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15話 甘い罠



「さて、残念ながら我らにとって悪い報せを伝えねばならない。南ナジカ地方がアーサーの支配下に組み込まれたようだ」


「なんと!ロレッタ公の領地が!?それはまことなのか、ハロルド!?」


 声を上げたのはマナーズ公爵だ。


「ああ。チェスター……いや、アダムス辺境伯からのかくたる情報だ。旧ナジカ王国を南北に分け分割統治していたスレイアム公とロレッタ公。その二人が最近ナジカ地方の中央に位置する都市コーネストを巡って、領土争いをしていたのは知っているだろう?そこにアーサーが介入したんだ」


「ふむ。コーネスト一帯は、王家がいわゆる「飛び地」として領有していたが、最近になりアーサーがその領有を手放し、ニ公に割譲したのだったな」


「そう。しかし、その際アーサーは配分を()()()()()()()()割譲した。コーネストは旧ナジカ王国でも指折りの商業都市。思いもよらぬ好餌(こうじが目の前に転がってきたら……ミナト、ここでクイズだ。この状況でスレイアムとロレッタ、二人はどうなったと思う?」


「えっ、俺に振ってくるんですか!?」


 いきなり質問を浴びせられ変な声が出てしまった。


「ミナト、君はバーグマン家の政務官。つまり重臣だ。領主であるルカから助言を求められることもある。そうなった時、瞬時に分析し進言しなければならない。重臣として無くてはならない大切な素養だよ。……さて君の答えは?」


 慌てて思考を巡らせる。うう、まるでなんかの即応テストを受けているみたいな気がしてきたぞ。


「……えっと、そこは指折りの商業都市なんですよね?手に入れたい二公は……当然領有争いを始めるでしょうね。始めたんですか、まさか話し合いもせずに?」


「フフフ、ご名答。最初は小競り合い程度だったのが、ついには互いに軍隊を編成して、大軍勢が睨み合う事態にまで発展したのさ」


「それってセイルス国内の出来事ですよね?軍を動かすなんて、内乱みたいなものじゃないですか。そんな事が許されるんですか?」


「無論、否だ。しかし、この状況はアーサーが意図的に起こしたものだ。コーネスト割譲はその為のみえみえの餌。そんなものに安易に食いつく愚か者は滅べばいいと個人的には思うけど。ミナト、アーサーの狙いは何だと思う?」


 う〜む……。コーネストを独り占めしたいと思うなら相手を倒すしかない。戦いになればどちらも傷つく……あ、そうか!


「分かりました!アーサーの狙いは、二公を仲違いさせ、王の親族である王族の力を削ぎ、アーサーに権力を集約させる事ですよね!」


 するとハロルドが満足げに頷いた。


「その通り。でも単に二公を戦わせて王族の力を削がせようとする訳じゃなかった。アーサーは、コーネストを巡って内戦の機運が最高潮に高まったタイミングで、「悪化した関係の二人を仲裁する」という名目で自ら軍を引き連れ、コーネストに出陣した。その数は両軍を遥かに上回る大軍勢だったそうだ。無論マージナイツも出陣して、ね」


 その時、オスカーの表情がピクッと動いた。


「あ、あ~!そうか、成程。アーサーは王家の圧倒的な軍事力を二公に見せつけ、威圧感を出す事で、二人を強引に交渉の席につかせる事ができますね。スレイアム公やロレッタ公からすれば、下手に逆らえば目の前の敵だけでなく、王軍まで敵に回しかねないですから」


「そう。アーサーの仲立ちにより、交渉の場がコーネストに設けられた。互いに少数の供回りを連れたスレイアムとロレッタが交渉のテーブルに着いた。でもここで事態は急転する。アーサーは「今回の件はロレッタが内乱を引き起こし、王座を簒奪しようと謀った結果のものである。王国の安寧を乱すその暴挙、断じて許し難し」とロレッタのみを一方的に断罪し、潜ませていた兵でロレッタを拘束してしまったんだ。どうもアーサーとスレイアムの間に密約があったらしい。主を人質に捕られ、その上、兵数で劣るロレッタ軍は抵抗しても臨戦態勢の王軍とスレイアム軍を相手に戦わねばならない。結局、そのまま降伏したらしい」


「ほぅ、という事はアーサーはスレイアムの肩をもったのか」


「いいや、まだだよマナーズ公爵、話はこれで終わりじゃないんだ。この騒動の結果、ロレッタ公(ゆう)する南ナジカ地方はアーサーの直轄地となり、更にコーネスト地方もスレイアムに与えられる事はなかった。結果を見ればアーサーの勢力圏が更に広がり、親族の力はますます弱まったと言うことだ。いまやアーサーにかろうじて対抗しうる勢力は、スレイアムの統治する北ナジカ地方、そしてこの西セイルスのみになった。ミナトが言ったように王の親族である王族の力を削ぎ、アーサーに権力を集約させる事ができたという訳さ」


「しかし、孤立したスレイアム公にはもう、アーサーに単独で対抗できるほどの力も気概もあるまい」


 マナーズ公爵はため息と共につぶやいた。


「公爵の言う通りだよ。チェスターが目論んでいたアーサー包囲網は、既に瓦解したと言っていい。アーサーは最終的には国内を全て自分の支配下に置くことを狙っている。ここから北ナジカ地方は遠い。西セイルスと連携も上手く取れないだろう。もう、西セイルスは、単独でアーサーに対抗するしかない」


「うむ。まだまだ楽隠居とはいかないようだな。まぁする気もなかったが……。なぁ、セリシア?」


「そうね、ナジカ地方が落ち、次の目標はこの西セイルス。アーサーはそう考えていそうね。そうなる前に手を打っておきたいわね。間に合わないかもしれないけど……」


「ああ、アーサーの動きが想定より早いんだ。マナーズ公爵達にはしばらく隠れていてもらうつもりだったけど、事情が変わってしまった。危険だけど、もう一度この国の為に手をかしてくれないか?」


 ハロルドがマナーズ公爵とセリシアを見つめる。マナーズ公爵はうむ、と頷き、


「フフッ、任せよ。我々は数多あまたの地方に出掛けておるでな。公爵などと大層な身分を頂戴しておるが、その実は職責もない楽隠居よ。有り余る時間で視察と称し各地を見て回ったが、それはただの道楽ではない、旅先で得た知見を大いに活かそうではないか。なぁ、セリシア?」


「ええ、私達の事は大丈夫よ、どんなことでもするわ」


「ははは、どんなことでもとは心強い。ぜひ頼むよ。……次にオスカー。君は王都でマージナイツ隊に入って千騎将も務めていたんだって?」


「はい。一応、ですけれど」


「うんうん。君にはこれからバーグマン軍に入隊し、指揮官になってもらいたい」


「え、バーグマン軍の指揮官、ですか?」


「そう。マージナイツは国内外にその名を知られた精鋭部隊。さらに千騎将ともなればエリート中のエリートだ。バーグマン軍も強化中とはいえ、マージナイツに比べればまだまだでね。その差を兵装で埋めようと思っていたが君が鍛えれば、バーグマン軍はさらなる成長を遂げられるだろう」


「でも、僕はバーグマン家ではなんの実績もありませんよ?いくら元マージナイツとはいえ、いきなり指揮官というのはバーグマン軍の方もいい顔をしないのではありませんか?」


「心配ないよ。ルカやヒューゴにも話を通しておくし、マージナイツの千騎将の名は伊達じゃない。実力を示せば、兵は自分より強い指揮官には従うものだ。まぁ、君ならきっと大丈夫。今はとにかく時間が惜しい。バーグマン領と領民の命は君の双肩にかかってる。そんな訳でよろしくね、オスカー」


 有無を言わさぬ物言いでオスカーを頷かせ、次にビアトリスへ向き直る。


「ビアトリス、君は回復薬などの調達を進めて欲しい。それだけじゃない。来たるべき事態に備え、不足しそうなあらゆる物資も集めてほしい。フリ-ル商会にとっては難しくはない仕事だと思う」


「ほぅ、あらゆる物資か。それじゃかなりの額になりそうだねぇ。()()()の方は大丈夫なのかい?」


「ははは、もちろん任せておいてくれ。なんたって今回は大スポンサーがついてるからね。まぁ、後で小言こごとを言われるかも知れないけど、それで済むなら安いもんさ」


 それを聞いたビアトリスはニヤリと不敵に微笑んだ。


「なるほどね。分かった、任せておきな。フリーㇽ商会に手に入れられないものはない。それじゃ次は情報収集だね」


「ああ、今のところはまだ大丈夫だけど、そのうち中央との往来に厳しい制限が課せられる可能性もある。その辺も考慮してくれ。……ミナト、君の率いる耳目衆も情報収集に走って欲しい。頼めるかい?」


「分かりました。コタロウに頼んでおきます」


「うん。私もチェスターと情報を密に取っている。何か異変があればすぐに報せがくる。いつでも動けるようにしておいて欲しい。あ、ミナトはその時まで、身体を癒やす事に専念してくれ」


 ハロルドの号令により、一同はそれぞれの任務を秘め、解散となった。あ〜、領主時代のハロルドさんはきっとこんな感じだったんだろうなぁ、さすが元英雄、めちゃめちゃ頼もしい!とはいえ……。


「ハロルドさん、こっちが必要な経費もアダムス辺境伯に請求して本当にいいんですか?後でやっぱり払えないってなりませんよね?レビンさんに滅茶苦茶言われるのだけは、本当に勘弁して欲しいんで……」


 するとハロルドは笑いながら「チェスターには貸しがたくさんあるからね。その利子を返してもらうだけさ」と軽口をたたいた。俺の手を握り、そして明るく美しい緑の瞳で「頼んだよ、ミナト」と言いじっと見つめる。その瞳や表情がエリスに似ているせいか、心臓が早鐘を打つようにドキドキしてしまった。


 そして少しの沈黙の後、ハロルドはゆっくりと口を開いた。


「ミナト、君には感謝してもしきれない。君は私の大切なものを命懸けで守ってくれた。君がいてくれたから私は私でいられたんだ。下法を使ってまで生き延びて良かった、と今は心から思える。私にとっては君こそが真の英雄だ。本当に、本当にありがとう」


 そしてハロルドが頭を下げる。その瞳にはうっすらと光るものが見えた。


「ハロルドさん、俺は俺の周りの人達が幸せになってもらえるのが嬉しいだけなんです。できる範囲の事をリンとやっただけです。ね、リン?」


 膝に乗っているリンの頭を撫でると、えへへっとはにかみながら俺を見上げた。


「……そうか。だからだろうな。君の周りの人々はみな輝いている。これからもその気持ちを忘れないでやってくれ。そしてこれからもエリスの事、よろしく頼むよ」


「ええ、もちろんです!任せて下さい!」


 その言葉にハロルドが穏やかな笑顔で頷いた。それを最後に一同は解散となり各々の課された任務の為に動き出した。


 俺もよっこらしょ、と席を立とうとすると、隣に座っていたベルドに声をかけられた。


「開いてる部屋はあるか?ちょっとお前に話があるんだ」


 ベルドは浮かない顔で俺を見る。いつもの豪胆な表情とは違う。そういえば会議の時も沈黙を守っていた気がする。どうしたんだろう、何かあったんだろうか?




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




「ミナト、すまん!」


「えっ?な、何ですかベルドさん、いきなりどうしたんです!」


 部屋に入ると突然ベルドが頭を下げ、謝ってきた。理由を聞くと彼が作った革鎧で俺を守れず、危うく命を落とさせてしまうところだった、という理由らしかった。


「俺が作った革鎧はお前を守れなかった。鍛冶師として力不足だった。本当にすまねぇ!」


「そ、それは違いますよベルドさん。あの革鎧だったからこそ、命拾いしたんですよ!だってスカイドラゴンの革鎧って普通の金属製の鎧なんかよりずっと強度があるんでしょう?だからこそ「あの程度」で済んだんですよ」


「しかしだな……」


「もし、前の防具のままだったら、きっと俺は今頃ここにいなかったはずです。俺が今もこうして生きていられるのはベルドさんのおかげです。ハロルドさんはああ言ってましたけど、俺だって沢山の人に助けられた。持ちつ持たれつなんですよ。あ、でもリンには助けてもらってばかりかな?」


「えへへ、そんなことないよ〜!」


 肩車したリンが俺の頭にスリスリと頬擦りする。


「お見舞いに来てくれたビアトリスさんにも言われましたよ。「ベルドのおかげで命拾いしたね。アーサーが使ってたのは間違いなく魔剣だろう。そんじょそこらの鎧なら簡単に真っ二つにできる程のね」って。だからベルドさんには感謝してるんです。こうしてまた双子山に戻って来れたんですから!あ、でもこの革鎧は斬られちゃったんでメンテナンスをお願いしますね!」


「フフッ……分かった、俺に任せろ!完璧に仕上げてやるぜ、今度は前より高性能にして返してやるよ!」


 マジックバッグから革鎧を取り出しベルドに手渡すと、彼の目に輝きが戻った気がした。




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




「ところでミナト、ちょいと新しい鎧の事で相談があるんだ。ミナト工房まで歩けるか?」


「工房までですか。うん、もう大丈夫ですよ」


 うららかな陽射しに包まれながら、俺達はのんびりと工房へ向かった。


 ミナト工房へ向かう道すがら、ベルドは所属していた「鋼の翼」の話をしてくれた。


「えっ!?ゲッコウさんってサイードさんの弟子だったんですか!?」


「そうだぜ。知らなかったのかミナト?」


「ゲッコウさんには色々と世話になりましたけど、本人の事は聞いたことがなくって……」


 リザードマンのゲッコウとは俺が村を出てノースマハの街に来た時に出会った。「黒蛇」の奴らに追われていた俺達を助けてくれ、その後も何くれとなく世話を焼いてくれた俺達にとっての恩人だ。今は弟子になったフィンと一緒に冒険者をやっている。たまに双子山にも顔を出してくれていた。そのゲッコウが「鋼の翼」のメンバー、聖剣のサイードの弟子だったらしい。


「しかし、あのサイードについていける奴が居たとはなぁ。ハロルドから聞いた時は耳を疑ったぜ!」


 そう笑いながら懐かしげに話すベルド。


「「鋼の翼」のメンバーはハロルドが集めたんだが、これがどいつもこいつも癖のある奴ぞろいでな。お前もそれは分かるだろ?ハロルドがいなきゃパーティを組むような連中じゃなかったんだ」


「あ〜、それはそう思います!最初に出会ったのはヌシ様だったハロルドさん。そして、ビアトリスさん、ベルドさん……うん、みんなもと英雄だけあって……個性的というか、何というか、とにかくみんな()()ですよね。闘酒の時のベルドさんもおっかなくて、殺されるかと思いましたよ」


「ガハハハ!なかなか言うじゃねぇか!まぁ、俺らを向こうに回して、堂々と立ち回れるお前も大したタマだ。あのハロルドが認めたくらいだしな」


「あ、でもセリシアさんは穏やかそうな人でしたけど……?」


「そう見えるか?今はどうだか分らんが、若い頃は穏やかなお嬢さんに見えて、気位はめちゃくちゃ高くてな。自分が価値を見い出せる者としか付き合わないっていう偏屈でなぁ……」


「そ、そうなんですか?……じゃあオスカーってよほど気に入られてるんですね。弟子にしたいって言われるなんて。うーん、それにしても凄いですね。「鋼の翼」ってパーティは」


「まぁな。しばらくはどこへ行くにも英雄、英雄と持ち上げられてこそばゆかったぜ。サイードの奴はそれがあんまりにも煩わしくて名前を変えてパーティを離脱したくらいだからな」


 ハロルドをリーダーに結成されたパーティは数々の功績を上げ、最終的に魔物大量発生モンスターインパクトの解決を機にハロルドが王家から爵位と領地を賜る事により解散となったのだ。


「ハロルドがパーティが解散した後、ビアトリスかセリシア、どっちかとくっつくだろう思っていたんだがな。双方ハロルドの事を憎からず想っていたように見えたんだが。まぁ、今となっては正解だったと思うぜ。パーティのリーダーとしては最高の男なんだがな」


「二人とも憎からず……って昔のハロルドさんってやっぱり、もっのすごくモテていたんですか?」

 

 そう聞くと、ベルドは察しろと言わんばかりに苦笑しながら肩をすくめた。あ〜、やっぱりそうなんだ〜。


 ビアトリスさんもセリシアさんも生死の境を共に乗り越えてきたメンバーだ。英雄同志、通じるものもたくさんあっても伴侶するには大変だと思ったのかもしれない。(心が)大きすぎる男だからねハロルドさんは……。


「領主になってからは心を入れ換えたようだがな。ハロルドも最初からお前くらい身持ちがかたけりゃ結果も違ってたかもな。ま、神のみぞ知るってやつだ。お、そうだ。お前の方はどうなんだ?上手くいってるのか?」


「あのねえ、ベルド!ミナトとエリスはいつも仲良しだなんだよ!それに前にエリスがこっそり教えてくれたの。リン達が街に行った時、「ミナトとリンがいなくなって寂しかった。本当はあの時一緒に行きたかったの」って言ってたんだよ!それでねぇ「今は本当に幸せ」って」


 リンがまるで自分の事のように誇らしげに話す。


「ほほぅ。ミナト、お前もなかなかやるじゃねぇか。まぁ、お前は尻に敷かれるタイプだろうがな」


「ははは、そうかもしれませんね~」


「ガハハ!なぁに、気にするこたぁねえよ。むしろ、その方が家が上手く回るもんだ。そのくらいで丁度いいのさ。あのハロルドだってエリスには頭が上がらんくらいだからな!」


 ベルドによると俺が意識不明で寝込んでいる間、エリスはハロルドと大喧嘩したらしい。俺達がエリスに内緒でオスカーを救出しに行ったことが原因だ。


 百戦錬磨のハロルドも全身に怒りを漲らせたエリスにはたじたじだったそうな。でもまたリンが二人の仲裁に入ってくれたおかげで事なきを得たのだそうだ。


「なんで私に何も教えてくれなかったんだって、俺も少し怒られました。ハロルドさんに向けた怒りほどじゃないですけど……」


「ハロルドはハロルドで考えるところがあったんだろう。親は親の、子供は子供の言い分がある。まぁ、お前が無事だから言える事だがな」




  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 ミナト工房は開設以来、最大の繁忙期を迎えている。もちろんバーグマン家から発注を受けた合金製の鎧の作成の為だ。


 金属を叩く鎚の音や加工する機械音。そして作業にあたる職人達の怒鳴り声……。ありとあらゆる喧騒が一気に俺の鼓膜を叩く。工房内には熱気が立ち込め、何もしていないのに身体が汗ばんでくる。


「出来上がった鎧は纏めて置いてある。案内するぜ」


「お〜。俺達、まだ実物を見たことがないんですよ〜」


「ははは、そうだったな。まぁ、もちろんそこいらの領兵の装備なんかとは比べもんにはならん出来になってるぜ!」


そしてベルドの案内で工房にある敷地内の倉庫にやって来た。


「着いたぜ、この倉庫の中だ」


「楽しみだね、ミナト!」


 リンも武器や防具を見るのは大好きだ。キラキラした真新しい武具を見ると俺も心が躍る。でもリン本人は俺が最初にあげたナイフとTシャツをずっと好んで着続けてくれてるんだけどね。


 ベルドと共に鎧が保管されている倉庫に足を踏み入れると、そこには思いもよらない人物が俺達を待ち受けていた。


「おおこれはミナト政務官」


「あっ、お前は!?」


「レビンさん!?どうして工房ここへ!?」


そこに居たのは財務官のレビンだった。驚く俺達とは対照的に眉一つ動かさない。


「進捗状況を確認しに来たのですよ。財務官たるもの、発注した事業が計画通りと動いているか精査するのは当然の務め。ミナト政務官におかれましては大森林で大怪我を負ったとのこと。心配しておりましたが、無事復帰されたようで一安心しました」


「あ、ど、どうも」


「しかし都合がいい。ちょうどあなたに相談したい事柄がありましてね」


「げっ!?」


 その言葉を聞いた途端、俺の中に嫌な予感が走り抜け思わず変な声が出た。確信できる!ぜ~ったいに面倒な話だ~!!



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