はなかった。神酒を試してみては、という声もあったが効果の強い神酒に王の身体が持ちこたえられるか分からない。薬も試してみたんだがあまり効果はなかった。ゆえになかなか打開策が見つからんのが現状だ」
ん〜、体を丈夫にする薬ねぇ……?一応、前世の風邪薬くらいはまだあるけど用途が違うしなぁ。
俺の持っている物で何かいいものないかな。でも下手に変な薬を出して効かなかったり、もっと悪くなったりしたら……。相手は王様だもんね。俺、打ち首かもしれないな。ははは……。
ん?いや、待てよ。アレならひょっとして……。
「ハラードさん。これ、使えないですかね?ちょっと試しに飲んでみて下さい」
マジックバッグから一本の瓶を取り出すとハラードに手渡す。
「ん?なんだこりゃ?」
「えっと、色々な生薬が入っているお酒で「薬用酒」です。嗜好品ではなく薬用、つまり薬として毎日、少量づつ服用します。効果としては滋養強壮とか、虚弱体質の改善ですね」
これは前世にあった薬用酒。オヤジが毎日飲んでたものだ。
「なるほどな。ほう、確かに生薬の香りがするな。どれ……」
手の甲に少量垂らし、匂いを嗅いだあと口に含む。するとハラードの目がカッと見開かれた。
「こ、こいつは……!?ミナト、予定変更だ!城に行く前にルコール家に寄るぞ。早く支度を整えろ!」
そうして俺達は、ハラードに急かされるまま検問所へと向かった。
「警備ご苦労。ハンマ家のハラードだ。王からの任務でセイルス王国に出国していたが今、帰還した。こっちはセイルス王国の使者でミナトだ」
「お帰りなさいませ、ハラード様。ご使者様、ガルラ王国へようこそ」
「あ、どうも」
話を聞いた検問所の衛兵が恭しく頭を下げる。お〜、やっぱり衛兵はドワーフだ。ずんぐりとした体型と警備兵らしいビキビキな筋肉!下手に暴れたら一瞬で制圧されそうだ。
にしてもハラードさんほどの大貴族ともなると扱いが違うなぁ。俺はルカに発行してもらった身分証を示し、無事にガルラ王国に入国を果たす。ちなみにハラードは顔パスだ。身分証は持ってないって言ってたしな。
「ところで悪いが、エリザベートに面会したい。至急で馬車を用意してくれるか?それとな……」
ハラードが衛兵に何事かを耳打ちする。
「はっ、畏まりました!」
衛兵の一人が急いで検問所を出ていく。その直後、近くの伝令所と思われる建物から曳光弾が打ち上げられた。
「さて、これで馬車がくる。それまでちっとばかり待っててくれ」
その言葉通り、間もなくやって来た豪華な馬車に乗り込み検問所をあとにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺達が乗り込むと馬車はすぐに出発した。急いで呼んだにしては内装は豪華で清掃も隅々まで行き届いている。普通のチャーター馬車じゃないのかな?
「ミナト〜!ずーっと向こうまで畑だよ!広いね〜!」
馬車の車窓から見える景色をリンが楽しそうに眺めている。検問所を出てまず俺達の目に飛び込んできたのは巨大な麦畑。どこまであるのか分からないくらい広大な畑に麦が栽培されており、所々に世話をしている人々の姿が見える。こんな広い麦畑はバーグマン領にはない。
「ミナト!あの人見て。何かに乗ってるよ!」
見ると小型の車のような機械が前進しながら麦畑を刈り取っている。その姿は前世で見たコンバインのような出で立ちだ。
見ていると刈り取られた麦は自動である程度の数で縄が巻かれ束にされたあと、後ろに連結された荷車に次々に積まれていく。はぁ?マジか!?随分近代化されてるな。ドワーフの技術力怖いわ~!
「フフン。初めて見たか、ミナト。あれは自動麦刈り機だ。アレのおかげで負担も軽く人員も少なくてすむ。いっぱいになったら後ろの荷車を外して集積工場へと輸送するシステムだ。この辺の麦畑は主にビールの製造に使われる品種だな」
「は〜。ガルラ王国って、すさまじい技術力ですね……」
バーグマン領では穀物の収穫は昔ながらの人の手による手作業だ。任務で西セイルス各地を回った俺からみてもあのような機械を導入している領地はない。如何にガルラ王国の技術が進んでいるかわかるってもんだ。オスカーも王都に行くよりこっちに来た方が良かったんじゃなかろうか!?
「えっ?ブロスも麦をチョキチョキできるって?あはは!おっきいハサミがあるもんね!……あ、ミナト。今度はぶどう畑があるよ!こっちも大っきいねー!」
「おー、ほんとだ。でかいなぁ!」
暫くすると車窓の風景が麦畑から果樹園に変わった。延々と続く田園風景がなんとも美しい。
「あっ、リンゴの木もある!美味しそう!……えっ?でも双子山のリンゴが1番?うんうん、分かってるね、ブロス〜。イアンが作ってるリンゴとブドウが世界で一番美味しいもんね!」
収穫されたリンゴがはいった箱が大量に置かれている。あれも集積工場に運ぶのかな?
「あれは果実酒に使う果物を作る為の果樹園だ。それ用に品種改良がなされているんだぜ」
自慢げな顔のハラード。は〜、さすが酒をこよなく愛するドワーフだ。美味しい酒を求め続けるその探求心には頭が下がる。
馬車が走り始めてはや、3時間が経った。途中で小休憩を挟みつつ、ずっとのどかな風景を映し出す中(さすがにお尻が痛くなってきた)、馬車がようやく大きな門の前に到着した。
目の前には豪奢な造りの門。その先は林のようになっていて奥までは見通せない。衛兵が確認の為に馬車に近づいてくるが、ハラードが窓を開けて「警備ご苦労」と言うと、顔見知りなのか衛兵が敬礼し、門を開けた。観音開き重厚な分厚い門が厳かに開き。馬車が再び走り出した。え、まだ馬車に乗ってていいの?ルコール家の屋敷まではまだあるって事なの?遠いねぇ~。
「ハラ―ドさん、ルコール家というのはガルラ王国の検問所から遠いんですかね?随分走って来ましたよね?
「ん?ハハハ。いや、ずっとルコール家の敷地を走っていたぞ?屋敷に行くのにここが一番最短のルートなんだ」
「ほぇ?」
「ミナトさん、あの最初の検問所から既にルコール家の敷地内、つまり私有地だったみたいですよ」
「え、ええー!?あそこからここまで全部ルコール家の私有地だったんですか!?」
「ああ、コンラッドの言う通りだ。ルコール家は貴族であると同時に国内一の酒造家でもある。ここいらの畑や果樹園は全てルコール家の所有物だ。もちろん収穫した作物を作物を貯蔵する貯蔵庫や醸造工場なんかも敷地内にある。敷地内を端から端まで歩いたら一日じゃ辿り着けないくらいの広さがあるぜ」
ヒュー、でかすぎ!さすが大貴族ですわ。
「この馬車もルコール家の家紋が付いた私用馬車ですしね。さすが、ルコール家。庶民にとっては夢のような乗り心地です」
「はー。でもコンラッドさん。果樹園も麦畑もとんでもない広さがありましたよ。それに敷地内に工場もあるんですよね。だとすればものすごい人数が働いているんじゃないですか?」
「そうです。それを丸抱え出来る財力と権力を有するのが大貴族ルコール家なんですよ。総帥からこんな話を聞いたことがあります。「ガルラ王国に両輪あり。西のルコール、東のハンマ。両輪が正しく回る限りガルラ王国は安寧である」と」
「つまりその二家がある限り、ガルラ王国は安泰ということですか」
それにしてもベルドはそんな家の次期当主かぁ。あんまり気乗りしてなさそうな感じだったけど、本人は貴族ってより職人気質だし。国を代表する大貴族なんてどれだけのプレッシャーか分かったもんじゃないよねぇ。俺は平民で良かった~。あ、この間準男爵の爵位もらっちゃってたか。それはともかく鍛冶屋の親父が似合っているのに、将来(?)どうするんだろうなベルド……。
「ミナト!見て見て!でっかいお城が見えるよ!」
森が途切れ、俺の視界に巨大な城が姿を見せる。その姿は、まさしく俺が昔、テレビでみたような巨大な白亜の城だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ハラードだ!邪魔するぜ!」
「わぁ〜!リッパな建物だねぇ、アダムスはくのお城みたい!」
城に足を踏み入れると荘厳な造り玄関が俺達を出迎える。そして城の主人らしき人物が大勢の従者を従え、俺達の到着を待っていた。
……あれ?てかあの人は……。
「アガサさんじゃないですか!ご無沙汰してます!」
なぁんだ。ベルドさんの奥さんのアガサさんじゃないか。それなら緊張しなくてすむや。
「……おいミナト。そいつはアガサじゃないぞ。アガサはハンマ家の屋敷に居るぜ」
「……へ?」
「ふふっ、お初にお目にかかります。私、ルコール家の当主エリザベート=ルコールと申します。ようこそミナトさん、我がルコール家へ。貴方の事は娘のアガサから聞き及んでおりますわ」
そういって挨拶するエリザベート。仕草も身に纏う衣装も気品に溢れている。
「え、えええっ!?アガサさんのお母さん!?す、すいません!てっきりアガサさんとばかり!」
「あらあら、お上手な御方ですこと。聞けばミナトさんはセイルス王国の英雄だとか。ドラゴンを一人で倒したとの評判は、このガルラ王国にも届いておりましてよ」
「え、いや、英雄とか言われるとこそばゆいんですけど……!」
「まぁ、ずいぶんと御謙遜なさるのね。この度はセイルス王国からの使者としての来訪とか。ルコール家当主として歓迎致しますわ」
穏やかな笑顔をたたえるエリザベート。その姿が、どこを切り取っても絵になるようなそんな優美さだ。
この人がルコール家のトップかぁ。ルコール家は女当主なんだな。
「若く見えるだろ?エリザベートは俺と同じスキルを持っているからな」
「あら?若々しさを保つのはスキルだけじゃありませんよ、ハラード。日頃の気持ちの持ちよう次第です」
「ハッ、よく言うぜ。おっと、今日はそんな事を言いに来たんじゃねぇ。お前さんの悩みが解決できるかも知れねぇぜ?……ミナト、例のものを出してくれるか?エリザベート、こいつの鑑定を頼む」
取り出した薬用酒を執事らしき人に手渡すと、丁重に抱えエリザベートに差し出す。受けとったエリザベートの表情がサッと変わった。
「これは……!?ディアナ!これを急いで分析して頂戴!」
「はい、お母様!」
ディアナと呼ばれた女性が瓶を受け取ると足早に奥へと姿を消した。
「ハラードさん、今の女性は?」
「ああ。エリザベートの三女で名をディアナという。ルコール家の次期当主でもある」
「てことはアガサさんの妹さんですか?随分とお若い方のようですけど」
ルコール家の人達ってドワーフ族なのにまるで人族みたいにスマートな人が多いなぁ。セイルス王国にいてもドワーフとは気づかなさそう。ハンマ家はいかにもドワーフっていう感じなのにね。にしても綺麗な人だなぁ。
「あら?ミナトさんはディアナに興味がお有りかしら?」
「え?い、いえ!すいません、ちょっと気になったものですから!」
「ホホホ。そう、ならちょうど良いわ」
「……?」
何がちょうど良いのか?と思っているとディアナが戻ってきてエリザベートに何事かを耳打ちした。
「分かりました。……ハラード。私もこれからすぐ王都に向かおうと思います。よろしくて?」
「俺は一向に構わねぇぜ。もとよりそのつもりだしな。その代わり旅支度は手短に頼むぜ?エリザベートの支度は長くっていけねぇ」
「善処しますわ。……ミナトさん、貴方も私達と一緒に王都イスベルに向かっていただきます。よろしくて?」
「え?あ、はい」
そして急に慌ただしくなる城内。二時間程待った後に用意された三両の馬車に分乗し、俺達はガルラ王国の王都イスベルに向け出発した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
綺羅びやかな三両の馬車が街道を進む。広大なルコール家の私有地を過ぎると馬車はいくつかの街を通り過ぎていく。王都イスベルへは三日程の行程になるらしい。
こうして車窓から眺める景色はバーグマン領と変わらない。いや、バーグマン領とは逆に南側に山脈の尾根をのぞむところは違うか。
もちろんドワーフの国なのでドワーフ族が多いし、鍛冶屋もバーグマン領に比べて多い。きっと腕の良い職人がセイルス王国より多くいるのだろう。そして酒場や酒屋の数も明らかに多い。
でもいくつかの街を通り過ぎて思ったのはいわゆる庶民と呼ばれる人達の生活はセイルスとそれ程変わらないんじゃないか、という事。技術的な水準が高いと言われているガルラ王国だが、それが一般の人達まであまねく享受できているかといえばそこまででもない気がする。途中の村で畑を耕していた人達はセイルス王国と同じ農機具を使っていたし。
……にしても……。
チラリと前を見る。そこには同乗者のディアナが静かに座席に腰をおろしていた。その姿はその容姿と相まって深窓の令嬢という言葉がぴったりだった。
配車の際にエリザベートから「ミナトさんはディアナと乗車してくださいまし」となぜかハラードやコンラッドとは別の馬車に乗せられてしまったのだ。しかもそれはディアナの希望だという。
……何故?何故俺はこの人と一緒の馬車に乗っているんだ?知らない貴族のお嬢様と狭い馬車の中で同乗するのは緊張するよ……。
「ミナトさん」
「は、はひぃ!?」
突然のディアナの声かけに思わず上ずった声がでてしまった。
「一つお聞きしたいことがあります。よろしいですか?」
「え、えっと、な、何でしょう?」
凛とした声にやはりこの人も立派な貴族の娘だなと感じる。馬車の中でも微塵も姿勢を崩さない淑女。厳しくしつけられたであろう物腰や品が町民とは一線を画しているからだ。
そのディアナが口を開いた。
「失礼を承知で単刀直入にお聞きします。ミナトさん、あなたはもしやこの世界の人間ではないのではありませんか?」