11話 夜戦
「兄さん、今、外の星がきれいですよ」
「……じゃあ、母さんにも教えてあげないとね」
この会話は敵が来た時の合言葉だ。万が一聞かれた時、敵に俺たちが警戒していると悟られないようにする為だ。
俺の言葉にオスカーは、寝ているベッド横の壁を叩く。俺たちの部屋の右隣が母さんの部屋。つきあたりにはリビング兼ダイニングがある。廊下の左側には裏庭に抜ける扉がある。その裏口の扉付近には靴を入れる戸棚や飾り棚、大きめの花瓶や小物なども置かれている。ごちゃごちゃしていて、暗がりでは何があるかよく分からない。
母さんの部屋からも壁を叩かれた。了解の合図だ。
俺たちが部屋から出ると母さんは部屋の外で待機していた。服装は寝巻ではなく動きやすい軽装になっていた。俺たちも戦いやすい服装に着替えている。
「探知できた敵は五人」
リンから得た情報を小声で伝える。
「なら作戦はBプランでいくわ。いいわね?」
母さんの言葉に俺たちは頷いた。
恐怖心はなかった。トーマの家族を守ろうという気概が、俺の恐怖心を抑え込んでくれているからだろうか。トーマの気持ちが伝わってくる。家族を守りたいという思い。今の気持ちは特に強いかもしれない。溢れ出しそうな気持を抑えながら、俺の中のトーマに語りかける。俺も精一杯やるから一緒に家族を守ろう、と。
「まだ、敵は表に待機しています。作戦通り、母さんとオスカーは玄関側からくる敵を対処してください。俺とリンは裏門側の敵に当たります」
「了解」
その時、外の方から音がした。何人かの足音がして、戸を叩く音とグラントさんを呼ぶ声がした。
「グラント、南門に盗賊だ!援護してくれ!」
その声はグラントさんに助けを求めていた。おそらく昼間俺たちが通った検問所が、山賊の仲間に襲われたのだ。そして門番だけでは手に負えずグラントさんを呼びに来たのだろう。
俺たちのところにグラントさんを応援に来させない為だ。グラントさんの家は俺たちの家のすぐ側にある。何か異常があったらすぐに駆け付けてくれる事になっていたが、それでは困るヴィラン達がグラントさんを強制的にでも遠くにおびき寄せようとしているのだ。
何人かの足音と共にグラントさんの声がして、だんだん音が小さくなっていった。
グラントさんを俺たちから引き離し、その隙に我が家を狙うとは、ほんの少しだけ頭を使ったらしい。屈強な山賊五人相手に、グラントさんなしで戦う。しかし、それも想定内だ。
家の前に待機している敵の数も五人と少ないのは、病み上がりの女性と、成人したばかりの子供二人。従魔がいると言っても、足の不自由なゴブリンだけ。屈強な山賊五人もいれば、グラントさんのいない俺たちなんて苦も無く制圧できる、と踏んでいるのだろう。
だが、それが奴らの認識の甘さであり油断なのだ。
魔法の戻った暴風のエリス、リンのスキル、そして作戦。それらが狩るものと狩られるものを逆転させる。手ぐすね引いて待ち構える俺たちが奴らの獲物ではないと分かった時には、もう遅いのだ。
『動イタ!エリスノ方向、三人!ミナトノ方向、二人!』
母さんたちにも知らせる。二人は頷く。
「いい?無理はしないで。トーマ君、オスカー君。母さんが守るからね」
その声を聞いて、大きく一回深呼吸する。
ドガッ!ガン!ガン!バキッ!
突如、大きな衝撃音と振動が響く。ハンマーで玄関の扉を破壊しようとしている。
バキッ!ドカッ!
少し遅れて裏口からも聞こえてきた。
バキッ!
かんぬきが折れる。扉が外れる。先に破られたのは裏口の方だった。
「破れたぜぇ!」
「よし、突っ込め!」
破れた扉の向こうの暗闇から姿を見せたのは二人の男。顔を頭巾のようなもので覆い、目の部分だけ穴が開いている。皮の鎧を身につけ、手にはハンマーと手斧を持っている。
俺とリンは裏口の敵、そして母さんとオスカーは背中合わせに立ち玄関側の敵を討つ。
「ガキは殺ってもいい!目標は女だ!ガキの後ろの女をさらえ!」
「ちょっとくらいは味見してもいいんだろぉ~?」
「当然だろ。ヴィランに遠慮する事はない」
「ひゃ~!ヤル気でてきたあああ~!」
好き勝手に言っていられるのも今のうちだ。トーマの怒りが、俺の怒りと合わさって恐怖心を感じずに済んでいるのがありがたい。木刀を構える。
バキャ!
玄関の扉も破られた。玄関は裏口と違って母さんたちと侵入者の間を遮るものは何もない。
「なんだぁ?コイツ等、俺たちを待ち構えていたのか」
「グヒヒッ、無駄だけどなぁ!悪く思うなよ!」
手斧を手に山賊達が突っ込んでくる。その瞬間。
「ぐわっ!?」
ズダァァン!
裏口から突っ込んできた男の一人が転んだ。玄関側の男たちも倒れているのが見えた。
「ザカリ―、何をやってる!?」
「床が濡れてる!なんだ!?異様に滑りやがる!」
困惑する男達。転んだ男は起きあがろうとするも、手足が滑ってままならない。
「落ち着け、おそらく滑りやすいワックスでも塗っているんだろう!慎重に行け!」
床に塗ったのは、俺の世界から持ってきた石鹸だ。作戦会議の時に母さんが言っていたのだ。リンに着せている服や持ち物などは「魔具」ではないか、と。魔力を帯びたそれらは、通常の持ち物と比較にならない程の性能を持つという。
俺には魔力を感知する能力がないので詳しくは分からないが、魔法使いの母さんには分かるみたいだ。
もしかして俺の持ち込んだ地球産の物は、魔力によって、性能が向上しているのかもしれない……と考えた俺は床を濡らして、玄関や裏口の廊下に石鹸をまんべんなく塗っておいたのだ。まさかこんなに滑るとは。想像以上の効果だった。
「手を貸せ!滑って起き上がれねぇ!」
「早く起きろ!あの餓鬼を始末……ガハッ!!」
突如、手を貸そうとしていた男の方が、覆いかぶさるように倒れた。首のあたりから血が噴き出ている。背後から鋭利な刃物で切り裂かれている。明らかに致命傷だった。
「お、おい、ガド!どうした、おい!」
男が叫ぶ。倒れ込んだ男が覆いかぶさり身動きが取れずにいた男の視界に、黒い小さな生き物が目に入った。
それは一匹のゴブリンだった。
「よくやったな、リン」
『家ノ中ハ物ガ多イシ、隠レヤスイカラネ』
リンが暗闇に紛れ込み、隙を見て背後からナイフで山賊の首を掻っ切ったのだ。
ナイフはただのナイフではない。昨日の朝、りんごを切ろうとして、下の石まで切ってしまったあの果物ナイフだ。俺が切っても普通の果物ナイフなのだがリンが使うとなぜか切れ味がハネ上がる。そんなことが実際にあるのか?作戦会議でその事を話すと母さんは「魔剣ならありうる」と言っていた。俺にはあの果物ナイフが魔剣とはとても思えない。しかし今、リンが使うナイフの威力は確かにあの時と同じだった。
「こ……の……ゴブリンが!」
死んだ男をどかし、その男を踏み台に手斧を拾い立ち上がる、狙いをリンに定めた。やばい!
「こっちだ馬鹿野郎!」
俺は男の背中めがけて、用意してあった石を投げた。見事背中に命中し、にぶい音を立てる。瞬時に男は怒りの形相で俺の方を見た。狙いはリンを奴の視界から外させる事。投石は人類最古の攻撃方法だ。原始的だが捨てたものではない、鎧を着た相手には牽制程度でも意外と効果がある。リンはその隙にまた闇に紛れた。それにしても見事な消え方だ。リンのスキルにはそれらしいものはなかったはず。リンにあげたあの服の魔力なのだろうか。
「ぐあああ!足がぁ!!」
「くそっ!魔法だと!?話が違うじゃねえか!!」
背後から風の音と山賊達の悲鳴が聞こえる。見なくても何が起こっているのか理解できた。
「死になさい!風刃!!」
「うわああああ!やめ……ぎゃあああ!」
「くそおおお!どうなってやがる!」
「ヒィィィ!死にたくねえ!」
複数の絶叫が響いた。どうやら向こうは大勢が決したようだ。夕食の時に見た優しい笑顔の母さんはそこにはいなかった。暴風のエリスは厳しい顔で、唸る風が山賊達を切り刻む様子を見ていた。残るは俺の前方の男だけだ。
「女が魔法を使えるだと!?ヴィランの野郎、俺たちをハメやがって!!」
「お仲間は全滅したようだが、お前はどうする?」
木刀を構え、残された男に問う。この状況だ。おそらく逃げるのではないか、と思った瞬間だった。
『ミナト!避ケテ!手斧ガ来ルヨ!!』
「てめえだけでも死ねー!!」
二つの声が同時に響く。
奴から放たれた手斧は回転しながら、一直線に俺に向かって飛んでくる。
あ、やばい!早い!間に合わない!!それに俺が逃げたら、後ろの母さんとオスカーに当たるかもしれない!
木刀を握りしめ、目をつぶった次の瞬間、金属が激しくぶつかり合う金切り音が響く。わずかの間の後、ゴトンと重い何かが足元に落ちる音がした。そっと目を開けるが目の前には何もない。痛い所もない。……下を見ると俺に当たるはずだった手斧が落ちている。
「風の防盾よ。飛んでくる飛来物から身を守る魔法なの」
背後から母さんの声がした。どうやら俺の知らないうちに、防御魔法をかけておいてくれたらしい。
攻撃が効かなかったとみるや、手斧を投げた男は、あわてて裏口から逃げ出そうとしている。
「母さん、ありがとう。死ぬかと思った……」
俺は母さんの方を向き、礼を言う。
「トーマ君、良かった!絶対守るって言ったでしょ?」
母さんはほっとしたように俺を見た。その時リンの声と、ギャアアと言う男の悲鳴が同時に聞こえた。
『逃ゲヨウトシテイタカラ、片足ヲ砕イタ。殺シタ方ガ良カッタ?』
リンは逃げようとしていた男の足を、落ちていたハンマーで殴りつけたらしい。
「ありがとうリン。一緒に奴を追おう!」
「トーマ、気をつけてね!」
オスカーが叫ぶ。
「リンがいるから大丈夫!すぐ戻ります」
足元に落ちていた手斧を拾い、リンと共に裏口を出る。
奴はすぐ見つかった。やはり片足では上手く歩けないようだ。必死で逃げているため俺たちに気づかない。
簡単に俺とリンは追いつき、男の前に回り込んだ。
「く……殺せ!殺しやがれ!」
男は観念したのかそう叫ぶ。
「リン、コイツが変な動きをしたら斬ってくれ、しようとしたらで構わない」
リンが頷きナイフを構える。俺はアイテムボックスから用意しておいた縄を取り出して、手足を縛る。そして男の頭巾に手をかけ一気に引きはがした。
月明かりが男の顔を照らし出す。
「やっぱり昼間ヴィランと一緒にいた男か……」
そしてコイツは、トーマの大切な薬を奪い、あまつさえ命まで奪った男だった。俺の中でトーマの怒りの感情が溢れて抑えきれなくなりそうだ。手斧を持つ手にグッと力が入る。
「俺を殺したのは、お前だろう?この顔に見覚えがあるよな?」
男の目の前にトーマの顔をさらす。
「は!何でかわからねぇけど、お前は生きてるじゃねえか……母ちゃんも治ったし万々歳……」
「黙れ!」
誰かが俺の口を使って言葉を発した。あれ?めまいがする……どうしたんだ、突然……
『俺の体を返してもらうぞ』
「!?」
俺の体のどこかから声が聞こえた。それと同時に、視界はもやがかかったようになり、目の前の男もリンも見えなくなっていったのだった……。