10話 嵐の予感
とりあえず、今回の件で集まった人たちも各々家路につき、俺達も自宅に入る。グラントさんには、家でお茶を飲んでいってと家に招いた。
家は外から見た時は石造りの様だったが、中に入ると石造りと木造がうまく調和した、なかなかにしっかりした室内だった。
「や~ん!可愛い!この子トーマ君の従魔なの~!?」
リビングのテーブルに着席し、オスカーがお茶をいれようと席を外している時に、母さんがリンを見て開口一番そう言った。
「ねぇねぇお名前なんて言うの?え?リン?そうなの~!リンリンって呼んでいいかしら?」
リ、リンリンて……。俺と俺に抱っこされたリンを交互に見ながら話しかけてくる。パナケイアさんから貰った薬の力はすごいな。今まで寝たり起きたりの病人だったとは思えないほど、元気になっている。
「母さんは従魔が好きなんですね。テイマーに知り合いでもいたんですか?」
俺はオスカーの入れてくれたお茶を飲みながら聞く。
「昔、従魔のお友達がたくさんいたの……喋れはしないけれど、みんなと少しずつ意思疎通できたのがうれしくてね。本当に素敵なお友達だったのよ。テイマーの人とも信頼しあっていて、あこがれてたのよね……」
「じゃあ、俺とリンがテイマーじゃないのに念話で会話できるのは、あんまりない事なんですか?」
「念話で会話できるの?それってすごいことよ!」
母さんは突然椅子から立ち上がり、テーブル越しに身を乗り出す。近い、近いよ母さん!
「そもそも、人と魔物は言語が全く違うの!最初は簡単な事から教え始めて、少しずつ信頼関係を築いて……長い時間をかけて少しずつ言葉を教えるのよ!ああっ!トーマ君が……そんな素敵な事ができるようになっていただなんて……!うらやましい……」
母さんが熱い眼差しで見てくるので、非常に目のやり場に困る。それにしても、リンと話せるのはすごいスキルだったんだ。異世界でどうやって生きていけばいいのか分からなかったけど、胸を張って威張れるスキルがあるなんて、少し自信になるな。
「本当に、この従魔も活躍したな。足が不自由なのによく頑張っていた」
グラントさんがリンをほめてくれる。リンにも念話でその事を教えた。リンは、ほめられて喜んでいる。俺も妙にうれしい。これって親ばかな気持ちだろうか?
「グラントさん、大したものもないけど、うちで夕飯を食べていってくださいよ」
オスカーが台所からひょいっと顔を出し、グラントさんを夕飯に誘う。
「いや、このお茶を飲んだら失礼するよ。エリスも病み上がりだ、俺がお邪魔していては休めないだろう?無理はしない方がいい。ヴィランのやつも、このままでは済まさないだろう。一度帰って俺も準備をしておく。何かあったら知らせてくれ。すぐに向かうから」
「グータン、今日はうちの息子たちがお世話になりました。ううん、今日だけじゃないわね。私が倒れてからもその前も、うちの息子たちをとてもよく見てくれて……本当にありがとう」
母さんは丁寧にグラントさんにお辞儀する。ん?グータン?
「……エリス、グータンは止めてくれ。とにかく礼には及ばんよ。アゼルさんの息子は俺の息子みたいなものだ。何かあったらいつでも俺を頼ってくれ。アゼルさんの代わりには全然ならないが……さてと、今日は失礼するよ。オスカーもトーマもエリスを頼む」
そういってグラントさんは帰っていった。
グラントさんの姿が見えなくなってから、俺は我慢しきれず吹き出した。
「母さん、誰にでもあだ名で呼んだらだめじゃん!グータンって……」
「え~!なんで~?嫌いな人はあだ名で呼ばないもの。いいじゃない~」
俺があんまり笑うから、母さんはふくれている。
オスカーが夕飯を作ってくると台所にいってしまうと、リンは
『マタ、アノラーメンガ食ベタイナ~オイシカッタナ~』
と、念話で伝えてきた。
「今日は、オスカーが作ってくれるからね。どんな夕飯かな?楽しみだね」
会話と同時に念話でも同じ話をする。その方が母さんたちに俺とリンがどんなコミュニケーションをしているか伝わりやすいんじゃないかな。と思ったからだ。
それを見ていた母さんは、心底うらやましそうに言った
「母さんも、リンリンとお話がしたい……」
「俺が通訳するから、母さんとも話はできるよ。話しかけてごらんよ?」
「え、本当に?やだ、どきどきしちゃう。えっとね、私はエリスっていうの。はリンリンはとってもかわいいのね。将来美人さんになると思うわ!」
リンに通訳してあげるとリンはうれしそうに照れていた。
「それに、トーマ君の従魔になってくれてありがとう。もしトーマ君が嫌な事したら、私に教えてね。母さんがトーマ君を怒ってあげるからね」
「それも通訳するの~?俺、リンのこと大事にしてるってば……」
……一応通訳した。リンは笑っていた。
「あのね。リンリンを抱っこしていいかしら?」
俺はリンに聞いてみた。リンはちょっと怖がっているみたいだったけど、この人は安心して大丈夫な人だよと説明してみた。
『イイヨ。ミナトガ信頼シテル人ダモンネ』
母さんにOKだと伝える。
母さんはそっとリンを抱っこする。胸のところで抱っこしながらゆっくり頭をなでなでする。
「リンリンとトーマ君は、本当に信頼しあっているのね。うらやましいわ……」
俺もリンがうらやましいです。くううう~包まれてぇ~!!
「トーマ、スープはこんな感じでいいかな。味を見てくれる?僕はパンをもらいに行ってくるから、ついでに火も見てて」
オスカーが台所から顔を出す。リンはどうする?と聞いたらまだ抱っこされていたいみたいだ。仲良きことは美しきかな。
「母さんが従魔好きなのは知っていたけど、まさかトーマまでテイマーになるとはねえ……」
オスカーにお玉と小皿を渡され、俺は考えた。
「まだ、俺はテイマーじゃないけど、テイマーになった方がいいんですか?」
「せっかく会話できるスキルがあるんだから、生かせばいいと思うよ?」
そう言うとオスカーは、パンをもらってくるからと出ていった。
そんなもんかね……俺はスープの味をみた。ああ、野菜の味がする。逆に言うと野菜の味しかしない。ひょっとして、塩は貴重品なんだろうか?
マジックバッグから、薄切りベーコンと塩コショウを出してみる。ベーコンを小さく切って鍋に追加し、塩コショウで味を調える。よし。こんなものか。
少ししてオスカーはパンをもらってきた。グラントさんの家で作ったパンを、いつも分けてもらっていたようだ。母さんが病気になってからは、なかなかパンを焼けなかったらしい。
母さんとオスカーと兄さんと俺とリン。みんなで同じものを食べた。オスカーはリンもテーブルについて食べられることにびっくりしていた。母さんが言うには、従魔は主人であるテイマーの影響を受けて性格や、行動が主人に似ていくようになる事も多いらしい。ゴブリンも人型にかなり近いので小さな子供のように見えなくもない。リンはスプーンも問題なく使えている。
オスカーは近くに従魔がいたことがないので、魔物は人を襲うものという意識があったらしい。が、きっとすぐ慣れるだろう。リンは賢いし、それ以上にリンのかわいらしさに、すぐにオスカーもメロメロになるだろう。
そして、その日の夕食はオスカーも母さんにもすごく好評だった。こんなにおいしいスープは生まれて初めて食べた。さっき味見した時はいつものスープだったのに?とオスカーもびっくりするぐらいおいしくなったようだ。母さんもしっかり完食できて、おいしかったわ。と、何回も言ってくれた。リンもたくさんお代わりをしていた。ちょっとベーコンと調味料を入れただけなのになあ。……ひょっとして魔法の塩コショウなのだろうか?地球の食べ物は万能です、みたいな?
しかし、つかの間の安らぎはここで終わった。オスカーは夕食の後、真剣な表情になって言った。
「村長の屋敷が慌ただしくなっているそうです。ヴィランの手下たちが、武器を地下室から持ち出していると聞きました」
「それはアニーからね?」
「はい」
母さんはフッと笑みを浮かべた。
「思ったより早かったわね……分かった。こちらも用意しましょう」
オスカーと母さんはお互いに頷きあっている。そして俺の方を見て、母さんが説明してくれた。
「アニーの父親がヴィランの圧政を領主に告発しようとして捕まってね。逆に家族は無実の罪を着せられて奴隷として連れていかれ、ひとり残された子なの。今は村長の家で下働きをしているわ。そして、私たちの仲間」
「すぐに武器の準備をしているという事は、もう時間がないってことよね。頭に血が昇って、すぐに行動しようなんて、浅はかもいいところだけど……」
「それがヴィランですからね」
俺たちはふふっと笑いあった。笑い事ではないんだけどね。
「作戦を立てる前に、二人に聞いておきたい事があるわ。」
母さんから笑顔が消え、真剣な眼差しになる
「あなたたちは今回のヴィランの襲撃で、戦う覚悟はあるのかしら?」
「戦う覚悟ですか……?」
俺とオスカーは顔を見合わせた。戦うことに異存はない。だが、母さんの真意はもっと先、命のやり取りができるか、という事だ。
いざ戦闘になった時、自分は相手を殺せるだろうか?相手は武器を手に取り自分を殺しにくる。あのゴブリンを殺した時の嫌な感じ……俺はその時の事を思い出し、身震い。
「僕は、剣の訓練はしてきたけど……生き残れるかどうかは、自信がない。あの屈強な山賊達が相手じゃ、訓練の剣では歯が立たないんじゃないかって」
「オスカー君、自分自身の実力を知っていることはとても大事よ。命のやり取りをする時に、正面から戦う必要もないんだし、それに母さんが必ず二人を守るから」
「でも母さんは病み上がりで魔法だって……」
「あら、心配?じゃあ……」
その時風が吹いた。室内なのにカーテンがバサバサとめくれ上がり、家具がガタガタと揺れ始める。なんだ、どこからこんな風が!?と思った矢先に
「ふふっ!私の魔法たちが帰ってきたの。「暴風のエリス」復活よ!トーマ君のくれたキュアポーションのおかげだと思うの!」
母さんはにっこり笑って言った。
暴風のエリスって、母さん……誰がつけたんだ。
それにしても、パナケイアさんに渡されたあのキュアポーションは、ありとあらゆる状態異常に効果のあるものだったのか。さすが女神の薬は違うな!
「母さん、俺も戦います。戦闘は正直、自信がないですがやれるだけの事はしたいと思います。それで今回の事について俺なりに考えた作戦があるんですが」
「作戦……?トーマ君、何か考えがあるの?」
母さんの魔法が戻ってきたから何とかなるかもしれない。俺はその作戦の話をしようとした。するとその時、俺の念話を聞いていたリンが
『ワタシモ戦ウ!ミナトヲ守ル!』
と、強く宣言した。
「リンも戦うって、俺を守るって言っています」
母さんは顔をほころばせた。そしてリンの手を握りながら話しかけた。
「闘志に燃える、いい目をしているわ。リンリン、トーマ君を守ってね。お願い」
母さんの言葉を伝えると、リンは頼りにされたのがうれしかったのか、ますますやる気をみなぎらせた。エリスもオスカーもリンが守ってあげる!と実に頼もしい。母さんがほほ笑んで、お願いねと頭をなでると何度もうんうんと頷いていた。
そして俺たちは襲撃に対する作戦を立てた。できるだけ、正面から戦闘をしなくて済むようにはしたいが……どちらにせよ流血は避けられない。いろいろな可能性を示され、それをシミュレーションして頭の中に叩きこむといった作業を繰り返した。終わるころには深夜になっていた。
ようやっと解散となり、自分たちの部屋に戻った。ランプの明かりを消して、布団に潜り込む。
リンと俺は同じベッドだ。同じ部屋にオスカーのベッドもある。隣は母さんの部屋がある。
しん……と静まり返った部屋で俺たちは待っていた。きっとあいつらも待っていただろう、俺たちが寝静まるのを……。
その時、リンの声が頭の中に響いた。
『敵ガキタ!家ノ周リヲ囲ンデル!五人イルヨ!』