20話 大切な場所
目の前には、胴を真っ二つに切断された鎧が横たわる。そこからは何の気配も感じられない。
「さすがに倒した……よな?また起き上がってきたりしないよな……?」
「探知にもかからないし、もう大丈夫だよ!」
「そ、そうだよな」
リンの返事にやっとの事で答える。俺達は炎獄の騎士との戦いに、辛くも勝利する事ができた。
「それにしてもミナトすごいね!リンの光刃と水魔法を合体させちゃうんだもん!」
「ああ、融合剣の事?あれも咄嗟だったんだけど、成功してよかったよ」
リンの光刃と俺のイメージ。それが上手く噛み合った結果、生まれたのが「融合剣」だ。
リンのスキル「光刃」は愛用のナイフの攻撃範囲を延ばすスキル。最長は1.5メートル。しかし、威力が保てるのは現状では50センチくらいまでで、それ以上になると、伸ばせば伸ばすほど威力が落ちてしまう。
そこを補ったのが融合剣だ。
俺の木刀は性質上、斬るというより打撃でダメージを与える武器だ。金属を切断するなら、木刀よりリンの光刃と合わせる方がいいと考えたが、思惑通りだった。
イメージの元ネタは超高水圧の水流で、金属を切断する機械工具「ウォータージェット」だ。それをリンの光刃と融合させる事により、最長の距離でなおかつ、炎獄騎士の鎧をも切断する威力を持たせることができた。奴が水が弱点だったのもいい方向に働いた。
ただその威力の分、魔力消費も激しかった。融合剣を維持したのは、炎獄騎士を切断したあの一太刀の時間だけ。つまりほんの数秒間で俺の魔力のほぼ全てを使ってしまったのだ。
おっと、今は勝利の余韻に浸っている場合じゃない。炎獄騎士を倒しても双子山の火は消えてはいない。俺の残りの魔力で何とかして皆を守らなきゃいけないんだ。
……しかし
「ああっ!火がもうここまできてる!?」
すでに南山は、この広場を残して炎に取り囲まれてしまっていた。山道に近づこうとすると激しい熱気が容赦なく襲ってくる。
「くそっ!これじゃさっきの通路にも戻れないじゃないか!」
火から身体を保護するアクアクローズも、炎の海の中ではそう長くは持たない。それに水魔法で切り開きたくとも、俺の魔力はほとんど残っていなかった。
どうする!?どうやってこの炎からエリスを……皆を守れるんだ!?
必死に思案する俺の横をコボルトレイスが通りすぎ、炎に近づいていく。
「お、おい!?危ないぞ!」
炎を相手にシャドーボクシングをするように腕をえいえいと振り回す。どうやら迫る炎を追い返そうとしているらしい。……が、炎が手に触れた途端、びっくりしたように手を引っ込めた。手をブンブン振り、ふーふーと息を吹きかけている。熱さにびっくりしたらしい。そのあと走って俺達のところへ戻ってきた。
「……どうする?ミナト」
北山へ続く山道はすでに炎で通行できない。俺達がやって来た通路への道も炎がまわってしまっている。
水魔法で道を開く、という手段もなくもない。でも俺が魔力切れを起こせば全員が火の中に倒れてしまう。
「火がどんどんこっちにくるよ!どうしよう!?」
すでに炎は広場の外周を侵し始めていた。
「くそっ!ウォーターボール!」
炎に向かってウォーターボールを投げ入れる。シューッという音と共にその一角だけ、火の勢いが弱まった。
それを見たゾンビの霊がまた地面をごそごそし、巻物を取り出した。ウォーターボールが発動し、大きな水の球が飛び出し炎に向かっていくと弾けた。
「おおっ!すごいじゃないか!」
さっきもアクアウォールを使ってたしな。巻物魔法があれば何とかなるかもしれない!
と思ったが三つほど巻物魔法を発動させたところで、地面を探していたゾンビが首を振った。
「巻物がもうないみたい」
「マジかー!せっかく炎を食い止めていたのに!」
すると、ハーピーが進み出ると炎に向かって力一杯、吠えた。
その瞬間、何かに押されたような衝撃波が走り抜ける。それに圧されるように火の勢いが弱まった。
「おおっ!すげえ!炎が止まった!」
と思ったのもつかの間、また炎は勢いを盛り返し、再び俺達のもとへ迫ってくる。
ハーピーが何度も吠える。そのたびに勢いが弱まりはするものの、燃焼を止める事はできない。まさに焼け石に水だった。相当無理をしたのか、疲れ果ててしまったのかハーピーがバタリ、と倒れてしまった。
リンも土魔法で大きな手を作り、炎にかぶせるようして火を消していく。だが、それも一時しのぎにしかならない。
俺達を囲む炎は螺旋を描くように立ち昇り、すでに目と鼻の先まで迫って来ている。
……畜生!ここまでなのか!?
最後の魔力を振り絞り、ウォーターボールを放つ。頭の中で魔力切れを知らせる警告音が鳴り響き始める。俺達を取り囲む炎はもはや、ウォータ―ボールなど意に介さないとでも言うように、あっという間に蒸発させてしまった。炎は獅子が咆哮を上げるかのように燃え盛り、今や俺達を襲わんとしている。
「ダメか……。リン、ごめん。俺、もう……」
そう言った時だった。
「ミナト見て!あっちの空が!」
空……?意識が飛びそうになる気持ちを押さえ、リンが指差す方を見上げる。すると北山の方角から一筋の光が天に向かって伸びていた。
「光!?あそこは北山の方だぞ?」
それと同時に何処からともなく暗雲がたれ込め、瞬く間に双子山の上空を覆っていく。
いつの間にか空が黒く染まっていた。まるで夜になったかのような暗さだ。更に風が吹き始める。しかも、これは水分を含んだ重い風だ。
ということは……。
と思ったと同時に空からぽつりぽつりと水滴が落ちてきた。その水滴は数を増やし、あっという間に雨になっていく。大粒の雨が降りつけ双子山を濡らしていった。
「おお……雨だ……雨だぁー!!」
「やったぁー!!」
心が揺さぶられ思わず絶叫していた。今にも俺達を飲み込もうとしていた炎は雨に打たれ、その勢いを弱らせていく。
「もっと降れ!もっと降ってくれ!」
「もっとふれー!もっとふれー!」
空に向かって祈りながら叫ぶ。それに応えるかのように雨足は強さを増し降り続く。
「……雨?」
足元で声がした。見るとエリスがゆっくりと目を開けた。
「エリス!?良かった、気がついたんだね!」
エリスの上半身を支え、ゆっくりと起こす。
「ミー君、リンリン……私……」
「大丈夫、火炎兵士は倒したよ。ほら、エリスの大切な場所は無事だ」
「……ミー君……私……私……」
そう言ったまま、泣き出してしまったエリスを優しく抱き締める。
「エリス、頑張ったのは俺達だけじゃないんだ。ほら見て」
エリスが顔を上げる。目が見開かれ、表情が驚きに満ちる。
「コー君!!ピーちゃん!!ゾンさん!!」
そこには俺達と一緒に戦ったコボルトレイス達がいた。名前を呼ばれた従魔達が俺とエリスの元へ駆け寄ってくる。
「コー君……、ピーちゃん……ゾンさん……。ごめんね……。あの時、私が……行けなかったからみんなを助けられなかった……。みんな、ごめんね……」
顔を手で覆って泣きながら謝罪を繰り返すエリス。
コボルトレイスがやって来て、エリスの腕に手を置くと、顔をペロペロと舐めはじめた。
「コー君……?」
エリスの声に答えたコボルトレイスが一声吠えると、また嬉しそうに顔を舐める。尻尾がちぎれんばかりにぶんぶんと振られていた。
「コー君……」
そう言いかけたエリスの体が羽毛で包まれる。ハーピーが自分の羽で抱き締めるようにエリスを包んだ。そして自分の顔をエリスにつけるとスリスリと頬擦りする。
「ピーちゃん……」
名前を呼ばれたハーピーが嬉しそうに笑う。そしてまたエリスに頬擦りした。
そして、ゾンビがゆっくりとやって来てエリスの前で屈む。そして自分の懐をまさぐりはじめた
「……ゾンさん?」
取り出したのはボロボロになった本。その本を開くとエリスに見せた。その中にかかれてあった文章を指差し、ゆっくりと滑らせる。
『お・か・え・り』
そこにはそう記されていた。
「ゾンさん……ゾンさ……ん……」
涙でグショグショ顔のエリスにゆっくりと頷く。
「エリス、コボルトレイス達はずっとエリスを待ってたんだ。俺達が炎獄騎士と戦ってる時も、コボルトレイス達はずっとエリスを守ってくれてたんだよ」
「……でも……でも……私は……私のせいでみんなが……」
リンがエリスに語りかける。
「エリス。コボルトレイス達はエリスのせいなんて思ってないって!だってリンとミナトが初めて会った時もすごく喜んでたもん!ね、ミナト!」
「ああ、そういえば双子山で初めてコボルトレイスを見た時、すごく興奮してたもんなぁ。今思えばエリスの気配を感じたのかな?」
そう言うとコボルトレイスが嬉しそうに、うんうんと頷いた。
「エリス。コボルトレイス達はずっとエリスを待ってたんだよ。見て!みんな喜んでるでしょ?だからエリスも悲しい顔をせずに、笑えばいいと思うよ」
「ミー君……みんな……」
「ほら、コボルトレイス達にちゃんと挨拶しないとね!」
俺がそう言うと、皆が笑顔でエリスの言葉を待った。
「うん。みんな、ただいま!」
泣き笑いのエリスに、コボルトレイス達が次々に抱きつく。
「あはは!みんな待たせちゃってごめんね!」
そう言ったエリスの顔は嬉しさに満ち溢れていた。
……と。
「あれ?ねえミナト。あれ何かな?」
リンが上空を指差した。雨の中、何かがこっちに飛んできてるのが見える
鳥……?にしては大きいな。それになんかフォルムが鳥に見えないぞ?
「二人とも、どうしたの?」
「北山の方から何かが飛んできてるんだ」
「北山から……?ん……鳥ではないわ。と言うかあれは……!」
それはどんどんこっちに近づいてきた。その姿が徐々にはっきりと見えるようになってくる。それはゲームや小説でよく知っている魔物だった。
「て、おいおい!マジか!?あれってまさかグリフォン!?」
「ぐりほん?」
「鷲の頭と羽にライオンの体が合わさった魔物だよ!風を操ったり、魔法を使ったり、とにかく凄く強いイメージがある!北山の方から来たって事はまさかヌシ様に何か起きたんじゃないか!?」
まずいぞ、俺もエリスも魔力はもうない。今だってほとんど気力だけで堪えてるってのに!
「違う……」
隣で空を見上げるエリスが呟くように言った。みんながエリスに注目する。
「違う……。あれは……あのグリフォン……。生きていたんだ……ロイ……」
エリスの声が震えていた。
「ロイ?エリス、あのグリフォンを知ってるのか!?」
「うん!ロイー!ここよー!」
エリスが上空に向かって呼び掛ける。それに応えるかのようにグリフォンが雄叫びをあげた。
「応えた……。エリス、あのグリフォンって何者?知り合い?」
そう聞かれたエリスが笑顔で答える。
「うん?あのグリフォンはね。私のお師匠なの!」
「……は?……ええ!?エリスのお師匠!?あのグリフォンが!?」
「それほんとなの!?エリス!?」
俺達の驚きをよそにエリスは、飛来するグリフォンを笑顔で見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ミー君、リンリン。紹介するわね。ホーングリフォンのロイよ!」
グリフォンの隣に立ったエリスが、笑顔で俺達に紹介する。
俺達の前に降り立ったグリフォンに、エリスが感極まったように抱きついた。
グリフォンの名前はロイ。エリスの話によれば彼はハロルドの従魔で、彼とは相棒のような間柄だったらしい。大きさはライオンくらいか。
グリフォンのロイは屋敷を留守にしがちなハロルドの代わりに、子供だった頃のエリスと一緒に過ごしていた。そして、エリスの魔法の師匠でもあったようだ。
そして、ロイには俺が知っているグリフォンと違う特徴があった。
「ロイはホーングリフォンって言ってね。あ、ホーングリフォンはこの世界で彼だけなの。それでね、天候を操るスキルを持ってるのよ!これはロイだけが持ってる特別なスキルなの!」
そうロイを紹介するエリスの声が弾んでいる。再び彼に会えたことが嬉しくて仕方ないのだろう。うーん。少し複雑な気持ちがするような、しないような……??まあ、それは置いておいて。
「天候を操る?……て事はもしかしてさっきの雨は……」
「うむ。我のスキル「天候改変」だ」
ロイが人の言葉で答える。威厳のある低い声だ。そしてロイには他のグリフォンにはない特徴……頭にユニコーンのように一本の角が生えていた。角があるグリフォンだからホーングリフォンか。
「天気を変えられるの?すごいね!」
リンが感心したように言う。雨はいつの間にか降り止み、火が消えた山のあちこちから白い煙が立ち上っている。
「それにしてもロイ、今までどこにいたの?お父様が亡くなって、そのあとロイも居なくなった。あの時、私がどれだけ悲しかったか分かる!?」
「我か?ずっと寝てたぞ?」
「ね、寝てたですって~!?」
「目覚めたのはつい先ほどだ。起きた早々、「山の火を消せ」だからな。見ると山が燃えていた。一体何をやらかしたのかと思ったぞ」
いやー。しかし、炎獄之舞踏場を鎮める程の豪雨を降らせ、あの炎を全部消してしまうなんてなぁ……。人間の言葉は喋るし、エリスの魔法の師匠で、あのハロルドの相棒だっていうんだから、天候を変えるだけでなく他の能力も相当なものなんだろう。うーん。強そう!それにやっぱり本物はカッコいいな!
「……そう言えば」
ロイがエリスの顔をじっと見る。
「な、何よ?」
「お前、ずいぶんと歳を食ったな」
ビシッ!
……あ、エリスが石化した。
「ひっどーい!!ひさびさに会った弟子にかける言葉がそれなのーっ!?」
エリスの抗議の声が双子山にこだました。




