22話 大津波(ダイダルウエイブ)
「ギィャャアアアァァッ!!」
水面に出ていたギルメデスの前足部分に木刀がめり込んだ。そしてまるで警戒していないその身体に対し、思い切り木刀を振り抜く。肉をハンマーで叩き潰すような不快な感触とともに、薙ぎ払った肉塊が飛んでいく。抉れた部位から赤い鮮血が吹き出した。
叩きつけ、薙ぎ払った反動を利用し、ギルメデスの反撃を避けるように遠くへ跳ぶ。
巨大な龍は痛みと怒りの為に叫びながら暴れ、周りの波は荒れ狂い俺達の次の一手の邪魔をした。
だが、荒れる波で目の前が見えなくなっているのは俺達だけじゃない。あいつもだ。俺達を見失っている隙に後方から一気に近づくんだ。
荒れた波を次々に飛び越え、駆け抜ける。大海竜ギルメデスの巨体がすぐ眼前にまで迫ってきた。近くで見るとやはりデカい。スカイドラゴンよりふた周りは大型だ。
「頼むぞ、愛刀!」
木刀を構えると応えるように刀身が青白いオーラを発する。
頭上では俺達を援護する為、フリール船団から絶え間なく大火矢が放たれている。その狙いはヤツの意識を俺達から逸らす事だ。火矢を振り払おうとギルメデスが長い尾を振り回す。その巨体が回転し、荒れ狂う波の隙間から後方にいた俺達を見つけると、悲鳴にも似た雄叫びを上げる。その眼に怒りの炎が灯った。
攻撃を受けた前脚で血を吹き出しながら水面を薙いだ。その途端、俺達の目の前で水の壁が立ち上がる。
「くそっ見つかった!」
「ミナト、来るよ!」
「分かってる!「水柱」!」
足元から大量の水が噴き上がる。その勢いで俺の身体は一気に上へと大ジャンプ。間一髪、その下を殺意の籠もった横薙ぎが通り抜けた。
あぶね〜!あんなの食らったら一発でアウトだよ!
攻撃をかわし乗っていた水柱からバックジャンプで飛び降り後方に着地する。
「ミナト、でっかい弾がいっぱい来るよ!」
リンの声に俺は片手で素早くホルスターから拳銃を引き抜き、魔力を込める。
ギルメデスの口が開き魔力が集まっているのがみえる。と、同時に魔力は水球に姿を変え射出された。眼前に複数の巨大な水球が迫る。
「アクアバレット!!」
発射された水魔弾が水球の真ん中を貫通した。貫通すると同時に水球は勢いが止まり霧散する。それを見たギルメデスが更に多数の水球を吐き出した。
だが、こちらもアクアバレットを連射し、迫る水球に次々と命中させ、消し飛ばす。
水球が当たらない事に焦れたのか、不意にギルメデスが水中に潜る。海面から姿を消し、波紋の泡だけが残された。
消えた……?いや、ヤツが逃げた訳ではないことくらい俺にもわかる。次の手は何だ!?
「あいつどんどん深く潜ってる。下からの攻撃に備えて!」
「ああ、真下から一気に上がってきて攻撃するつもりだろう!そうはいくかってんだ!」
こちらの強みは海中に逃げても気配を追えるところ。そして向こうはそれに気づいていないところだ。
「……!今、方向を変えたよ!すごいスピードでこっちに向かってあがってくる!」
あのギルメデスの巨体が俺を狙い迫ってくる恐怖!だが、海中からの攻撃が来るとわかっていれば待ち構える事ができる。
「リン、ヤツが海面から顔を出す瞬間に跳ぶからタイミングをはかってくれ!」
「分かった!」
目を閉じ集中……。呼吸を落ち着け、その時を待つ。空気が震え、ピリピリと俺の肌を刺激する。
一秒……二秒……足元がわずかに震えだす。……もう少し……もう少しだ!
「今だよ!ミナト!」
リンの合図と同時に「水柱」を発動、水圧で一気に上空へと飛翔する。
それとほぼ同時に、水面が割れ、大口を開けたギルメデスが大きな水飛沫をあげ飛び出した。俺のすぐ足元で凄まじい噛み音が聞こえる。その風圧が俺の身体を僅かに押した。
「残念だったな!これでも食らってろ!!」
間近に迫っていたギルメデスの大きい口先に思い切り木刀を叩き込む。ベキィ!という音と共に口がひしゃげた。
「ギィィィャァアアアッ!!」
海面に落下し大波をたてるギルメデス。もがき苦しむその衝撃で周囲に更なる荒波を生み出した。
踊り狂う波の上。相手は伝説のドラゴンだ。しかし、のたうち回る海龍を目の前にしても俺の心は冷静だった。
「ゴグァアアアーー!!」
怒りに燃えるギルメデスが口からビームのような水流を放つ。太い丸太のような大きさの水流が凄まじい速度で俺達に襲いかかる。
横ステップでビームかわす。ギルメデスが次々に水流のビームを射出するが俺達には当たらない。あとほんの僅かにズレていたらあっさりと消し飛ばされる。そんな確信があるギリギリの距離の回避。周りの人が見たらいつ直撃するか、ハラハラものだろう。
でも、今の俺にはその恐怖感が全く無い。避けられる、かわせる。何故なら敵の攻撃が次にどこにくるか予測ができるから。
いや、予測じゃないな。感覚的にすごくゆっくりに感じられるんだ。例えばギルメデスから水流が発射されたとする。それは俺を確実に捉えていてこのままじゃ直撃はまぬがれない。着弾までの間隔はほんの僅かしかない。
でもその刹那で「あ、この水流はかわせるな」とか「これは回避が間に合わないな、なら迎撃するか」といった判断を瞬時に下し、行動できる。
今までの俺では考えられなかった素早い判断と動きでギルメデスを翻弄していた。
それはもちろん俺の力じゃない。いや、戦っているのは俺だけど、そのスピードもパワーも以前とは桁違いに上がっている。相対的に相手の動きが遅く感じられるようになった理由、それは……。
……くぅうっ!にしても、こんな実力を隠していたのかよ!
そう。それは覚醒した俺の木刀の力だ。青い光が俺に流れ込み、身体機能を飛躍的に向上させているのだ。
オスカーとの演武で木刀の気持ちを知り、本当の意味で相棒になった。元々の性能も高かったけど、まだ本来の実力を出していなかった魔剣がとうとう本当の力を発揮してくれたからだ。
無口な質なのか、覚醒したあの時以来、声らしい念話は聞こえてこない。ただ話しかけるとその時々の感情が何となく理解できるようなった。分かったのはリンと同じで結構好戦的な事。魔力をガンガン俺に流して「これで戦えるでしょう?早くやろうよ!ねぇ!」とばかりに促してくる。
水中で動きに抵抗がかかるギルメデスと違い、俺は海の上で戦っているから速度も俺の方が上だ。
そして、フリール船団も後方から大火矢で援護してくれていた。フリール船団に気を取られた隙に俺達は、気配を消して波間に姿をくらませる。自らの危険も省みずギルメデスに砲撃してくれているおかげで、付け入る隙が生まれるのだ。
ギルメデスが船団を狙う時、俺達がヤツの死角から攻撃を加える。巨体だから水魔弾を外すことも無い。いい的だ!ただ、これはギルメデスの巨体に対して威力が小さく、決め手となる攻撃ではない。もっと近づいて、決定的な攻撃を仕掛けなければならない。
考えろ、考えるんだ!
時間がたつにつれ、援護を頑張ってくれているフリール船団ももたなくなってきていた。既に7隻の内3隻が、ヤツの攻撃によって戦闘不能になっている。沈没こそまぬがれてはいるが辛うじて浮いているに過ぎない。残った船も魔力はもう殆ど残っていないはず。攻勢限界点はもうとっくに過ぎてしまっているはずだが、俺達を助ける為にビアトリス達が気力と努力でなんとか踏みとどまっている状況だった。
だが、不意をつく数度の突貫によりギルメデスの身体にもいくつもの傷が出来ていた。堅牢を誇る鱗状の表皮は抉りとられ、緑色の鮮血が体中、いたるところから流れ出している。
ギルメデスに少しずつダメージを与えて弱るのを待つか……?このままいけばひょっとして追い返すどころか討伐だっていけるんじゃないか?フリール船団を下がらせて、俺達だけで……。
と考えていたその時だ。
「ミナト!あいつに魔力が集まってる!きっと何かするつもりだよ!」
傷だらけのギルメデス。しかし、その目に恐怖の感情は見えない。その身体にどんどんと魔力が集まっていく。波が荒れ、黒雲が湧き立ち、周囲が突然暗くなっていく。
「ゴガアァァアアァァッーー!!」
「なっ!?うわっ!?」
ギルメデスの咆哮。衝撃波が俺の身体を駆け抜ける。
波立った海水がギルメデスに吸い付寄せられていく。そして周囲の海水がどんどん盛り上がり、瞬く間に分厚く大きな水の壁が整形されていく。
「こ、これは……?」
「ミナト!ブロスが「これはだいだるうえいぶだ」って言ってるよ!」
だいだるうえいぶ?
……!それって大津波の事か!?
ヤバいぞ!そんなもの起こされたら圧倒的な大波の衝撃でフリール船団がばらばらに砕け散ってしまう!
幸い方向的に大波は沖合へ向かうだろう。アライの町や警備船団は助かる。でもそれで良いはずがない!
「グァアアアアッ!!」
大咆哮と共に水の壁が動き出した。
「来るよ、ミナト!」
ギルメデスが発動させた大津波が俺達に迫る。まるで小山の様な大波が俺達を飲み込まんとその口をあけてやってくる。
くそっ!どうする!?フリール船団を救い、俺達も助かる方法は……?
……ん?なんだ?
突然、木刀が青白く輝き出した。魔力が一気に溢れだし、俺の体内に流れ込む。そして脳裏にある技が浮かんだ。
……え、あの技を使う、のか?信じろ……自分を……?
どこからともなく、小さな声の念話が聞こえてきた気がした。
木刀に視線を移す。その刀身を包んでいる青白い光がより一層強くなった。
「……分かった。リン、前に川で練習していたアレをやるぞ!同調を頼むぜ!」
「うん!あれだね。任せて!」
いつものようにリンから元気な返事が帰ってきた。その力強い声を聞くと、俺の中に少しだけ残っていた不安が吹き飛ぶ。そして、持っていた木刀をゆっくりと下げ、構える。切っ先を体の右側面下の海面に着け、その時を待つ。
リンがタイミングをはかる。俺はその間にあらん限りの魔力を練り上げる。
意志を持ったかのような高くそびえる巨大な波の塊が俺達の目前にあらわれた。
「今だよ!」
速さが乗った木刀が海面を抉る。
いくぞ!
今できる全力の力と魔力と目一杯を込めて!!
渾身の力で振り抜けー!!
「うおおぉぉぉおーーっ!!裂波斬!!」
全身全霊を込め前上段に切り上げた。その瞬間、巨大な魔力の刃が発射された。衝撃波で波が逆立ち、モーゼの様に海が割れ、道が開ける。その先にはギルメデスが生み出した大津波が大口を開け俺達を飲み込まんとしている。
刃が大波と衝突する。相手は大船すら簡単に飲み込む途方もない質量をもった水の壁。しかし、刃はその質量をものともせず斬り裂さき、吹き飛ばした。
ダイダルウェイブを消し飛ばし、遮る物がなくなった俺の視界の先に居たのはギルメデス。魔力の刃は伝説のドラゴンを避ける事なく真一文字に駆け抜けた。
直後、ギルメデスの身体に細い線が入る。そして間を置くことなくそこから鮮血が吹き出した。
ギルメデスと目があった。ドラゴンの表情など分かるわけがない。だがその目が「まさか、人間ごときにやられるとはな」と言っているように俺には感じられた。
巨体が真っ二つに裂け、ゆっくりと水面に崩れ落ちていく。海面がギルメデスの血の色に染まっていった。
「……終わった……のか?」
「あははっ!倒したんだよ!ミナト!あいつを倒したんだよ!やったぁ!」
リンが大喜びで俺の頭をぎゅっと抱きしめた。ブロスもリンの上でぴょんぴょんと喜んでいる。
「ははは……すげぇ、本当に倒しちゃった……」
「そうだよ!あのれっぱざん、すごかったよ!ギルメデスも真っ二つだもん!」
「あれは覚醒した木刀のおかげさ。今までとは比べ物にならないくらい、動けたし、魔力が流れ込んできた。やっぱりお前は凄い武器だよ」
ん?木刀の魔力が変化した。
「え?本当にそう思う?って?そりゃそうだよ。まさかあんな威力が出るとは思わなかったよ」
「そうだよ!リンもいつもよりずっと速く動けたんだよ!わぁ、こんなの初めて、すごーい!って思ったもん!」
「シィー!シィー!」
あ、また魔力が変化した。なんか褒められて照れくさそうに刀身がぷるぷる震えてる。かわいい。
にしても木刀のパッシブスキル(?)の身体能力向上は俺だけじゃなくリンにも効果を発揮した。半端ない力じゃないか。
裂波斬は元々かなり前に編み出したもので、足元の水を斬り上げる近接攻撃と水飛沫を水魔弾に変換して一気に発射する、長短一体の攻撃を意図した複合技だ。ただ川のような足元に水がないと使えないニッチな技だった。
でもそれがギルメデスを倒す大技になるとはなぁ……。言うても伝説のドラゴンにも通用したのだから凄い。
前にハロルドさんに「君の持つその木刀は世界にある魔剣の中でも随一の性能だ。だけど君はその真の実力をまだひきだせていない」と言われたことがあったけど、その意味がようやく分ったわ!
と、背後で突然、ドーン!という音が響き、上空に花火が上がった。フリール船団の船から次々に打ち上げられる。
そして一隻の船が俺達に近づいてきた。デッキではビアトリスと水夫達が手を振っている。
「どうやらギルメデスを倒したようだね。早く登ってきな!」
甲板からビアトリスの大声が降ってきた。下ろされたロープに掴まると水夫達が甲板に引き上げてくれた。登ってきた俺達を全員が大歓声と拍手でむかえてくれた。
「まさかあんた達があの大海竜を倒すとは、今回ばかりはさすがに私もたまげたよ。でも本当によくやってくれた。ありがとうよ」
「俺は信じてたぜ。さすが姐御が認めた漢だ!あんたは間違いなく現代の英雄だぜ!」
ビアトリスとタイジが称賛してくれる。大船をもひっくり返すような歓声があちこちの船からあがっている。
「ははは、ありがとうございます。他の船は大丈夫だったですか?」
「ああ。あんたが大津波をかち割ってくれたお陰でね。波が分散されてウチの船団は轟沈を免れた。あんたはフリール船団の命の恩人さね!」
「警備船団の方もなんとか無事みたいだな。幸い大津波の反対側にいたことで影響も小さかったようだ」
ギルメデスを挟んだ反対側で、警備船団が破壊された船から投げ出された水夫達の救難活動が始まっていた。
ビアトリスがパンパンと柏手を打ちみんなの耳目を集めた。
「さて!それじゃ私等も救援に向かうとしようかね!それが終わったらギルメデスを港に牽引するよ!みんな疲れてるだろうけどもうひと踏ん張りしておくれ!」
彼女の激励に全員が大声で応える。
「ミナト達は休んでな。激闘だったんだ。疲労も激しいだろう。今のうちに身体を休めておくといい。大変なのはこれからだからね」
「へ?これから……?」
「あんたはギルメデスを倒したんだ。そんな人間をほおっておくと思うかい?港に着いたら覚悟しておくんだね、英雄ミナト様。いやいやブリトニーの顔が今から楽しみだよ、ヒッヒッヒ!」
ビアトリスの底意地が悪そうな笑い声が甲板に響きわたった。