8話 舌戦
「と、これが5年前にあった出来事だ」
グラントさんは話し終えるとため息をついた。
「……ヴィランって、控えめに言っても屑ですね」
正直そうとしか言いようがない。よくもそんな自分勝手ができるものだ。グラントさんが話すと気が重くなると言うのも分かる。俺も過去の話とはいえヴィランの馬鹿さ加減に、腹が立ったり呆れたりで、何とも言えない気持ちになる。
しかし、ひっかかる点がある
「グラントさんと残った村の人達で、山賊を追い出す事はできなかったんですか?」
たとえ戦力が減ったといっても、村の人達が力を合わせれば山賊といえど何とかならなかったんだろうか?
「俺もそう思った。山賊と言ってもそれほど人数がいるわけじゃない。村人が力を合わせれば追い出せるだろうと。しかし警備隊を再結成した後、警備隊員や隊員の家族が、妙に怪我や事故に巻き込まれる事が多くなった。建物の修復をしていると、建材をまとめていた綱が切れたり、町に行けばその帰りに暴漢に襲われたり……」
「奴らが警備隊の戦力を削ごうとしたという事ですか?」
「奴らの仕業かどうか調べたんだが、用意周到に計画していたのか、なかなか尻尾を掴ませなかった。そんな事が続いたあと、またヴィランが領主に手回ししたんだろう、不祥事のあった警備隊は解散させ代わって新たな組織を作れとの通達があった。そして、ヴィランが新しく私兵隊を設立させた。その隊員ってのが……」
「例の山賊達だったと」
「そうだ、よく分かったな」
「そのくらいは想像がつきます。その後の事も……。ゴロツキのような連中が、馬鹿なボンボンに「金をやるから守ってくれ」と頼まれて、素直に従うはずはないじゃないですか。最初は従うふりをして村の内部に入り込み、じわじわ悪事を働きだす。そして最後には白アリのようにこの村を食い尽くすつもりでしょう」
「そうだよ。トーマの言う通りの事がこの村で起きている……。見てごらんよ、この村の様子を」
オスカーが悲しそうにそう言った。
彼に言われて改めて村を見渡す。点在している家は簡素な家が多く、あばらやのような家も見受けられる。手入れがされていない家や、傾きかけている家もある。そういえば村に入ってから新築に近い家は一軒も見ていない。畑に人が見えているがやせ細って栄養状態も悪そうだ。満足に食事もとれていないのかもしれない。なんだか村全体に活気が感じられない。
「私兵隊は時々巡回と称して2、3人でこの村を見回って、村人を監視してやがる。反抗する奴はその家族ごとひどい目にあうようになった。だが、俺達も何もしていないわけじゃないがな」
「グラントさん、この話は……」
オスカーがそれ以上は話さない方がいいと、グラントさんに合図した。聞かれてはまずい話なんだろうか?
「とにかく、トーマが薬を持ってきてくれたから……この薬でまずは母さんに元気になってもらって、話はそれからです。トーマ、よく頑張ったね」
オスカーは嬉しそうに俺の頭をなでた。その仕草、なんだか懐かしい気分がする。
「さ、もうすぐ家だよ」
少し行ったところに一軒、他の家より大きな石造りの家が見えた。納屋や物置もある。
早く薬を渡さないと。トーマもそれを望んでいた。もう少しだからな……トーマ
その時、リンの念話が俺の頭の中に響いてきた。
『ネェ、ミナトノ家族ッテ、タクサンイル?』
リンは気配探知で周囲を警戒していたらしい。家の中に反応は四つあるという。
「兄さん、家に何人か人がいるみたいですよ?俺達の他にも誰か住んでいるんですか?」
その言葉を聞いたオスカーとグラントさんは顔色が変わった。
「うちは三人家族だよ!まさかヴィランが!?」
「急ぐぞ、オスカー、トーマ!」
俺たちは家に向かって走り出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「グラントさん、もし三人が敵の場合、何とかできますかね?」
入口の扉の横で、特殊部隊よろしく壁に張り付きながら小声で聞く。
「屋内なら問題ない、相手も長剣は振れないからな。俺が敵を抑える。その間に二人はエリスのもとへ行け」
もし、母さんを人質に取られてしまえば、かなり不利な状況になる。俺は戦闘では役に立たないと思う。対人戦なんて全く自信がない。兄さんも不安そうな顔をしていた。どうやら俺たち兄弟は勇ましいアゼルの血が薄かったらしい。……いや、元のトーマは分からないけど。
「二人とも、覚悟を決めろよ。もし敵なら一気に制圧するぞ」
グラントさんは、なんだか生き生きしているように見える。こういう状況に怯まないのはうらやましいな。
グラントさんが扉の取っ手に手をかける。と、開けようとした扉が勝手に開いた。
「ん?何だお前ら」
出てきたのは三人の男達。
一人はいかにも金持ちっぽい悪趣味な衣装の中年の男。痩せ気味でマッシュルームカットのいけ好かない感じ。そして、その手には何かの液体が入った薬瓶を持っている。あとの二人はガラの悪そうな顔をして、腰には帯剣をしていた。
悪趣味な衣装の男は、俺の顔を見るなり驚いた表情になった。
「ああっ?トーマ、生きていやがったのか!」
普通ならあり得ないような失礼な言葉を吐き捨てるように言った男の顔を見た途端、背筋がゾクゾクと粟立つ感じがした。そして俺の中でトーマの記憶と、激しい怒りの感情が湧き上がってくるのを感じる。
……コイツがヴィランだ!
理性が怒りで吹き飛びそうになる。アイツをぶん殴ってやりたい衝動が体を燃え上がらせる。なんとか抑えようと、こぶしを強く握り締めた。
……くっ静まれ、トーマ!
「はい、ヴィランさん。僕たち、村に戻って来たトーマを迎えに行っていたんです。この様に無事に帰って来たのでほっとしています。ヴィランさんは、母のお見舞いに来てくださったんですか?」
俺が心の中のリアル中二病を必死に抑えている横で、オスカーがにこにこと答える。家族に散々嫌がらせをしてきた奴にこんな対応できるなんて、オスカーもなかなかやりおる。
俺はなんとか怒りの感情を押さえ込む事に成功した。しかし、外に出てきてしまったか……そうするとさっきの想定と変わってしまうな。
……よし
「兄さん、このオッサン達は誰なんです?」
「ちょっ、ちょっとトーマ!すみません、ヴィランさん!トーマは今、昨日より以前の記憶を失っていて……」
オスカーが慌ててヴィランに詫びを入れた。
「記憶を失った?ほぉ、記憶をなぁ……」
ヴィランは訝しみながら俺を見る。だがその顔にはなぜか少し安堵が浮かんでいるように感じられた。
「本当なんですよ。この人が兄さんだって、家に来る途中で教えてもらったんですよ~」
俺はヘラヘラ笑いながら、オスカーの方を指さす。
さて、俺はヴィラン達をもっと挑発しなければならない。もし、コイツらが武力できても、グラントさんがいるからきっと何とかしてくれるだろう。という計算だ。
「ところでこの家には、母さん一人が病気で寝ているって聞いたけど、そんな所に男ばっかり三人も無断で入ってくるなんて無礼極まりないですね、いったい誰の許可があって、勝手に入ってきているんですか~?」
オスカーとグラントさんは俺の挑発的な言葉に戸惑って、言葉をはさめずにいる。
「はあ?誰にそんな口をきいてるんだ!記憶を失ってすっかり馬鹿になったみたいだな、俺は村長なんだ。誰の家へ行こうと許可などいらん!」
「へえ~。村長だと勝手によその家に上がり込んでいいんだ~?それなら泥棒し放題ですね!で、そんな決まりがあるんですか?グラントさん?」
グラントさんに話を振る。急に話を振られたので若干戸惑っていたけど、話を合わせてくれた。
「いや、たとえ村長だとしても、家人の許可なく勝手に家には入れないな。火事や強盗に入られたとか特殊な事がないと……ましてや女性がひとりの時には……」
ヴィランの顔は真っ赤で怒筋が浮いている。いい感じでキレて来た。さらにここで
「この家には、ベッドから起き上がれない母さんしかいないのに~!やはり不法侵入じゃないですか~!大変だー!不法侵入だー!勝手に家に入られたー!!」
わざと、大きな声で叫ぶ。周りの民家に声が届くように。
「てめぇ!黙って聞いりゃふざけやがって!!」
ガラの悪い二人が剣を抜きヴィランを見る。だが、ヴィランは怒りに震えながらも指示を出そうとしない。多分目の前にグラントさんがいるからだ。彼はアゼルに師事し警備隊長もしていた。腕は相当立つに違いない。下手に斬りかかれば逆に反撃されてしまうと判断したんだろう。
グラントさんと抜剣した男たちが睨みあっているうちに、俺の声を聴いた村人たちが何事かと集まってきた。が、近くには来ず、遠巻きに様子を見ている。
村人達に見られていれば村長という立場上、ヴィラン達もうかつな事はできないはず。村人には立会い人になってもらう。
「貴様は俺が不法行為をしていると言ったな」
ヴィランが口を開いた。
「不法行為じゃないですか」
「俺はエリスに薬を持って来たんだ!村長の俺みずからが!何が悪い!それよりも、貴様は魔物を村に連れ込んでいるではないか!お前こそ不法行為をはたらいている、即刻この村を出ていけ!」
俺に抱えられているリンを指さし、忌々しいとでも言うように吐き捨てた。
「このゴブリンはトーマの従魔なんです。テイマーが従魔を連れているのは当然です。村にテイマーが入れないという規則はなかったはずですが。もし従魔を村に入れないというなら、領主やギルドから依頼を受けたテイマーが来ても入れないじゃないですか」
オスカーが取りなしてくれる。しかしヴィランは歯牙にもかけない。
「このミサーク村にはテイマーなどおらんし、何年も訪れていない。いなくても困らん連中だ。お前の連れている汚らわしいゴブリンなどこの村には不要だ」
はああああああ!?リンが汚らわしいだ?何を言ってるんだ、コイツ!?
瞬間、一気に血が昇る。トーマとはまた別の激しい俺自身の怒り。それに呼応するようにトーマのそれも顔をだす。
……お前は引っ込んでろ
湧き上がるトーマの怒りを強引に抑えつける。怒りの感情とは裏腹に頭の中は不思議くらい冷静だ。
気がつけば俺は笑顔でヴィランを見据えていた。
「俺、薬を持って来たんですよ。母さんの病気を治す為に。それがこのキュアポーションです」
透明な小さな瓶に入れられたキュアポーションをかかげる。
遠巻きに「おお、あれが……」「どんな病も治すという」「初めて見た……」というざわめきが聞こえる。
グラントさんと対峙している男たちの一人から「バカな……薬は……」という声がしたのを俺は聞き逃さなかった。
アイツが何か知っているな。
「貴様のような貧乏人に、金貨30枚のキュアポーションが手に入る訳がない!おおかた盗んできたか、安価な偽物でも掴まされたのであろうが!」
ヴィランがわめきたてるが、俺は意に介さず。
「それは、母さんに飲んでもらえば分かります。それでは時間がないので、お引き取り願えますか?村長様」
と、にっこりと微笑んだ。
俺が余りに自信満々なせいで、ヴィランは焦りだしたのか。
「貴様が、死んだと連絡があった時に所持品は何もなかった、と報告があったんだぞ!薬なんて持っているはずがない」
「それは……そうでしょうね、この薬はマジックバッグに入れてありましたから」
「マジックバッグだと……!?」
「嘘だ!こんな高価な薬を貧乏人が二つも買える訳ねぇ!!」
手下たちが叫ぶ。
「二つ薬を……?はて、俺は薬を二つ持っていたんですか?おかしいですね。今、持っている薬はこれ一つだけですよ?なぜ、あなたたちは俺が二つ持っていると思ったんですか?という事はあとひとつはどこにいったんでしょう?」
うっかり口を滑らせ、手下はしまったという顔をした。やはりこいつらがトーマを襲撃した一味か。
「チッ……役に立たない奴等だ。だが、そんな事は、どうでもいい!その薬が本物だというなら、村長の俺が確かめてやる!偽物だったら、エリスに万が一のことがあったら困るからなぁ!さあ、その薬をよこせ!」
ヴィランが突然、俺のキュアポーションを奪おうとする。それを察して、スッとグラントさんがヴィランの前に立ちふさがって、薬を奪われるのを阻止してくれた。
「薬ヲ渡シチャダメ!アイツカラ悪意ヲ感ジルヨ!」
リンが念話で警告してくれる。分かっている。ありがとう、リン。
「どうぞ、見てください。でもいくつか約束してくれますか?」
俺が素直なのでヴィランは虚をつかれたようだ。だが薬を受け取れば、どうとでもなると思っているのか、いいだろうと承諾した。
「まず、確認したら絶対に返してください」
「ああ、もちろんだとも」
ニヤニヤ笑いながら、早くよこせと催促する。
「あと、その護衛の二人を後ろに下がらせてください。怖いので……。ちゃんと納剣させてください」
「分かった。おい、下がれ。……これでいいだろう、さっさとよこせ」
「では、確認してください」
俺はヴィランから2mのところで止まった。
「おっと、村長は従魔がお嫌いでしたね。リンはここで待っててね」
リンを地面に降ろした。そしてヴィランに薬を渡し、またリンのいる位置まで戻ってくる。
ヴィランは自分の薬と見比べたり、薬の瓶を振ってみたり、太陽に透かしたりている。
おいおい。この阿呆ボンボンは鑑定スキルとか使うんじゃないんかい!ただ見比べているだけかよ!と心の中でツッコミながら苦笑した。
「……よく似ているが、やはり偽物だ。お前は偽物を掴まされたんだよ。残念だったな。ほら、取りに来い」
しばらく瓶を眺めたあと、薬を突き出した。癒しの女神直々の薬に対して言う事がそれか、このノータリンと思いながら、薬を受け取りに行く。
……もう少しで薬に手が届く瞬間
ヴィランがニヤリと笑い、薬を持つ手を離した。
「あ!!」
オスカーとグラントさんが同時に叫んだ。