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19話 港町の特別任務


 ……場面は再び双子山に戻る。コタロウから「王族の処刑」という大事件の報告を受けた俺達は、取るものもとりあえず、まだ屋敷にいるヌシ様とアダムス辺境伯のへ急いだ。

  

「ふ~む。どうやらロレッタ達は、民衆の不満のはけ口……スケープゴートにされたようじゃな」


「スケープゴート、ですか?しかし、ロレッタ公とリーベイ公は王族に類する方々ではありませんか!その方たちを処刑など皇太子と言えど許されるのですか!?」


 「アーサーはもとよりそのつもりであったのじゃろうな。目先の欲に飛びつき、奪い合うことしかしなかった王族を誅する事により、自らは民衆からの圧倒的な支持を得る。これで民は次期セイルス王としてアーサーをもろ手を挙げて歓迎するじゃろう。ロレッタやリーベイが本来の王族としての矜持と義務を理解しておれば、アーサーの奸計に落ちる事もなかったろうがの……」


 ルカの質問にヌシ様が白いひげをしごきながらうなずく。それは時間の問題だったのかもしれんがのう、とつぶやきながらしばし考え込む。


「うむ。俺を含め王族には、それぞれの領土を治める自治権が与えられている。それらの中には勿論、徴税や治安維持、軍の編成権も含まれる。各領主もそれは同じだが、王族は治める領土が桁違いだ。従う諸侯も多い。王の目が行き渡らぬ地方の絶対権力者として君臨し、諸侯に反乱を起こさせぬように抑えつける力があればこそ王国内が安定し、民衆が平和を享受できるともいえる。国王といえど身内である王族の力は無視できない。それは国王の権力を監視し、暴走を食い止める抑止力でもあったのだがな」


 アダムス伯も軽くため息をついた。だが、そのため息とは裏腹に瞳の力強さは失われるどころか、何だか生き生きと輝いている気がする。困難な状況に力が湧いてくるタイプなのか。


「ねぇ、悪いヤツが悪いヤツをやっつけたってこと?それって、悪いヤツが少し減ったってことなの?ミナト?それとも増えた?」


 リンが俺にこそっと耳打ちする。 


「ほっほっほ。蓄財を肥やすのも、権力を持つのもそれ自体は悪い事ではないんじゃよ。裏を返せば人より知恵が回る証左であるからな。その上で人心を掌握できれば大衆の支持を得る事も出来る。さすればこ奴のように「賢公」などと持ち上げられたりするでな。要は塩梅じゃよ」


 なるほど~と俺の肩の上で腕を組んで考え込むリン。


「おいおい、俺ほど民の為に尽くす者はおらんぞ。賢公と讃えられるかわりに死ぬまで馬車馬のように働きっぱなしだ。そろそろ息子に譲って楽隠居してもいい頃なのだがな」


「ほっほっ。お主は楽隠居を楽しめる性質ではなかろうよ。あきらめるんじゃな。それで、お主はどう動こうと考えておるんじゃ?」


 アダムス伯はひどいヤツだろうと言わんばかりに目配せをしてニヤリと笑う。そして咳払いを1つすると表情を変え話し始めた。

 

「この状況を鑑みるに、アーサーは今後、この西セイルスと北ナジカ地方の併呑を狙ってくるであろう。そうなる前にできる手を打たねばならん。ルカ殿、貴殿にはネノ鉱山、及びミサーク鉱山の生産能力を早急に増強してもらいたい。アダムス家当主として正式にバーグマン家に要請したい。我が領地からも労働者を派遣する。とにかく少しでも多くミスリルと魔鉄を確保しておきたいのだ」


「アーサー皇子はこの西セイルスを攻める、とおっしゃるのですか?」


 ルカが沈痛な面持ちで聞き返す。


「確かな事は言えない。しかし、拘束していたロレッタやリーベイを処刑した状況を考えると時間はそうないと考える。もちろん今日明日である確率は極めて少ない。皇子アーサーが動くには、何をするにもまずは大義名分が必要だからな。これから奴はその大義名分を得んがため、まずは西セイルスに様々な工作を仕掛けてこよう。俺自身は「その時」は早くて一年程だと思っている」


「一年……」


「もっとも一年というのは、これはあくまでこちらが何もせずに流れに身を任せた場合だ。実際には様々な要素が絡んでくる為、確かな予測は難しい。そしてその要素の一つ。これは極秘事項なのだが、ロレッタらの配下だった者達が密かにワイダを訪ねてきていてな。俺に助力を求めてきているのだ。「捲土重来の為、ご助力頂きたい。もし、辺境伯がアーサーに戦いを挑むのであれば、その時は一緒に立ち上がるつもりだ」とな」


「ふ〜む。極めて危険な話じゃな。迂闊に乗ると戦乱を西セイルスに呼び寄せる事になるぞ?そう思わんか、ミナト?」


「確かにそうですね。アーサーの心の内はともかく、現状でアダムス伯とアーサーは表立って対立しているわけじゃないですし。そこに処刑されたロレッタやリーベイの元家臣が出入りしているとアーサーに知られれば、どんな疑いをかけられるか分かりません。いや、アーサーの事だからこれを口実に西セイルスに攻め込んできかねませんよ」


「うむ。ルカ、おぬしはどうじゃ?」


「私は、今回の件で領主層の動揺がかなりあったとみます。事情を知らない民衆は喜んでいるでしょうが、背景を少しでも知っている諸侯は「王族すら無慈悲に処断する皇太子だ。その気になれば我々もいつ難癖をつけて潰されるか分からない」との印象を抱いた者も少なからず出ているでしょう。今の段階では国王側につくのか、西セイルスにつくのか判断しきれてはいないと思います」


 俺達の意見にアダムス辺境伯が深く頷いた。


「二人の言うとおりだ。この一連の流れで王族の力は弱まり、アーサーに権力がますます集中していくはずだ。おそらくアーサーの目論みは最終的には各地を支配下に入れることだろう。西セイルスにアーサーが兵を差し向けてくる可能性はかなりの確率……。いや、遅かれ早かれ確実に仕向けてくるだろうな」


 アダムス伯の言葉に全員がうなずく。


「出来うるならばそのような事態は極力避けたい。しかし、もしそれが出来ないのであれば、衝突する時期を可能な限り遅らせる。そしてその間に我々も準備を進めるのだ。既に様々な手は打ってあるが、急がねばなるまい。皆も覚悟をしていてくれ」


「アダムス伯、鉱山の件も至急進めさせていただきます。そして、もちろんバーグマン家はアダムス伯と共にあります。戦いを避ける事ができないのであれば、わが軍はいつでもあなたのもとに参じます」


 ルカはアダムス伯に臣下の礼をし、誓いを述べた。


「うむ。ありがとう、ルカ殿。状況は逐次報せをいれるが、もっとも大切な事は西セイルスが一枚岩になる事だ。西セイルスの各領主にはその時に備え、各々必要物資を蓄えてもらう。その際に領民に過度な負担にならぬようアダムス家より資金援助は行っていくつもりだ」


「ほう、領主達が負う予定の債務をアダムス家が負担しようというのか。相変わらず、圧倒的な資金力じゃの。まぁ、西セイルスの領土の半分以上はアダムス家の支配地域じゃし、そのくらいはせんといかんだろうが」


 そう。西セイルスはアダムス家が圧倒的な支配力をもった地域。風評として「西セイルスの領土6割、経済7割、兵力8割をアダムス家が握っている」と言われている程、西セイルスでの影響力は圧倒的なのだ。


「ただ「物資を集めろ、金は出せ」と号令するのでは傘下の領主達は反発するだけだ。俺が先頭にたって引っ張っていかねばこの「国難」には立ち向かえんよ。もちろん資金は無尽蔵ではない。だが俺にとってもここが正念場だ。とっておきのカードを切らねばなるまい。なぁに、そのための私腹だ。ハッハッハ!」  


 アダムス伯の目に覚悟の光が見えた気がした。




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




「おーっ!海だー!」


「これが海なの~!?ひろいねぇ!ず〜っと向こうまでお水がい~っぱいだ〜!」


 初めて見る海の景色にリンが歓声を上げた。潮の香りと海鳥の鳴き声が聞こえ、ノースマハの街とはまた違った港町独特の趣を感じる。俺達はビアトリスと共にこの町を訪れていた。


 ここはオーサム男爵領の南に位置するアライという港町だ。オーサム領の中心の街サウスマハを抜け、更に南に進むと港町アライへと至る。この街はアダムス領の飛び地になっており、西セイルスの至るところにそういった領地があるようだ。さすが西セイルスの盟主。


「わぁ!いっぱいお店があるね!あ、ミナト見て見て!お魚がいっぱいだよ!」


「お~、ホントだ!色んな種類がいるなぁ!」


 リンが指差す先の店、その軒先には様々な魚が売られていた。形も色も多種多様だ。中には「これ食べるの?」って形のグロい魚もいる。


「あのお魚デッカイね!見てみて!このお魚は変な形してるよ。あっ!鳥さんが魚を盗って行っちゃった!いいの?ミナト!?ふふふっ!おもしろ~い!ね、ブロス!」


 リンの頭の上でブロスも楽しそうにカチャカチャとハサミを鳴らす。この街のメインストリートにあたる大通りには多くの人々が行き交い、店が屋台が軒を連ねている。港町らしく漁港が目と鼻の先にある。水揚げされたばかりの魚を売る店も多く、種類も豊富だ。竜神川でも川魚はとれるけど、やっぱり海の方が種類も多いし大きさも違うなぁ。


「あんたたち、はしゃぐのはいいけど仕事を終えてからにしとくれよ」


 ビアトリスがあちこちに目移りしている俺達をたしなめる。


「いや~、海を見るのは久々だったものでつい……」


「海って不思議な匂いがするね!ミサーク村ともノースマハの街とも全然違う!」


 山の木々に囲まれたミサーク村や双子山、そして内陸にあるノースマハとはまた違う雰囲気の町。ここに来たのはある任務の為だが、ついつい旅行気分に浸ってしまう。


「ほれ、こっちだよ」


 慣れた感じで通りをスタスタと歩いて行くビアトリス。いつも思うけど全く年齢を感じさせないなぁ。毎日どんな運動をしてるんだろう?


「ところでビアトリスさん。俺、なんでこの町に連れてこられたんですかね?」


「そりゃもちろん用事があるから呼んだのさ。ヒューゴからも「特別任務」の件は聞いただろう?」


 ヌシ様達との会議が終わって間もなく、ヒューゴから領主ルカの名で「この日は特別な任務がある。予定を空けておいとくれ」と指令が下り、わけも分からず取り敢えず日取りを調整したのだ。


「特別な任務とは聞きましたけど内容は聞いてないんですよね。「お前にしかできない任務だ」とか言われましたけど」


「なんだ分かってるじゃないか。まぁ、こういう事はいつだって突然来るもんさ。それにあんたも以前に比べりゃだいぶ時間の融通はできるようになったんだろう?」

 

「それはそうなんですけどね」


 最近の業務は出来るだけ部下に任せ、重要事項の最終確認をする程度で負担が大幅に減ったのが大きい。


 何と言ってもオスカーが復帰したのがでかい!シンアンとの両輪体制で仕事がハカドル、ハカドル!


 ……にしてもオスカーってばバーグマン軍での軍務も兼用しているのだが、相変わらず獅子奮迅の活躍ぶりだ。


「そういえばミナト、そのツチガニから目を離すんじゃないよ?」


「へ?なんでですか?」


「ここは港町だ。うっかり一匹にさせたら途端に捕まって、鍋の材料にされちまうからさ〜!」


 迫力満点のビアトリスの脅し声に「ひ〜っ!」とばかりにリンの服に逃げ込むブロス!


「ま、ここには海で捕れた海産物が山ほどあるんだ。土臭いカニなんか食う奴はいないだろうさ。ヒッヒッヒ!」


 可笑しそうに笑うビアトリス。どうやら彼女のジョークだったらしい。


「も〜!ブロスがびっくりしちゃったじゃない!いじめちゃダメだよ!それにブロスはリンがちゃんと守るもん!」


 楽しそうなビアトリスと抗議するリンとブロス。賑やかな声に包まれた俺達が街の大通りを歩いていくと……。


「ミナト!ほら見て!むこうに船がみえるよ!」


「あっ、ほんとだ!ありゃかなりでかい船だな!」


 リンが指差す先、立ち並ぶ店のむこうに巨大な船の(が見えてきた。


「この先は港になっているのさ。このアライは西セイルスでも有数の規模を誇ってる。他所から運ばれた物資をここで降ろして各地に運ぶんだ」


「へ〜!早く行ってみようよ!ミナト!」


 リンに急かされるように港にやってくる。


「お〜、すご〜い!お家よりでか〜い!」


 港に停泊した大きな帆船を見てリンが歓声をあげた。目の前には50メートルはあろうかという巨大な3隻の帆船が接岸している。


 おお!三本帆立さんぼんマスト帆船はんせんだ!これと似たような船、前世で見覚えがあるぞ。確かガレオンとかキャラックって呼ばれたヤツじゃないか!?


 近くで見ると改めてそのスケールの大きさに圧倒される。渡し橋がかけられ船員と見られる人々が忙しそうに荷下ろしを行っていた。


 う~ん、やっぱり帆船はカッコいいな!この船形!あのマスト!そして風を受けて海原を駆ける大船団!これぞロマンじゃないか!大航海時代~!


「これは交易用の船だよ。これらの船に交易品を積んでソフィア海を縦横無尽に駆けまわり各地に届けるんだ。ここいら辺でこのクラスの船が接岸できる港はこのアライぐらいさね」


「は~!てことはやっぱり貿易船なんですね!この船でどこらへんまで行くんですか?」


「このクラスなら王都や南ナジカの港までだ。東に向かうなら隣のレニング帝国の帝都付近までは行くね。稼げそうな時には、もっと遠くにも足を運ぶときもあるよ」


「なるほど、これで他国とも交易するんですね!確かに遠くの場所と中継するほうが利益が上がりそうですし、やっぱり船の規模がでかいほうが一度に運べる積載量もでかいし、船体が大きい方が耐波性が高いから外洋の波にも耐えられるでしょうしね」


「ほぉ、あんたも少しは分かってるようだね。まぁ、大型船は維持費もかかるがね。それでも一度の交易での利益の差はでかい」


 ビアトリスが仰ぎ見るように船のマストを見上げる。マストの上部にはその船の所属している商会旗があり、海風にはためいていた。


 はて?……この船に書かれてるマーク……。どっかで見た覚えがあるような……?


「おっ、今日はずいぶんとお早いお着きじゃないですかい?ビアトリスの姐御あねご!」


 突然、船から大声が降ってきた。上を見ると、真っ黒に日焼けした屈強そうな男が船縁からこちらを見下ろしていた。




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




「じゃあ、この船はフリール商会の所有なんですか!?」


「そうだぜ、あんちゃん。この3隻の他に後7隻、計10隻の商船がフリール商会のモノなんだぜ!」


 そう言って誇らしげに笑うのはタイジさん。この人が船の船長のようだ。


 にしてもビアトリスさん船まで所有してるのかよ!しかも10隻もだって!?どんだけ金持ちなんだよ!?


「嵩張る荷物や大量な物資になればなるほど積載量がものをいう。つまり海運が強いのさ。ところでタイジ、積荷を確認したいんだが今、大丈夫かい?」


「もちろんでさぁ、姐御!」


「ミナト、こっちだついといで!」


 ビアトリスに促され、俺は船内へと足を踏み入れた。






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