16話 恩寵と呪い
オスカーを連れて屋敷へ戻った。母さんは部屋に居たのだが、部屋の前から声をかけると
「大丈夫だけど、夜まで休んでいるわ。少し、疲れたみたい」
と返事があったものの、部屋から出てくる事はなかった。
「心配だね……。でも、寝てるんだったら起こさない方がいいし、様子をみようか?きっと明日になったら、また元気な母さんに戻っているよ」
オスカーは、そう言って俺を励ましてくれる。
固有スキルの事はオスカーには伏せておいた。母さんがあれだけ驚いた事なのだ、人に伝えてはいけなかった事なのかもしれないと思ったからだ。
リンも固有スキルの事は分からないと言うし、ひょっとして固有スキルってこの世界では禁忌的なものだったのか?良い事ならば、エリスさんは喜んでくれたはずだ。何だか急に見捨てられてしまったような、寂しい気持ちになる。
オスカーは防衛隊の活動や、村の雑事で忙しいらしく、また顔を出すからと言って仕事に戻っていった。
夕食時にも、母さんは部屋から出てこなかった。部屋をノックしたが返事がない。母さんの夕食は残しておいて、いつでも食べられるようにしておいた。
『エリス、大丈夫カナ……?』
「俺も心配してる。でも今は待つしかないな……」
部屋に戻った俺たちは、また同調スキルについて話し合った。俺とリンで比べた場合、戦闘センスは明らかにリンの方が上だ。思い切りよく、覇気もある。訓練でも上達しているのが分かる。そういう意味では他力本願でもリンに操ってもらう方が、自分で戦うよりいいかもしれない。
その場合、ネックになるのは有効範囲だ。これを克服するには……。
その時、部屋の戸がノックされた。
「エリスよ。今、いいかしら?」
母さんの声だ。俺は急いで部屋の戸を開け、部屋に入ってもらう。そして椅子を用意し座ってもらった。
「体調は良くなった?俺が余計な事を言ってしまったせいで、ごめんなさい」
「違うの……あなたが何かしたからじゃないの、スキルを見ている途中だったのに……私の方こそごめんなさいね……」
俺のせいじゃない?でも、目は少し赤く、表情も少しやつれているように感じる。これが俺のせいじゃないと言っているが、本当だろうか?
母さんは俺をじっと見つめている。そうやって、まっすぐに見る母さんの瞳は、とても綺麗だがそれと共に複雑な感情も入り混じっているように見えた。
母さんが口を開く。
「単刀直入に聞くわ。あなたはトーマじゃない、そうよね?」
思いもしなかった母さんからの問い。心拍数が跳ね上がり、呼吸が乱れる。
「な、何でそう思ったんです?」
違う、これじゃ否定になっていない。ごまかせていない。突然の事態に冷や汗が出てくる
確かに俺はトーマじゃない。でもなんでいまさら……?
「夢を見たの」
「……夢?」
「女神パナケイア様。あなたなら知っているはずよね?パナケイア様が夢に出てきたの。あなたが村に来る前の晩の事よ」
パナケイアさんが?どうして……。
「パナケイア様は言ったわ。間もなくお前の下に、薬を持った者が現れる。その者は私の選んだ選定者である。姿はトーマに似ているが、その者はトーマではない。くれぐれも間違わないように、と」
俺がトーマじゃないって教えたのは、パナケイアさんなのか?じゃあ母さんは最初から俺の正体を知っていた事になる。それならなんで……。
「俺がトーマじゃないって分かっていたのに、どうして今まで、トーマに接するようにしてくれたんですか?」
「信じたくなかったから……夢の通りにあなたが薬を持ち帰ってきて……でも顔を見たらトーマなの。ほくろの位置も、五歳の時に木から落ちて大怪我をした時の傷も、トーマだったの……だから、私が気づかないふりをしていたら、ずっと私の元にいてくれるんじゃないかって……」
エリスさんは、はらはらと涙をこぼす。俺はただ謝る事しかできなかった。
「ごめんなさい。泣かないようにしようと思ったんだけど、小さなトーマの事を思い出してしまって……あなたは悪くないのに」
「俺の方こそ、エリスさんやオスカーさんを騙していた事になるから……責められても仕方ないと思っています。本当にすみませんでした」
「違うわ!あなたが薬を持ってきてくれなかったら、私は死んでいたの。感謝こそすれ、責める事なんて絶対にないわ」
それに、とエリスさんは続ける。
「あなたが固有スキルを持っている、と知ってしまったから……あなたがトーマのままでいてもらうわけにはいかないと思ったの」
また、固有スキルか、これにどんな意味があると言うんだ?
「固有スキルはね、別名「神の恩寵」スキルなの。ギフトスキルとも呼ばれていて神から与えられた特別なものと聞いたことがある。そのスキルを持つものは「果たすべき使命」を神から与えられているという事」
エリスさんは俺の手をぎゅっと握る。
「あなたはトーマとして生きるのではなく、あなたとして、自身の使命を果さなければならないわ」
固有スキルは神の恩寵……?そうだったのか、知らなかった。パナケイアさん何も教えてくれなかったからな。
「俺、まだ選定者になって、一週間くらいなので、何が使命か、何をすればいいのか全然わからなかったんです。でもこの村に来て、ヴィランの圧政に苦しんでいる人たちをみたら、何か役に立ちたいと思ったんです。だから、今は自分の使命より、この村の事を考えたいと思っているんです」
俺は自分の今の気持ちをエリスさんに伝えた。エリスさんは微笑んでくれた、が
「ありがとう。でもこの村の事はね、あなたは巻き込まれただけなのだから、自分の命を危険にさらすような事は、しないでほしいの。もし、村に危機が迫っても、責任を負う事はないわ。その時は、お願いだから村を離れて頂戴」
「え……」
「もう一度、トーマを失いたくないの……」
祈るような目で見つめられて、俺は何も言うことができなかった。
エリスさんは俺を見つめたまま
「トーマが死んでしまったのは、私の所為だったんだから」
「そんな事……!」
俺はトーマの死が、エリスさんの所為じゃないと言いたかった。だがエリスさんは俺の言葉を制した。
「いいえ、聞いて。私は、いえ、私の一族はね、昔、私の父が魔族と契約したために、呪われてしまっているの」
「呪い……ですか?」
呪いといえばファンタジーではおなじみだ。身体に異変が出たり、行動に制約を科せられたり。そんな物騒なもの普通なら避ける。魔族というワードもいかにも不穏という気がする。エリスさんの父親さんはなんでそんなものに手を出したんだ?
「父が冒険者だった頃、故郷で魔物の大量発生が起こったの。父は若くとも名の通った魔術士だったけれど、王国軍ですら苦戦を強いるような魔物の数で、父の力だけではとても抑え込むことはできなかった。でも脅威はすぐそこまで迫ってきていた。そこで父は禁忌といわれた手段を使った」
「それが魔族と契約する事?」
「ええ、魔族を召喚し契約する事で己の望みを叶える。それしか、故郷を救う方法はなかったから……。その契約により父の魔力は増大し、さらに不老の力をも手にし魔物の大量発生を鎮めることに成功し、父は英雄と呼ばれた。絶大な力と引きかえに父が魔族に差し出したのは己の寿命。本来、生きられるはずだった寿命は半分か三分の一程まで奪われた。でも父は故郷を救うためにはそれでもいいと思っていたらしいわ」
「三分の一って、100歳寿命なら33か34歳までしか生きられないってことですか?」
「そう。でも魔術師は体内魔力が高いから、長生きして50歳まで生きたけど。ただその呪いは父だけでは収まらなかった。私の兄や私にも同じ呪いが発現したの」
「エリスさんにもですか?それが分かっていてエリスさんのお父さんは呪いを受けいれたんですか?」
いくら差し迫った事情とはいえ家族まで巻き込むのはどうかと思う。それにしてもエリスさんにお兄さんがいたなんて初めて聞いたな。
「父は知らなかった。その後、産まれた兄や私を見てずっと苦悩していたみたい。だから、私が病に倒れたのは、寿命だったからなの。不老の力のせいで、私の姿が若いままで止まってしまっていた……私いくつに見える?これでも38歳なのよ」
いたずらっぽく、でもどこか寂しげにエリスさんが微笑む。
何と、俺と同い年だったとは……全然そう見えないけど、考えてみればトーマとオスカーの母親だしそのくらいでもおかしくないな。
「トーマは私を病気だと思っていたのね、あの子は止めるのも聞かずに薬を求めて村を出て行ってしまった……だから、トーマは私のせいで……私がトーマの命を奪ってしまったようなものなの……」
「エリスさん……」
「あなたは私の命を救ってくれた。のみならず、私の呪いまで解除してくれた。それは本当に感謝しているの。だからこそ……あなたは、ここにいない方がいい。これは私たちの村の問題だから。それに山賊達の事なら大丈夫。私には魔法があるんだから!」
エリスさんは笑って言った。でも、その笑顔は無理しているように見えた。
「あの、エリスさん」
「なあに?」
俺は伝えようかどうか迷った。が、トーマが言って欲しいと思っているような気がする。
「俺の中にトーマがいたんです……いや、今も一緒にいるっていうか……。それで、話したことがあったんです。エリスさんに薬を渡して、エリスさんは元気になったよって伝えたら、トーマは良かったって言っていました」
「トーマが……?」
「エリスさんが元気になって一番喜んでるのはトーマです。だから、自分を責めるのは止めてください。トーマは絶対、そんな事、望んではいないはずですから」
そう言った時、リンがエリスさんの膝の上にするりと座った。そしてエリスさんの顔をそっと撫でる。
「……リンリン?」
エリスさんはリンを見る。そこには心配そうにエリスさんを見つめるリンの顔があった
『エリス、ドコカ痛イノ?リンガ撫デテアゲルカラ、大丈夫ダヨ』
リンの言葉を伝える。リンはエリスさんの表情を見てどこか具合が悪いのではないか、と心配していらしい。
『オ薬モアルヨ!リン、オ薬、見ツケルノ上手ナンダヨ!ゲンキダケッテ言ウ茸!コレヲ食ベタラ、エリスモキット良クナルカラ!』
「リンリン……」
リンの言葉を聞きエリスさんがリンを抱きしめる。その頬に再び涙が伝う。
「リンリンもあなたも優しい、優しすぎるよ……」
リンもエリスを抱きしめ返す。そして少しの沈黙の後、エリスさんが顔を上げてリンに微笑む。
「ありがとうね、リンリン。もう大丈夫。撫でてもらったから、痛いのが治ったわ。本当にありがとう」
良くなったと聞きリンも笑顔になる。
「色々、迷惑かけてしまったみたい、ごめんなさい。部屋に戻るわね」
「いえ、こちらこそ」
そう言って部屋を出ようとするエリスさんが振り返り俺を見る。
「一つ、聞いてもいい?」
「何ですか?」
「あなたの本当の名前、教えてくれる?」
「え、俺の名前?シノハラ・ミナト。姓がシノハラで、名前がミナトです」
「ミナト、ね。分かったわ。色々ありがとうね、ミンミン」
「ミっ!?」
エリスさんがにっこり笑う。いやいやミンミンて(汗)……もう、すぐにあだ名をつけるんだから……俺38歳なんだよ。流石にミンミンって言われるとなぁ……。
「じゃあ、私、部屋に戻るわ。今日は遅くにごめんなさい。明日からまた元気に頑張るわ!ミンミンも早く休んでね」
部屋を出ていこうとするエリスさんに声をかける。
「あの、俺も一応、大人なのでミンミンはちょっと……」
「そうなの?うーん、じゃあ妥協してミー君。これでいいかしら?」
「出来れば……」
「分かったわ。今日は色々ごめんなさいね。ミー君やリンリンのおかげで元気が出たわ。それじゃ、おやすみなさい」
そう言ってエリスさんは部屋に戻って行った。
エリスさんは20歳そこそこにしか見えない。不老ってすごいな。いやいや、俺も15歳の肉体だからな。他人の事は言えないか。俺の事もそのうちちゃんと話した方がいいかもしれない。
『エリス、イタイノ治ッテ良カッタネ』
「うん、でも、また痛くなるかもしれないから……その時はまた撫でてあげてね」
『ワカッタ!痛イノ治ルマデ、ナデナデスル!』
リンとそんな話をしながらも、俺はエリスさんに申し訳ない気持ちで一杯だった。トーマが死んだのも、この体に俺の魂が入ったのも俺のせいではないけれど……。
俺がこの村にいる限り、俺を見る度に、息子トーマを失った痛みが、エリスさんを苦しめてしまうのではないか。ただ、この村の危機が迫っているのに、俺だけ逃げ出したくはない。少しくらい役に立ってからこの村を去りたい。リンもそれを望んでいる。
明日からどうしたらいいのか、とりとめなく考えているうち夜はふけていった。