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幕間 ようこそ日本へ!



「……お客様。……お客様」


 ……ん、誰だ?誰かの呼ぶ声に意識が引き戻されていく。


「どうなされましたか、お客様?大丈夫ですか?」


 ゆっくりと目を開けると俺の前には、濃紺の制服を着た一人の男が立っていた。


「……ん?ここは……?俺は……?」


 意識がはっきりしない。思考がまるで霞がかかったように働かなかった。


 ……なんだろう。俺、今まで何してたんだっけ……?何かすごく幸せだった気がするんだけど……?


 なんでだ?何も思い出せない。


 そんな俺に目の前の男の人は淡々と続ける。構内を行き交う人達が何事かと俺を眺めながら俺の前を通り過ぎていく。


 「こちらは駅地下構内のベンチです。他のお客様より駅員に「ベンチで寝ている人が居て座れない」とお申し出がありまして、お声がけをさせていただきました」


 その声にハッと我に返った。俺の頭上で電車が駅を通過する金属音が響いている。


 ここ駅じゃないか!?……やべっ!仕事!!


 慌てて立ち上がり、駅員に詫びると急いでその場を離れる。


 そうだった。電車が来るまでの間、ベンチで休もうと思っていたんだ。疲れがたまっていたからか、ちょっとのつもりがすっかり寝入ってしまった!ズボンのポケットから携帯を取り出し確認すると、時刻はすでに午前10時を回っているところだ。


 ……完全に寝過ごした!げっ、課長からマシンガンのような着信履歴がはいってる!!とにかくまずは早いとこ会社に連絡しなきゃ!


 地下では電波状況が悪い。通り過ぎる通行人にぶつかりそうになりながら階段を駆け上がり、地上を目指す。


 ヤバイヤバイ、何て言い訳しよう!?そう思いながら階段を上りきる。携帯のアンテナが立っているのを確認し、急いで電話をかけようとした時だ。


「ミナト?ミナトー!!」


「えっ?」


 声の方を見ると小さな子供が手を振りながら近づいてくる。足が悪いのか、片足を引きずるようにやって来たその子が俺の足に抱きついた。


「良かった……!ミナトいたー!」


 そう言って泣きそうな声で俺の足にしがみついてくる。


 ……んん?この子、なんか変わってるな。肌の色とか耳とか……。誰だろう?この子、俺の名前を知ってるみたいだし……あれ?でもどこかであった気もするような……?


「ごめんよ、人違いじゃないかな?俺、君の事が分からないんだ」


 そう言うと驚いたようにその女の子は俺を見た。


「ミナト、リンの事が分からないの!?リンだよ!ミナトの従魔で仲間のリン!お願い、思い出して、ミナト!」


 リン?リン……俺の……従魔?……仲間?……リン……リン……リン、リン……リン……。


 頭の中でリンという名前が、ぐるぐるとループする。それと同時に霞がかった思考が、段々と晴れ渡っていくようにクリアになった。


「……!リン!ああ、思い出したよ!リンだ!俺の一番の相棒のリンだ!」


「ミナトー!良かったー!」


 リンを抱き上げるとリンは自分の顔をぎゅっと俺の胸に押し付けてきた。一瞬でも君を忘れるなんて、本当にごめんよ、リン。


 俺に会えてホッとしたのか、リンはいつもの笑顔になった。そして、ふと周囲を見回す。


「そうだ!目が覚めたら、知らない場所にいたの。ミナト、ここって何処なんだろう?」


「ここ……多分、日本だ」


「ニホン?」


「ああ……俺にも信じられない。けど間違いない。ここは俺の前世で過ごした街だ」


「じゃあ、ミナトが言ってたニホンってここ?」


 すると、ふいに背後から誰かに声をかけられた。


「そうです。ここは『日本』。ミナトの前世の世界」


「えっ……あっ!パナケイアさん!?」


 振り返るとそこには女神のころもではなく、まるで女子校生のような出で立ちのパナケイアが佇んでいた。


「わぁ!可愛い服着てるね!パナケイア!」


「せっかくミナトの住んでいた日本に来たんですから、私もこの世界の衣装に合わせてみました。どうですか、変じゃないですか?」


「とっても似合ってるよ!ね、ミナト!」


「あ、ああ。そうだね。すごくかわいいですよ」


「えへへ、嬉しいです!」

 

 そう言ってはにかむパナケイアさんは女神ではなく、普通の女の子に見えた。銀髪を黒く染めたらきっと立派な女子校生だ。


「ところでパナケイアさん。これはいったいどういう事ですか?何で俺はまた日本に……?」


「あっ、えっと、実はミナトに日頃のお礼をと思い、神の神具を使ったのです。私たちはミナトの記憶にある『日本』の中に入っています」


「記憶から?じゃあ、ここは本当の日本じゃなくて俺の記憶の中にある日本ってことなんですね?」


「ええ、神が所有する道具の中に「夢見の宝珠」という宝具があるんです。これを使うことで夢の中で記憶の街を散策することが出来るんです!更に特別に今回はリンも招待しちゃいました!」


 パナケイアさんが嬉しそうに話す。


「なるほど、ここは夢の中の世界か。でもめちゃくちゃリアルだなぁ。スマホもあるし、この服は出勤の時に着ていたっけ。うう、この光景、何年経っても憂鬱になる……。あ〜、だから俺は過去の記憶に引っ張られて会社に行こうとしてたのか……。これは思い出したくなかったなぁ」


 あの課長からの鬼電の履歴を見た途端、めちゃくちゃ肝が冷えたわ。ちくしょう。


「えっ……まさか、ミナトの記憶の『日本』はつらい事が多かったのですか?リンを思い出せないほどに……?それでは、これはお礼にならなかったのでしょうか!?ああ、ごめんなさい……」


 パナケイアさんは青ざめた顔でしょんぼりしてしまった。その姿を見て俺は慌てて訂正する。


「いや、パナケイアさん!久しぶりに日本に来れて、俺、すごく嬉しいです!人も景色も懐かしくて、良い事も悪い事も沢山あったけど……。やっぱりここが俺の故郷なんだって思えるし……。リンにも俺の住んでいたところを見せたいと思っていたんですよ!とにかく、パナケイアさんありがとうございます!」


 パナケイアさんは俺の必死の説明を頷きながら聞いてくれた。


「良かった……。ミナトが喜んでくれて私も嬉しいです……!」


 俺達はお互い顔を見合わせて笑顔になった。


「ね、ね!ここ昔のミナトの住んでた街なんでしょ!?なんかさっきからガタンガタンって物音が聞こえるけど何の音?」


「ああ、それは電車だよ。ここは駅だからね」


「デンシャ?」


「そう、人をたくさん乗せて移動する乗り物さ。……よし!夢と分かったんならもう怖いものなしだ!じゃあ、俺の街を案内するよ!きっと驚く事いっぱいあるから!」


「うん!楽しみ~!」「お願いします!」


「よし、じゃあ出発!……の前に……二人とも、ようこそ日本へ!そして俺の街へ!」


 俺達はまず駅に接続する駅ビルで洋服を買った。せっかく日本こっちに来たんたからパナケイアさん合わせてこっちの服がいいかな、と思ったのだ。リンも動きやすい子供服を着てみた。鏡に映る自分の姿を見て、嬉しそうに片足でぴょんぴょん飛び跳ねている。


 リンもパナケイアさんも日本人には見慣れないはずだが、道行く人達は俺達を気にすることもなく通り過ぎていく。これも夢の中だからって事なのかな?


 そして服を着替えた俺達は街を探索すべく駅を後にした。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「わぁー!速い、はやーい!」


 俺の運転する車の後部座席に座り、窓のふちに手をかけて外の景色を眺めているリン。驚きと興奮で日本に来てからのリンはずっとこの調子だ。「馬も引いてないのになんで走るの!?」とか「うわっ!あの建物は何!?」とか矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。


 俺も運転するのは久し振りだ。夢の中だからお金の事を気にしなくても良い。ふらりとレンタカー屋に行き、乗り心地の良い車をレンタルしたんだ。


 リンの驚きと喜びでいっぱいの表情を見るのが好きだ。車に乗せたらきっとすごい喜ぶだろうなという俺の目論見が成功し、それはもうリンは嬉しそうな顔をして、それだけで俺も心がわき立った。


 流れていく街並みを見ながら、ふとこんなにのんびりとした気持ちでこの街並みを眺めるのはいつぶりだろうな、と思った。


「あ、もうお昼か。……そうだ!次はあそこへ行こう!」


「あそこって?」


「ふふふ、リンが絶対喜ぶ場所だよ」


 そして俺達が昼食を取るため車で向かった先は……。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「おいしー!これすごくおいしいよ!ミナト!」


「ははは、良かったねぇ」


「ほんとですね。天界ではこんな料理は食べられませんから幸せです!」


「それは何よりですよ」


 リンがもう何度目か分からない「おいし~!」の声をあげながら嬉しそうに麺をすする。


 俺達は実家近くのラーメン屋で昼食をとった。家族でやっているお店で俺が小さい頃から親に連れられて通ったなみじの店だ。


 リンは俺の作る料理が好きだが、とりわけラーメンが大好きだ。そういえばリンに初めて作ったのがインスタントラーメンだったなぁ。


 そして、リンは大盛りのラーメンをペロリと綺麗に完食し、デザートに大好きなアイスクリームも堪能し、大満足のようだった。


「あら、ミー君じゃない!久しぶりね!」


「お久しぶりです。おばちゃん」


 お会計の時、レジに立ったのはラーメン屋の店主の奥さんだった。俺の事を小さい頃から知っている。これは俺の夢なのに、記憶の夢の中のおばちゃんなのに。何だかこんなたわいない会話もじんときてしまう。


「今日は珍しい子を連れてるねぇ。どこの子だい?」


 おばちゃんがリンを見ながら聞いてくる。


「え!?えっと……、そう、ホームステイなんです!今、ウチに来てるんですよ!ラーメンが大好きなんですけど、今までインスタントラーメンしか食べた事なくて、ちゃんとしたラーメンを食べさせてあげたくて。ね、リン?」


「うん!スープも麺もすごーく美味しかったよ!アイスクリームもね!」


「そうかいそうかい。それは嬉しいねぇ。またいつでもおいで。それでそっちの子は……あら?ミオちゃん?あんた、ミオちゃんじゃないか!?」


「え……?私、ですか?」


「久しぶりねぇ。ウチの息子の小学校の卒業式以来かしら。元気だったかい?」


「えっ?えっ?いえ、人違いだと思いますけど……」


「あらやだ。そうなの?ごめんねぇ。あなた、知り合いの子によく似てたから」


「い、いえ。大丈夫です」


 ミオちゃん?よく分かんないけど似てる人が居たのかな?でもパナケイアさん銀髪なんだけど、おばちゃんにはどう見えているのだろうか?ま、いっか。


 もう食べられないと思った懐かしい店のラーメンを食べ、郷愁と食欲を満たした俺達はラーメン屋を出た。さて、次はショッピングモールを案内しようかな?



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「楽しかったねー!パナケイア!」


「はい!あんなに色々なお店があるんですね!ワクワクしました!」


 ショッピングモールからの帰り道、後部座席でリンとパナケイアさんが楽しそうに話している。


 様々な店舗が入った店内で俺達は思う存分、ウインドウショッピングを楽しんだ。


 オシャレな服を試着したり、家電店で電化製品に見入ったり、スーパーで沢山の商品やお惣菜に目を奪われたり……。


 因みにリンは「ミナト!これ、これ!これが欲しい!」と1リットルサイズのバニラアイスを買った。ははは、相変わらずアイス大好きだなぁ。


「さっ、もうじき実家に着くよ」


「ミナトのお家!楽しみ~!」


 お店巡りで太陽もだんだん傾いてきた。スーパーで買った食材で夕飯を作ろうと車は実家を目指す。パナケイアさんから本物は俺が転生する際崩壊したが「記憶の中の家だから壊れてはいないと思います」と言われたのだ。


 と、バックミラーを見ると外の景色をじっとみつめている、パナケイアさんに気付いた。


「どうしたんですか?パナケイアさん、何か気になりますか?」


「あの建物……なんだか見覚えがある気がして……」


 パナケイアさんの視線の先には白い校舎、そしてグラウンドがあった。


「ああ、あそこ学校ですよ。若木中学校っていうんですけど」


「若木……中学校」


「じゃあちょっと降りてみましょうか」


 車を止め、学校の門の前に立つ。パナケイアさんはじっと校舎を眺めたまま動かない。


「パナケイアさん?大丈夫ですか?」


「どうしたの?泣いてるよ。パナケイア?」


 見るとパナケイアさんが学校を見つめたまま涙を流していた。


「えっ……?私、泣いているんですか……?どうしてなんでしょう。おかしいです……」


 驚いて自分の目や頬をぬぐって涙を確かめるパナケイアさん。


 自分が涙を流していた事にも気づいていなかったのか。変だな、パナケイアさんはフォルナの女神だ。そもそも日本の景色なんて見た事が無いはずだ。でも……。


「ひょっとしたらパナケイアさんは以前、日本に関わりがあったのかもしれませんよ?ほら、ラーメン屋のおばちゃんが「ミオちゃん」って言ってたでしょ?」


「でも、私は……」


「ねぇそれじゃ、もう一回ラーメン屋さんに戻ってみようよ!そしたら話を聞けるじゃない?」


「そっか!そうすればなにかの手がかりが得られるかも!よし、それじゃ早速出発して……」


 それと同時に視界がぼやけ歪んでいく感覚を覚えた。


「あれ?なんかあたまがグルグルする……なんでかな?」


「俺もだ。パナケイアさんこれはもうじき……」


「はい。残念ながら今回はここまでですね。もう夢が覚めるようです。今日はミナトもリンもありがとう。とても楽しい時間を過ごす事ができました」


「そうですか、じゃあ、残念ですけど続きはまた今度ですね。パナケイアさん、ありがとうございました」


「とっても楽しかったよ!」


 パナケイアさんの笑顔が段々と薄れていき……、気がつくと俺は自分のベッドで目を覚ましていた。


 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 

 そして、その日の朝。リンが昨夜の夢の出来事を楽しそうにエリスに話している。


「すごかったんだよ!ミナトの街!みんなで鉄の箱に入ってね!馬が引いてもないのにスッーって動くの!それで「本物のラーメン」も食べたんだ~!とってもおいしかったよ!あ!あとアイスクリームも!」


「へ~、いいなぁ。ミー君の街かぁ。私も行ってみたかったなぁ」

 

「ははは、エリスならきっと日本の洋服も似合うと思うよ。それに、モデルみたいに綺麗だから注目を浴びたかも」


「もうっ!ミー君たら!そんなことないわよぉ~!」


 恥ずかしがって俺の肩をバシバシ叩くエリス。昨夜の夢をリンが楽しげに話す。エリスも俺の前世は日本人だと分かってるから話題を共有できて楽しい。


「でね!しょっぴん……ナントカ?ってお店がいっぱい入った所に行ったの!リン、そこででっかいアイスクリームをかってもらったんだよ!そのあとはミナトのお家に行ったの!」


「そうなのね。それでそれで、ミー君のお家はどんなのだった?」


 するとリンは少し残念そうに「それがね。お家に着く前に目が覚めちゃったんだ」と言った。そしてリンの頭に乗ったブロスを見るとうんうんと頷いている。結局パナケイアさんが泣いてた理由も分からずじまいだった。


 だから今度はぜひあの夢の続きからスタートして欲しい。そして出来れば今度は皆も一緒に来られたら。もし、そうなったらエリスを両親に紹介してみたい。


 それが例え夢の中の世界でも「死んでからも俺はちゃんとやってるぜ」って言ってみたかった。そうしたらあの二人は何て言ってくれただろう。


 答えのない問いをつぶやいて、フォルナの空を見上げる。


 そこにはこれから始まる一日を表すかのように、抜けるような青空が広がっていた。

 


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 天界のとある場所。二人の男女がパナケイア達の映ったモニターのようなものを見つめていた。


「それじゃ、パナケイアの前世はミナトと一緒に召喚された人間ってことですか?」


「そうだ。パナケイアの前世は希多川未央(きたがわみお)という人間だった。彼女はミナトと共に誤ってフォルナへ召喚された。首謀者はセイルス王だ。しかし、ミナトと違い、時空の歪みに巻き込まれたパナケイアがたどり着いたのは、現代のフォルナより500年程前のフォルナだった。人間だった当時、パナケイアは「女神の恩寵(おんちょう)」というスキルを持っていてな。そのスキルは相手の願いを叶えるという効果があったのだ」


「マジかよ!?すげーな!パナケイアって、可愛い顔してそんなえげつないスキルを持ってたのかよ!?」


「ふっ、しかしそれだけ強力なスキルにはそれだけの制約があるのだ。相手の望みを叶える代償として自らの寿命が削られていくという制約がな」


「えっ?相手のじゃなくて自分の寿命が?それならもし、欲深な奴がパナケイア様を幽閉して無理矢理願いを叶えさせたら……」


「ああ、そうだ。残念ながらその懸念のとおりになったのだ。人とは際限のない欲望にとらわれるもの。あやつは小国の王に捕まり、そして王の欲望のまま、その願いを叶えされられ続けた。何者も敵わない強靭な軍隊、天変地異が起こらない肥沃な大地。天文学的な財宝……。それらを得た王は英雄と呼ばれ、瞬く間に諸国を蹂躙し、大国となった。パナケイアはそこで「女神ミオ」と称され、民衆からは文字通り神の如く崇められた。しかし、栄華もそこまでだった」


「まさか、パナケイアが……」


「ああ。全ての力を絞り尽くし息絶えた。王の尽きぬ欲望の果てにな。パナケイアの力を失った王国はそれを察知した敵国に攻められ、瞬く間に崩壊した。英雄などといわれていたが、所詮その程度の存在だったのだ。その後、私はミオを女神パナケイアとして転生させた。人間としての記憶を抹消し「愚かな人間が女神の与えた恩寵を得た故に増長し、結果、自ら国を滅ぼした」と記憶を書き換えたうえでな」


「じゃあ、つまりパナケイアがミナトと一緒に召喚された人間なのか。そりゃパナケイアが女神の力を使って探してもいないわけだよ。探しているのは自分自身なんだから」


「そういう事だ。パナケイアには絶対に言うなよ」


「うーん、でもパナケイアならそんな事しなくてもきっと乗り越えられた気もするんですけどね。それより何故フレイア様はそこまでパナケイアに執心するんです?」


「「女神の恩寵」は元々神の所持するスキル。資格があるものを神に生まれ変わらせ、育成していく事もまた私に課せられた義務だからな。パナケイアには記憶の改竄以外はほとんど何もしていない。スキル使用の代償を「自らの命」から「自らの信仰心」へと変えた程度だ。パナケイアには元より神としての素質が備わっていたというわけだ。それを活かさずに置くのは勿体ないだろう?」


「てか、本当は相棒が欲しかったんでしょ?ミナトとリンみたいな」


「なっ!?」


「ヒューラ様が言ってましたよ?「フレイアはいつもボッチだから、自分で神を作って相棒にしたいんじゃないの?」って。気に入ってるんでしょ?パナケイアの事。回りくどいことしなくても素直に「友になろう」って一言でいいんですよ。でもあの調子だと、相棒どころか友達も無理……あででで!!」


「どうやら死にたいようだなトーマ君。お望みの死に様を言ってみたまえ?今なら全て叶えてやるぞ?」


 怒筋の浮いた笑顔のフレイアの手がトーマの頭をガッと掴む。そのまま、ぎりぎりと力を加わえていく。


「あでで!だから、そういうとこですよ!壁を作らないでもっと普通にしてればパナケイアにだって怖がられずに済むのに!ってもうやめて~!死ぬ、ほんとに死ぬから!もう死んでるけど!」


 地上から遥か彼方の天界。静寂が支配するはずのその場所で、トーマの悲痛な叫び声だけが響き渡っていた。






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