取り巻き令嬢(仮)も現れた?
翌日、クラスメイトだったような気がする令嬢が声をかけてきた。
「リンドナー様、少しお耳に入れていただきたいことが……」
高位貴族令嬢はほぼ把握しているので、彼女は下位貴族だろう。さも大事のように大げさなしぐさでわたしに訴える。
「ええと、申し訳ございません、勉強不足で、あなたは……?」
困った体で、名乗りを上げよと促すと、顔を綻ばせて名乗る。
「私、ダレーです。ダッケ子爵の次女、ダレー・ダッケと申します。以後御見知りおき頂き、叶うならお側に……」
第二王子婚約者へのごますりだったようだ。ダレー嬢は殿下と同じ学年で、かねてよりわたしと殿下の仲に憧れていたそうだ。……憧れられる仲だった覚えはないが。
「それで、お聞きいれいただきたいのは、キナコ・パルフェのことでございますわ!彼女は殿下に付きまとい、昨日など、図書室で二人きりで身を寄せ合って……、なんていかがわしいのでしょう!」
ごますりからの言いつけか。アレか、『いーけないんだ、いけないんだ、先生にいってやろう♪』的なやつか。
しかし、殿下の不貞をわたしに言いつけて、キナコ嬢を成敗して欲しい、と。ははぁん、彼女はわたしにキナコ嬢を成敗させ、その上で殿下のわたしへの心象を悪くしたい、そういう訳ね。多分ダレー嬢は殿下が好きなのね、自覚してるかどうかは分からないけれど。
「そうだったんですね、ご忠告ありがとうございます。けれど、図書室ならば誰からの目もある場。殿下もパルフェ伯爵令嬢も当然ご存知のこととは思いますが……、お二人にはわたしからお話いたしますね」
猫を十匹は被った声色で優しく丁寧にたしなめる。直訳すると、『公共の場でさすがにイチャコラしたりしねぇだろ。あとこの話で自分から凸すんのやめてね』ってことなんだけど……わかったかしら?
コクコクと頷き、キラキラとした目で、『姐さん、やっちゃってください』感がビシビシ伝えてくる。これは扱い間違えると厄介なヤツだ……。『姐さんは私の味方』とでも思われた日には、姐さんのためという謎の名目で、わたしの評価を落としにかかるに違いない。ここは少し、釘を刺す必要があるな……。
「ダレー様。淑女たるもの、親しくない人物を敬称なしで呼ぶことはあまりよろしくありませんわ。正しき行いならば、そう貶めるように敬称を外すことはせず、告げ口のように報告するのは控えるべきかと」
マナーがギリギリ(ギリギリアウト?)なキナコ嬢は、ダレー嬢より格上の伯爵令嬢だ。親しくもないのに、敬称をつけないなど、許される行為ではない。
そのことを指摘すれば、カァ!っと頬を染め上げ、先程までの『姐さん!』感はものの見事に胡散した。
「私が、間違っている、と?」
にらまれていると感じるかどうかギリギリの目線でわたしを見つめるダレー嬢。裏切り者!とでも思っているのかもしれない。
「いいえ、正しき行いを、と申し上げたまでです。ご忠告、ありがとう」
これ以上は溝を深めそうだと、ダレー・ダッケ子爵令嬢を置いてその場を後にした。
残されたダレーは、ブツブツと何事かを呟きながら去っていくリンドナーを見つめるのであった。
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ダレー嬢からの忠告に、面倒ながらも一言言っておかなければと重い腰をあげたランチタイム後半。キナコ嬢を探そうと立ち上がれば、彼女のことは早々に見つけることが出来た。彼女は、見目麗しい男子たちに囲まれていたからだ。
これには、すげぇなヒロイン!としか感想はない。未婚の淑女が、多数の男性と懇意にするのは、外聞が良くない。悪役令嬢じゃなくても、苦言を申したくなるだろう。
今後、第二第三のダレーが発生するかわからない展開に頭を抱えつつ、彼女に近づきたくないなぁと思いながらも、歩みを進めることにした。
「これが我が国の……」
「え、これ!本当に!?嬉しい!!!」
どうやら何かしらのプレゼントがキナコ嬢にあったらしい。近寄ってみると、見目麗しい男子たちは、隣国の王子たち、宰相子息、騎士団長子息など、『これぜったい攻略対象!』と思わせるに十分な容姿の皆様だった。
「お話のところ申し訳ございません。キナコ様、少々よろしいでしょうか?」
キナコ嬢のみならず、攻略対象全員がこちらを見る。悪役令嬢としては、ちょっと怖い。
「リンドナー様!なんでしょう?」
気にせずここで話せと言わんばかりに応えるキナコ嬢。攻略対象の前で?苦言を申せと???怖い、ヒロイン強者過ぎて怖いぃぃぃぃ。
手に持った何かをサッと隠す数名の攻略対象に、にらみつけてくる先程キナコ嬢にプレゼントを渡していた攻略対象。あからさまに視線を外す方まで。
「ここではなんですから……」
怖い怖いと言っていられず、一週回って冷めた目線になったわたしは、場所変えようや、と提案するも
「あ、彼らは気にしないでください。その辺の木だとでも思っていただければ」
と、意に返さない。
「木ってなんだ、オレは……」
「はいはい、言わせないわよ。……で、リンドナー様なんでしょう?」
何かを言いかけた攻略対象2(1は第二王子アイザック殿下かなぁと)は、キナコに言葉をさえぎられブすくれていた。ヒロイン強ぇな。
「……はぁ、ではここで。キナコ・パルフェ伯爵令嬢。昨日図書室でアイザック殿下と親密な空気を醸し出していた、と忠告くださったご令嬢がいます。公共の場ですから、よほどのことはないと存じますが、くれぐれも誤解を招く行動はお控えなさいますよう」
面倒に思いながらも、注意するしかないのが婚約者の立場だ。ここで第三者がシャシャリ出ると、炎上必須案件なのだ。
けれど、攻略対象がズラリと並ぶこの状況では、炎上を避けようと頑張っても無理な話なのかもしれない。ああ、このゲームって断罪イベントいつなのかしら。まさかココじゃないわよね……。
「……っ」
急に口元を押さえ肩を振るわせるキナコ嬢。彼女を庇うように攻略対象たちも彼女を取り囲み、そして肩を震わせる。
マジか、キナコ嬢泣いちゃうか。攻略対象怒り狂っちゃうか。
冷や汗が背中を伝う。
何か、なにかフォローを入れないと、バッドエンド感がクライマックスモードに突入してしまう……と焦っていたのだが、なかなか反撃が来ないことを良い事に、恐怖が一周回って冷めてきた。
何故わたしが、何もしていないわたしが、こんなにうろたえねばならないのか。気をつけてって、わたし一応婚約者の立場だから、正論よね。正義は我に有りよね、何この空気。
冷めた目つきで現状を見据え、何とか言ってやろうかとしたとたん、
「どうしたの、リンドナー」
アイザック殿下が口を挟んできた。
殿下は本当にタイミングが凄過ぎる。今日は何処にお隠れだったんですか。
こうして、攻略対象(だと思われる)が勢ぞろいしてしまった。
「アイザック様、あの、わたし……」
ヒロイン様は可憐に涙目である。
囲む攻略対象様方も、ヒロイン・キナコ嬢の言葉に無言で頷く。そして、第二王子アイザック殿下も、無言で頷くのであった。
あ、これダメなやつ……。
覚悟を決めて、殿下にも苦言を申して断罪されようかと思っていたら。
「昨日のことはすまなかった。けれど信じて欲しい。忠告のあったような、親密な態度は誓って取っていない。近くに彼らもいたんだ。けれど、誤解される要素があったのなら、気をつける」
早口で殿下が謝罪してきた。どういうこと。
「そうなん、ですか?」
困り顔で殿下、キナコ嬢、攻略対象様方を見つめると、みな無言で頷く。
本日の断罪が回避されたようで、ホッと一息を付き、表情を緩めると、キナコ嬢と攻略対象様方がバッとあさっての方向を向いた。
不思議に思い、更に首をかしげていると、殿下が小さな包みをくださった。
「昨日のおわび。カフェテリアのものだけど」
よくわからないけれど、殿下から連日のプレゼントだった。
いつものように、開封確認を……と思ったら、
「今日は新作じゃないから、後でヘルメス侯爵令嬢とウェッジウッド伯爵令嬢と食べて。じゃあみんな、行こうか」
何故か包みをこの場で開けることを拒否され、ヒロインを引き連れて去っていく。
何だったの??????このイベント????としか言えない日だった。
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