25話 辺境伯の苦悩
叙任式を終え数日たった夜、アダムス辺境伯がお忍びで俺の屋敷を訪れた。いつものように客間に通すと、お気に入りの席に腰を下ろすアダムス伯。
「ミナト、改めて叙任式ではご苦労だったな。バーグマン領だけではない、西セイルス全体が英雄の誕生に湧いている。西セイルスを統轄する者として、新たな歴史の門出に立ち合うことができ、嬉しく思うぞ」
「ありがとうございます。でも英雄なんて称号ちょっと荷が勝ちすぎて……。俺には似つかわしくないですよね」
連日の英雄フィーバーにいささかうんざりしていたし、俺は「英雄」なんて柄じゃないんだよねぇ。今からでも返上する訳にはいかないんだろうか?
と、俺の後ろ向きな発言をアダムス伯は一笑に付した。
「ハッハッハ!何を謙遜しておる?お主が受け取らねば、今後偉業を成し遂げる者があらわれても英雄と讃えられないではないか!後進の為にもここは素直に受け取っておくが良い」
そこから少しアダムス伯とギルメデス退治の話題に花を咲かせ、ふと気づいた。今日はアダムス伯は用意されたワインや洋酒に一切、手を付けていない。
いつもならこんな話題の最中には大喜びでグイグイいっているところだ。そうしないって事は、きっとエドが言っていた「思惑」に関係する話をしに来たのだろう。ふむ。一つ水を向けてみるか。
「……アダムス伯。本日は御酒もお進みになられていないようですが、どうかなされたのですか?」
「うむ、英雄ミナトよ。英雄の御前では西セイルスの盟主と言えど恐縮するものよ」
冗談めかした口調でアダムス伯が応じる。元英雄の前でいつも浴びる程飲んでいるじゃないですか、というツッコミは置いておいて。
「今回の叙任式の件、アダムス伯に何かお考えがあるのだと小耳にはさんだのですが……」
「おお、それは誰から聞いた?……いや、だいたい想像はつく。おそらく不肖の息子あたりであろう。そうだな?」
「仰る通りです。ただ、その内容までは聞いてはおりません」
「そうか、ならば話さねばなるまい」
そう言うと、アダムス伯は俺の英雄叙任の件について自身の意図を語り始めた。
端的に言えば西セイルスを一つに結束する為、英雄の名声を利用しようと考えているようだった。先代の英雄「鋼の翼」ハロルドのパーティも、常人からかけ離れた能力を持つ人々だった。その力は王家からの圧力に対する抑止力にもなる。「西セイルスにはドラゴンを一人で倒せる英雄がいる」といえば、それは侮りがたい戦力になるからだとの事だった。
「アダムス伯のお考えは分かりました。しかし、いくら西セイルスに英雄ありといっても所詮俺一人の力ではできることは限られるのでは?」
「その通りだ。はっきり言えば突出した人間が一人居たところで、国という単位で見れば戦力として大局にそこまで影響を及ぼすものではない。しかし英雄は戦力のみでみるものではない。重要なのはそれ以外、具体的には人々の心の拠り所としての意味合いの方が強い。「旗頭」としての存在だな」
「それって軍の象徴って事ですか?」
戦争での旗頭……。前世で言えばジャンヌダルクとか天草四郎とかみたいな?
「もちろん軍に限った話ではないがな。しかし、特に戦争において英雄という存在は兵士達に良い影響を与える。「我が軍にはドラゴンを倒すほどの猛者がついている。万が一ピンチに陥っても、彼ならきっとなんとかしてくれる」とな。それによって末端の兵士たちの士気ですら否が応にでも高まるのだ。英雄ではないが、セイルス王国のグレース皇女も同じようなものだ。戦舞姫と言われ、率いる魔術騎士団の士気は恐ろしいほど高い。ミナトにもそのような存在として西セイルスの兵を鼓舞して欲しい」
「えっ……!ちょっと待ってください!俺にそんな事はできませんよ!」
確かに以前、俺はダニエルとの戦いで街の人達やウィルを率いてバーグマン軍と戦った。でもその時と今回では規模が全く違う。桁違いと言っていい。あの時だって大変だったんだ。更に大規模な戦場に……?無理無理無理っすよ!
「それは重々承知している。軍人でもないお前に軍を率いろという訳ではないのだ。先ほども言ったが大事なのは寧ろそれ以外だ。中央との戦いになった際には恐らくバーグマン軍も西セイルス軍の友軍として参戦する事になる。その際にはお前もルカ殿の側近として参加するだろう。実際に干戈を交えなくとも、その存在が西セイルス軍に良い影響をもたらすと私はそう見ている」
そうか、もしアーサー軍との戦いになればバーグマン軍だって出陣しなければならなくなる。その為に今まで兵装の更新を進めてきたんだしな。領主であるルカを護るのは家臣である俺達の役目だ。まぁ俺は政務官なんだけどさ。
「それとこの度の英雄の認定は、お前にとっては甚だはた迷惑な事だったと思う。しかし、これはミナトにとってもバーグマン家にとっても最悪な状況を回避する為のやむを得ない仕儀だった」
「最悪な状況、ですか?」
「そうだ。今回のシードラゴンの討伐で王家が動く懸念があった。具体的にはアーサーがミナトに対し「セイルス王国の英雄」と認定し爵位と領地が与えられる可能性があった」
「アーサー皇子がですか?あの人がなんで?」
「お前をバーグマン家から引き離すためだ。王家から男爵以上の爵位と領地が与えられる。一見、名誉な事だが領地を与えられるという事は、領主になる事に他ならない。そうなればお前は新たな領主としてこの双子山を離れなければならなくなる」
「あ……」
「王家としてもこれを幸いに爵位と領地を与え、西セイルスから離れた僻地を領地として与えるつもりだっただろう。実際にその動きはあった。だから先手をうった。「セイルス王国の英雄」より「西セイルスの英雄」になったほうがお前にもルカ殿にも良い結果をもたらすと判断したのだ」
「……つまりアダムス伯は、今できる最善の手段で俺を守ってくれたと……」
「最善かどうかはまだ分からん。しかし、今回の措置はお前をこの地に留めるぎりぎりの選択だった。そこは理解してほしい」
「いえ!俺も双子山を離れる事態が一番困りますから。そこまで考えてもらったうえでのご判断、俺もようやく腑に落ちました。準男爵の爵位と「西セイルスの英雄」の称号、ありがたく頂戴致します。ありがとうございました!」
と、アダムス伯に頭を下げた時だった。
「でも英雄ってのは良いことばかりじゃないんだよねぇ」
そう言ってゆっくりと部屋に入ってきたのは一人の眉目秀麗な男。
「盗み聞きとは感心せんなハロルド。元英雄の名が泣くぞ?」
「ははは、元英雄?私が「英雄と呼んでくれ」なんて言ったことがあったかい?英雄なんてものは私を利用したい権力者が私を縛り付けるためにひねり出した名称さ」
「あながち間違ってはいないがな。しかし、それを私に言うか?」
「君が王に列する立場だからこそだよ。英雄になった人間を貴族にする。それはその国に組み込まれるのと同義だ。それまで国という枷にとらわれず動けていた冒険者が、国という色が着くことで行動が制限される。一変した生活にこれまでの活動が出来なくなって、大抵のパーティは解散を余儀なくされる。「英雄」という称号は多くの冒険者が憧れる象徴と同時に高みに登った人間を縛る足枷でもあるからね」
まるでアダムス伯に当て付けるような話を穏やかな口調でハロルドが話す。それは自分自身の経験から来るものだろう。ハロルドのパーティも英雄と祭り上げられた後、解散している。「足枷」という言葉もそれほど的外れな意見ではない気がした。
「俺も、偉くなりたい訳じゃなくて……。うーん。周りの皆ができるだけ幸せに暮らせるようにしたいだけなんで、どこでも英雄だと祭り上げられて、おいそれと身動きが取れなくなるのは困りますよね」
「歴史に名を残すような名声を得た者の責務だ。一時の熱狂も嵐が過ぎるのを待ってもらう他ない。なぁ、ハロルド?」
「そうだね。ビアトリスも言っていたけど熱狂はいつかは醒める。でも私もあの当時は大変だったなぁ。精神的にかなり参ったよ」
「お前がそんなタマか。集まってきた婦女達をとっかえひっかえして逢瀬を楽しんでいただろう?」
「ちょっとチェスター!人聞きの悪いこと言わないでよ!」
「どうだかな。仲間達も呆れていたようだったが」
「い、いやいや、そんな事はしてないって!下手な事は言わないでおくれ!エリスに聞かれたらどうするんだい!?」
大慌てで否定するハロルド。相変わらず娘には頭が上がらないようだ。しかしこの話が続けばハロルドさんの悪行話がどんどん明かされるかもしれない。話題変えた方がいいかな?
「ええっと……。ただ歓迎されるだけならいいんですが、中にはお願いというか頼み事をしてくる人も結構いたりして参りましたよ。「我が村に出没する魔物を退治してくれ」とか「シードラゴンの素材をくれ」とか、あげくは「俺と勝負しろ」とか。ハロルドさんもそういう経験がありましたか?」
咳ばらいをひとつしてからハロルドが答える。
「もちろん。名声を得たり有名になるとそういう連中が沸いてくるものさ。いいかい、ミナト。英雄は誰にも成し遂げられなかった事を成し遂げた者であって、人々の望みを叶える便利屋じゃない。どうにも民衆ってのは、我々英雄を正義の味方か何かと勘違いする節があって困るよ」
「やっぱり色々あったんですか?」
「ああ。ミナトと似たような経験は山ほどね。でも、そもそも魔物の討伐は領主や冒険者ギルドに頼むべきものであって直接頼むものじゃないんだ。個人で担うには魔物の調査だって報酬の交渉だってギルドを介さないと、とても煩わしい繁雑な業務だよ。それが一件や二件じゃない。素材だって苦労して手に入れたまっとうな報酬だ。それを何もしなかった人間が正当な対価も渡さず譲れなんておこがましい。まともな冒険者なら口が割けても言えないだろうね。でもそんな連中は残念ながら次から次に現れる。それこそパーティの活動が滞るほどにね」
「ハロルドさん達も苦労したんですね……」
「しかも質が悪いのはこっちが断ると「英雄なのに」と悪し様にいう連中が居ることだ。英雄を正義の味方のように思い込んでね。勝手に熱狂して、勝手に期待して、勝手に断られたと絶望して、最後には勝手に怒り出して敵視する……。残念だけどこの世界にはそういう自分勝手な人間が沢山いるのさ。苦労が目白押しでさ。そんな英雄が少しくらい息抜きしても罰は当たらないだろう?」
「俺も前々王の弟だったから、その手の手合いはたくさんいたが。ふむ。ミナトも気にしない事だな。まぁなんだかんだ言って、お前は生前英雄の名に恥じぬ男だったさ。それだけは保証する」
「気にしない、で気にならなかったら苦労はしないよ。そんな事ができるのはチェスターだからさ。サイードなんかはそれが煩わしくて名前を変えてパーティを抜けたくらいだからね。もっとも彼には時間もなかったからだけど……。だからこそ、ミナト達には私と同じ轍は踏ませる気はない。屋敷には幻術をかけておくよ。これで普通の人間には近づけない。ルカにも話を通し、ミナトに嘆願をしないように領主の名で周知させるつもりだから安心してくれ。ああ、そういえばミナトには街をまわって物資を、集める任務もあったね。外出時には念のため隠密をつかうといいと思うよ」
「ありがとうございますハロルドさん。あとはエリス達の身の安全も考えなきゃかな?」
「ラナやライが街に行くときはリビングアーマーかコタロウの配下を護衛につけるといいよ。エリスは……多分大丈夫だろう。最強の護衛がつくことになったからね」
「最強の、護衛?」
「ミナトにはまだ言ってなかったかな。ロイがエリスの従魔になったんだよ」
「えっ!?ロイがですか!?」
「ロイはエリスが子供の頃の魔法の師匠だったんだけど、その時から「もし、我がお前に負けたらその時はお前の従魔になってやる」と約束していたんだ。そして先日、遂にエリスがロイに勝ってね。晴れてエリスの従魔になったというわけさ」
「でもロイって元々ハロルドさんの従魔ですよね?」
「マスターが死ねば従魔契約は切れるし、移譲だってできる。スカイドラゴンの時のリンみたいにね。だからなんの問題もないよ。それにこれは私の望みでもあるしね。それはさておき以前と同じような日常が送れるようになるまでは、少し時間がかかるかもしれないけど我々もできる限りの事はするよ。なぁ、チェスター?」
「ああ。それが西セイルスに利益をもたらす。ミナトにも負担がかかるとは思うが引き続き任務に励んでくれ。……では私はこれで失礼する」
「あれ?もう帰るのかい?酒も飲まずに珍しいね」
「今回は多忙でな。王族会議があって近くワイダを発たねばならん。例の儀式の件でな」
「てことは、王都に行くのかい?でも今、あんな所へいって大丈夫かい?」
「アーサーは一刻も早く王座に就きたいはず。その為には円滑に儀式を進めねばならん。流石に命を狙われるような事態にはなるまいよ」
「それもそうだね。まぁ、警戒は怠らないようにしてくれよ」
「無論だ。ではミナト、邪魔をしたな。そちらも引き続きルカ殿を補佐しつつ任務に励んでくれ」
そう言うと俺が用意していたミード酒を手土産にアダムス伯は屋敷から去っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
セイルス王国の王都ローザリア。その中心にあるローザリア城で王族会議が開かれていた。
それは王の継承権を持つ王族のみが参加を許される、国内において最も格式の高い会議だが、出席者である王族は前回に比べその数を減らしている。
皇太子アーサーとその妹グレースを除けば、その他の王族は北ナジカ地方を治めるスレイアム、そして西セイルスを統治するアダムス辺境伯のみだった。
「……ふむ、ではアーサー皇子。貴殿はこの私にセイルス王に代わり戴冠の儀を取り仕切ってほしい、とそういうわけだな?」
「仰る通りです。王族の中で最年長の貴方にこの大役を託したい。お引き受けていただけますか、アダムス辺境伯?」
アーサーの言葉に腕を組み思案するアダムス辺境伯。
「それで戴冠の儀の日取りは決まっているのかな?」
「はい。今日より数えてちょうど一年後になります」
「ほう、決まったか」
「はい。セイルス王が表にでなくなり久しい。民も不安に駆られている事でしょう。この世代交代にてその不安を払拭しようと考えております」
国民にはセイルス王は永らく病床の床にありと喧伝され、政務はアーサーが代行するという形を取っている。しかし、そのセイルス王は既にこの世を旅立ってしまっている。
「……分かった。確かにいつまでも国王が不在のままではセイルス王国にとって良いことはない。その大役、引き受けよう」
「ありがとうございます、辺境伯。では儀式の準備を進めていきます」
こうして一年後の戴冠の儀に向けて国民に正式にアナウンスすることが決定し、あわせてセイルス四世の死は戴冠の儀の少し後に正式に発表する事が合わせて確認され、王族会議は終了した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「叔父上!」
「む、どうしたスレイアム?」
会議終了後、退去しようとしたアダムス辺境伯を引き止めたのはスレイアムだった。キョロキョロと周囲を警戒しつつ辺境伯に近づく。
「アーサーの事です。このまま本当に彼を王にして良いのですか?」
「このままいつまでも王が不在では、対外的にもよろしくない。仕方あるまいよ」
「何と……!叔父上は恐ろしくないのですか!?奴は東セイルスを掠め取り、ロレッタとリーベイを亡き者にし、さらに南ナジカまでも奪い取った。私は奴に良いように利用された。次に狙われるのは我々の領地ですぞ!」
強い口調でそう言い切るスレイアム。
「何を言うのだ。いくらアーサーと言えど、全てのセイルスの地を直轄地には出来まい。一人で統治はできんよ。それは愚策だ。それぐらいは分かっているさ」
「叔父上は何も感じないのですか!?奴は今も我らを監視しておるのです!ほら、そこの柱の影に兵士が!」
ハッとしてスレイアムが指さした方向を見る。が……。
「誰も居ないぞ?スレイアム」
「叔父上の目は節穴ですか!ほら、そこの窓の外!壁の裏!天井裏からも気配を感じるのですぞ!奴は隙あらば我らの命を狙っておるのです!」
久しぶりに会うスレイアムにアダムス辺境伯は違和感を覚えていた。以前のスレイアムは武人然とした力強い男だった。しかし、目の前にいる彼は、自慢の肉体もやせ細り目は窪みクマができている。ただ事ではないと直感したアダムス辺境伯だったが、どうやらそれは間違いではなかった。スレイアムには何かが視えているらしい。
その様子はかなり精神を蝕まれているように思えた。恐らくスレイアムはロレッタ達、王族が誅殺された事で次は自分が狙われる、という恐怖心が産んだ幻影に取り憑かれているのだ。努めて落ち着いた口調でスレイアムを諭す。
「……考えすぎだスレイアム。アーサーに付け入る隙を与えなければ、向こうからは手は出せん」
「そんな甘い考えでは付け込まれるだけですぞ!叔父上も言っていたではありませんか。奴は既に昔のアーサーではないのです!これまでの行動から、あの噂は真実であったと改めて認識させられました」
「あの噂とな?」
「とぼけないでいただきたい。王族会議で叔父上自身が言っていたではありませんか。アーサーは魔族に乗っ取られていると!」
「ふむ、確かにそのような流言が領内に流れたことがあった。私も気になりあの時、その話を出したのだ」
「そうです!あの噂です!あれは真実であったのです!そうでなければ王族であるロレッタやリーベイの命をこうもやすやすと奪わなかったはず!」
「しかし、あの時のそなた達はさほど信じていたとは思われなかったがな。そもそも自身の権力強化と引き換えに「あれはデマだ」と決議された。それに賛成したのはお前達だろう?」
「う……た、確かにあの当時は質の悪い冗談だと思っておりました。自らの権力を高めるため、叔父上の話に乗ったという面は否定できません。しかし、その結果、残された王族はもはや我らのみなのです!ここに至ればすぐにでもアーサーを倒すべきです!北ナジカと西セイルスで同時に挙兵し、ローザリアを挟撃しましょうぞ!」
「それではセイルス王国を二分する大乱になる。滅多なことを口にするものではないぞ。スレイアム!」
「既に私の元にはロレッタやリーベイの旧臣達が集いつつあります。彼等は旧領と名誉回復の為、何時でも立ち上がる覚悟があるとの事。これに叔父上が加わればアーサー軍とて恐れるものではありません!叔父上、どうかご決断を!」
何かに突き動かされているかのように決断を迫るスレイアム。その目からはある種の覚悟のようなものを感じる。だが、それが冷静な判断に拠るものかは分からない。
「……その決意は固いのか?」
力強く頷くスレイアム。その様子から最早説得ができない精神状態に追い込まれている事を悟った。
「……分かった。しかし、今すぐという訳にはいかん。とにかく今は待て。いいか、好機は必ず訪れる。くれぐれもはやまった真似をするなよ」
「分かりました。しかし、長くは待てませんぞ」
今のスレイアムには何を言っても無駄かも知れない。しかし、もはやセイルス王国内でアーサーに対抗できる勢力は、自分以外にこのスレイアムしかいないのだ。
……今はまだ早い。あと一年、いやせめてあと半年耐えてくれ。
心の中でそう祈りつつ、これまで以上に連絡を密にする事を確認し、ローザリアを離れたアダムス辺境伯だったが、今はただ悪い予感が的中しない事を願う事しかできなかった。