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わたしの一番好きなお菓子

 ヒロイン・キナコ嬢とその取り巻き?攻略対象者様方との接点が多くなった気がするのに気が付いたのは、彼女と彼ら一悶着が合ってから一ヶ月経った頃だった。


「近頃、周辺国の王族の方に呼びかけられることが多いですわね。殿下関連ですの?」


 キュリアに言われて気付いたのだけれど。


「お話のあと、大抵何かしらのお菓子持ってるよね。プレゼント?」


 フレーミンは、『その』お菓子を食べながら問いかける。

 そうなのだ、さっきも攻略対象その4?と思われる周辺国の王子様から、他愛の無いことで呼び止められ、そして国の名産というキャンディを頂いたところだった。


「一昨日は宰相の御令息からドーナッツでしたっけ?三日と空けず何かしらのお菓子を渡されてるけれど、餌付けでもされているの?リンドナー」


 そのことについては、わたしが聞きたいくらいだ。


「お菓子を持ってる日に殿下とすれ違うと、親の敵か?ってくらいに睨まれるの。ご自分の友人に近づいて欲しくないってことなのかしら……。でも、だったらご友人方の手綱はきちんと握っていていただきたいものだわ」


 キャンディにドーナツ、チョコレート。たくさんの宝石のようなお菓子を前に、わたしはニヤニヤが止まらなかった。中でもクッキー率は一番高く、多種多様なクッキーを口にするたび、当社比三倍で笑顔になってしまう。まぁ、悪役令嬢顔の釣り目でキツイ顔が笑顔でもあまり効果は無さそうなのだが。

 頂戴するたび、『食べてみては?』と勧められるが、アイザック殿下と、何故かヒロイン・キナコ嬢から『絶対に彼らの前で食べてはいけない』と言われ、渋々従っている。

 まぁ、ちょっとはしたないかしら?と思う行為なので、注意されているだけなのだろうが。あれか、わたしの行動が外交問題にでもなると思っているのか?


 そんなこんなで餌付け?ライフが続き、侍女のサリーとメイドのリリーからはお小言も貰うようになってしまった。なんだろう、幸せなのか、微妙に不幸なのか分からないこの感じ。


「ところで、リンドナー的には、どのお菓子がお気に入りなの?」


「わたしのお気に入り?うーん、わたしは……」


 攻略対象2からのお菓子の中では、チョコレートが好き。トリュフチョコレートなんだけど、ラズベリーパウダーが可愛らしい上に、甘酸っぱさがキュンとくる。

 攻略対象3の場合は、ミントキャンディかしら。ミントの香りと甘味が絶妙なバランスだった。形も、食べてしまうのが勿体無いくらい。

 攻略対象4の場合は……。


 攻略対象8までのお菓子データ、それに加えてヒロインからの手作りお菓子、この中からトップを選ぶ。……なんて贅沢な気持ち……。


「決め手に欠けますの?」


 キュリアが問いかける。

 アレもいいな、コレもいいかも。うきうきと選びながら、彼女の言葉の真意を伺う。


「そろそろ選んであげないと、お可哀想ですわ」


 ふふっと、上品で大人っぽい微笑みをキュリアは浮かべた。お菓子の、ことだよね?


 真意がわからなくて、首を傾げていると、『仕方ないなぁリンドナーは』と、フレーミンがキュリアの言葉を補足する。


「リンドナーの中に、一番心に残ってるのは、『誰』に貰ったお菓子?」


 リンドナーは答えられなかった。

 キュリアとフレーミンは、にこにこしていた。

 二人がわたしに、何を問いかけたいのか、考えたくなかったのかもしれない。



*********************


 わたしの野望は、婚約者である我が国第二王子アイザック殿下に、ゲーム通り婚約破棄される前に、殿下をわたしに惚れさせた上でこっぴどく振り、ヒロインに熨斗つけてくれてやること。その筈である。


 しかし、ここにきて、進行がおかしい気がする。

 攻略対象のみならずヒロインまでもが、わたしに構い過ぎである。これではわたしが落とされてしまうのではないか、と危惧するほどだ。ひそひそとヒロインの行動に陰口を叩く勢の他に、ここにきてわたしに対する陰口やご忠告も増えてきた。由々しき事態である。


 そして、キュリア、フレーミンからの問いかけ。

 これは、わたしの態度を示せ、ということなのだと思う。でも、わたしはお菓子を受け取っているだけなのに……。そう思いたい気持ちもある。けれど、殿方から複数回プレゼントを受け取ってしまうのは、やはり良くなかったかもしれない。彼女たちが苦言を口にするのも頷ける。

 でも、多分、それだけじゃ、ないんだ。


 『誰』から貰ったお菓子が、心に残る?

 食べるの大好き、お菓子が大好きなわたしにとって、みんなみんな素敵で宝物みたいなお菓子たち。けれど、忘れられないお菓子が、確かにある。


 それは、『お菓子』が特別なのか、『誰』からのプレゼントであることに意味があるのか。


「あはは、わたし、びっくり。めっちゃシナリオ通りじゃない」


 気付きたくは無かったこと。

 なんで、惚れさせたい、なんて思ったのか。

 最初から。最初から、わかってたのかもしれない。


 熨斗つけて……っていうのは、幸せになって欲しかったから。たとえわたしとじゃなくても。でも、本当は。


「キュリアもフレーミンも、いつから気付いてたのかな」


 ゲームシナリオの悪役令嬢リンドナーは、どんな気持ちでヒロインにイヤミを言っていたのか。勿論今でも、キナコ嬢に嫌がらせをしたい気持ちなんて湧き上がらない。そんなことをしたってどうしようもないからだ。でも、キナコ嬢に小言を言う時。悪役令嬢リンドナーとわたしは、同じ気持ちだったのかもしれない。


「お願い。彼に近づかないで」


 多分、わたしは初めから、悪役令嬢の役をこなしていたんだろう。

 第二王子アイザック・ウィンチが好きな、悪役令嬢な婚約者の役を。



*********************


 第一回婚約者選定委員会(仮)、本当の名目や会の名前は忘れてしまったけど、つまりはそういう目的なあのお茶会。あそこでわたしに準備されたのはクッキーだった。メインのお菓子、その他に数種が添えられた、参加者一人ひとりに専用に用意されていたプレート。


 キラキラしてとっても甘いゼリー、ビターなトリュフチョコレート、お菓子を通して人柄が見えてくるようなセレクトだった。

『これわたくしの一番好きな……』なんて声も聞こえる中、その時のわたしは、一番好きなお菓子がクッキーだとは思っていなかった。『何故わたしだけ……?』首を傾げた。つまり、そういうことなのだろう。


参加者が座る各テーブルの他に、豪華なデザートビュッフェを思わせるテーブルに、参加者それぞれにも用意されたたくさんのお菓子が並ぶ。その中に、わたし用に選ばれたほろほろと甘くほどける緻密で繊細なクッキーもあった。けれど、セレクトされた中で一番素朴な感じがしたそのクッキーの意味。


だから他の婚約者候補や側近候補用のお菓子も満遍なく堪能していた。

どうせわたしが選ばれることはない。


今思えば、前世の記憶を取り戻す前の『リンドナー』は、やさぐれていたのだろう。わたあめのように甘やかなプラチナブロンド、コーラの如き濃黒茶の瞳、柔らかな声に、腹黒さと紙一重の知性を思わせるアイザック王子殿下に、心を奪われてしまっていたから。


 それでも大規模茶会で、あのクッキーを目にした時。わたしのために用意されたものが並ぶのを見て、心躍っていたのだ。今思い返せば。わたしのことを、少しでも考えてくれたのかな、と。


 わたしの一番好きなお菓子はクッキーになった。


 第二王子に振り向いて欲しい。心の奥底ではそう思っていたような行動がチラホラ思い出された。後姿を見かけて、ドキドキしすぎて隠れてみたり。声を掛けられそうになると、緊張のあまり逃げ出してしまったり。いざ話すとなると、第一声が上擦ってしまったり。

けれど、殿下に目に見える形で好意を伝えたことはない。惚れさせたいのであれば、好意を前面に出した方が良かったのに、……出来なかったのだ。

恥ずかしくて。

そして、未来に訪れる決別が怖くて。傷つきたくなかったのだ。


「ゲームの通り、断罪されるんだろうな」


 シナリオが終るのがいつなのかは分からない。けれど、定番の婚約者と出るダンスパーティー辺りが怪しいと思っている。春の訪れを祝う学生全員参加のダンスパーティーは。あと2ヵ月後に迫っていた。


「シナリオ通りなのかもしれないけれど」


 相手が惚れてくれるか、わからなかった。けれど、わたしはまだ全力を出し切ってはいない、そう思った。

 わたしがしていたことは照れて逃げ回っていただけ。負けず嫌いなわたしが、初めての恋に、ただ逃げ回っていた事実を、今更ながら痛感した。これではキュリアもフレーミンも苦言を漏らす。わたしらしくないからだ。


「のっかってやろうじゃない」


 謎の決意。

全力で、シナリオ通りな、メインヒーローにぞっこん(死語?)な悪役令嬢になってやる。だって恋を自覚してしまったのだから。

……だから。


「覚悟ください、王子様ぁぁぁぁ!」


 体育会系よろしく大声で宣言した。

 今まではベッドに潜り込んでやっていた大声だったので、初めて響き渡った大声にびっくりしたサリーとリリーが何事かと慌てて部屋に入ってくる。

 大丈夫、なんでもない、と伝えても、二人はおろおろするばかりだった。



*********************



誤字報告ありがとうございます。助かります!

まだまだありそうなので、誤字見かけましたら引き続き宜しくお願いします。


お話はもう少し続きます〜

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