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多分断罪イベント

「白金色のシルクとチュールレースに黒の刺繍、濃黒茶のリボンのドレス……なんて、プレゼントですの?」


 キュリアが鮮やかに笑う。


「贈り物じゃなく自分で用意したものなら、物凄くイタイ娘じゃない、わたしが」


 わたしはアイザック王子殿下の髪と瞳の色のドレスを身に纏い、春の訪れを祝うパーティーに参加していた。会場までのエスコートをしてくださった殿下は、今はいない。


「ヘルメス侯爵令嬢とウェッジウッド伯爵令嬢と一緒にいること」


 殿下はそう私に言いつけて、どこかへ行ってしまわれた。


「リンドナーにとっても似合ってる。可愛いよ、良かったね」


 フレーミンが嬉しそうに言う。先程までからかい気味だったキュリアも、フレーミンの言葉に頷いてくれた。


「それにしても、学生最後のダンスパーティーでも、リンドナーのお守りになるなんて……、この貸し、高いですわよ」


 キュリアは最高学年のため、来月卒業式を控えていた。卒業後、婚約者との結婚も控えており、本来なら今日のパーティーでも一緒にいるのは婚約者の筈だったのだ。

 けれどキュリアは婚約者にエスコートされて会場入りした後は私の隣に付きっきりだった。


「ごめんなさい、わたしに出来ることならなんでも……」


「馬鹿ね、冗談よ冗談。簡単に『出来ることならなんでも』なんて、言ってはダメよ」


「男性に向かって言ってる訳じゃないし、大それた要求なんてしないでしょう?」


 わたしに出来ることなんて僅かだ。男性に言ったら、あんなことやこんなことなエロ同人誌みたいなことを要求されかねなくとも、キュリアになら大丈夫だと思うのだけれど。


「ええと……、あなたの立場で出来ること、あなたが思っているよりもずっと多いのよ?」


 わたしは公爵令嬢であったことを思い出した。高位貴族。出来る範囲は人より多い。


「そうね、わかってなかったわ、ごめんなさい」

 素直にキュリアに謝る。


「あ、ダメだ。リンドナーわかってないみたいよ、キュリア」


 フレーミンがお手上げ!というポーズでキュリアに言う。キュリアも困り顔のようだ。


「よくわからないのだけれど、気をつけるわ」


「しっかりしてねリンドナー。ずっと助けてはあげられないんだから」


 フレーミンの言葉にひっかかりを覚える。どういう意味だろう。この後起こるかもしれない断罪イベントに関連してるの……?

 疑問と不安でフレーミンの顔を見つめると、ニヒヒ、と擬音がつきそうな笑いで返された。意味が分からない。


「リンドナーって、ほんと鈍いなぁ」


 フレーミンの呟きは、会場入りした参加者のわぁ!という歓声にかき消された。

 ヒロイン・キナコ・パルフェ嬢の入場だったようだ。

 歓声の原因は、彼女のドレスにもあるようだ。黒に近い濃茶のシルクサテンに淡く光る金のリボン。そう、わたしのドレスとリボンの色を反転させたようなカラー。デザインは違うものの、どちらも、『第二王子』の色であった。


「そっか。そうよね、メインヒーローだもんね」


 キナコ嬢が宰相のご子息や騎士団長のご子息、隣国の王子方と懇意にしていることは知っていた。だから、もしかして違う攻略対象者を選んでくれるのでは……なんて、淡い期待をしていたのだ、密かに。けれど期待は裏切られてしまった。


 ドレスの色。傍にいない婚約者とダンスパーティー。

 ……条件がそろった。おそらく今日が、断罪の日だ。


「大丈夫?顔色が悪くなったようだけど……」


 キュリアが心配してくれる。


「何か飲み物要る?」


 フレーミンが気を使ってくれる。


「いえ、大丈夫。ちょっと……ちょっと今日のお菓子を見てくるわ」


 そう言って二人の元を離れる。

 断罪の時間が近いに違いない。二人の傍にいたら、二人を巻き込んでしまう。

 お茶会やパーティーの度に、はしたなくもお菓子テーブルを見て回るのを繰り返していたわたしだったので、今回も二人は了承してくれた。


「もう!心配だから、目移りしすぎてはダメよ。早く戻ってくること」


キュリアが小言を言う。けれど体調を心配してくれているのが分かる。


「一緒に行こうか?」


 毎度お菓子テーブルの前で奇声を発し、中々決まらないことに辟易しているはずのフレーミンも、心配してくれた。

 ありがとう。でも、二人を巻き込みたくないの。


「ううん、大丈夫。ありがとう、二人とも」


 わたしのことを思い出す時は、笑顔でいて欲しいから、精一杯の笑顔で二人に答えた。



*********************


お菓子テーブルに近づくと、アイザック王子殿下、キナコ嬢、宰相ご令息、騎士団長ご令息、近隣の王子様方が勢ぞろいしていた。なるほど、やはり今日が断罪の日か。


「リンドナー。今、呼びに行こうと思っていたところだ」


 アイザック殿下が言う。婚約破棄からの断罪を告げるためか。

 予測が出来ているせいか、冷めた瞳で殿下をみつめてしまった。


「……リンドナー。多分、君の考えはハズレているよ」


 薄く、アイザック殿下が笑う。

 何がハズレているのだろう。条件は揃っているのに。ゲームシナリオ通りの展開なのに。

 わたしがやるせない気持ちを押し殺して冷めた瞳になると、みな『ハズレ』と言う。わたしは、傷つかないようにしているのに、それを否定される。


「さぁ、僕の手を取って、リンドナー」


 これからわたしを断罪という崖に突き落とすアイザック王子殿下は、笑顔でわたしに手を差し出す。鬼悪魔かと思う、この所業。

 わたしはシナリオを進行させるため、ヒロインにヒーローを明け渡すために、手を取らなければならない。それが、ふたりの幸せな結末だから。

 けれど、けれど。


「わたくし、婚約破棄なんて、しませんから」


 アイザック殿下の差し出した手を払う。


 ヒロインのために、そして何よりあなたの幸せを願うべきなのかもしれない。けれど、それではあまりに理不尽ではないか。

 確かに小言は言った。殿下にも、キナコ嬢にも。けれど、それが断罪されるほどのことなのだろうか。それとも、わたしの知らないところで、わたしを嵌めようと陥れようとしている者がいたのだろうか。ゲームシナリオのように。

 出来る事なら、抗いたい。今、あなたの婚約者はわたしなのだから。


「わたくし、婚約破棄なんてしません!」


 もう一度、きっぱりと告げる。


 アイザック殿下は目を見開き、近くにいた学生は何事かとこちらに注目する。

 自分で舞台を整えてしまった気もするが、仕方ない。


 思いの外大きな声での宣言に、みなざわめく。これから何が起こるのか、好奇心一杯の目をこちらに向ける。


 何か言わなければ、と息を吸い込んだところ、


「リンドナー・アルクーメ公爵令嬢に、婚約者の資格はありませんわ!」


 高らかな声があがった。

 

 キナコ・パルフェ伯爵令嬢か、アイザック殿下をはじめとする攻略対象者からの反論が上がるのだろうと思っていたのだが、その声はわたしの後ろ、相対するヒロイン&ヒーローズとは反対側から上がった。


「リンドナー様は、アイザック王子殿下という婚約者がいながら、たくさんの殿方と逢瀬を重ねておりました。見ていたのは私だけではありません。何度も『そのようなことはお控え下さい』と、わたしや、わたしの友人たちも進言いたしましたが、リンドナー様はお聞き入れくださいませんでした」


「木陰で隣国のヘレンド殿下と親しげにされていたのを見ましたわ!」


「宰相様のご子息、コペンハーゲン様に何やら小包を渡されているのも拝見しました!」


「ジバンシー皇太子殿下と図書室で語り合ってましたわ!」


 声を上げたのは、ダレー・ダッケ子爵令嬢とその仲間たちであった。

 彼女はわたしの取り巻き予備軍ではなかったのか、まさかの寝返りか。それとも、あの苦言を退けた時に、仕返しをしてやろうと機会を伺っていたのか!


 彼女たちの言う言葉は、ある意味本当だ。お菓子をプレゼントしてもらったり、相談を受けたりしていた。けれど、その程度で『婚約者失格』のレッテルを貼られては困る。彼らとの交流は、あくまで社交と捉えられる程度の内容だったからだ。


 反論しようと口を開きかけると、アイザック殿下がわたしの手をぐいっと引き、その背にわたしを隠す。

 先程手を払いのけたのに、心の広い方だ。

 さらに、キナコ嬢がわたしの横を陣取る。こちらを見てニコりと笑い、意味ありげに頷く。


 わたしは疑問符しか頭に浮かばない。なんだこの展開、アイザック殿下の行動もキナコ嬢の行動も意味が分からず怖い。


「誰の許可があって発言している。私は発言の許可をしていない」


 ビリビリとした威厳のある声が響く。

 アイザック殿下は公では『私』と名乗っていたな、と今更思い出した。わたしと話す時は、ずっと『僕』だった。(ちなみにわたしは公では『わたくし』である。悪役令嬢っぽい)


「私の婚約者を貶める発言、許容出来ない」


 アイザック殿下が更に語気を強めると、ダレーたち一団は顔を真っ青にして震え上がった。

 すぐにでも兵に突き出そうとする殿下に、さすがのわたしもビビる。断罪される相手が違うし、彼女たちの言葉はある意味本当なので、こちらも気をつけるべきだったのだ。糾弾されるいわれはないけれど。


「けれどっ!リンドナー様は……!」


 ダレーは殿下の言葉に反論しようと、蚊の鳴くような声で反論する。

 謎の怒りモードの王族に意見しようとするなんて、ダレー・ダッケ子爵令嬢勇気あるな。


「いいだろう、話してみよ。嘘、偽りなく、な」


 アイザック殿下が、真っ黒い笑顔で笑った。偽りの罪を着せようものなら、どうなるか分かってるな?というプレッシャーが凄い。


「お、恐れ多くも……」


 ダレー嬢が言葉を重ねようとした時。


「私が昨日階段から突き落とされた時、リンドナー様はヘレンド様に、来週行われる隣国との共同開催の乗馬大会についてお話を伺っていましたよ」


 キナコ嬢がダレー嬢よりも早く発言し、ダレーははくはくと息を吐き出すだけになった。


「それとも、先週コペンハーゲン様と密室で二人になった件ですか?あのあとすぐにアイザック様とジバンシー様と私で鍵をぶち壊わせていただきましたけれど」


 さらに先手を打ってくるキナコ嬢。何やら物騒な言葉も飛び出していたが、気のせいだろうか。


「そもそも。なんで、密室になってしまったんでしょう。鍵は、誰が、管理なさっていたんでしたっけ?」


 アイザック殿下と同じような真っ黒い笑顔のキナコ嬢は、ヒロインがしていい笑顔ではなかった。


「先週オレがリンドナー嬢と閉じ込められてしまった教室は、週当番が鍵を閉めるはずの教室だった。先週の当番は……」


 ダレー嬢の隣にいる令嬢Aが目に見える程震えている。


「昨日キナコ嬢を突き落とした人物、俺、見てるんだよね。助けたのも俺だし」


 ダレー嬢の斜め後ろに隠れていた令嬢Bが白目を剥いて倒れる。


 ジバンシー様、キナコ嬢と一緒に居過ぎでは?という疑問は置いておいて、濡れ衣が勝手に剥がされていく。まだ被されてもいないのに。


「もっと、白状してみるかい?」


「いいですよ~、ゲーム知識フル活用で回避した私の実力、お見せしますよ♪」


 アイザック殿下とキナコ嬢がそっくりな笑顔でダレー嬢たちを追い詰めるが、わたしはそれどころではなかった。


「なんでヒロインがわたしを…?」


「リンドナー様ごめんね!私、暗躍系転移ヒロインなの。ゲームやり込み派の」


 悪気がなさそうに、所謂テヘペロをかましてくるキナコ嬢。


「ゲームシナリオ通りだけどちょっと違う行動、リンドナー様は絶対転生悪役令嬢だって思ってたんだ♪」


 どうやら、キナコ嬢の掌ゴロゴロだったらしいことが判明、この断罪イベントの阻止を目論んでいたそうだった。



*********************


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